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共生のモジュールを発明する――前川紘士の「Scales, others」
文:F.アツミ

2016.02.11
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F.アツミ

穏やかに、しかし眩いばかりの輝きをもって絡みあう色彩/形態が展示スペースに息づく。近年、「風景に同期する」(トレジャーヒル・アーティストビレッジ/台北/2012年)、「ひと花プロジェクト 美術の時間」(ひと花センター/大阪/2013年~)、「奈良県における障害のある人の芸術活動に関する調査」(たんぽぽの家/奈良/2014年)など、開発区域の住人、単身高齢者、障がい者といった周縁的ともいえる存在へのリサーチ活動を行ってきた前川紘士による「Scales,others」が2015年11月7日~22日、ギャラリー・パルク(京都市中京区)において開催された。

前川紘士「Scales, others」2015年、展示風景(撮影:守屋友樹)


シンプルな分子構造を想わせる鮮やかなブルーの円形、明るい墨で描かれたDNAの螺旋構造のような模様、結晶体にも似た温もりのあるオレンジの四角形、一連の「Space of drops」(紙、アクリル絵具、墨、2012~15年)では、キャンバスに滴下された一粒の色彩の雫は、その水分が途絶えるまでペン先で引き伸ばされる。円形のタブローのうえで軽やかに生成する色彩/形態のイメージは生のメタファーとなって、一単位の雫に賭けられた時間のなかで、周囲の色彩/形態と絡みあい、離れ、あてどなく漂い、途絶えていく。

前川紘士「100_Space of drops #5」2015年(撮影:守屋友樹)


「Space of hands」(粘土、紐、ビニールチューブ、ホログラムシート、コーヒー:2013~2015年)では、「Space of drops」で展開された色彩/形態のイメージは日々の生活で用いられる素材によって具現化されることになる。マテリアリティを与えられた色彩/形態を手にとると、手のひらのなかの無機質でプラスティックな色彩/形態は、傷つけられた肉や神経、衣服のほころび、知育玩具のようなものへと姿を変え、生々しい現実の触感をもって迫ってくるだろう。その色彩/形態はアーティストが近年の活動を通して向き合ってきた周縁的な存在、つまり誰かに排除され傷つけられたかもしれない人々、家庭あるいは家もなく街をさまよっていたかもしれない人々、あるいは病院や施設のなかで隔離されたままであったかもしれない人々のことをみる人に思い起こさせるだろう。

前川紘士「35_Space of hand」(部分)2012-2015年
(撮影:守屋友樹)


アーティストの冷静な眼差しはしかし、その現実を曝すのみにとどまらず、むしろ周縁的な存在と向き合うなかで把握されたかもしれないコミュニケーションの異質な規則を抽出することに向けられている。その異質な規則には、たとえば誰かの笑顔が蔑みの情として受け止められ、救いの気持ちから差し出された手は払いのけられ、日常的な動作や理解に向けた教育が暴力となるようなコミュニケーションの破綻、そしてその破綻を抱えつつも人々が共に生きるなかで繰り返されるディス・コミュニケーションの律動が映し込まれているかのようだ。「Hands projection」(粘土の原型、ペーパークラフト:2015年)の諸作品では、色彩/形態のイメージから現れた異質な規則は再び抽象化され、正三角形の連続体によって構成されたトーラスのようなものへと変容する。そのトーラスのようなものを構成する色彩/形態のイメージのなかでディス・コミュニケーションの律動はまた別のコミュニケーションへと調律され、「Hands projection_models of scale connector」(ダンボール、アルミテープ:2015年)の立体物へと彫琢されていくのかもしれない。

前川紘士「Hands projection_8 lumps」2015年(撮影:守屋友樹)


前川紘士「Hands projection_Twist」2015年(撮影:守屋友樹)


前川紘士「Hands projection _ models of scale connector」2015年
(撮影:守屋友樹)


なお、展示期間中の11月21日に開催されたトークイベント「ご近所話から」では、『むらと原発』(※1)の著者である猪瀬浩平(見沼田んぼ福祉農園/文化人類学者)と前川紘士により、周縁的な存在であるアーティストとコミュニティの境界性をめぐる意見交換が行われた。前川によると、「Space of drops」は宇宙での芸術実験に着想を得たという。そのこともあわせて考えると、人々とのワークショップなどを通した協働制作のなかで感知された色彩/形態のイメージの絡みあいから、コミュニケーションの異質な規則を立体物として具現化することで、周縁を生きる人々と共に生きる社会のコスモロジー(世界観)を表象するという意味において、「Hands projection_models of scale connector」は社会彫刻の様相をまとう。

人はアートを通してどのように他者とコミュニケーションを図ることができるのだろうか? あるいは、人はアートを通してどのようにして他者とのコミュニケーションの齟齬を感じることができるのだろうか? 「Scales,others」において変容する色彩/形態のイメージは、周縁的な存在との遭遇という出来事において引き起こされる「脳の協働」(※2)によって発明された共生のモジュールとなって、私たちにそう問いかけてくるかのようだ(※3)。滴下された色彩の雫とキャンバス上の色彩/形態のイメージは、天から命を受けた人々がただ地に向けて落下しながらも、一縷の共感をもって手をとり合おうとするその瞬間を捉えている。


(註)
※1)猪瀬浩平『むらと原発』(大阪、農山漁村文化協会、2015、274p)。同書では、高知県における窪川原発計画を「もみ消した」四万十の人々の言動を追跡するなかで、むら社会における熟議民主主義の楽観的な側面を描出している。「Space of drops」の円形のタブローを、異質な生の軌跡を描く人々や、公衆の対話のなかで紡ぎだされるポリフォニー空間としてみることは十分に可能だろう。
※2)「脳の協働」と共同財、芸術作品の関係については、マウリツィオ・ラッツァラート(著)、村澤真保呂ほか(訳)「脳の協働による生産――共同財」(『出来事のポリティクス――知-政治と新たな協働』京都、洛北出版、2008、169-72)を参照。「Scales,others」で生成・具現化された色彩/形態のイメージを公衆(パブリック)の共生を支える共同財のモジュールとして捉えること。
※3)最後に、アーティストによれば、本展はこれまでの一連のワークショップやリサーチなどから連続的に派生したものではなく、むしろ個別に独立したものとして実現されたものであったという。アート作品を配置した本展とコミュニティでのワークショップは、今後どのような関係を切り結ぶことになるのだろう? この時点において、アートにおける表象の自律性と参加の政治性は繊細な手つきで天秤にかけられているのかもしれない。アーティストによるワークショップの一例としては、「ひと花プロジェクト事業報告書2014」(大阪府西成区)を参照。http://www.hitohanap.org/wp-content/uploads/2015/09/houkokusyo_2014.pdf


(2016年3月1日公開)

F.アツミ
編集/批評・Art-Phil www.art-phil.com/
 
 
「Scales,others」前川紘士 個展  2015年11月7日~22日、Gallery PARC[ グランマーブル ギャラリー・パルク ]