所長ジャーナル|世界とはどこか?
Vol.001 これからを生きるみなさんへ
文:片岡真実

ICA京都は、日本文化の中心である京都と世界をダイレクトに繋ぐプラットフォームです。京都で美術系大学を卒業した後、世界へ羽ばたいてもらうため、2020年に創設されました。ただ2020年に世界を襲った新型コロナウィルスのために、国際交流の新たな機会はことごとく難しくなりましたが、そのなかでも、国際シンポジウム、ICAトーク、RealKyoto Forum などさまざまな活動を試みてきました。
この春、京都芸術大学大学院芸術専攻が改編され、他の付置機関とともにICA京都はより深く教育活動に参画することとなり、これまで大学院にあったグローバル・ゼミ[*1]の活動も継承します。
ところで、ICA京都が繋ごうとしている「世界」とは具体的にはどこなのでしょうか? ニューヨークやパリで展覧会をすれば、海外に拠点を移せば、「世界的に活躍している」ことになるのでしょうか?
私は子供のころから地球儀を見るのが好きでした。父はキリスト教のなかでもイギリス国教会の流れを汲む日本聖公会の牧師でした。教会に隣接する自宅には海外からゲストが来て、長期滞在もしていました。また母方の叔母がニューヨークのコロンビア大学医学部で医者をしていて、同じ世代の従姉妹が2人います。そのせいか、自分が住む日本以外に別の場所がある、という意識は幼いころからありました。地球儀をくるくる回して、自分も大人になったらどこかに行くのだと漠然と思っていました。20歳の時に文部省の奨学金でアメリカに1年留学。田舎の大学だったのでクリスマスやサンクスギビングなど休日度に叔母宅を拠点にして、ニューヨークの美術館やギャラリー、古着屋などを歩き回り、留学の終わりにはヨーロッパをユーレイルユースパスで3週間周遊し、アメリカ東半分をグレイハウンドバスで2週間周遊。次の街に着いてからホテルを決める超貧乏旅行を、叔母はいたく心配してました。
その後、キュレーターの仕事を通して世界のさまざまな場所を訪ね、現在までに行った国は50以上を数えます。世界のどこに行っても人々の暮らしがあり、表現する人=アーティストがいて、見せる場所やアートコミュニティがあります。アーティスト本人に会うだけでなく、どのような文化、宗教、経済や社会環境のなかで育って、どのような価値観が醸成されたのか考え、そこから「なぜこの人が、この作品を創ったのか」という問いを解きほぐす。そのようなことをしながら、カザフスタンからキルギスタンへ国境越えの5時間の移動をしたり、ヘルシンキ郊外の小さな島にあるスタジオに手漕ぎボートで渡ったり、ボルネオ島のジャングルに入ったり、インドのベンガルールからマイスールまで車を5時間かけて運転したり、オーストラリアの砂漠地帯に行ったりと、実にいろいろな場所に行きました。これを30年ほど続けるあいだに気がついたことがあります。それは「世界というひとつの場所は無い」、ということです。どこに行っても「ローカル」しかありません。全世界には80億人以上の命がありますが、それぞれがいろいろな状況下でこの世に生を受け、多様な環境で育ち、さまざまなタイミングで人生を終えます。それぞれの人がとらえる「世界」は、自分の経験をもとに理解している世界、目の前に映る世界と遠くの場所にあるまだ見ぬ世界、そしてこれから知る未来の世界でできています。80億人がそれぞれ違う「世界」を持っているのです。
1980年代までは、美術の歴史はヨーロッパや北米で生産されるアートの蓄積を中心に語られてきました。非欧米圏のアーティストは、いかに中心に近づくか、独自の伝統を守るか、中心と周縁をいかに融合するか、それぞれ考えました。1989年に米ソ冷戦構造が崩壊し、イデオロギーによる価値基準が無効化され、国境も世界のパワーバランスも更新されました。1990年代以降は多様な文化に等しく光をあてる多文化主義が拡がり、非欧米圏の経済発展もあって、アジア、南米、アフリカなどさまざまな地域で美術館、ビエンナーレ、トリエンナーレ、アートフェアなどが創設されました。私がキュレーターの仕事を始めた1990年代後半からは、それまでニューヨーク中心だった現代アート界が一気に世界各地のアートへ関心を持つようになり、日本、韓国、中国など東アジアの現代アートも脚光を浴びました。その中で私自身も、学生時代はアートの中心地として熱量を感じていたニューヨークですら、ひとつのローカルであると思うようになりました。。そうなるともはや「日本」のキュレーターだけでは狭すぎますし、ましてや全世界を網羅することなどよほど薄っぺらな理解でない限り不可能で、むしろ東アジアや東南アジア、南アジアや中央アジアなど、アジア一帯を一定の深度で理解すべきだと考えました。学びを通して知ったアジアは、欧米の支配や日本の統治時代など、植民地としての歴史がある国が多く、複雑に積層する歴史を下敷きにして、急速な経済発展や都市化、近代化が進行していました。さらにそこで、自分たちの未来を議論する多くの若者にも出会いました。欧米先進国と同様に近代化を終え、少子高齢化時代に入った日本は、改めて自らをアジア太平洋地域のなかに位置づけ、未来をアジアの各国とともに考えるべきだと強く感じています。それがいまの私の世界観と言えるのかもしれません。
世界中がパンデミックを経験し、戦争が各地で起こり、独裁的な為政者が人々を困惑させる時代。地球温暖化が進み、エネルギー問題が新たな国際課題になる時代。技術革新、AI化が進む時代。こんな時代をこれから生きるみなさんに伝えたいのは、できるだけ多くの本を読み、旅をし、人に会い、話しを聞き、出会いや縁を大切にして、世界中に友達を作って欲しいということです。自分や友達の生きる社会の制度や仕組み、歴史にも関心を持ち、どうしたら少しでも良い社会になるのかを想像してもらいたい。そして地球の歴史、人類の歴史という長い時間のなかに自分を置いてみる。そうすることで、君たちのなかにある「世界」は、確実に豊かなものになっていくと思うのです。
- *1グローバル・ゼミ
執筆者プロフィール
片岡真実(かたおか・まみ)
ICA京都 所長。森美術館館長、国立アートリサーチセンター長、京都芸術大学大学院教授。第9回光州ビエンナーレ(2012年、共同芸術監督)、第21回シドニー・ビエンナーレ芸術監督(2018年)、国際芸術祭あいち2022芸術監督を歴任。2014年〜2022年国際美術館会議(CIMAM)理事/会長。2017-2019年度京都芸術大学KUA ANNUALディレクター。