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アーロン・ソーキンの「ニュースルーム」
浅田 彰

2013.04.08
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WOWOW で「ニュースルーム」の放映が始まった(アメリカでは2012年6月24日に放送開始)。アーロン・ソーキンの手がける新しいTVドラマだ。

日本だと「映画『ソーシャル・ネットワーク』でアカデミー脚色賞を受賞したソーキン」という紹介になるのだが、彼の作品の中ではあの映画はあまり成功したものと思えない(「コンピューターおたくのマーク・ザッカーバーグは、ハーヴァード大学に入るものの、WASPのエリート・サークルにも入れなければ女性にももてず、その境遇から脱出するために Facebookを考案、それが爆発的な成功を収めるものの、結局、実生活では豊かな人間関係を手に入れることができない」というストーリーは、古い世代には快いのだろうが、ザッカーバーグの実像に迫り得ているとは思えない。彼にとってネットより重要なリアリティなどというものが本当にあるのだろうか)。


ソーキンといえば、何といっても、アメリカで1999年から2006年まで7シーズンにわたって放映され(ただしソーキンが担当したのはシーズン4まで)、エミー賞史上最多の受賞に輝いた「ザ・ウェスト・ウィング」(邦題「ザ・ホワイトハウス」)を挙げるべきだ。民主党大統領(マーティン・シーン)の苦闘を、ホワイトハウス西翼の広報部門を主な舞台として描くこのドラマは、最初こそスピーチ・ライター役のロブ・ロウをスターにしようとしてもたもたしていたものの、シーズン1が終わる頃には、言葉のゲームそのものを主役とするドラマとして離陸し、二期務めた大統領の後任の選挙(ドラマではここでヒスパニック系の雄弁な民主党議員が当選することになっており、アフリカ系の民主党議員であるオバマの勝利を予告するものと言われた)を描くシーズン7まで(そして首席補佐官役のジョン・スペンサーが実際に死ぬまで)失速することなく飛び続けた。むろん、民主党側に立つとはいえ、アメリカン・ドリームの再生というお約束のテーマが一貫して堅持されるので、アメリカ人以外の視聴者にはストレートに受け入れられない部分も多いけれど、純粋に技術的にみて、これがTVドラマとして非常に高度なものであることは誰もが認めるだろう。

人気も高かったこれほどの秀作がなぜ日本で話題にならなかった(NHKの放送も長くは続かなかった)かと言えば、理由は簡単、日本語の吹き替えでは、英語の台本を十分にカヴァーできず、それ以上に、英語のやりとりの鋭いエッジが失われてしまうからだ。裏を返せば、このドラマを英語版でほぼ理解できるなら、その英語力はほぼ満足すべきものと言ってよく、私は英語の教材として推奨してきた(これから英語力に磨きをかけたい人にも薦めたい。DVDには日本語字幕も英語字幕もついているので、繰り返して見ればわかるようになるだろう)。

それ以上に、このドラマを見て予習すべきだと思っていた(またそう言いもした)のは、政権を取る前の日本の民主党である。政権をとっても、議会との対立もあって、なかなか思うようにはならない、その現実が、きわめて具体的に描かれていたからだ。なかでも、民主党員に見ておいてほしかったのが、シーズン7の第12話である。後任を選ぶ大統領選挙は、カリフォルニア州選出の共和党上院議員が優勢だったのだが、彼がかつて地元に誘致した原子力発電所が事故を起こし、それで一気に形勢が逆転する。もちろん日本の原発震災よりはるか前に放映されたドラマだが、見れば驚くはずだ。事故の推移、政府の対策、住民の反応、それらが驚くほどリアルに描かれている。われわれが震災後のTVニュースで何度も見ることになる原子炉の図も、架空のTVニュースの映像の中でほぼそのまま出てきているのだ。

福島第一原子力発電所が水素爆発を起こしたとき、原子力安全委員会の斑目春樹委員長は「水素爆発は予想していなかった」と言って頭を抱えたという。「ザ・ホワイトハウス」では、大統領が原子力規制委員会の委員長から水蒸気爆発のみならず水素爆発の可能性もあることを警告される。日本の政治家も、原子力村の村人たちのピントのぼけた話を聞くくらいなら、このドラマを見ておけばよかったのだ。

あるいは、菅直人首相(当時)に対する最近のインタヴューを見ると、こうした場合、人に死を賭すよう命ずる必要が出てくるが、日本にそういう制度がないことに当惑した、という主旨の発言がある。「ザ・ホワイトハウス」では、大統領は、民間人に死を賭させていいものか悩みながらも、結局、バルブを手動で締めるためにエンジニアを送り込み、辛うじてバルブは締まったものの多量の放射能を浴びたエンジニアは死ぬ。ここでも、このドラマを見ていたら、いざというときの心構えができていたはずだ。

カリフォルニアに向かう大統領専用機の中で、共和党上院議員と大統領が激論を交わす。「ではうかがいますが、当面、原子力発電所にかわるオルターナティヴ(代替物)があるんですか?!」「そもそも原子力みたいに危険なものがオルターナティヴと言えるか!!」そこへ主席補佐官が入ってきて、エンジニアたちの死を告げ、大統領が直接お悔みの電話をかけるため電話番号のリストを届ける、と言う。そこで大統領は「リスト2枚だ」とだけ言うのだが、それを「彼(共和党上院議員)にも電話をかけてもらう」と邦訳せざるを得ないのが日本のTVの水準なのである。

さて、では新しい「ニュースルーム」の見通しは? 初回だけでは判断が難しいけれど、滑り出しは悪くないと言っておこう。ニュース番組のアンカーマン(日本でなぜか「キャスター」と呼ばれる)のウィル・マカヴォイは、大学の討論会で「アメリカは最も偉大な国家ではない」と発言して問題になり、TV局内でもスタッフの再編に際して大騒ぎに巻き込まれるが、そこへメキシコ湾の石油流出事故のニュースが入ると(2010年の実際の事件を扱っている)、バカ騒ぎから一転して、全力での情報の収集と編集が始まり、ニュースのライヴ放送に突入する、その転換とスピードはさすがだ(私は熱心なTV視聴者ではないので印象論でしかないが、日本のTVドラマにはこうした緩急のリズム、とくにスピードが決定的に欠けているのではないか)。以後も、東日本大震災をはじめ、現実のニュースを次々に織り込みながらプログラムが進行するらしい。それらを「ニュースルーム」がどう料理していくのか、機会があればまた観てみたいと思う。