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異点:韓国で照らす他の地図
001 「韓国=ソウル」から少し離れて、韓国アートシーンを考える
文:紺野 優希

2025.12.04
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フリーズ・ソウル2024の様子
世界30カ国・地域から110を超えるギャラリーが参加した同年は、Kiafはもちろん、釜山ビエンナーレや光州ビエンナーレと重なった年でもあり、多くのギャラリスト、コレクター、アート関係者、アートファンで賑わっていた。
昼夜問わず都市の至るところで展示やイベントが重なったこの年は、ソウルがグローバルなアート市場のゲートウェイとして機能していることを象徴するようでもあった。(編集)

9月頭の雰囲気:世界に向かって開かれる韓国

韓国の首都ソウルではFriezeが今年も開催された。2022年にソウルでKiaf(Korean International Art Fair)と同時開催され、4年目を迎えたこのアートフェアには、例年多くのギャラリーが世界各国から参加し、盛り上がりを見せている。戒厳令の影響もあって西欧のギャラリーが参加を辞退した【*1】とはいえ、本年も30か国から120のギャラリーが参加した【*2】。かつてオルタナティブな企画やイベントが開催されていた10年前【*3】が遠い昔となった今、アートフェアがオルタナティブなシーンや大衆にまで影響を及ぼしている。というのも例年、Frieze+Kiafの会期に合わせて、オルタナティブスペースやコマーシャルギャラリーの集う一帯では、「ウルチロ・ナイト」「チョンダム・ナイト」や「サムチョン・ナイト」、「ハンナム・ナイト」という名【*4】で連日夜遅くまでレセプションが行われ、パフォーマンスアートやアーティストトーク、DJパーティーなどが催されているからだ【*5】。芸術関係者同士が交流するきっかけだけでなく、作家とコレクター、さらには美術への敷居を下げる試みとも言えるだろう。

大企業のサムソンが所有する美術館「Leeum」には、世界中の現代アートが所蔵されている【*6】。しかし、Friezeに合わせて披露されたのは、韓国を代表するアーティストのイ・ブルの回顧展であった【*7】。上半期にはピエール・ユイグの個展を大々的に展示【*8】したLeeumでは、あえて韓国のアーティストをFriezeとKiafの会期に合わせて紹介している。国内でも美術館来場者数が増えている現状の中、韓国の作家を外に発信しようという意気込みも同時に表れている。インディペンデントなアートスペースを英語で紹介する冊子「Boiling Point: Emerging Artists & Spaces in Korea」(月刊美術)【*9】が刊行されるなど、韓国を外へ積極的に発信しつづけている。上半期には来場者数が53万人を突破したロン・ミュエクの個展【*10】が閉幕したと思いきや、国立現代美術館(MMCA)ソウル館では例年より早くKorea Artist Prizeも開幕した【*11】。世界に韓国をアピールし続ける心意気がうかがえた9月頭のソウルは、大変目まぐるしいものとなっていた。

韓国=ソウルなのか?

K-Popをはじめとした人気もあり、今ではすっかり世界の第一線のひとつとして私たちは韓国の文化を受け入れている。「お隣さん」という気軽さをもちつつも、「最高水準」へ触れられる機会として、日本に住む多くの人は韓国を見ているだろう。筆者が韓国で学生(中高大修士)として過ごしていたころと比べても、飛行機の客層は大分変わった。仕事がらみでの渡韓、初の海外旅行、知人に会いに行く足取りは、LCCの台頭によって、日本と韓国をぐっと近づけた。しかし、短期間で韓国に行ってアートシーンに触れるとしたところで、実際、どのくらい「韓国」を捉えられているだろうか?本稿ではその「どれくらい」の幅をもっと広げ、韓国のアートシーンをさまざまな角度から見ていきたい。というのも、FriezeやKiafに集結するアーティストや作品は、選りすぐりの結果であり、そこだけに目を向けているとそのほかのアートの営みになかなかアクセスできなくなってしまうからだ。例えば仁川国際空港から1時間もあればソウルにたどり着くが、その間にある仁川のアートシーンは日本語でも語られることは少ないし、釜山や光州も日本ではビエンナーレで知られているが、その一帯のアートシーンと、ソウルをはじめとした地域との心理的距離はまた異なる。また距離だけでなく、地域の特色や人口、大学やアート関係者の数など、都市としての性質も当然異なっている。機関とインディペンデントの関係においても、事情は変わってくるはずだ。

実際に韓国のアートシーンで活動をしていると、この「韓国=ソウル」という図式はなかなか捨てきれない【*12】。ソウルだけで芸大や美大が乱立しており、競争の母数が大きいのももちろんだが、美術とは関係ない人にとっても「In Seoul(就職や学歴をソウルで積むこと)」を願う風潮のなかで、ソウル中心的な考えかたが根付いてしまうのも当然だ。近年は、地方都市で開催される国際展にも、開催地の歴史や周辺地域との関係性をもう一度見直すきっかけが見出されている。しかし、そういうきっかけがなかったら、知らなかったり、興味すらわかないことだって十分にある。かれこれ私も、ここ数年の間に地域のレジデンスやアトリエに招かれるようになって【*13】、自身の視野の狭さを痛感させられたのだった。ソウルを離れて別の都市に向かいながら、アートシーンを考えていくことはなにも韓国の人だけに与えられた使命ではない。むしろ、よそ者として自由に飛び回りながら、「韓国=ソウル」という考えを徐々に解きほぐすことだってできるのだ。

パッチワーク!、チーム・ハンサン、Mockcamp

だからといって、必ずしもソウルの外から考える必要はない。次回はソウルの中で、しかもFrieze+Kiafの会期中に見た3つの展示およびプロジェクトを紹介しながら、「韓国=ソウル」から離れてみようと思う。The WilloWの企画展「パッチワーク!」では、日本と韓国の作家がそれぞれ紹介された。一般的な交流展に落ち着くのではなく、彼らの作品のなかで二つの国の言語が疎通と不通を繰り返しながら、新たな在り処を見出そうとしている。チーム・ハンサンは、地方の壁画プロジェクトの制作過程を作品・展示・記録に残した。それは単にソウルと地方の関係性だけでなく、キュレーションと作家の関係性も同時に問いかけている。最後に、Mockcampでは、複数名の若手作家が強化訓練をするかのように7日間制作し、作品・展示を披露する時間をゲリラ的に告知する。アーティストにとって、共に制作するということはなにか、展示と制作活動の関係性はなにか。これらの問いは、ソウルの中にいながらも、「韓国=ソウル」の図式を見直すきっかけとして、考えられた。次回は、この三つの例を分析しながら、「韓国=ソウル」から離れてみたい。



【*1】「계엄령이 바꾼 미술시장 ‘키아프리즈’ 관전법(戒厳令が変えたアートマーケット:「キアフリーズ」観戦法)
(2025年8月31日:ハンギョレ新聞より)

【*2】 Frieze Seoulの公式ページより。

【*3】 2010年代の半ばは、作品の紹介や流通を考えた一連の企画が、アーティストや美術関係者を中心に行われていた。一例として、ビデオリレー炭酸(2012-2016)、Goods(2015)、The Scrap(2016-2019)、PERFORM(2016-2019)、PACK(2017-2023)、TasteView(2017-2019)、見なくてもビデオ(2017-2019)、など。

【*4】それぞれ「地域名+ナイト(夜)」を指している。

【*5】Kiaf SEAOUL:Samcheong Night

【*6】ギルバート&ジョージ、ロニ・ホーン、村上隆、アンドレアス・グルスキー、など。ホームページからも所蔵作品が確認できる。
Leeum:Modern & Contemporary Art

【*7】イ・ブル「Lee Bul: From 1998 to Now」(2025年9月4日~2026年1月4日)

【*8】 ピエール・ユイグ「Liminal」(2025年2月27日~7月6日、Leeum)

【*9】 英文特別号第2号として発行された。紹介されたのは、Caption Seoul(2023-)、CHMBR(2022-)、faction(2021)、FIM(2024)、IAH(2022)、sangheeut(2021)、SHOWER(2023)、WWNN(2023)。

【*10】 会期は94日、一日当たり5670人ほどが来場した計算になる。
한국일보「하루 5600명씩 봤다… 거대 해골 쌓은 ‘론 뮤익’展 이례적 흥행(13日閉幕の国立現代美術館「ロン・ミューイク」展が94日間で53万人訪問。最多観客を更新)」
(2025年07月14日:韓国日報より)

【*11】「Korea Arist Prize 2025」(2025年8月29日~2026年2月1日)と同時期には、水滴を写実的に描くことで知られているキム・チャンヨルの個展も行われている。

【*12】 筆者が「韓国=ソウル」の図式を考え直すきっかけになったのは、『季刊AVP第6号』の座談会であった。ソウルではない地域を拠点にする4名の一人としてお招きいただき、改めてソウルを客観視することができた。

【*13】韓国のレジデンスの多くは、批評家マッチングプログラムを設けている。入所したアーティストと批評家が話を交わし、最終的に批評家が作家論を書いて提出する。

(※上記全URL最終確認2025年10月31日)


本連載について
「異点:韓国で照らす他の地図」は、韓国と日本の二拠点で活動する美術批評家、紺野優希氏の連載です。同国の文化芸術の中核都市、ソウルからあえて視点をずらして諸地域を見つめ直し、オルタナティブな活動や地域の文脈で語られるアートを線で繋ぎながら、韓国のアートシーンの新たな輪郭を浮かび上がらせていきます。



執筆者プロフィール

紺野優希(こんの・ゆうき)
主に韓国で活動している美術批評家。「アフター・10.12」(Audio Visual Pavilion・2018)、「韓国画と東洋画と」(gallery TOWED, FINCH ARTS, Jungganjijeom II・2022)などを企画。日本と韓国の展覧会・イベント情報を紹介するポータルサイト「Padograph」(https://padograph.com/ja)の韓国担当。GRAVITY EFFECT 2019 美術批評コンクール次席。