現代アートのグローバリゼーションとアーティスト・イン・レジデンス
第4回 日本におけるAIRの受容と展開
文:菅野幸子

写真提供:滋賀県立陶芸の森
1.日本におけるAIRの受容
前回までは、美術史におけるアーティスト・イン・レジデンス(以下、「AIR」)の意義や立ち位置について再考する意味もあり、その歴史的経緯を振り返ってきたが、今回は、日本に戻ってAIRの受容の歴史とその展開、いくつかの事例について考察してみたい。
本シリーズの第1回で、日本には1980年代にAIRが導入されてきたことについて言及したが、当時、日本ではAIRの概念がまだ普及しておらず、海外から派遣されてきたアーティストを受け入れるホストとなる団体もほとんど無かったこともあり、海外の文化交流機関は、独自に日本にスタジオや宿舎を手配せざるを得なかった。前に取り上げたヴィラ九条山もまたその一つだが、それ以前にも、1980年代からオーストラリア・カウンシル[*1]は、アジアにおける現代アートの拠点となっていた東京で、マンションの一室を借り上げ、本国からアーティストを派遣していた。現在は、越後妻有にオーストラリア・ハウス[*2]が新たに建設され、その役割を果たしている。
こうした動向の中で、1990年代になると、若手アーティストへの支援に加えて、従来の文化施設などで鑑賞するというアートとの向き合い方とは異なる、作品という成果ではなく創作の過程を重視する、またその過程において地域の人々との交流が可能となるAIRという概念が次第に注目されるようになった。この流れは、国際文化交流の観点と、地域づくり・まちづくりの観点の両方をAIRという概念が兼ね備えていたことに起因すると考えられる。そしてそれは、地域振興の新たな方策を探っていた地方自治体が着目したポイントでもあった。地方自治体が主導して立ち上げられたAIRとして、地場産業の振興と人材育成を目指して、地方自治体が主導して立ち上げたものとして、1992年に立ち上げられた滋賀県立陶芸の森の敷地内にある創作研修館でのAIR[*3]が、1994年には、茨城県がパイロット事業としてアーカスプロジェクト[*4]を始動させた。さらに、文化庁や日本の地方自治体が地域振興におけるAIRの可能性に高い関心を寄せるようになっていたこともあり、1998年開設の秋吉台国際芸術村[*5]、2001年開設の国際芸術センター青森[*6]などでは、独自のAIR施設を建設するなどして海外のアーティストを受け入れるようになっていた。こうした動向の背景には、以下のような要因が考えられる。
(1)1970年代の経済の高度成長に伴い、日本各地に美術館、博物館、コンサートホールといった文化施設が建設されたが、その動きが一段落しつつあった1980年代末、単なるハコモノではない国際性と文化交流を兼ね備えた新しいアートの仕組みとしてのAIRに対する関心が高まったこと。
(2)前述の通り、海外からのAIRの相互交流の日本における受け入れ組織や施設の要望が急増していたこと。
(3)1990年代始め、フランスの地方自治体の事例が数多く紹介され、地域に世界との交流と創造性をもたらすAIRのモデルとその可能性が提示されたこと。
(4)1997年に文化庁が地方自治体との共催事業として「アーティスト・イン・レジデンス事業」をパイロット事業として開始したこと。3年から5年にという複数年度にわたり事業を継続できるという画期的な内容だった。
しかし、実際には、成果よりはプロセスを重視するAIRというシステムは、最初はなかなか理解されにくく、特に地方自治体などの公的団体においては評価しにくいともみなされるようになり、日本に着実に浸透していく上で、時間を要したことも事実である。それにも関わらず、現在、AIR_J[*7]には、100件を超える多種多様なAIRプログラムが登録され、展開されていることは、こうした課題を超えたAIRの特徴を活かした試行錯誤が必要とされているということなのだと理解できる。現在では、地方自治体だけではなく、海外でAIRを体験してきたアーティストやアート・マネジャーたちが自らAIRを立ち上げるようになり、個性豊かなAIRが全国で展開されるようになっており、今後ますます目が離せない状況になっている。
2.地場産業を活性化するAIR~陶芸の森の試み
そこで、実際にどのように日本でAIRが展開されているのだろうか。まず、地場産業の振興と人材育成を目指したAIRの試みである「滋賀県立陶芸の森」(以下、「陶芸の森」)の事例を見てみる。
陶芸の森は、1990年に開館し、その2年後、敷地内にある創作研修館でAIRが解開始されたのだが、日本で最も早く開始されたプログラムの一つでもある。同館が位置する信楽は、狸の置物や火鉢に代表される日本有数の陶器の産地として知られるが、開館当時は、生活スタイルの変化から陶器の生産が伸び悩んでいた。こうした地域の課題を打開していくことも同館に託されたミッションであった。
陶芸や陶器は、日本が世界に誇る技術・産業であり、海外の陶芸アーティストたちにとっては、本場である日本に滞在し、技術を学びながら作品を創作することは憧れであるとよく聞く。同館では、設備が充実していることに加え、陶芸家自身や陶芸家を目指している若者たちがアーティストの創作活動をサポートしていることもあり、支援体制も充実していることが陶芸の森のAIRの最大の魅力である。常時、10名近いアーティストたちを受け入れてきており、2025年3月までに1580名のアーティストたちが滞在してきている。たちが滞在してきている。陶芸の森のAIRは声高く知られている訳ではないが、アーティストたちの口コミの威力は大きく世界の陶芸家たちには広く知られる存在となっている。

陶芸の森 創作研修館の外観
写真提供:滋賀県立陶芸の森

窯に作品を入れている様子
写真提供:滋賀県立陶芸の森
長年にわたり、スタッフとして陶芸家として陶芸の森のAIRを支えてきた杉山道夫は、2016年、陶芸専用のシェア・スタジオとして「シガラキ・シェア・スタジオ(SSS)」[*8]を立ち上げ、若手の陶芸家たちの支援を開始した。SSSには、ギャラリーやキッチンが併設され、常に人が出会い、交流する場となっているが、信楽の地を陶芸で再生し、かつ、新たな創造を生み出す場を作り出している。信楽では、陶芸の森という公が手掛けるAIRと民間のシェア・スタジオが補完し合っており、AIRは着実に信楽の地を変化させてきている。

シガラキ・シェア・スタジオ 長野スタジオ
写真提供:シガラキ・シェア・スタジオ(SSS)
なお、陶磁器に関わるAIRは、日本各地の陶磁器の産地でも広がってきている。例えば、在京オランダ王国大使館は、佐賀県と共同してCreative Residency Arita[*9]を支援し、オランダからアーティストを派遣し、地元の企業と共同で新たなデザインの食器などを生み出している。また、濱田庄司と英国人の陶芸家バーナード・リーチとの交流から、益子陶芸美術館では、リーチ工房と交流を継続しており、定期的の英国から陶芸家を迎えており、日英の陶芸家たちが刺激し合う交流が生まれている[*10]。
3.地域と世界を結ぶAIR~Studio Kuraの試み
2番目の事例として、福岡から世界との交流を目指し、かつ経済的自立を目指す民間の「Studio Kura」[*11]の活動を紹介したい。
Studio Kuraは、福岡市に隣接する糸島市を拠点として、地域に散在する空き家を再生してギャラリー、スタジオ、宿泊施設に転用し、AIRを展開してきている。運営者の松崎宏史は自らもアーティストであり、ベルリンを始めとする世界各地でAIRを体験していたことから、2010年、自らの体験をもとに地元の糸島市でAIRを開始した。最初は、自宅の米蔵をAIRに改築し、糸島から世界へ文化発信を事業目的として開始したのだが、近隣に空き家が増えてきたことから、そうした古民家を少しずつ買い取り、自分たちで再生し、レジデンスの施設を徐々に増やしてきている。さらに、2012年より、松崎たちが中心となって、地元志向の国際芸術祭「糸島芸農」[*12]を実行委員会形式で、隔年、開催し、糸島市全体を芸術村にしようとたくらんでいる。ただし、いずれのプロジェクトも手弁当といっていいほど、松崎とその仲間たちが一緒に汗を流し、作り上げてきているプロジェクトで、背伸びせず楽しみながら運営している。
このStudio Kuraの最大の特徴は、日本のAIRには珍しく経済的に自立していることである。海外から同スタジオに滞在するアーティストたちは自分で資金調達してやってくる。従ってStudio Kuraは、アーティストには宿泊場所を提供するのみで、滞在費や渡航費を自分で賄うように課しているのにも関わらず、ウェイティング・リストが途切れることはない。今では、年間100名を超えるアーティストたちが世界中から糸島に集まってきている。こうして、Studio Kuraの事業規模は次第に大きくなり、現在では、佐賀県の武雄市でもAIRを運営している。さらに、FabLabや子どもたちから大人たちまで幅広い世代を対象とした絵画教室も運営しており、様々なアプローチでで、創造と交流の場を作り出している。

写真提供:Studio Kura
4.地域と世界をつなぐ結節点としてのAIR
AIRというシステムは、欧米から日本に導入されてきたものの、陶芸の森やStudio Kuraなどの事例のように、それぞれの土地の個性や特徴を活かし、独自の発展を遂げるようになってきており、着実に日本の地に根付き始めていることも理解できよう。
また、アーティストたちは新たな刺激とインスピレーションを絶えず求めて移動を重ね、人間としての成長を経て、独自の発想や表現方法を体得していく。文化背景を異にしながらも、生活をともにすることにより、個性豊かな生身の人間同士が、交流、対話、議論を重ねることが可能となり、共同作業も自然に生まれてくる。AIRは、常にインタラクティブでダイナミックな活動を可能とする磁場であり、ある一つの場所(ローカル)と世界(グローバル)をつなぐ結節点なのである。
- *1Creative Australia
オーストラリアのアーツカウンシル。2023年にクリエイティブ・オーストラリアに改称。 - *2オーストラリア・ハウス
- *3創作研修館(アーティスト・イン・レジデンス)
- *4アーカスプロジェクト
- *5秋吉台国際芸術村
- *6現在は、「青森公立大学国際芸術センター青森(ACAC)」
- *7AIR_J
- *8シガラキ・シェア・スタジオ
- *9Creative Residency Arita
- *10アーティスト・イン・レジデンス in 益子 2025
- *11Studio Kura
- *12糸島芸農
連載「現代アートのグローバリゼーションとアーティスト・イン・レジデンス」記事一覧
- 第1回 アーティスト・イン・レジデンスの起源~ヴィラ・メディチとヴィラ九条山
- 第2回 現代アートのグローバリゼーションとカルチュラル・デモクラシー Part 1
- 第3回 現代アートのグローバリゼーションとカルチュラル・デモクラシー Part 2
執筆者プロフィール
菅野幸子(かんの・さちこ)
AIR Labアーツ・プランナー/リサーチャー。ブリティッシュ・カウンシル東京、国際交流基金を経て現職。グラスゴー大学美術学部装飾芸術コースディプロマ課程修了。東京大学大学院人文社会系研究科文化資源学研究(文化経営学専攻)後期博士課程満期退学。博士(文学)。専門領域はアーティスト・イン・レジデンス、英国の文化政策、国際文化交流。主な著作として、「現代アートとグローバリゼーションーアーティスト・イン・レジデンスをめぐってー」(『グローバル化する文化政策』佐々木雅幸・川崎賢一・河島伸子編著、勁草書房、2009年)他、共同編集として『アーティスト・イン・レジデンス:まち・人・アートをつなぐポテンシャル』(菅野幸子・日沼禎子編、美学出版、2023年)。