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トランプから/トランプへ(3)マクルーハンとトランプ、あるいはマス・メディア都市に対するトランプ村
浅田 彰

2018.10.20
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電子情報網に包まれた世界はひとつの「グローバル・ヴィレッジ(地球村)」となるだろう。メディア理論家マーシャル・マクルーハンの半世紀以上前の予言である。

「世界都市」ではなく「地球村」。彼とE・カーペンターの論集『マクルーハン理論』(平凡社ライブラリー)を読むだけでも、この用語法が意図的なものであることがわかる。グーテンベルクの活版印刷術と、それを駆使したルターの宗教改革が開いた近代世界においては、それまでのようにマルチメディア・パフォーマンスとしてのミサ(聖書の装飾写本やラテン語による朗読もその要素に過ぎない)に集団的に参与するのではなく、ドイツ語訳聖書を範例とする印刷本と向き合った個人が文字列を黙読して内面で理解し、それについて考えたことを同様に一貫性のあるメッセ―ジとして外の公共空間に発信する、それが相互検証・相互批判を通じた熟議につながる――少なくともそういう建前になっていた。「都市」とはそのような個人の自立と公私の分離に基づく空間だったのだ。対して、ポストグーテンベルク時代のマルチメディア・ネットにおいては、音や映像まで含めたリアル・タイムの情報が飛び交って地球を覆い、人々は絶えず公私の別なくその情報の海に浸るようになる。カトリックへの改宗者だったマクルーハンは、そこに近代の疎外を超える間身体的共同性の回復を見た。現代の言葉を使うなら、それはモダンな「都市」ではなく、プレモダンな「村」のポストモダンな回帰だと言っていいかもしれない。(ポストモダンな「村」は人工的・再帰的な虚構であり、選択的な多重帰属が可能であるという点で、生まれたときから自分を包み込んでいるかつての「村」と違うことは、強調しておく必要があるけれども。)

ただし、マクルーハンの予想と違って、現代のネット社会は、ひとつのグローバル・ヴィレッジではなく、それぞれかなり閉鎖的な無数のロ-カル・ヴィレッジズ に分解してしまった(地域別にも関心領域別にも)。とくに最近問題化しているのは、個々の村が共鳴箱と化して、ドナルド・トランプのような人の声高なツイート(日本では「つぶやき」と訳されているが本来は「さえずり」)をひたすら増幅する傾向である。そうなると村ごとにそれぞれの「事実」(alternative fact)や「真実」(post-truth)があるということになりかねない。むろん、データベースと検索エンジンの拡大・進歩により、情報のフローがストックされ、ほぼリアル・タイムの検証(fact check)も可能になってきた。それを基にマス・メディアの展開するトランプ批判は、「都市」の市民には無視しえぬ説得力を持つ。しかし、そもそも「都市」を認めない「トランプ村」の村人たちは「そんなものはマス・メディア村のフェイク・ニュースに過ぎない」と信じ込まされ、「事実」や「真実」の歯止め(カール・ポパーの言う反証主義の意味で)を失った言語ゲーム(「ああ言えばこう言う」という言語のレヴェルでの言い合い)のエスカレーションの中で、「マス・メディア村」への不信と憎悪を募らせるばかりなのだ。トランプの支持率が全体で4割前後なのに共和党支持者の間では9割近い高水準を保っている異様な政治状況の背後には、都市の広場(アゴラ)という共通の土俵の上での論争ではなく、そもそも土俵を共有しない村同士の部族的(tribal)な対立が全面化してきたというメディア論的変容があるのではないか。

さらに、SNSなどでデマを流布して、自国のみならず他国の世論や選挙結果まで操作しようとする動きが活発になってきたのだから、事態は深刻である。ロシアとトランプの結びつきの全貌はまだわからないが(注1)、ロシアが民主党全国委員会(DNC)のコンピュータをハッキングして得たクリントン陣営に不利なメールなどがウィキリークスによって公開され、結果的にトランプに有利に働いたことは確かだ。そこにSNSを通じた世論操作が加わる。とくに問題なのは、そこが「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」世界であり、低いコストで大きな効果が得られるということだ。たとえば、最もひどい例として、すでに大統領選挙の後だったが、ワシントンの場末のピザ屋「コメット・ピンポン」に28歳の男が押し入り銃を発砲した事件がある(幸い死傷者は出なかった)。犯人は「クリントン一味の関与する未成年者の人身売買・性的虐待組織がこのピザ屋を拠点のひとつとしている」というデマ(いわゆる「ピザゲート疑惑」)をネットで読んで信じ込み、犠牲者を救い出すために討ち入りを決行したのだ。言うまでもなく、クリントン夫妻がどんな悪人であったとしても、全国、いや世界の目が注がれている中でそんな危険なことはやらないし、万が一やるとしても、会員制の高級クラブならいざ知らず、場末のピザ屋など使うはずがない。ところが、「クリントン夫妻が悪魔的な性犯罪組織に関与している」というデマと、ゲイの経営する「コメット・ピンポン」は怪しいという話がいつの間にかネット上で合成され、その結果できあがった荒唐無稽なフェイク・ニュースが「反クリントン村」を駆け巡って、人を発砲事件にまで衝き動かしたのである。(注2

繰り返せば、ロシアとトランプの結びつき、とくにネットを介したアメリカ大統領選挙へのロシアの介入の全貌はまだわからない。とりあえず、これまで報道されてきた事実をまとめたものとして小川聡・東秀敏『トランプ ロシアゲートの虚実』(文春新書)、もっと詳しいものとしてK・H・ジェイミソン『サイバー戦争』(Kathleen Hall Jamieson , ”Cyberwar: How Russian Hackers and Trolls Helped Elect a President “(Oxford University Press, 2018)を挙げておくが、後者の副題にそって言えば、ハッカーは知識と技術を要するとしても、SNSの「荒らし」などを担当するトロールならネットに張り付いたひきこもりのオタクでもやれる――いや、むしろその方がいいのかもしれない。現役時代のエドワード・スノーデンのようなエンジニア、あるいはギークが、ネット全体の盗聴やハッキングによる諜報戦を担う一方、オタクもまた「下手な鉄砲」を撃ちまくって真偽不明のコンテンツをネットにばらまく擲弾兵として情報戦を担うようになったというわけだ。こうして人材育成を含むコストが劇的に下がったことを考えれば、精度が低く効率が悪いとしか思えない情報攪乱戦も、全体的に見れば案外コスト・パフォーマンスがいいのかもしれない。いずれにせよ、2016年のアメリカ大統領選挙で注目されるようになったこういうサイバー戦争は今後ますます活発化していくだろう。いや、それはすでに2016年以前から静かに広がっていたのかもしれない。
20世紀末までにマクルーハンの明るい予言はかなりのところまで実現された。21世紀のいま、世界はその影の部分に直面して立ちすくんでいる。

 

注1 ロシアとトランプ ロシアとトランプの結びつきに関し、前提としてわかっているポイントをとりあえずいくつか挙げておけば;
(1)1984年以降、とくに冷戦終結の後になると、トランプの下にロシア・マネー(とくにオリガルヒと呼ばれる新興財閥のしばしばダーティな資金)が流れ込み、不動産から美人コンテストにいたるさまざまなビジネスが展開されてきた。

(2)2014年のロシアによるウクライナへの干渉とクリミアの併合を機にオバマ政権がロシアに制裁を課したが、クリントンがオバマより強硬になることはあっても制裁解除に動くとは考えられなかった半面、トランプならはるかに柔軟な対応が期待できた。一般に、「世界の警察官」であることを放棄し、第二次世界大戦後の「自由世界」を支えるためにつくったNATO(北大西洋条約機構)やWTO(世界貿易機関)といった国際組織から距離をおいて、「アメリカ・ファースト」に徹しようとするトランプの政策は、ロシアにとって好都合だった。

(3)トランプのみならず、ポール・マナフォート選挙対策本部長(親ロシア派のヤヌコーヴィチ前ウクラナイナ大統領のコンサルタントとして6000万ドルも荒稼ぎしていたことがある)をはじめとするトランプ陣営の幹部は、ロシア側と接触を重ねており、とくに2016年6月9日にはマナフォートやジャレド・クシュナー(トランプの娘イヴァンカの夫)やドナルド・トランプ・ジュニアがヒラリーに対する批判材料を提供してくれると期待してロシア人弁護士とトランプ・タワーで会ったことが、ドナルド・ジュニアと関係者の一連のメールに明記されている。そもそも、トランプが2016年7月27日の選挙演説で「ロシアよ、聞いていたら、(ヒラリーの)紛失したメール3万通を見つけてくれ」と大っぴらに呼びかけたことはあまりに有名だ。むろん、冗談で言ったのだろうが、トランプが厄介なのは、すべての発言が真実半分冗談半分というところなのである。

 
注2 アブラモヴィッチ・コネクション 実は、クリントン一派を貶めるデマの捏造と拡散の過程に、過激なパフォーマンスで有名なマリーナ・アブラモヴィッチも巻き込まれる。ハッキングされ公表されたクリントン陣営ジョン・ポデスタ選挙対策委員長にかかわるメールから、彼がかつてアブラモヴィッチに彼女のパフォーマンス「スピリット・クッキング」にちなむディナーへ招待されていたことがわかった。悪名高いアレックス・ジョーンズの INFOWARS は、それを「証拠」として、ポデスタが血や精液や母乳を用いる悪魔崇拝の儀式に参加していた、クリントンもその仲間だ、こうした「スピリット・クッキング」はセックス・カルトの儀式でも行われるものであり、まだ証明こそされていないものの、クリントン一派が性犯罪組織に関与していても驚くにはあたらない、と読者を煽り立てたのである。これほど荒唐無稽なデマが多少なりとも選挙結果に影響を与え、果てはピザ屋での発砲事件まで引き起こしたという事実こそ、いかなる悪魔崇拝よりも戦慄的だと痛感せずにはいられない。

思い出せば、2004年に丸亀市猪熊弦一郎現代美術館で開かれたアブラモヴィッチ展でも、カフェのガラス窓は豚の血で書かれたと称する文字で覆われており、「本ものの豚の血?」と聞いたら彼女は微笑むだけで答えなかったが、あの時の写真が公開されたら、私もまた悪魔崇拝の一員に仕立てられてしまうのかもしれない。

 
付記
メディア論的な観点から付け加えておけば、アメリカにおける極右の言説は、全国ネットワークTVでは口にできない差別発言などを平気で喋り散らすローカルなトーク・ラジオ(talk radio)を拠点としていたが、それをTVに持ち込んだFOXニュース(1996年設立)が2001年の9.11同時多発テロ以後の異様な反イスラム愛国主義の高揚に乗ってCNNを凌ぐまでになったことで完全にメジャー化した。トランプがFOXニュースを拡声器として使い、CNNを「フェイク・ニュース」の筆頭として非難するのは、こういう文脈の延長上においてのことだ。マクルーハンは、ラジオが情報を一方的に押し付けてくるホットなメディアなら、TVは視聴者の参加を想定するクールなメディアだと考えた。これはTVの解像度が低かった時代の話ではあるが、この用語法を一般化して使うなら、トーク・ラジオはきわめてホットなメディアであり、それにならってクールなTVをホットにしたのがFOXニュースであると言えるだろう。

 
(このコラムの短縮版は2018年10月13日の日本経済新聞に「半歩遅れの読書術」として掲載された。)