GAT 035 ヤン・ヘギュ
紙の跳躍とその他のムーブメント
ベルリンとソウルを行き来しながら創作活動を行うアーティスト、ヤン・へギュ。2022年9月30日から11月27日まで開催された岡山芸術交流では、彼女の作品の最新作が公開された。以下は2022年10月5日に行われたオンライン・トークの抜粋である。
構成: 石井潤一郎(ICA京都)
* 今回のトークで、ヤンは自身の作品を5つの章に分けて紹介した。残念ながらスペースの都合上、この記事ではすべてを紹介することはできない。
《Mesmerizing Mesh》は、シンプルに紙のコラージュの一種で、2019年から2020年頃に研究を始めたものです。
研究というのは、本で学んだり、シャーマンを訪ねたり、ナイフの使い方や紙―「和紙」や「韓紙」―に慣れるために切り方の練習をしたりすることです。試行錯誤の末に制作を始めたところ、40点ほどの作品ができあがり、そのうち12点をソウルのギャラリーの小さなプロジェクトルームで発表しました。
ご覧の通り、とてもささやかなプレゼンテーションです。
これはその初披露のために作った小冊子です。
二回目の展覧会はベルリンで8月20日に終わったばかりですが、わたしはこれを《Mesmerizing Mesh》の最初の展覧会であると考えています。前回の展示は単なるお披露目のようなものでした。
初披露とベルリンでの展示の違いは、わたしの研究が韓国のシャーマニズムにも及んでいることと、紙のオブジェが登場する神道の伝統にも目を向け始めたことでした。
ベルリン公演のために制作した2冊目の小冊子は、1冊目よりも内容が充実しており、特にふたつの伝統を並行して比較検討する方法を提供しています。
現段階での《Mesmerizing Mesh》の最終形態は、岡山[*1]にあります。神社が会場になりました。左右にふたつの作品がみえると思いますが、これが岡山での展示方法でした。
[*1] 岡山芸術交流 OKAYAMA ART SUMMIT 2022直前になって、アーティスティック・ディレクターのリクリット・ティラヴァーニャの判断で追加の会場が入りました。公園内の他のアーティストの作品のすぐそばでした。これはどこにも告知されていないのですが、岡山で展示されていました。
次に紹介するのは、ほとんどが鈴でできている彫刻です。通常、シャーマンが歌や踊りのような儀式を行うとき、片手にガラガラ、もう片方の手に扇子を持ちます。このガラガラは入信の儀式から修行の終了まで使う道具で、よくシャーマン(という役割)に関連づけられています。
わたしはこのシリーズを『Sonic Sculptures(ソニック・スカルプチャーズ)』と呼んでいますが、岡山芸術交流2022で展示したものは《Sonic Ropes》と名付けています。《Sonic Rope》は2020年にソウルのMMCAで開催された『O₂ and H₂O』展の《Sonic Sculpture》のサブカテゴリーとしてスタートしました。
非常に高い天井から3本の直線的なロープが落とされているのが見えると思います。15メートル以上の高さがありました。
ちょっと細かい話になりますが、最初はもっと細く、直径は7センチほどでした。実際にロープを切ってみると、断面図は六角形になっています。その後、次に紹介する《Sonic Ropes》のように直径11cmの12角形に発展しました。
コペンハーゲンで開催された『Double Soul』という展覧会でも《Sonic Ropes》を展示しました。ここは美術館の建物の中にある面白い場所です。
右から見ると、2つの建物が見えます。ひとつは新古典主義の建物で、SMK(デンマーク国立美術館)の旧館です。
左側、白い建物が見えますが、これが新しい増築部分です。そしてその隙間を覆うようにガラスの天井が設置され、これが「スカルプチャー・ストリート」と呼ばれる、ふたつの建物の間にある巨大な展示スペースです。
再び詳細の話になりますが、六角形から十二角形に移行、つまりどの角度から見ても12に見えるようにしました。ロープ自体はよりがっしりしたものになり、ラインは太いものになりました。
わたしは釣り糸を池に投げ入れるようにロープを垂らすことにしました。色や織り模様の変化、ロープのスケールやアンサンブルも見ていただけると思います。MMCAやSMKでは単調な形で発表されましたが、今では、より細いもの、太いもの、カラフルなものなどのアンサンブルになっています。つまりこの場合、列の数だけでなく周囲の空間を通して、ロープの共鳴音というソニックのインパクトが最も強くなるのです。
岡山オリエント美術館に設置されたコズミックロープです。ご覧になった方も多いでしょう。この一本線は、またもや非常に高い天井から中央の空間に落とされています。
岡山にはまた、「インデックス」と呼ばれるスペースがあり、各アーティストが岡山芸術交流で見せている、最終的な作品の参考となるものを提示しました。わたしが紹介したのは《Sonicwears》という作品で、タイトルが示す通りに、展覧会中に着用可能な彫刻です。
これは手袋、あるいは手錠として、一人で装着することもできますが、《Sonicwears》を使って人と人をつながることもできます。ポンチョもありますが、重さがあるので一人で着るのは難しいです。アンクレットもあります。
次は《Boxing Ballet》という作品です。実はこの作品は、バウハウスの彫刻家/画家として知られるオスカー・シュレンマー(1888-1943)の「トライアディッシュ・バレエ」を引用しています。彼はパフォーミング・アートや ジャズ音楽などにも熱心な少々変わった人物なのですが、彼の作品の中で最も著名で最も有名なもののひとつが 《Das Triadische Ballet(トライアディッシュ・バレエ)》と呼ばれるバレエ作品です。
右下に見えるのが衣装です。ご覧の通り、この作品は衣装が主役です。つまりバレエにしては非常に彫刻的で、ダンサーはこの彫刻的な衣装の中でほとんど動くことができないのです。ですから「バレエ」という言葉はある種、皮肉な意味で使われたと言えます。
わたしが興味を持ったのは、バウハウスのアーティストに見られる身体の概念を辿ることでした。それはしばしば有機的な身体ではなく、非常にロボット的な身体です。ロボット的というのは、機械と有機的な身体の間にあるサイボーグのような意味で、非常に未来的な身体です。彼らは社会改革に興味を持っていました。今日の視点から見れば、繁栄と効率という非常にリベラルな発想に見えるかもしれませんが、当時は身体に対するユートピア的な発想だったのです。
ですから、わたしが岡山の「インデックス」つまり展覧会の「頭」の部分で展示したのは、実際に手に装着できる2つの《Sonicwears》でした。
体の末端部分が幾何学的な形、この場合は円錐形になります。このような球形あるいは円錐形のオブジェで、しかも非常に重いという点で、シュレンマーの作品に関連しています。これはとても楽しそうにも見えますが、結構苦痛なのです。
さて、レンガの彫刻を紹介します。
レンガの彫刻はアラブ首長国連邦のシャルジャ・ビエンナーレで初めて登場します。アラブ首長国連邦、特にシャルジャは1971年にできた国です。とても若い国なので、彼らは自分たちの遺産にとても興味を持っています。
一方で、いわゆる「湾岸諸国」は石油の発見によって生まれました。そして最終的には韓国のような、一見無関係に見える国とも石油を通じてつながっています。
1970年代の有名な石油危機のせいで、韓国のような若くて貧しい国はどうしてもドルを必要としていました。そこで多くの韓国人労働者が湾岸に渡り、建設労働者として働きました。韓国企業は港湾、高速道路、学校、病院の建設も請け負いました。
国家の発展には、他の国が直面している危機も相互に関連しています。わたしが「父の部屋」と呼んでいるこの部屋は、その時期にやってきた父親たちに捧げるものです。
ほとんどが男性で、家族を置いて一人でやってきて、この国で働きました。この習慣は今日も、韓国人労働者ではなく、バングラデシュ人、フィリピン人などとなり、続いています。
この作品には実に多くのレイヤーがあります。わたしはこのプロジェクトを通して実に多くのことを学んだので、6つ、7つ、8つの段階へと移行することもできますが、ここでわたしが発見したのは主に、レンガのような建築資材と「風」のメタファーです。「風」はメタファーであると同時に、わたしにとっての素材ともなりました。
ここでの「風」は、この一見無関係に見える父親たちのつながりを象徴しています。彼らにとってそれは個人的な運命なのですが、異なる時代、異なる父や叔父たちが、非常に似たような運命をたどったことを彼らはほとんど知りません。だから「風」はこのようなつながりの比喩であり、またこの地域の非常に特殊な空気の流れを象徴するような、タービンの噴出孔の魅惑的な動きを生み出す原動力にもなったのです。
わたしはいろいろな機会にこの作品を発展させようと試みてきましたが、レンガ造りはコストがかかるし、展示期間が短すぎるため、通常の展覧会には向いていません。そんな中ようやく、ポルトにあるセラルヴェスという美術館で年に一度開催されている屋外展から依頼を受ける機会がありました。
塔そのものがもっと目立つようになり、彫刻的に発展しくっきりとしてきたのですが、さらにこの作品に入り込んだのは「植生」です。
わたしはレンガを素材として見ていました。レンガは工業的な建築資材ですが、と同時に非常に分子構造的な素材でもあります。1980年代に韓国で育ったわたしにとって工業化はモダニズムの一部であり、人生と作品におけるひとつの苦悩の物語のようなものです。
これはポルトの時のようなセラミック・レンガではありません。コンクリート・ブロックで、安価なのですが、このレンガの品質、色、言ってみればその美しさに非常に驚かされました。
シャルジャでのオリジナル作品では、実はレンガの彫刻の中は空っぽでした。それは煙突のようでもあったのですが、ポルトでは植木鉢になりました。
岡山ではさらにそれが、屋外用家具のようなものになりました。ご覧のように、岡山市石山公園のベンチになりました。わたしは主に、座れるような彫刻を作ることにしました。
一種の公共の家具、しかし美しい庭や城などを眺めることができる屋外家具です。わたしは岡山の人々がこの彫刻を保存し、植物が成長し、社会基盤の一部となることを願っています。
ヤン・ヘギュ(アーティスト)
1971年ソウル生まれ。ベルリンとソウルを行き来しながら制作活動を行う。1999年にマイスターシューラーとして卒業したフランクフルト・アム・マインのシュテーデルシューレで副学長を務める。2018年にヴォルフガング・ハーン賞、2022年にシンガポール・ビエンナーレで第13回ベネッセ賞を受賞したヤンは、ヘルシンキのHAM(2024)、キャンベラのオーストラリア国立美術館(2023)、サンパウロのピナコテカ(2023)など、世界中の美術館で大規模な個展を開催している。デンマーク国立美術館(SMK)コペンハーゲン(2022)、テート・セント・アイヴス(2020)、ニューヨーク近代美術館(MoMA)(2019)、ザ・バス、マイアミ・ビーチ(2019)、ルートヴィヒ美術館、ケルン(2018)、ポンピドゥー・センター、パリ(2016)、リウム美術館、ソウル(2015)、クンストハウス・ブレゲンツ(2011)、第53回ヴェネツィア・ビエンナーレ韓国館(2009)など。2024年10月にはロンドンのヘイワード・ギャラリーで大規模なサーベイ展を開催する。
※ このトークは2022年10月05日にオンラインで開催された。