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GAT 032 ヒーマン・チョン
インフラとその他の話

2023.04.11
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シンガポールを拠点に様々な活動に取り組むヒーマン・チョン。小説さえ作品の媒体とする、領域を横断したチョンの作品は、どのように語られるかによって全く異なった様相を見せる。以下は2022年1月12日に行われたオンライン・トークの抜粋である。

構成: 石井潤一郎(ICA京都)




過去20年間、わたしはアーティストとして比較的分散した形で活動してきました。わたしは固定されたアイデンティティやサインを開発することを信じておらず、異なるプロジェクトで異なる制作方法を採用することもよくあります。ある意味、わたしの活動をひとつのものとして考えることはほとんど不可能で、むしろ異なるものの積み重ねであると言えるでしょう。

このダイナミックな不完全性の中で、今日お話ししたいと考えているのは4つのスレッド、「生き方」「偶然性」「インフラ」「フィクション」についてです。

* ヒーマン・チョンはそれぞれの「スレッド」に対してふたつの例を挙げてトークを行ったが、本記事では残念ながらスペースの都合上割愛する。

第1部:生き方

わたしたちは、紙でできたものに囲まれています。わたしたちの生活の多くは、紙の書類、紙による包装、本、紙クズなどを媒介しています。芸術や文化の領域でのわたしたちと紙との関係は、紙に言葉やイメージを刻み、後にそれらを保存し、後世に残す方法を学ぶことを中心に展開されています。

わたしの紙への興味は、グラフィック・デザイナーとしてのもうひとつの人生において、早い段階から始まっていました。グラフィック・デザイナーにとっては、紙という概念そのものが、アーティストのものとはかなり異なっています。少なくともわたしにとっては、紙には常に触れる可能性があります。そしてその紙との親密性は、わたしがアーティストとしての人生を歩み始めた当初から、ずっとこだわり続けてきたことです。

« The Library of Unread Books (2016) » NTU CCA, Singapore

これからお話しするプロジェクトは、紙を素材としていますが、プロジェクトには幾重にも複雑な要素が絡んでいるため、すぐにそれとはわからないようになっています。しかし、作品の中心は3,000冊の本のコレクションであり、ご存知の通り本は紙からできています。

« The Library of Unread Books »(未読図書館)は、一時的な公共図書館として機能するアーティスト・ラン・スペースです。ルネ・シュタールとわたしが運営しており、2016年にシンガポールのNTU CCA(南洋理工大学・現代美術センター)でのレジデンスの期間中にスタートしました。

« The Library of Unread Books » の蔵書は、かつて個人所有であったものを、所有者がその独占的地位を放棄し、共同プールに寄贈することを決めたものです。

わたしたちの、ちょっと安っぽいモットーは「読んでいない本があれば寄贈してください。あなたの代わりに誰かがそれを読んでくれます」

蔵書は、触って、匂いを嗅いで、もちろん読んでもらうことを望んでいます。この図書館には、本を整頓する仕組みはありません。それは重なっていたり、テーブルの上に置かれていたりします。

また、図書館で使用される家具は施設内から調達されるべきで、本や読者を迎え入れるためにリサイクルされることも重要です。もしも椅子やテーブル(の購入)が必要であれば、それはリサイクルショップから購入されるべきです。

« The Library of Unread Books (2016) » NTU CCA, Singapore

この図書館は、読者によって常に再配置されています。わたしたちは、アイデアと空間を共有するものとしての蔵書(コレクション)を大切にしています。物理的、文化的な商品としての本を大切にしているわけではありません。したがって、もし本が盗まれても、それがわたしたちの図書館の本であることに変わりはなく、ただ誰かの本棚に置かれているに過ぎないのです。

本を読んでいるうちに破損が生じても、完全に読めなくならない限り修繕し、再利用します。わたしたちは、わたしたちの図書館が他の施設の表面に成長する着生植物のように機能するということを主張します。わたしたちはそれが、人々が集う共有空間(コモン・スペース)、人々が用いる共有のツール(コモン・ツール)、人々の共有資源を喰い尽くさず、ひいてはコミュニティの可能性をも喰い尽くさないような仕事のやり方を生み出すという夢想を、これらの施設に抱かせるよう誘惑したいのです。

第2部:チャンス

« Away now from physical debris, we move onto a site of digital debris. »
(わたしたちは物質的な瓦礫を離れ、デジタルな瓦礫の現場へと進んでゆく)

これは不条理を主張するパフォーマスです。それは「すべてを包括する」と主張しています。まるでウィキペディアが人間の知識のすべてを包括すると主張しているように。

パフォーマーはまずライブで、携帯電話からウィキペディアにアクセスします。そして、「今日の選り抜き記事」に向かい、ページ全体を朗読し、その後好きなリンクをクリックして次のページに進みます。

« Away now from physical debris, we move onto a site of digital debris. (2016) » Rockbund Art Museum, Shanghai

パフォーマーはこれを1時間続け、それから別のパフォーマーに引き継ぎます。わたしは、わたしの作品を演じてくださる方々を大切にしたいのです。

« Away now from physical debris, we move onto a site of digital debris. (2016) » Rockbund Art Museum, Shanghai

この作品は、2016年に上海のロックバンド・アート・ミュージアム(上海外灘美術館)で開催された個展のために制作したものです。もともと北京官話で上演され、また中国ではウィキペディアにアクセスできなかったため、最初の上演では、中国版グーグルとも言える「百度(Baidu)」が制作したオンライン百科事典、「百科(Baike)」を活用しました。

ウィキペディアの「今日の選り抜き記事」は毎日変わるため、このパフォーマンスは上演するたびに異なるものになります。ある日の内容が繰り返されることは決してありません。観客がこの作品で体験したことは、すべて偶然により生み出されたものなのです。

わたしのパフォーマンスの多くは、スピーチや言語に関連しています。わたしはイメージ制作を超える方法を生み出す手段として、コミュニケーションやインタラクションの方法を流用することに興味を持っています。

第3部:インフラ

インフラストラクチャーとは何でしょうか?

インフラストラクチャーは基本的に、わたしたちの周囲に構築された世界の構成要素で作られており、主に公共空間にあるものを指します。道路、高速道路、エレベーター、建物、非常階段、バス、貯水池などです。

わたしは、わたしたちを取り囲む、肉眼ですぐには見えないシステムに深い関心を持っています。インフラストラクチャーに潜むこれらの秘密とは、官僚主義やささいな政治問題のために、時には公開することさえできない、非公式な事項を伝達するためにそこに配置された、亀裂やズレなのです。

この作品は、わたしが住んでいるシンガポールの団地の地元議会が設置した看板です。

« This pavilion is strictly for community bonding activities only »
(このパビリオンの使用は厳しく地域の絆づくり活動のためだけに限られます)

わたしが今までに読んだ看板の中で、もっともファシズム的なものです。

« This pavilion is strictly for community bonding activities only »
(このパビリオンの使用は厳しく地域の絆づくり活動のためだけに限られます)

わたしはそれがとても嫌いで、そして大好きなので、自分の作品の一つとして流用することにしました。

これはインフラストラクチャーのもっとも露骨で、もっとも残忍で、そしてもっともばかばかしい状態のものです。

これは、わたしが信じていることのすべてと正反対のものです。わたしは、人々にどのように考えるか、どのようにわたしの作品を見るか、どのようにわたしの作品を使うかについて、決して話したくはないのです。

わたしはしばしば、コミュニティや関係性の背後にあるアイデアについて語ることが多い展覧会の中にこの作品を設置しています。

人々は、この作品をショッキングだと感じることが多いようです。わたしもその意見に賛成です。

第4部:フィクション (虚構)

フィクション(虚構)という考え方についてお話します。フィクションとは何でしょうか?物語を語るということは、わたしたちの社会でどのような役割を果たしているのでしょうか。わたしたち個人の生活に、どのような影響を与えているのでしょうか。

わたしは以前から法律と、何が合法で何がそうでないか、どう解釈するのかに興味を持っています。実際、合法性というのは一種のフィクションです。力を持った人々が法を書きました。わたしたちがどう生きるのか規定するルールです。

« Legal Bookshop (2018) »

« Legal Bookshop »(合法書店)は、SF作家で弁護士のケン・リウとのコラボレーションで、彼が法の概念についてまとめたリストから書籍を販売するものです。

これは非営利のブックショップで、本を購入した値段で販売しています。これはアート・プロジェクトの枠組みでしかできないことで、最悪のビジネス・モデルです。

展覧会が終わると消えてしまう仮設書店も、一種の虚構です。ある意味でこの本屋は、ケンが考える「法律とは何か」を演出するためのものなのです。

彼が作ったこの書架を通して、彼の心にアクセスすることができるのは非常に興味深いことです。ある意味で、わたしたちのコラボレーションも、すべての人間関係がそうであるように、フィクション、社会契約なのです。

彼が選んだ本の中には、とても分かりやすいものもあります。ジョン・グリシャムは予想できたけど、スーザン・ソンタグの『写真論』は予想外だった… でも考えてみれば、法を執行するプロセスは、証拠としての写真に大きく依存しているわけで…これは理にかなっている…

« Legal Bookshop (2018) »

書店では多くサイエンス・フィクションが売られていますが、これはケン・リウが劉慈欣(リウ・ツーシン)の『三体』をはじめ、多くのSFを翻訳しているからです。

« Legal Bookshop (2018) »

ある意味で、政治家のマニフェストも一種のフィクションです。

« Legal Bookshop (2018) »

法律番組のリスト。想像できます。

コピーレフトの本。これもそうですね。


ヒーマン・チョン(アーティスト)

ヒーマン・チョンは、イメージ、パフォーマンス、状況、そして執筆の間の交錯点に位置するアーティストである。彼の作品は、ごく身近にある政治の媒体としてのインフラについて、想像し疑問を投げかけ、時には介入するものとして読むことができる。これまでに、STPI、ヘット・ニュー・インスティテュート、ヴェーザーブルク美術館、ジャミール・アーツセンター、スイス・インスティテュート、アートソンジェセンター、ロックバンド・アート・ミュージアム、サウスロンドン・ギャラリー、NUS博物館などで個展が開催された。ルネ・スタールとともに、所有者が読まないままになっている本を寄贈して構成された図書館 ‘The Library of Unread Books’の設立者兼共同ディレクターを務める。

※ このトークは2022年1月12日にオンラインで開催された。