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サイエンスとフィクションの狭間に
インタビュー:八木良太 聞き手・構成:畠中 実

2015.01.06
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インタビュー:八木良太(アーティスト)
聞き手・構成:畠中実(NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]主任学芸員)

サウンド、映像、オブジェなどを用いて、ものと人との関係を問い直す、プレイフルで不思議な展覧会が横浜の神奈川県民ホールギャラリーで開催中だ(2015年1月17日まで)。日常に存在する事物を巧みに再構成し、我々の感覚を揺さぶる作品世界を作り出すアーティストの発想の源とは? 様々なメディウムを用いるアートに熟知した旧知のキュレーターが、個展の内容にとどまらず、創作の核心について京都在住の作家に尋ねた。

 
●美術に「信用させる仕組み」を与えたい

—— 今回の展覧会は、いままでで最も規模の大きな展覧会ということになりますね。
そうですね。前に横浜市民ギャラリーあざみ野で鈴木昭男さんと2人展(『音が描く風景/風景が描く音 鈴木昭男・八木良太展』2010年)を行ないましたが、それが1人で担当する面積としてはいちばん大きな展覧会でした。今回は1,300平米の展示空間。神奈川県民ホールギャラリーのキュレーターの中野(仁詞)さんに初めて会ったのが2010年にニューヨークにいたときで、それから帰ってきて(八木が出品している)『日常/オフレコ』展の前の展覧会(『日常/ワケあり』2011年)を観に行ったときに、すごく面白い展示空間で、「やってみたいな」という気になったんです。

—— 『サイエンス/フィクション』という展覧会タイトルの由来は?
科学には信じさせる力があるから、サイエンスフィクションも成り立つ。つまり作り話も、科学への信頼において成立しているようなイメージだったんですね。一方、美術においては、作り話や嘘みたいなものが当たり前のように行なわれている。それはそれで正しいと思っているんですけれども、科学のように、美術にもうちょっと信用させる仕組みを与えることはできないのかなと思って考えたタイトルなんです。語の響きと、科学と作り話みたいなものの2つの言葉がセットになっているという雰囲気もいいなと思って選びました。

—— 八木さんの作品にはフィクションはないと思うんです。作品を成立させる仕組みが本当に機能していて、しかも明確に提示されている。あり得ないようなことが起こっていて、それは実際には、物理的・技術的な仕掛けによる本当のことなんだけど、逆にフィクションというかトリックじゃないかと思わせるところがある。そういう面白さがありますね。
作品の中に、3D眼鏡をかけて立体物を立体視で観るものがあるんです。あれを作ったときにすごく不思議だったのは、なにかが 見えるという人もいるし、見えないという人もいるんです。その2つを分けているものって一体何なのかなと思ったら、そういうふうに信用させる力みたいなものを作品が持っているかどうか、それによって見え方は大分違うんではないかと。それを成立させるための小道具として、ああいう3D眼鏡や、ちょっとしたテクノロジーみたいなものがある。そのおかげで、観る人はまんまと乗せられて、見えちゃったりするんです。僕自身は作っている側なので、実はあまり見えてないんですけどね。

八木良太展『サイエンス/フィクション』展示風景〈Room3 Stereo / 見えない像〉(撮影:表 恒匡)


 
—— 作品自体にも両義的なところ、1つの解釈に収まらないようなところがあります。
そうですね。どの作品も、言葉ではあまり限定しないようにしているつもりです。カタログでも、客観的な事実のみを述べていくというか、この作品はこういうものとこういうものとこういうものが組み合わさって出来ています、仕組みはこういうものですと言って、図解までしてオープンにしているんです。でも、自分はこう思うとか、どう観てほしいかということはあまり言わないようにしています。

 
●物質的なもののほうが単純で、美しい

—— 今回の展覧会は、これまでの作品を網羅したような感じですね。
最初期に作った作品から新作まで、バランスよくというか、満遍なく揃えました。
 各部屋にそれぞれテーマを付けているんですが、最初の部屋は「Threshold (知覚の扉)」といって閾値に関するものです。知覚できるぎりぎりのレベルというか、聞こえる人もいれば聞こえない人もいるぐらいの感覚のところ、見える人もいれば見えない人もいるみたいなところを攻めて、それでまず1回、知覚の閾値をぐっと下げる。第2室は、通様相性(つうようそうせい)という、感覚、触覚とか聴覚とかが総合的に関係し合う現象を扱うもので、「Modality」と名付けています。第3室が「Stereo」。ステレオ自体は立体とか訳しますけれども、僕のイメージとしては、L・Rの2チャンネル、もしくは左目と右目みたいな感じで、2つあることで物事が立体的に見える、聞こえるという現象についていろいろ考えた作品を並べています。

八木良太 手前:《In Secret》2005年、奥:《Timer》2006-2014年
八木良太展『サイエンス/フィクション』展示風景〈Room1 Threshold / 知覚の扉〉(撮影:表 恒匡)


写真上:八木良太《Sound Sphere》2011年、《video sphere》2014年
八木良太展『サイエンス/フィクション』展示風景〈Room2 Modality / 感覚学〉(撮影:表 恒匡)


八木良太 写真上:《Chroma Depth》2013年・2014年、写真下:《Foci》2013年
八木良太展『サイエンス/フィクション』展示風景〈Room3 Stereo / 見えない像〉(撮影:表 恒匡)


 「Soundless」という部屋もあります。音の作品なんですけど、音がしない作品ばかり集めました。例えば水中の音と水上の音を録音したレコードを、水の上に浮かべる作品は、展示では音を聞くことができない、音の作品です。展示という形式においては、複数の音が鳴っていたら展示空間の中で混ざっちゃうので、音がない音の作品ってけっこう有効なんじゃないかなと思って。

八木良太《Sky/Sea》2010年
八木良太展『サイエンス/フィクション』展示風景〈Room4 Soundless / 音のない音〉(撮影:表 恒匡)


八木良太展『サイエンス/フィクション』展示風景〈Room4 Soundless / 音のない音〉(撮影:表 恒匡)


 最後のいちばん大きい部屋は「Spin」と名付けているんですけれども、回転することによっていろんなものを混ぜるというか、攪拌するようなイメージです。回転運動によって起こる感覚の攪拌で、それをまた視覚と聴覚とか平衡感覚とか時間感覚みたいなものをぐちゃ混ぜにできないかなということを考えました。それらの展示室を1階から地下1階まで順路を設けて、順番に観ていくという展示構成になっています。

八木良太展『サイエンス/フィクション』展示風景〈Room5 Spin / 回転と撹拌〉(撮影:表 恒匡)


—— 展覧会全体で、感覚や知覚の問題を扱っているように思いますが、一方で、僕らが年明けにトークをするテーマは、もうちょっと物質的な部分にフォーカスされていますね(トークセッション「物の理(もののことわり) 八木良太の場合」2015年1月12日)。その2つのつながりはどういうものなのでしょうか。
ある出来事を知覚するには、物質がいちばん情報を豊かに持っているように思うんです。例えばデジカメや携帯の写真をディスプレイで学生によく見せられるんですが、そこから受け取る情報ってすごい少ない。プリントアウトした写真やフィルムのほうが、見たときによっぽどインパクトがあるし、情報量が圧倒的に多いような気がするんです。
 デジタルかアナログかみたいな分け方はしたくなくて。それよりもバーチャルかリアルかというところなんですけれども、現実の物質は1つのものに対して、視覚も聴覚も嗅覚も、複数の感覚が一気に刺激されるような感じがするんですよ。ただ、バーチャルリアリティ的なものって、例えばヘッドフォンして、ゴーグルしてみたいなものって、それぞれ別の感覚に別々の素材が訴えかけているようで、1個に統合するのがちょっと面倒くさい。だから、やっぱり物質的なもののほうが単純で、美しいような気がして。レコードプレーヤーとかレコードとかにこだわっているのは、たぶんそういうところなんです。
 スライドプロジェクターは最近よく使っていて、それとポータブルのレコードプレーヤーってすごい存在感が似ているんですよ。両方とも、仕組みが外に出ているじゃないですか。スライドプロジェクターは、フィルムに直接光を透過させて、それをレンズに通して映す。レコードは、針があって、レコードを直接引っかいた音を拡大して再生する。そういう、仕組みが一目見たらわかるというところでも近いと思うんです。佇まいがすごい似ているんですよね。
 メディア自体にも興味があって、フリードリヒ・キットラーが書いた『グラモフォン・フィルム・タイプライター』という本がありますけど、その3つのアイテムって、共通しているところがすごくある。とても物質文明的な感じがするというか、そういう機械自体が持っている質感にも興味があります。

 
●知覚をどうコントロールするか

—— 八木さんの表現について、メディアアートとサウンドアートという2つの言い方があると思うんですが、八木さんの場合、サウンドは、メディアを介して聞こえてくる音という部分がかなり大きいわけですね。
いままで僕の中にあったメディアアートは、ブラックボックス化したコンピューターだとか、入力と出力の関係が見えないようなものというイメージが強かったんです。最近になって、メディアという視点をベースに作品づくりをするんだったら、別にそれが音楽であっても、映像であっても、絵画であっても、彫刻であっても、何だってひとつにまとめられるなと思って。でも、直接ペインティングするんじゃなくて、仕掛けとか仕組みみたいなものでペインティングを作る。映像も同じで、映像表現には別に興味がなくて、映像という仕組みを使って現象を解体するとか、崩して考えるのは面白いと思っています。

—— あるメディアを、いま使われているような利用の仕方じゃなくて、別な利用法を見つけるというのはメディアアートにおけるひとつの方法ですよね。
既製品に対してもそうですし、身体に対しても、構造として捉えることでその辺が結びつくんですよね。人間も、機械的な見方をすると、左右の目の視差で立体感を捉えるみたいなことになると思うんですけど、いま現実にあるいろんな機械も、たぶん同じように見ているんだと思います。

—— それは、別に自分で作る、作らないにかかわらず、ある素材を選ぶということにもかかわってくる。それを選んだ作家性というか。
そうですね。構造とはまた別のあるチョイスというか。既製品を使っていると、そのフレーム、例えば展示台だとか、額だとかの重要性がすごくよくわかるようになるんです。だから、造作物に関してもすごく気を遣っているつもりです。
 カタログも、ある意味作品というか、メディアのひとつだと思うので、かなり考えて作りました。たとえば、カタログから映像を参照する際にQRコードを多用しています。映像メディアと紙メディアってすごく相性悪くて、いままではDVD付けたりとかしたじゃないですか。でも、すでにDVDを付けても、観れない人がけっこういるので、10年後、20年後に本と映像を常に参照できる状態にしておくんだったら、やっぱりオンラインに上げて、常に情報を更新していけるようにしておくことが現時点での最適解だと思っています。いまやスマートフォンも立派な映像の再生装置なので、本の隣にこういうものがあったらすぐにスキャンして、映像を観れるというのがいいなと思って。それと、印刷だけ先に回しといて、後から映像を差し込むということも可能になるじゃないですか。ウェブだったらいつだって更新できるので。

—— 同じ方法で、作品のアイディア自体もバージョンアップしていけそうですね。
自分では、どちらかというと編集の視点がかなり強いと思っているんです。だから、過去の作品も、もう1回作り直すというのは、ある意味、編集している感じです。並べ替えたり、組み替えたりをひたすら続けていて、だんだん表面が整ってくるという感じです。1回目に出すときは、作品のアイディアは面白くても表面的な美しさがまだまだ出来てなかったりとか。時系列的に過去のこの時点でのこれ、みたいな感じではなくて、例えば10年前に作った作品が、いまでも全然変わらずにもう1回作れるとか。

—— 最後に展覧会の観どころを教えて下さい。今回は注目すべきポイントとして、神奈川県民ホールギャラリーの巨大な空間を使うということがありますね。
いちばん大きな第5展示室はすごくインパクトのある空間で、吹き抜けのようになっています。上からも見下ろせるし、天井までがものすごく高いので、高さをうまく利用して展示できたらいいなと思ってやっているところです。ただ、作品は大きさではないと思っているので、空間として見せるためのボリュームを確保したという感じで、やっていることは、いままでの作品の拡張かもしれないですね。

八木良太展『サイエンス/フィクション』展示風景〈Room5 Spin / 回転と撹拌〉(撮影:表 恒匡)


 先ほど話したとおり、第5展示室のテーマは「Spin」、つまり回転なんです。時間的にも収まりがよくて、回転するモチーフを扱った作品をいっぱい集めています。ロジェ・カイヨワが定義した4つの遊びに「めまい」というのがありますよね。めまいのようなものが引き起こされるし、それを今回はかき混ぜるという意味合いでも使っているんですけど。知覚をどうコントロールするかというか、遊ばせるというところですね。
 こんなに大きな空間で自分の作品が見せられる機会もそう多くはないので、何かのターニングポイントになれば。別に曲がりたいわけじゃないんですけど、作家の経歴として、最初の大きな、点をひとつ打ちたいとは思います。
 

(2014年12月8日取材 京都 八木良太アトリエにて/2015年1月8日公開)



やぎ・りょうた
1980年、愛媛県生まれ。京都市在住。音響作品をはじめとして、オブジェや映像、インスタレーションからインタラクティブな作品など、表現手法は多岐にわたる。近年参加した主な展覧会に、『Second Sight』(うつのみや妖精ミュージアム、2014年)、『日常/オフレコ』(KAAT神奈川芸術劇場、2014年)、『phono/graph―音・文字・グラフィック』(ギンザ・グラフィック・ギャラリーギャラリー、2014年)、『ヨコハマトリエンナーレ2011 OUR MAGIC HOUR』(横浜美術館、2011年)など。
http://www.lyt.jp/
 
はたなか・みのる
1968年、東京生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]主任学芸員。ICCでは現在、『大友良英 音楽と美術のあいだ』を開催中(2015年2月22日まで)。



八木良太展「サイエンス / フィクション」Lyota Yagi Solo Exhibition”Science / Fiction”
2014年12月21日(日)~2015年01月17日(土) 神奈川県民ホールギャラリー