山中貞雄とこうの史代の鉛筆
福永 信
2015.07.20
京都文化博物館で映画監督・山中貞雄のノート「従軍記」が公開されている。あの有名な「遺書」の中の言葉、「『人情紙風船』が山中貞雄の遺作ではチトサビシイ。負け惜しみに非ず」と彼が戦地で書きつけた言葉が間近で見られるチャンスだ。3階のフィルムシアターでの小展示、まあ小展示といっても、数点のパネルと、展示ケースがひとつだけ、しかも、ぽつんとあるその展示ケースに、わずかな展示品がのっかっているだけ。でも、そのことが、わずか3作だけが現存のフィルムとして残るこの早逝の映画監督の展示として、なんだかサビシク、相応しい。早逝したのは、戦争のせいだ。太宰治や埴谷雄高と同じ1909年生まれの彼は昭和12年(1937年)10月、神戸港から中国戦線に派遣され翌年9月、戦病死した(享年28歳10か月)。横書き、鉛筆書きで、「遺書」と題されたその見開きにはそのほか、保険金のこと、借金のことなども(明るい調子で)書きつけてあり、「最後に、先輩友人諸氏に一言」、「よい映画をこさえて下さい」と結ぶ。生まれ育った京都から東京へ進出して、まさにこれからがスタートのはずの作品が「遺作」となったのは、戦争の力によってである。小さな展示ケースがぽつんとサビシクあるだけのこのしょぼい展示が、若者から時間を奪った戦争の「力」を今なお見せつけているようにも見える。そのしょぼさにおいてすぐれた展示になっていると思う。
京都国際マンガミュージアムでは、「マンガと戦争展 6つの視点と3人の原画から」が開催されている。この展示は、戦争マンガの「ゆたかさ」を戦後70年というこの時期に検証しようじゃないかというこころざしの高いものだがとくに第一部の「6つの視点」は、数々の戦争マンガをパネルや抜粋複製原稿、掲載誌等で「展示」しているのだけれども、う~ん文化祭にそういやこんなかったるい展示、あったなぁ~~となつかしく思ったものである。くそまじめすぎるし、そのくせ、キャプションがゆるすぎるのだ。あえて「好戦的」なマンガも視界の外に置かずそこからも「ゆたかさ」をさぐろうとするその手つきは、創意工夫を惜しまぬいつものマンガミュージアムの展示らしさで、つまり「選書リスト」としては大いに啓蒙されたけれども、展示の方法がいかにも優等生的でまいったぜ。むしろ、「そんな展示なんか知らないよ」「見ないよ」というふうに、この展示室なんかに足を運ばないで、無関心で、館内のあちこちで、熱心に、いつもと変わらず「普通の」マンガを読んでいる読者達(大人も子供も)がたのもしく見えた次第だ。
ただ、第二部「3人の原画」のパートは、見逃すともったいないことになる。戦争を描く現代の3人のマンガ家、おざわゆき、今日マチ子、なかでも、こうの史代の原画がすばらしい。『この世界の片隅に』の最終回の鉛筆で描かれたその原画はずっと見てしまうんだ。原画を飾ると良くも悪くも「展示品」としての輝きを持ってしまうけれども、鉛筆で書かれているからか、そんな輝きはにぶくて、ひかえめ、というか、なんだかしょぼくて、みとれてしまうんだ。しかも、いつまでもみとれることはできなくて、やっぱりいつの間にかマンガとして、読んでしまう(3年ほど前、東京の調布市文化会館でやってたこうの史代原画展のときにも、展示の観客、鑑賞する者として入ったのに、原画の前で、つい、立ち止まり、「読者」になってしまったものだ)。「3人の原画」のパートは、そんなマンガの「力」を十分に、ぼくら「読者」に感じさせてくれる。
そういえば、山中貞雄の「従軍記」のあの見開きも、鉛筆で書かれていた。やわらかな鉛筆の線は、山中さん、こうのさん、どちらも同じだ。鉛筆の線は、あっけなく消しゴムで消えてしまうし(山中さんの伊藤大輔宛ての葉書の1枚なんて、ほとんどもう消えかけて読めなくなっていたし)、そのラフな感じは、さっき、いましがたその場で、本人が書いたばかりかなと思うような臨場感を伝える。一人は77年前の戦地で、もう一人は21世紀の仕事場で、鉛筆を握っていた。その握っている力は、きっと同じ力だ。その鉛筆の先で書いた線が「読者」に読み取らせるものも、たぶん同じものだ。まったく作風の異なる、時代も異なる二人を、今、鉛筆の線によって結びつけることができるのは、京都にいるぼくらだけだと思う。ぜひとも、この2館をハシゴしよう!
京都文化博物館フィルムシアターでは8月2日まで「時代劇専門チャンネルが描く『天才脚本家 梶原金八』と『チャンバラが消えた日』」と題して、両ドラマの上映(前者は昨年制作でヨーロッパ企画のメンバーが多数出演[本多力が山中貞雄、永野宗典が稲垣浩を主演]、後者は今年制作で今回プレミア上映される)と、山中貞雄とその周辺の映画(山中、稲垣ら8人の合作ペンネーム梶原金八にまつわる作品群など)を上映している。山中貞雄の小展示もその一環だ。また8月30日まで、クールスポットとして3階のこのフィルムシアターと2階の総合展示は共に無料開放されている(子ども映画祭は除く)。月曜休館。10時から19時30分。ふだんは500円するのでふとっぱらだ。
ちなみに総合展示では、横山大観の肖像を描く「二十五日会」の紹介をやっている(前期8月16日まで/後期8月18日から9月13日まで)。細川護立と児島喜久雄が企画し、安田靫彦、小林古径、梅原龍三郎などが参加、横山大観をモデルにして絵を描くというなんとも微笑ましい会合だ。とくに安田靫彦が、モデルの手を描く鉛筆の線は、おじいさんの手なのだが、美しい(前期)。また、横山大観と下村観山の合作「寒山拾得」が展示されていてこれも珍しい品だろう(前期)。
京都国際マンガミュージアム「マンガと戦争展 6つの視点と3人の原画から」は9月6日まで。午前10時から午後6時(最終入館は午後5時30分)。水曜休館。入館料大人800円、中高生300円。小学生100円(ただし、クールスポット関連のecoサマー優待施設として、8月31日まで/9月土日祝は入館料2割引。つまり、大人は640円、中高生240円、小学生80円。ただし、7月20日現在ウェブサイトには割引のことはまだアナウンスされていないようだ)。
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【追記】
と、書いたのですが、京都国際マンガミュージアムのカッコ内の箇所に私の間違いがありまして、以下のように修正いたします。
(ただし、クールスポット関連のecoサマー施設として、「ecoサマー」チラシを渡していただくと、8月31日/9月土日祝は入館料2割引。つまり、大人640円、中高生240円、小学生80円。ただし、8月3日現在、ミュージアムのウェブサイトには、「ecoサマー」チラシを渡すと割引になるといったアナウンスはなされていないようだ)
この「ecoサマー」チラシは、京都市内を走るバスなどで入手できるそうです。
この追記までの間に、ふつうの割引と思って見に行かれた読者のかたがいらしたら、どうも申し訳ありませんでした。
ecoサマー施設
http://www.city.kyoto.lg.jp/kankyo/cmsfiles/contents/0000149/149645/coolspot2.pdf
京都国際マンガミュージアムでは、「マンガと戦争展 6つの視点と3人の原画から」が開催されている。この展示は、戦争マンガの「ゆたかさ」を戦後70年というこの時期に検証しようじゃないかというこころざしの高いものだがとくに第一部の「6つの視点」は、数々の戦争マンガをパネルや抜粋複製原稿、掲載誌等で「展示」しているのだけれども、う~ん文化祭にそういやこんなかったるい展示、あったなぁ~~となつかしく思ったものである。くそまじめすぎるし、そのくせ、キャプションがゆるすぎるのだ。あえて「好戦的」なマンガも視界の外に置かずそこからも「ゆたかさ」をさぐろうとするその手つきは、創意工夫を惜しまぬいつものマンガミュージアムの展示らしさで、つまり「選書リスト」としては大いに啓蒙されたけれども、展示の方法がいかにも優等生的でまいったぜ。むしろ、「そんな展示なんか知らないよ」「見ないよ」というふうに、この展示室なんかに足を運ばないで、無関心で、館内のあちこちで、熱心に、いつもと変わらず「普通の」マンガを読んでいる読者達(大人も子供も)がたのもしく見えた次第だ。
ただ、第二部「3人の原画」のパートは、見逃すともったいないことになる。戦争を描く現代の3人のマンガ家、おざわゆき、今日マチ子、なかでも、こうの史代の原画がすばらしい。『この世界の片隅に』の最終回の鉛筆で描かれたその原画はずっと見てしまうんだ。原画を飾ると良くも悪くも「展示品」としての輝きを持ってしまうけれども、鉛筆で書かれているからか、そんな輝きはにぶくて、ひかえめ、というか、なんだかしょぼくて、みとれてしまうんだ。しかも、いつまでもみとれることはできなくて、やっぱりいつの間にかマンガとして、読んでしまう(3年ほど前、東京の調布市文化会館でやってたこうの史代原画展のときにも、展示の観客、鑑賞する者として入ったのに、原画の前で、つい、立ち止まり、「読者」になってしまったものだ)。「3人の原画」のパートは、そんなマンガの「力」を十分に、ぼくら「読者」に感じさせてくれる。
そういえば、山中貞雄の「従軍記」のあの見開きも、鉛筆で書かれていた。やわらかな鉛筆の線は、山中さん、こうのさん、どちらも同じだ。鉛筆の線は、あっけなく消しゴムで消えてしまうし(山中さんの伊藤大輔宛ての葉書の1枚なんて、ほとんどもう消えかけて読めなくなっていたし)、そのラフな感じは、さっき、いましがたその場で、本人が書いたばかりかなと思うような臨場感を伝える。一人は77年前の戦地で、もう一人は21世紀の仕事場で、鉛筆を握っていた。その握っている力は、きっと同じ力だ。その鉛筆の先で書いた線が「読者」に読み取らせるものも、たぶん同じものだ。まったく作風の異なる、時代も異なる二人を、今、鉛筆の線によって結びつけることができるのは、京都にいるぼくらだけだと思う。ぜひとも、この2館をハシゴしよう!
京都文化博物館フィルムシアターでは8月2日まで「時代劇専門チャンネルが描く『天才脚本家 梶原金八』と『チャンバラが消えた日』」と題して、両ドラマの上映(前者は昨年制作でヨーロッパ企画のメンバーが多数出演[本多力が山中貞雄、永野宗典が稲垣浩を主演]、後者は今年制作で今回プレミア上映される)と、山中貞雄とその周辺の映画(山中、稲垣ら8人の合作ペンネーム梶原金八にまつわる作品群など)を上映している。山中貞雄の小展示もその一環だ。また8月30日まで、クールスポットとして3階のこのフィルムシアターと2階の総合展示は共に無料開放されている(子ども映画祭は除く)。月曜休館。10時から19時30分。ふだんは500円するのでふとっぱらだ。
ちなみに総合展示では、横山大観の肖像を描く「二十五日会」の紹介をやっている(前期8月16日まで/後期8月18日から9月13日まで)。細川護立と児島喜久雄が企画し、安田靫彦、小林古径、梅原龍三郎などが参加、横山大観をモデルにして絵を描くというなんとも微笑ましい会合だ。とくに安田靫彦が、モデルの手を描く鉛筆の線は、おじいさんの手なのだが、美しい(前期)。また、横山大観と下村観山の合作「寒山拾得」が展示されていてこれも珍しい品だろう(前期)。
京都国際マンガミュージアム「マンガと戦争展 6つの視点と3人の原画から」は9月6日まで。午前10時から午後6時(最終入館は午後5時30分)。水曜休館。入館料大人800円、中高生300円。小学生100円(ただし、クールスポット関連のecoサマー優待施設として、8月31日まで/9月土日祝は入館料2割引。つまり、大人は640円、中高生240円、小学生80円。ただし、7月20日現在ウェブサイトには割引のことはまだアナウンスされていないようだ)。
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【追記】
と、書いたのですが、京都国際マンガミュージアムのカッコ内の箇所に私の間違いがありまして、以下のように修正いたします。
(ただし、クールスポット関連のecoサマー施設として、「ecoサマー」チラシを渡していただくと、8月31日/9月土日祝は入館料2割引。つまり、大人640円、中高生240円、小学生80円。ただし、8月3日現在、ミュージアムのウェブサイトには、「ecoサマー」チラシを渡すと割引になるといったアナウンスはなされていないようだ)
この「ecoサマー」チラシは、京都市内を走るバスなどで入手できるそうです。
この追記までの間に、ふつうの割引と思って見に行かれた読者のかたがいらしたら、どうも申し訳ありませんでした。
ecoサマー施設
http://www.city.kyoto.lg.jp/kankyo/cmsfiles/contents/0000149/149645/coolspot2.pdf