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AIR on air 2.0: Part 1
文: 石井潤一郎

2023.06.23
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Photo: AIR on air 2.0

2022年6月に発足したEUNIC関西設立を記念して、EUNIC関西と京都芸術センターは、ハイブリッド型シンポジウム「AIR on air 2.0」を開催しました。
コロナ下の2020年12月にオンラインで開催したシンポジウム「AIR on air」からの議論を引き継ぎ、目まぐるしくシフトする社会情勢下でのアーティスト・イン・レジデンス(AIR)の現在地を確認し、どのような変革が求められているのかを議論した本シンポジウムについて、ICA京都の石井潤一郎が『日本全国のアーティスト・イン・レジデンス総合サイト AIR_J』でレポートしました。

>> AIR_J で読む




「性急さを必要としたパンデミックへの対応は、部分的には終息へと向かい始めています。しかしこの危機は戦争や緊張、そして地球温暖化などの他の問題が、ますます深刻なものであるということをわたしたちに知らしめました。わたしたちは今、この地球の上で『どのように生きてゆけるのか』そして『どのように生きてゆきたいのか』といった、大きな問題と向かい合わなければなりません」

2022年12月16日、ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川、ヴィラ九条山、アンスティチュ・フランセ関西、オランダ王国大使館、京都芸術センターによって組織されたハイブリッド・シンポジウム「AIR on air 2.0」の開幕にあたり、ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川、館長のエンツィオ・ヴェッツェルはそう述べた。

芸術的創作のためのスペース、アーティスト・イン・レジデンス(AIR)はどのようにアーティストの活動を支援できるのだろうか。芸術的な自由を維持することがその役割なのだろうか。あるいはわたしたちが直面する地球規模の、そして新しい要求に対して自由を開放してゆくことがその使命なのだろうか。

二年前、2020年12月、コロナ禍で移動の自由が著しく制限される中、オンラインで開催された第一回目の同シンポジウムでは「移動の自由」「脱炭素化(グリーン・モービリティ)」そして「デジタル化」といった観点から、AIRの展望が議論された。第二回目となる今回は、特に「アート制作における気候変動の危機」と「連帯とケア」というふたつの問題に焦点を絞って、各分野の専門家を招きハイブリッド形式で意見交換が行われた。

ポスト・パンデミックとも呼ばれ始めているこの時代、AIRにはどのような機能が求められているのか。開会の挨拶でアンスティチュ・フランセ・パリ本部のエヴァ・ニェン=ビン理事長からは「例えばフランスのAIRでは、2020年のベイルート港爆発事故以降、100名を超えるレバノンのアーティストを受け入れてきました。2022年、ロシアのウクライナ侵攻の後にも、多くのウクライナ・アーティストを受け入れています。このような危機的な状況の中で、AIRはどのようにアーティストたちを迎え入れることができるのでしょうか。また同国で危機が続いている中、AIRの『滞在期間終了』を、どのように考えることができるのでしょうか。ぜひ、今回のひとつの議題にしていただきたいと思います」との言葉も寄せられた。

Photo: AIR on air 2.0

セッション1.アート制作における気候変動の危機-ヨーロッパと日本の視点から考える

シンポジウムの第一部では「アート制作における気候変動の危機」に関連して、四人の登壇者によるプレゼンテーションが行われた。

森美術館アジャンクト・キュレーターのマーティン・ゲルマンは、国際芸術祭「あいち2022」で紹介されていた作家、ローター・バウムガルテン(1944-2018)と、森美術館の「MAMスクリーン017」で、パートナーであるロバート・スミッソン(1938-1973)との共作が上映されている作家、ナンシー・ホルト(1938-2014)を取り上げた。

バウムガルテンは60年代後半から70年代初頭にかけて、特に生態学の観点から、西洋の言説や近代社会を牽引する思考のシステムを離れ、代わりにアマゾンの熱帯雨林に暮らすヤノマミ族の、循環型の生活にその源泉を求めたアーティストである。

一方、さまざまな制作を行ってきたナンシー・ホルトは、80年代、わたしたちの身の回りにある「インフラ」に注目し始めた。「インフラ」は確実にわたしたちの周囲にある。にも関わらず、通常は目に見えない。ホルトは物質に何かを加えて作品を「制作」をするのではなく、すでにある(が見えなくなっている)ものを「見えるようにする」というアプローチで作品の制作を行なっていたのである。

ゲルマンはわたしたちが今日直面する問題は、昨今突如として起こり始めたものではなく、60年代や70年代、80年代にも確実に存在していた問題であり、当時のアーティストたちの取り組みを通して、今日のわたしたちが考えるべきことが見えてくるのではないか、と指摘する。

二人目のプレゼンテーター、オランダ、ヤン・ファン・エイク・アカデミーのジュリア・ベリネッティは、同インスティテューションが2020年から、ロンドン芸術大学(UAL)セントラル・セント・マーチンズの大学院「マテリアル・フューチャーズ」および「グリーン・アート・ラボ・アライアンス(GALA)」と共同で開発している「フーチャー・マテリアル・バンク」を紹介した。

同プログラムは、持続可能な芸術的実践を促進し、支援するために開発されたオンラインの「素材アーカイヴ」である。「バンク」には2022年2月現在、地球上のさまざまな地域のアーティスト、デザイナー、そしてその他の実践者たちから寄せられた、300を超える非毒性で持続可能な素材情報が収蔵されている。

「わたしたちは、これらを『フューチャー・マテリアル(未来素材)』と呼んでいますが、必ずしも『新しい素材』である必要はありません。これは『未来に通用する素材』であるという意味なのです。わたしたちは『未来』の概念についても議論しています」

ベリネッティは語る。「フューチャー・マテリアル・バンク」は、伝統的な工芸品やその技術を再利用したり再発見したりすることで、人間と環境の間で、よりバランスのとれた芸術的実践を復活させる、あるいは制作に関わる者に、そうしたインスピレーションを与えることを目的としている。

三人目のプレゼンテーターとなる三原聡一郎は、テクノロジーを使用して自然の循環をテーマに作品制作を行なうアーティストである。三原は自身の創作から、特に「環境破壊」や「気候変動」に関連した三作品を紹介した。

2011年の東日本大震災をきっかけに制作されたサウンド・インスタレーション《鈴 / bell》(2013)は、放射線センサーによって展示空間内の線量を計測し、その数値によって風鈴を鳴らす。

空気循環のないドームの中で鈴が鳴る様は一見すると奇妙な現象である。「鈴」は東日本の伝統において、人の世と人外の世の境界にあり、外から来る邪悪なものを知らせるという役割を負った。三原は同作を通して「放射線」という人間に知覚できないものを、計測器や数値情報だけではなく、文化的な体験として視覚化しようと試みた。

三原はまた《無主物 / Res Nullius》(2020)と題した作品によって、わたしたちが日々非意識的に触れている「水」を主題として取り上げた。世界的な気候変動でますます頻繁に報告される水害や渇水、そもそも「水」とはどこにあるのだろうか。

水蒸気を含んだ空気が冷やされて凝縮すると、物質の表面に「結露」として水分が生じる。三原はこの現象を利用して、冷却デバイスを配置した展示空間の空気中から水分を生じさせ、また作品空間には「川」や「雨」のような演出を施し、わたしたちが普段気に留めることの少ない「水の循環」を描き出したのである。

自然現象とメディア・テクノロジーを融合させたような取り組みを行う三原は最後に、東日本大震災以降、自身で取り組んできたコンポスト・プロジェクトを紹介した。三原自身が「空気(酸素)を使う微生物との対話」とも形容するこの《土をつくる / making soil》(2021)プロジェクトは、現在進行形でバケツを回転させ、空気を攪拌させている状態をオンラインでライブ公開している。

第一部最後のプレゼンテーターは、フランクフルトでハッセルホフというスペースを運営しているフェリックス・グローセ=ローマンである。グローセ=ローマンはアーティストたちが使い古しの素材を使って仕事をしているのを見て「マテリアル・フュア・アレ」という中古素材倉庫の設立を考えるようになった。

展覧会では多くの資材が使用される。そしてその中には高価で貴重な材料もある。一度使われただけのこれらの材料が捨てられてしまうなどということは考えられない。一度使用された材料を保存し、アーティストやアート・プロデューサーたちが新しい展覧会に再利用できるように管理する。グローセ=ローマンの取り組みは資源の再利用を促す。

中古素材を管理するにあたって、必要なことはふたつある。素材を保存しておける広い場所と、保存している素材を管理する方法である。「マテリアル・フュア・アレ」ではダルムシュタット工科大学と共同でデジタルアプリを開発し、素材をデジタル化して手に取りやすくするとともに、これらの素材をデジタルデザイン工程で使用できるようにした。

「わたしたちが本当にやろうとしていることは、劇場、美術館、舞台、アート・フェアなど、組織化されたプロダクションの過程において、これらの中古素材が利用されるようにすることです」

2022年カッセルで行われたドクメンタ15では、芸術における再利用性についての問題を提起するために、古い舞台美術の一部を使用した部屋を設置した。室内に再制作された犬の頭には200平方メートルの毛皮と、金属製の構造物が内部に使用されている。

ロシアの軍事行動やパンデミックの後遺症から、資源不足がますます顕在化した今日、この「再利用」という活動はますます重要なものとなってきている。「マテリアル・フュア・アレ(訳:すべての人のための素材)」は、組織化された素材の循環という議論を深めようとしているのである。

前半のプレゼンテーションを終えて、NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT / エイト]のプログラム・ディレクターで、第一部のモデレーターを務めるロジャー・マクドナルドからは、気候変動という(もはや「気候危機」と呼んでもよいかもしれない)問題に関して、同じ地球上に住むわたしたちではあるが、生活している国や地域、どういったメディアから情報を得ているか、またどういった社会制度や政治制度の元に生活しているかによって、日常生活レベルでの意識の持ち方が大きく異なってくるのではないか、という指摘の声があがった。

わたしたちは、今日こうして直面する地球規模の問題に対して、どのような思考と態度を取ることができるのだろうか。今回のようなシンポジウム、特に横への広がりが強いグローバルな「AIR」というネットワークを通して、わたしたちは世界の各地で行われている取り組みを知ることができる。遠く離れた場所からの声に耳を傾け、そして共に考えることによって、わたしたちの「時代の感覚」は維持され(あるいはそこでこそ培われ)それぞれの地域で、それぞれに特化した活動に還元してゆくことができるのではないだろうか。

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Photo: AIR on air 2.0


ハイブリッド・シンポジウム「AIR on air 2.0」
日時:2022年12月16日 (金)
会場:ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川/オンライン

セッション1.アート制作における気候変動の危機-ヨーロッパと日本の視点から考える
三原聡一郎(アーティスト/日本)
ジュリア・ベリネッティ(ヤン・ファン・エイク・アカデミー/オランダ)
マーティン・ゲルマン(森美術館アジャンクト・キュレーター、ドイツ/日本)
フェリックス・グローセ=ローマン(マテリアル・ファー・アーレ&ハッセルホフ ディレクター/ドイツ)

モデレーター:ロジャー・マクドナルド(NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT]プログラムディレクター/日本)

セッション2.連帯とケア
ハイジ・ヴォーゲル (ダッチカルチャー|トランザーティスツ コーディネーター、アーティスト/オランダ)
ジュリエット・ナップ(KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭共同ディレクター/日本)
ミハイロ・グルボキ(イゾラツィア・アート・センター ディベロップメントディレクター/ウクライナ)
ヴィンセント・ゴンザレス(シテ・アンテルナショナル・デ・ザール レジデンス部門長/フランス)

モデレーター:山本麻友美(京都芸術センターアーツアドバイザー、京都市文化政策コーディネーター /日本)

主催:EUNIC関西(ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川、 ヴィラ九条山、アンスティチュ・フランセ関西、オランダ王国大使館)、京都芸術センター(公益財団法人京都市芸術文化協会)
協力:AIR_J、大阪・神戸ドイツ連邦共和国総領事館、在大阪オランダ王国総領事館

企画協力:小田井真美(さっぽろ天神山アートスタジオ)、東海林慎太郎(NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT])

EUNIC Kansai
EUNIC – European Union National Institutes for Culture – は、欧州文化機関連合ネットワークです。EUNIC関西クラスターは、ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川、ヴィラ九条山、アンスティチュ・フランセ関西、在日オランダ王国大使館のイニシアティブにより、2022年6月に設立されました。EUNIC関西は、EUと日本の関西地域の文化の架け橋となることを目的とし、ヨーロッパと関西の文化・芸術セクターのコネクティビティ(繋がり・接続性)と、ヨーロッパと日本のアーティストのモビリティに貢献します。