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『BRIAN ENO AMBIENT KYOTO』展レビュー
文:國崎 晋

2022.06.17
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77 Million Paintings. Photo by So Hasegawa
ブライアン・イーノは一般にはミュージシャン/プロデューサーとして知られる存在だろうが、元々アートスクール出身であり、音楽と並行してビジュアル作品も作り続けていた。その2つの表現活動が融合したものがインスタレーション作品ということになるが、それをつなぎ合わせているのは、イーノが長らくテーマとしている“ジェネレイティブ=自動生成”というコンセプトだ。作家が初期設定をすれば、あとは作品自身がバリエーションを生み続けるシステムで、“無限に続く音楽”と“果てしなく変化する絵画”が重なり合ったのが彼のインスタレーション作品なのだ。今回の展示は代表作である「77 Million Paintings」「The Ship」「Light Boxes」に加え、新作「Face to Face」が披露されるなど、イーノのインスタレーションを一望できる良い機会である。

1Fに展示されている「77 Million Paintings」は、2006年にラフォーレ原宿で初公開された際はスクリーンに投影されたビジュアル作品という印象が強かったが、今回は空間に対してきちんとコンポジションがなされた強度の高いインスタレーション作品となっていた。細い木の柱が林立し、床に小さな砂山が設えられた空間の奥に、複数のディスプレイが十字架や卍をイメージさせる形で配され、同じ大きさのディスプレイごとに映し出されるイメージがゆっくりと変化していく。あるときは具体的な、またあるときは抽象的なイメージが現れ、それらの組み合わせによってタイトル通りほぼ無限の枚数の絵画が立ち現れる。場内にはソファが用意され、訪れた客はそこにゆったりと腰掛け、イメージが移ろうさまを堪能することができる。四方の壁に設置されたGENELECの小型スピーカーが静かなそして深いサウンドを奏でる一方、隅に置かれたBOSEのコラム型スピーカーが、時折物音のようなサウンドを鳴らす。映像としても音響としてもどこが始まりでどこが終わりということなく、ただ時間だけが過ぎていく。

Light Boxes. All the photos by So Hasegawa

2Fに展示された「Light Boxes」は、その名の通り光を発する箱が部屋の長辺側に3つ置かれたもの。箱の内部は仕切られ、仕込まれたLEDの光がとてもゆっくりと色味を変え、仕切りの境界を乗り越え干渉していく。箱が置かれた向いの壁面に掛けられたSONOSの小型スピーカーから流れるアンビエント・トーンと相まって、時間の流れが通常の何倍にも引き伸ばされたような、実に心地良い感覚に満たされる。

3Fは2つの展示室に分かれており、手前の部屋には「Face to Face」が展示されている。縦に掛けられた3つのディスプレイには、実在する21人の顔写真をもとにピクセル単位で別の顔へとモーフィングしていく映像が絶え間なく流れる。男だった顔が女へ。白人だった顔が黒人へ。老人であった顔が若者へ……。変わり方があまりに自然で、じっと見つめていても、いつ変わったのかまるで分からない。けれども気づけばまったく違う顔になっている。性、人種、年齢は人々が思っている以上に微々たる差なのかもしれない。2Fの部屋と同じく壁に設置されたSONOSのスピーカーからは緊張感のあるサウンドが流れ、そのためか生み出される顔・顔・顔と向き合い続けてしまう。

Face to Face

そして展示の最後の部屋となるのが「The Ship」。他の部屋と異なりビジュアルの要素は入口近くに置かれたスピーカーのオブジェのみで、あとはほの暗い灯りの中、2016年にイーノがリリースしたアルバム『The Ship』収録曲のマルチチャンネル版が流れるだけである。イーノの歌、ボコーダー、俳優ピーター・セラフィノウィッチによる朗読といった声の要素が多く、またギターやストリングス、シンセサイザーなど楽器編成も多様だ。通常、マルチチャンネル作品の再生は同じスピーカーを数多くそろえ、それぞれからどのくらいの音量で鳴らすかによって音像定位を行うのに対し、ここではGENELECやBOSEのスピーカーを使い分け、さらにはFENDERやVOX、ROLANDのギターアンプも用意し、それこそギターのパートはギターアンプから鳴らすなど、それぞれのスピーカーの質感を生かした再生を行っているのが特徴的だ。それは京都市京セラ美術館で6/5まで開催されていた森村泰昌「ワタシの迷宮劇場」展での朗読劇「影の顔の声」で、ラジカセや大小のスタジオモニターが意図的に使い分けられていたことにも通じている。黒子としてのスピーカーではなく、話者としてのスピーカーであり、それぞれに役割を持たせているのだ。

The Ship

「The Ship」はそもそもタイタニック号の沈没をテーマに作られた作品で、ラストにヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「I’m Set Free」をイーノが朗々と歌い上げるなど、他の展示とは違い始まりと終わりがある。「I’m Set Free」の余韻に浸り、まさに解放された気分で、再び1Fの「77 Million Paintings」へ入ると、本当に心地良い……それこそ現実を忘れ、ここに逃げ込んでいたい気持ちになる。それゆえこの作品を“逃避”と批難する向きもあるかもしれない。だが、居心地のいい空間を作ろうとするアーティストがいる、そしてそれを実現するためにサポートする人たちがいることの尊さに私たちは気づかねばならない。実際、この展示にしても主催者はもちろん、多くのスタッフの努力のもと実現しているわけで、こんな素敵な空間を世界中あちこちで多くの人が作っていけば、現実世界が次第に心地良いものへと入れ替わっていく可能性さえあるのだから。ひとりのアーティストの妄想から始まったことが、多くの人間がかかわっていくことで世界そのものを変革していく。そんな青臭い夢を改めて信じたいと思わせる展示であった。

77 Million Paintings

くにさき・すすむ
RITTOR BASEディレクター


『BRIAN ENO AMBIENT KYOTO』展は、2022年8月21日まで京都中央信用金庫 旧厚生センターにて開催中。
https://ambientkyoto.com/