GAT 049 トビアス・オストランダー
ラテンアメリカ美術のいま
トビアス・オストランダーは、30年以上にわたりラテンアメリカのアートを専門とし、現在ではメキシコを拠点に、テート・モダンのラテンアメリカ部門のキュレーターを務めている。メキシコやアメリカ、ブラジルなどにおける美術館や芸術祭での多数のキュレーションの事例を紹介しながら、ラテンアメリカという概念、包摂と排除の力学、戦略的地域主義、歴史的に見過ごされてきたアーティストへの注目が語られた。以下は2024年10月7日に行われたトークの抜粋である。
構成:櫻井拓(のほ本)ラテンアメリカという概念
そもそも「ラテンアメリカのアート」とは何を指すのでしょうか。その問いには、ラテンアメリカというのはどこを指すのかという問いが含まれています。地理的に区分された地域なのか、ヨーロッパによる構成物なのか、文化的な地域なのか。そこには南米に加えて、メキシコや中央アメリカ、そしてカリブ海地域も含まれるかもしれません。ラテンアメリカを南アメリカだと考えた場合、南アメリカの一部であるフランス領ギアナやガイアナ(旧イギリス領)、スリナムはどういう位置付けになるのか。
ヨーロッパが作り上げた構成物としてのラテンアメリカは、19世紀半ばにフランスのミシェル・シュヴァリエが最初に使った概念です。
ラテンアメリカと呼ばれている地域へのフランスの介入や関心を正当化するために、彼はこの言葉を創り出し、利用しはじめました。以前はスペインの、そして当時もまだスペインとポルトガルとの植民地であったラテン系の言語を話す地域の間に共通点があると主張し、イギリスの植民地と対立させる構図の中で編み出したものでした。これはまさにその時代のフランスとイギリスの分断そのものでした。ラテンアメリカという言葉はすぐに、仲間との共通のアイデンティティを求めていた、ラテンアメリカの政治家や経済関係者、文化関係者などに受け入れられました。
ラテンアメリカという言葉は、当初から、その地域に対する経済的および、植民地としての利益に関連するものだったのです。
私のラテンアメリカのアートに関する専門的なキャリアは、エル・ムセオ・デル・バリオ(El Museo del Barrio)から始まりました。ニューヨーク唯一の、ラテンアメリカのアートを扱う美術館です。
この美術館はヌヨリカン(Nuyorican)、つまりニューヨークのプエルトリコ人のコミュニティの運動によって創られたものです[*1]。学校の教室で展開された、新しい世代に対してプエルトリコ人やその文化に対する誇りを育てるための運動でした。
そのなかでこの美術館も発展していき、プエルトリコだけではなくラテンアメリカ全域をカバーする美術館になるべきだという圧力にさらされ、ラテンアメリカ系の富裕な寄付者たちから大きな圧力がかかりました。複雑な状況があり、この美術館がローカルな、一つの文化を対象とした美術館であるべきなのか、ラテンアメリカ全域に開いていくべきなのかという議論が巻き起こりました。
興味深く思っているのは、私がラテンアメリカのアートについて考えたり取り組んだりしはじめた出発点に、この解決の難しい、カリブ海地域に特有の風景があったということです。そのことは私がこの地域やその複雑性について考えるうえで、今でも示唆を与えてくれます。
戦略的地域主義
バード・センター(Bard Center for Curatorial Studies)という大学院で学んでいたころ、教授を務めていたイヴォ・メスキータに誘われて、1997年と98年、私はブラジルのサンパウロ・ビエンナーレに携わることになりました。
とても面白い回で、パウロ・ヘルケンホフ(Paulo Herkenhoff)がキュレーターで、アドリアーノ・ペドロサ(Adriano Pedrosa)が副キュレーターでした。私は彼らの下で、近い場所で働いたのですが、テーマ的にもコンセプト的にも非常に面白いプロジェクトでした。
これは文化的なカニバリズムについてのマニフェストでした。ブラジルはヨーロッパや北アメリカを称賛したり模倣したりするのではなく、それらを食べ尽くしてしまえ、そしてその過程のなかでブラジル自身が強くなるべきだという主張でした。ビエンナーレ全体の視野はきわめてグローバルなものでしたが、グローバルな世界を、ブラジルのナショナリズム的な文化の枠組みから捉えていました。そのことが当時とても興味深かったです。
この考え方というのは、ラテンアメリカのアートについて、ラテンアメリカの中から評価をしていくという視点で、外からの評価に依存しないという姿勢でした。それはブラジルの中で世界を消化し、自らの視点で自らを発表して見せていくという姿勢でもあります。ブラジルの視点からアートを見るというこの考え方は、私がその後メキシコで行った多くの仕事に、大きな影響を与えました。そこで行ったのは国際的なアートを、メキシコのレンズを通して見て検証するという仕事でした。
2011年に私はペレス美術館マイアミ(Pérez Art Museum Miami)に応募し、最終的にはチーフキュレーターを務めました。
アメリカに戻り、アメリカの中でどのようにして私の関心に呼応するプログラムを組むかを考えるのは、興味深い機会でした。ラテンアメリカに関するプログラム、しかもマイアミという場所ですから、カリブ海地域についてのプログラムです。自らの知識をどのようにアメリカの文脈の中に持ち込むことができるのか、模索を始めました。
特定の場所に根ざしながらも、その場所を拡張し、他の地域と結びつけながら捉えられるようなプログラムを、どのようにして創り出すことができるのか。そこでたどり着いたのが、「戦略的地域主義」という考え方です。
他の場所では起こりえない、マイアミならではの対話とはどのようなものなのか。それを考えるためには、マイアミとカリブ海地域、ラテンアメリカ、アメリカ南部との関係について、熟考せざるをえませんでした。場所の特異性と文化の交差から着想を得てプログラムを開発していったのが、この美術館での8年間の私の仕事でした。
ラテンアメリカのアートを拡張する
8年間マイアミにいて、自分に対しても他者に対しても証明したいことを証明することができたので、2019年にメキシコに戻りました。その後すぐにメキシコを拠点にして、ロンドンのテート・モダンのラテンアメリカのコレクション担当を務めています。
テートでは展覧会に携わるのではなく、ラテンアメリカのどのような作品を収集すべきかの戦略を練るのが私の仕事です。メキシコが拠点ですが、ラテンアメリカ地域全体を調査しています。
ラテンアメリカのアートをどのように拡張できるのか。ラテンアメリカのアートの国際的なコレクションにおいて、歴史的に何が抜け落ちてきたのか。そのようなことを考えるなかで、4つのテーマの探究へと行き着きました。
1つ目が「文化的な幾何学(Cultural Geometries)」、あるいはラテンアメリカにおける幾何学的な抽象の遺産です。
2つ目が「ブラック・アトランティックと、カリブ海地域の繋がり(Black Atlantic and Caribbean Connections)」です。ラテンアメリカのアートの一部としてのカリブ海文化について、同様にラテンアメリカの中で見落とされてきた黒人のアーティストたちについて考えながら、調査を続けてきました。
3つ目が「ジェンダーの歴史と抗議(Gender Histories and Protest)」です。女性、ゲイ、レズビアン、ノンバイナリーのアーティストたちによるジェンダーの問い直しや、彼らのアイデンティティに対する暴力や抑圧への様々な方法での抗議と関連する作品群です。
4つ目が「土着性、土地、先祖から伝わる知識(Indigeneity, Land and Ancestral Knowledges)」。テートのコレクションでも、土着性や、土地やエコロジー、先祖から伝わる知識に関わる問いとの関連性を重視しています。
テートのような規模の美術館で、他の地域の担当者と話していると、似たようなテーマに着目していることに気づきます。古代の知識、土着的な営み、そしてこれまで認知されてこなかった女性、ゲイ、レズビアン、ノンバイナリーのアーティストたち、さらには抗議の歴史における彼らの役割、幾何学の言語を扱っているこれまで認知されてこなかったアーティストたち。
ラテンアメリカという地域において自分自身が思考してきたことが、他の地理的、文化的文脈のなかで響き合うことを発見するのは、とても興味深いことだと思っています。
ラテンアメリカでの実例や、ラテンアメリカで起きている力学や解決しがたい問題が、アジアを地域として捉えるときに直面する難しい問題を考えるうえで、対話的なヒントとなることを期待しています。
[*1] El Museo del Barrio
トビアス・オストランダー(Tobias Ostrander)
キュレーター。メキシコシティ(メキシコ)在住で、現在はテート・モダンのエストレリータ・B・ブロツキー特別キュレーター(ラテンアメリカ分野)。マイアミ・ペレス美術館(アメリカ)のチーフ・キュレーター兼キュレーション担当副ディレクター(2011–2019年)を務めた。エル・エコ実験美術館の館長(2009–2011年、メキシコシティ)、タマヨ美術館チーフ・キュレーター(2001–2009年、メキシコシティ)、inSITE2000アソシエイトキュレーター(1999–2001年、サンディエゴ、アメリカ/ティファナ、メキシコ)を歴任。その他、第24回サンパウロ・ビエンナーレ(ブラジル)、エル・ムセオ・デル・バリオ、ブルックリン美術館(共にニューヨーク、アメリカ)にも携わる。