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中谷宇吉郎の森羅万象帖展
福永 信

2013.04.17
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電子顕微鏡で生きた状態の生物を観察できるというNHKニュースを見た。電子顕微鏡は真空状態になるので生きたままというのが無理で、だからこれまでずっと静止画像だったが、このたび、特殊な処理をほどこすことで小さな生物の動画撮影が可能になったというのだ。も~ぞも~ぞと動く極小の生き物は、見る者に不思議な好奇心を駆り立てる。いやー、なんかキモチワリカワイイ!と、何度も再生して見てしまった(4月16日4時35分付NHK NEWS WEB)。

 
大阪は本町で、今、顕微鏡のなかで動く雪の結晶の映像が見られる。しかもそこに映っている雪の結晶は、人工的に作成されたものである。しかも、しかも、人工的なんていうと、冷たい印象だが(雪の結晶だが)、その人工的な雪の結晶はウサギの毛にくっついているのである。しかもしかもしかも! 洗濯のひものように画面を横ぎるウサギの毛に雪の結晶が、まるでほんとに洗濯物のように、ひらひら、ふわふわ、動いているのだ、風にふかれているみたいに。雪の結晶ができていく様子も、映像だからこそ、よくかわる。ウサギの毛にくっついて(ウサギの毛が雪の結晶を作るのに具合がよく、ほかに羊の毛や絹、蜘蛛の糸なども試したという)、枝をのばし、だんだん雪の結晶になっていく姿が、まるで「育っていく」みたいで、なんとも、カワイイ!

 
このカワイイ映像は、中谷宇吉郎(なかや・うきちろう)が、中心になって作ったものだ。中谷宇吉郎は、雪の結晶を人工的に作り出したことで有名な物理学者だが、映像として科学を表現すること、今の教育番組のハシリともいうべき科学番組の世界でも重要な仕事を残した。

本町で開催中の中谷宇吉郎の森羅万象帖展は、寺田寅彦との出会いから「火花放電の研究」、「雪の研究」「雪を作る」「氷の研究」、そして晩年のグリーンランドでのアイスコアの研究まで、年譜をスマートにビジュアル化したような、小さいけれどもよくまとまった展覧会になっているが、もっとも注目したいのは、やはり、彼の映像作品だ。会場で見ることができるのは、上に書いた、洗濯物のようにふらふら揺れる結晶が観察できる「雪の結晶」(約14分/1959)、アメリカでの学会で発表された「Snow Crystals」(前編のみ/約7分/1939)のほか、「窓の霜」(約13分/1959)の計3本で、世界の亀山ブランドの液晶テレビで上映されている。

 
「Snow Crystals」は東宝映画社によるものだが(音楽は伊福部昭)、「雪の結晶」「窓の霜」といった映像の制作は、岩波映画製作所。この岩波映画製作所は、その前身を中谷研究室プロダクションといって、くだんの中谷宇吉郎を中心に、岩波書店の後押しで誕生した、いささか変り種の映画制作プロダクションだった。岩波映画製作所からは、羽仁進や羽田澄子、黒木和雄、土本典昭、小川紳介などノンフィクション映画を支える作家達が育っていった。

最近出たばかりの中谷宇吉郎『科学以前の心』(福岡伸一編/河出文庫)の一編、「映画を作る」では、初めての映画(「Snow Crystals」)にワクワクしたり、撮影した映像をつなげただけのラッシュを見てゲンナリしたり、編集して映画らしくなっていくことにドキドキしている自分の様子を、中谷宇吉郎は、じつにいきいきと書き留めている。当時まだ40歳にもなっていないわけで、ふだんの研究とは異なる、未知な世界に触れて楽しくて仕方がないその様子は、読んでいてこちらもうれしくなってくるほどだ。

この「映画を作る」のなかで「Y君」という人物がひんぱんに登場する。「Y君は着いた翌日からもう二時間以上も低温室内にがんばって、撮影機の設置だの、証明のテストなどを始めるという勢いであった」とか、「Y君が生真面目な顔をしてカメラに齧りついている」とか、「附属室の方でY君が、少しやつれたような顔をしてストーブで暖まっている」とか、「Y君はちっとも手を緩めない」とか、その「Y君」に対して「Y君、どうも少し勉強が過ぎやしませんか。一体君は例外なんでしょう。それともカメラマンというのは皆そんなに勉強家ばかりなんですか」と言ってみたり、「Y君と二人ですっかり第一次の編輯をしてみた」とか、「低温室の中で四時間もかかって撮ったカットが、つぎつぎと消えて行くので、Y君はいかにも悲しそうであった」とか、なんか仲良しというか、楽しそうなのだが、その「Y君」とは、すでにおわかりかもしれないけれども、中谷宇吉郎の映像作品を支え、カメラマンのみならず、岩波映画のプロデューサーとしても活躍することになる吉野馨治(よしの・けいじ)である。吉野馨治は、エノケンやロッパなどの喜劇映画も撮影したカメラマンである。この雪の結晶の映画を見ることは、日本映画の黎明期の一端を見ていることにもなるだろう。

「Y君」の書き方でもわかるけれども、中谷宇吉郎の書く文章に出てくる人物は、どこか、愛らしい。解説の福岡伸一がいうように、彼の文章は、どこまでも描き尽くしていくという性質の文章ではない。あれもこれもというように書いていくのではないから物足りない印象も抱く、だが、その切り詰めた、くそまじめにも映るその清潔に掃除が行き届いた文章は、とても意外なことに、きさくな、優しさ、可愛らしさに満ち溢れてくるのである、読んでいるうちに、次第に。

とりわけ若い世代(「Y君」は6歳年下)、もっといえば子供らの姿を描き出すとき、非常に可愛らしい映像が、文章の上に、浮かぶ。

たとえば、東宮殿下(今の天皇)が中学一年生のとき、中谷宇吉郎が雪の結晶について講義をした、その様子。

 
比較的困難な実験が、例えば雪の結晶の一つ一つの目方を測るというような実験が、ちょっとした工夫によって巧く行くというところなどを御説明申し上げると、いかにも御意を召すらしく、御可愛ゆく微笑をされた。そして陪聴の御用係の方たちの方へ笑顔を向けられ、面白いねという風に同意を求められるような御様子を示された。

中谷宇吉郎「雪今昔物語」

 
この「面白いね」は、なんかとても面白いね。なんというかねえ、目の前に、正座して、一生懸命に話を聞く、その少年の微笑ましい場面が、浮かぶようである。ほかに、疎開先で自分の子供らにコナン・ドイル『失われた世界』のお話を読んであげる「イグアノドンの唄」も、素晴らしい(この随筆について読み解いた福岡伸一の解説も参考になる)。

 
中谷宇吉郎の映像の面白さに感動したということをこのブログでは書きたかったのだけれども、最後には、彼の文章の魅力について書くという、いささか予定調和な事態になってしまったが、それでいいや。中谷宇吉郎の文章は、青空文庫にもあるから、われわれは今すぐ読むことができるが、彼の文章を文字ひとつひとつに分解しても、その「魅力」はどこにもきっと観察できない。しかし、もうずっと昔の人物達がいきいきと動き出す、その「動き」に目を奪われることは、「観察」する目の場所とそんなに遠くないだろうし、「映像」と無関係では、きっとない。

 
 
中谷宇吉郎の森羅万象帖展

2013年3月7日(木)-5月30日(木)

休館日 水曜日

無料

LIXILギャラリー

トイレやお風呂、洗面所、キッチンといった、水まわりのショールームのフロアに併設されているギャラリーである。化粧室がぴかぴかだった。

 
なお、特集にもあるように、5月6日まで、大規模な国際写真フェスティバルである、KYOTOGRAPHIEが開催されているが、その出品作家のひとりである高谷史郎は、西行庵で、中谷宇吉郎の雪の結晶写真を3000枚使用した作品と、またもう1点、高谷史郎による「氷の研究」ともいうべき作品を出品している。この機会に合わせて見ると、興味深いと思う。