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ICA Kyoto TALK 056
キュレトリアル・プラクティスをはじめた頃のはなし
ゲスト:ウンジー・ジュー

2026.01.30
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ICA Kyoto TALK 056:会場風景
photo: Oto Hanada
鴨川デルタ北側の葵公園で、初の野外開催となった。
キュレーター、ライター、そして教育者でもあるウンジー・ジュー(サンフランシスコ近代美術館のキュレーター兼初代現代美術部長)。これまでキュレーターとして展覧会の企画に止まらず、プロジェクトやレジデンスのコミッションなど言説的でパフォーマティブな実践を数多く行ってきた。トークはICA京都プログラム・ディレクターの堤拓也司会の元、ウンジーのこれまでのキュレーターとしての実践を振り返りながらのレクチャーが行われ、終了後には参加者との対話を交えたオープンなインタビューが実施された。以下は2025年5月15日に行われたトークイベントを元に構成した。

構成:奥田 奈々子


ウンジー・ジュー(Eungie Joo)が 「キュレトリアルという実践は一面的なものではなく、多様な役割やスキルを横断しながら展開されるものだ 」と語るように、キュレーターの職域は多岐にわたる。一部のキュレーターは、研究者のように歴史や理論、アーカイブに深く向き合う一方で、別のキュレーターはアーティストと密接に協働し、制作や展示のプロセスに積極的に関わるなど、より実践的な役割を担っている。また、アートの組織では、資金調達、メディエーションや教育、さらにはマーケティングに至るまで、キュラトリアルな視点が生かされる無数の役割が存在する。
キュレトリアルの重要な側面は、アーティストと時間をかけて対話を重ねながら制作や展覧会、芸術祭に取り組むことであり、アーティストとの長期的な関係性を築いていくことにあると彼女は話す。


「時間をかけてアーティスト、そして作品と対話を続けていけるということは、本当に面白いことだと思っています。時間の経過とともに、お互いの考え方やその背景も変化していきます。それ自体がひとつの実践であり、探究でもあると感じています。」


数多くのアーティストと交流してきたウンジーだが、今回のトークでは、特に親交が厚く、過去30年にわたり数多くの機会で共に仕事をしてきたアーティスト、カラ・ウォーカー(Kara Walker)[*1]にフォーカスして話を進めた。


カラ・ウォーカーとの出会い

1995年、ウンジーはまだ大学院生で、文化論を専攻し、文学・視覚文化・人種や表象に関するテーマを中心に研究執筆を行っていた。当時はまだ、キュレーターという職業について明確な認識は持っていなかったが、彼女にとって影響力のあるアーティストであり、兄のマイケル・ジュー(Michael Joo)の誘いで出掛けた展覧会でその後の人生において長く協働をしていくことになる人物、カラ・ウォーカーの作品に出会うことになる。

この出会いをきっかけに、彼女は、カラの作品を自身の博士論文に取り上げることになった。また同年、光州ビエンナーレを訪れたウンジーは、ウォーカー・アート・センター[*2]のディレクターとの偶然の出会いをきっかけに、同美術館の有給インターンシップ・プログラムに参加することになり、人生ではじめて美術館でのキュレトリアルな仕事に携わることになり、キュレーターとしてのキャリアが始まった。

インターンとして最初に任されたのは、グループ展のアシスタント・キュレーター業務であり、同展ではカラ・ウォーカーが新作を出展する予定だった。制作中の作品は、切り絵を用いた壁面インスタレーションで、円形の展示空間にシルエット状の黒い紙を直接貼り付けるというものであった。


「この作品の最も注目すべき点は、すべての鑑賞者が持っている人種やジェンダー、歴史にまつわる記憶やイメージをミニマルな視覚表現だけで呼び起こすという手法にありました。僅かなシグナルが喚起し、そこからどのような意味が生成されるかということを考える上で非常に示唆に富んだ作品だったのです。」


当時、カラは、美術館での展示経験がそれほど多くなく、不慣れな環境下で作品制作に取り組んでいた。またプロジェクト期間中、彼女は妊娠初期にあった。ウンジーの役割は、制作現場での身体的・精神的なサポートまで多岐にわたった。例えば、食事を調達したり、履き替え用の靴を用意したり、長時間のインスタレーション作業を乗り切るために水やジュースを多めに持っていったりと、妊娠中の彼女が快適で安全に作業できるよう、細やかな配慮を行ったそうだ。


「キュレーターの仕事って、実はまったく華やかなものではないんです。例えば、アーティストのために靴を用意したり、ジュースを買いに行くこともあります。そうやって密に仕事をしていくなかで、自然と対話が生まれ、信頼関係が築かれて行きました。カラとも最初から友達だったわけではなく、一緒に働き、考え、時間を共有していくなかで深い関係になっていったのです。」


その後ウンジーは、2000年代初めにロサンゼルスへ移り、REDCATの初代ディレクター兼キュレーターに就任する。最初に招聘したアーティストのひとりが、カラ・ウォーカーだった。
また、2009年、ウンジーがニュー・ミュージアム[*3]に、教育・公共プログラム部門のディレクター兼キュレーターとして就任した際には、観客とアーティストの知的交流を促進するためのレクチャーシリーズ「Propositions」[*4]を立ち上げた。アーティストがどのようにアイデアを発展させ、作品へと昇華させていくかに焦点を当てたプログラムで、その第1回目のゲストにカラ・ウォーカーが選ばれた。
その後も、ウンジーはブラジル、UAE、韓国等でキュレーターとして経験を積んだ[*5]。この間、カラとウンジーが展覧会で協働する機会はなかったが、ウンジーがサンフランシスコ近代美術館(以下、SFMOMA)の初代キュレーター兼現代美術部長に就任した際、その機会は再び訪れた。

2018年、カラはSFMOMAが授与する、「Contemporary Vision Award」[*6]の受賞アーティストに選出された。この賞は、公共生活において現代美術の重要性を際立たせた創造的リーダーや変革者たちを顕彰するための賞で、美術館の教育プログラムを充実させ、地元の気鋭アーティストを支援するために設けられた賞だった。SFMOMAはカラの功績を称え、今後の活躍に期待を寄せた。この頃、ウンジーとカラは、サンフランシスコ近代美術館(SFMOMA)のための新たなプロジェクトで協働することについて議論を始めていた。

しかし新型コロナウイルスの世界的な蔓延により、美術館をはじめとする多くの文化施設が閉鎖を余儀なくされた。アメリカ国内でも同様の事態が発生し、SFMOMAでは、2020年3月13日に一時閉館を決定。以降、2021年3月までの約1年間で、開館できたのはわずか7週間にとどまった。11月に一度再開したものの、3週間で再度閉館となるなど、展示やプロジェクトの進行に大きな影響を及ぼした。
こうした状況のなか、2020年に実現を目指していたカラとの展覧会も延期を余儀なくされた。しかし、カラ自身は継続してリサーチや思索を重ね、社会の動向を注意深く観察しながら新作の構想を深めていった。


Fortuna and the Immortality Garden(Machine)

カラ・ウォーカーは、新型コロナウイルスのパンデミックが社会全体に与えたトラウマと、それがほとんど顧みられていないことについて考えていた。社会はそれを過去のこととして置き去りにし、前進していくことを求めており、彼女は「癒されないまま放置された集団的な痛み」に対して深い疑問を感じていたという。

カラ自身が新型コロナウイルスに感染したこともあったそうだが、死を覚悟するほど苦しんだという。その際、大切にしていた人形を抱えており、カラは人形というのは人々に安らぎを与えるということから、「無生物に意味を与えるというのはどういうことなのだろうか」という問いを自らに投げかけるようになり、合わせて安らぎや癒しなどのテーマを扱うようになった。

また一方で彼女は、カリフォルニア州ストックトンで生まれ育ったこともあり、山火事、大気汚染、増加するホームレス問題、薬物危機、そしてテック産業への依存度の高まりといった、州が直面する諸問題に強い関心を寄せていた。


「サンフランシスコ・ベイエリアは、カラ・ウォーカーにとって「故郷」とも言える特別な場所です。彼女はこの土地の人々に、愛情や思いやり、癒やしの気持ちを届けたいと考えていました。」


こうした背景を経て、カラは「記念碑的ではない記念碑」を作るという新作のアイデアを思いつく。何かを讃えるモニュメントとは異なり、日常的で見過ごされがちな経験や感情に光を当てる、記憶装置として役割を果たすもの、その象徴として彼女は改めて人形の存在に着目をした。

ウンジーとアーティストの長きに渡る親密な交流の末、カラの新作インスタレーション《Fortuna and the Immortality Garden (Machine)》[*7]は生まれた。
本作には、負のエネルギーを吸収すると信じられている火山ガラス・黒曜石が広がる巨大なフィールドの中で、古代の儀式を行う8体の機械仕掛けのオートマトン──「庭師」たちが登場する。タイトルにもなっているオートマトン〈フォルトゥナ〉は、来場者に向けて口から「運命(フォーチュン)」を語り、詩的な言葉や警告を授ける。
作品は、テクノロジーと儀式、魂の転移というテーマを通じて、現代社会に漂う否定的エネルギーを変容させる可能性について模索している。

ウンジーは、自身のこれまでの実践を「LONG CONVERSATION(S)」と振り返る。このレクチャーでは、ウンジー・ジューの現在までの経緯と一人のアーティストとの関わり方を例に、キュレーターという仕事がいかにアーティストとの信頼関係の上に成り立ち、それを築くためには長期的な関わり合いが不可欠であるのかが語られた。

ウンジー・ジュー(右)
photo: Oto Hanada


質疑応答

質疑応答では、司会進行を務めた堤含め、複数名からウンジーへの質問が上がったので、ここでは一部を要約して紹介したい。

Q. キュレーターになろうと思ったきっかけは?マイケル・ジューの影響はやはり大きかった?

「幼いころから展覧会に行ったり絵を習ったりと、私にとってアートは常に身近なものでした。高校や大学でも美術を学びましたが、もっとも大きな影響を受けたのは、アーティストである兄の存在です。
兄のそばにいたことで、得られた一番の収穫は「アーティストでいる」ということの意味を早い段階で学べたことです。作品を世に出すということは、自分自身をさらけ出すことでもあり、それがどれだけ繊細で勇気のいることなのかを知りました。もしかすると私は、アーティストの力になりたくて、キュレーターという道を選んだのかもしれません。」


Q. 例えば、90年代と比べて、キュレーターが表に立つことが増えたように感じます。このことをあなたはどう感じますか?

「一部の人たちにとって「キュレーターは前に出る存在だ」というイメージがあるのかもしれませんが、私はそれが良いキュレーターの条件だとは思いません。自分が若い頃、なぜ「キュレーター」という存在に気づかなかったのかを振り返ってみると、それはこの仕事が“前に出る”ものではなく、“裏方”の仕事だからだと感じます。たとえ「有名なキュレーター」と言われるようになっても、私自身は多くの時間を舞台裏で過ごしています。前に出ることを望むなら、それはキュレーターとは別の職業です。
もちろん、キュレーターが有名な美術館の館長になったり、文化政策を変えたりするような政治的な役割を担ったりすることもあります。そうした文化的な外交や制度改革に取り組むのも重要なことですが、それはまた別の領域の仕事とも言えるでしょう。」


Q. 例えば、キュレーターやアーティスト自身が大学で教鞭をとったりすることもありますよね。このことに関してはどう考えますか?

「教育機関で教える、一部のキュレーターやアーティストが、若い学生やアーティストたちに「どうやって市場でうまく立ち回るか」みたいなことを教えるのを見ると、個人的には好ましく思えないこともあります。個人的には「もっと市場(マーケット)を減らしてほしい(More art, less market)」とさえ、思っているというのが本音です。」

photo: Oto Hanada



ICA Kyoto TALK 056 「キュレトリアル・プラクティスをはじめた頃のはなし」
⽇ 時: 2025年5⽉15⽇(木) 19:00-20:30
会 場: 鴨川デルタ北側 葵公園(京都市左京区下鴨宮河町)
主 催: ICA京都、京都芸術⼤学⼤学院
協 力: 一般社団法人HAPS
後 援: 京都市

ICA Kyoto TALKとは?

ICA京都は2020年に京都芸術大学大学院の附置機関として創設され、これまで国内外で活躍するアーティスト、キュレーター、研究者、ギャラリストなどを招いたトークイベントを継続的に行ってきました。その一環である「ICA Kyoto Talk」は、これまでの「Global Art Talk」と統合し、京都と世界各地の多様なアートシーンを結びつけ、対話を重ねるためのプラットフォームです。ローカルな現場とグローバルな動向とを往復しながら、複層的な世界を実感し、新たな視点を開く場となることを目指しています。


[*1] Kara Walker

[*2] ウォーカー・アート・センター (Walker Art Center)
アメリカ合衆国ミネソタ州ミネアポリス市にある、近現代美術専門の美術館。アート・センターとして、演劇やダンスの公演に加え、音楽や映画上映も行う。元々は1879年、ミネアポリスの名士、トーマス・バーロウ・ウォーカー(Thomas Barlow Walker)が自邸の一部を使用し「ウォーカー・ギャラリー」と名付けて開いたことに端を発する。(※カラ・ウォーカー(Kara Walker)とは無関係)

[*3] New Museum(2025年6月21日最終確認)

[*4] Propositions(2025年6月21日最終確認)

[*5] この間にウンジーは、ブラジルでは2012年にイニョチン(Instituto Inhotim in Brumadinho)のアートカルチュラルプログラムのディレクターを、UAEでは2015年にシャルジャ・ビエンナーレ12の芸術監督を、韓国では2016年に第5回安養(アニャン)パブリック・アート・プロジェクト(APAP5)の芸術監督を務めている。

[*6] SFMOMA’s 2018 Contemporary Vision Award to Honor Artist Kara Walker

[*7]《Fortuna and the Immortality Garden (Machine)》

2026年の春までサンフランシスコ近代美術館の1Fに無料で展示されている。作品については上記のURLを参照した。



ゲストプロフィール

ウンジー・ジュー(Eungie Joo)
サンフランシスコ近代美術館の初代キュレーター兼現代美術部長を直近まで務めた。「シャルジャ・ビエンナーレ12:過去、現在、可能性」のキュレーター、ニューミュージアムの教育・公共プログラム担当ディレクター兼キュレーター、第53回ヴェネツィア・ビエンナーレ韓国館のコミッショナー(『濃縮—ヤン・ヘギュ』展)、ギャラリーREDCATの初代ディレクター兼キュレーター、そして参加型スペース「Six Months: Crenshaw」の共同創設者を務める。彼女のキュレトリアル・プラクティスは、アーティストとの継続的な関係構築を基盤とし、新作の制作、議論やパフォーマティブな場の活性化、展覧会の企画といった実践を通して展開されている。カリフォルニア大学バークレー校で民族学の博士号を取得。

執筆者プロフィール

奥田 奈々子(おくだ・ななこ)
フリーランス編集者。1982年東京都出身。大学卒業後、新聞社勤務を経て建築雑誌やウェブ、美術インタビュー誌の編集者として活動。現在、山口県在住。山口情報芸術センター[YCAM]勤務。コンテンツ制作のほか、イベントや教育プログラムの企画制作、運用も行う。アート・建築・教育分野を中心に企画・編集・制作を通してテーマや目的のアウトプットについて考え実践することを活動軸としている。最近の関心事は祭りなど伝統文化の伝承について、知財、公害、福祉。