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AIRと私⑥
AIRの遺伝子
文:柴田尚

2026.02.01
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図1.「第3回AIR NETWORK MEETINGおおさか・関西万博大会」会場となったオランダパビリオンでのレクチャーの様子(2025年5月25日撮影)

いよいよ連載も最終回となった。以下は、4〜5年前、札幌で運営するNPO法人S-AIR(エスエア)のスタッフとの会話だ。


「柴田さんは、なんのためにS-AIRをやっているのですか?何かこうなったらいいという目標はあるのですか?」


「そうだなあ・・・・遺伝子が残ればいいかなあ・・・。」


自分の発言に「ギョッ!」としたスタッフの顔を見て、ふと我に返ったのだった。
S-AIRは弱小の民間のAIR団体であり、いつなくなってもおかしくないまま、奇跡的に続いてきたので、せめて何かの「遺伝子」くらい残ればいいかな?くらいの発言であった。

しかし、スタッフの驚いた顔を見て、改めて、自分にとって残したい「AIRの遺伝子」とは何か?という答えを心のどこかで探し続けてきたように思う。
結論を急ぐ前に、昨年春、この連載スタートすることになった際に、自分が何を考えていたか、運営するS-AIRや日本のAIRをどういう状態で見ていたかを話しておこうと思う。


文化庁AIR助成の危機

2023(令和5)年、12年間続いてきた文化庁のアーティスト・イン・レジデンス(以下AIR)事業予算が、なんの事前通達もなく突然6割削減され、多くのAIR団体に影響を与えた。現在、文化庁のAIR助成は、ピーク時の約1/6となる総予算2800万円という低予算が3年続いており、国の文化事業助成としては、いつなくなってしまってもおかしくない、まさに風前の灯である。(図2参照)

図2. ⽂化庁のアーティスト・イン・レジデンス事業予算額の推移(第二次AIR助成/2011〜2025)
2023年「第一回AIR NETWORK MEETING東北大会」で発表された菅野幸子氏によるデータを元にして筆者が更新したグラフ


この2023年の文化庁の大幅なAIR助成削減の際に、私が代表を務めている札幌のNPO法人S-AIR(エスエア)も不採択となり、団体の存続に関わる状況となった。
S-AIRは、それまでの24年間に37カ国から105名の作家をフルサポート(旅費、滞在費、材料費、人的サポート)で招へいしてきた。完全な民間団体でこれだけの期間、フルサポートを続けてきた団体は国内では聞いたことがなく、特に地方都市としては奇跡的なことだったかもしれない。

たまたま、やりかけのプロジェクトも、借金も、社員も抱えていなく、しかも25周年を迎えていたので、ここらで一区切りと活動を終えることもできたタイミングであった。ただ、ひとつだけ気になったのは、


「本当に、今がその時なのだろうか。」


ということである。


「この危機的状況は、札幌のS-AIRという一地方だけの問題ではなく、全国的な問題なのではないか。」


当時、S-AIRは日本で最も古いAIR団体のひとつとなっていたこともあり、われわれの決断は、他の団体への影響も少なくないかもしれないということで、自分が属するもうひとつのAIR団体、AIR NETWORK JAPANに相談し、共同で全国のAIR関係者や民間の芸術文化財団などに連絡し、集まる機会を持つことになった。


AIR NETWORK MEETINGのはじまり

2024年1月、「第一回AIR NETWORK MEETING「これからどうなる?日本のアーティスト・イン・レジデンス」東北大会」(図3-1)は宮城県塩竈市+仙台市を会場にし、こうしてスタートした。有料で開催されたのにも関わらず、対面+オンラインのハイブリッド式で21都道府県+イギリスの22地域から25団体、66名が参加した。
大会への助成支援ををいただいた小笠原敏晶記念財団からは、当日、能登半島緊急支援の発表があり、この助成へのAIR事業的解釈も提案された。

その後、2024年11月に福井県永平寺町での「第二回北陸大会 −災害と観光−」(図3-2)、2025年5月におおさか・関西万博開のオランダパビリオンで催された「第三回おおさか・関西万博大会 −組織とネットワーク−」(図3-3)が開催された。この後、2026年3月には「第四回九州大会 −芸術と移住−」(図3-4)が開催予定である。特定の地域拠点を定めずに、日本各地の芸術文化の状況に触れながら、縦断するように展開されている。

図3-1. 第一回「AIR NETWORK MEETING」バナー

図3-2. 第二回「AIR NETWORK MEETING」バナー各種

図3-3. 第三回「AIR NETWORK MEETING」バナー/p>

図3-4. 第四回「AIR NETWORK MEETING」バナー

変化する国内AIRの現状

この「AIR NETWORK MEETING」を重ねる中で、日本におけるAIRの変容する現在が見えてきた。「AIRと私③―最初の地図」でも触れたが、文化庁のAIR助成が激減する一方、AIRの数やレジデント数は増加の一途を辿っており、その背景には、「Ⅰ.運営組織の多様化」「Ⅱ.文化庁以外の公的助成」「Ⅲ.インバウンド時代におけるセルフファンディング」の三つの要素が見えてくる。

Ⅰ.運営組織の多様化

「AIRと私③―最初の地図」で書いたが、90年代後半に文化庁が公募を始めた時は、ほとんどが実行委員会形式だったが、現在は多様になり、その分、運営資金も多様化している。すでに文化庁に助成を受けているのは、現在では全体のAIR団体のうち、1割以下でしかない。

Ⅱ.文化庁以外の公的助成

文化庁の助成は激減しているが、公的助成自体が減っているわけではない。
2023年より行われている福島県で行われている「ハマカルアートプロジェクト」(ハマカル)、「HAMA CONNECTED」(ハマコネ)は、経済産業省主導のアーティスト・イン・レジデンスであり、福島県だけの滞在・移住促進のプログラムだが、現在の文化庁によるAIR助成の何倍もの大きな予算で実施されている。

また、最近の動向として、地域おこし協力隊のスキームを使った滞在制作の動きもいくつか見かけるようになった。この事業の管轄は総務省で、令和6年度(2024年度)だけで、年間7,910人の移動に関わる大きな事業であるが、その一部にAIR的解釈が生まれ始めているということである。
国による公的AIR助成は、むしろ省庁を超えて増えているという見方もできるのだ。

Ⅲ.インバウンド時代におけるセルフファンディング

もっとも大きな変化と自分自身が感じているのは、AIRの質の変化である。昨今のインバウンド効果、海外からの観光客の増加の中で、アーティスト自身が費用を負担してホテルのように滞在する、「セルフファンディング型」が増えてきていることだ。

これまでは、渡航費、滞在費、材料費、カタログ費などを全て日本側が負担する「フルサポート型」が主であり、この手厚さは文化庁も基本とする方式で、S-AIRのような古くから続く団体もそれを採用してきた。
しかし、例えば90年代の国内のAIR黎明期と比べると、現在は地方芸術祭もブームになり、地方であっても外国人やアーティスト自体が珍しい存在ではなくなったかもしれない。京都のようにむしろ、オーバーツーリズムと言った観光公害も見られる時代に変わってきているのである。


「お金を払って招待するAIRから、お金を受け取って受け入れるAIRへ」


「稼ぐ文化」の推進という国の方針に合わせて、AIRの質の変化も顕著になってきているかもしれない。

このセルフファンディング型AIRが成り立つならば、公的文化助成など要らないではないかという意見もあるだろう。たしかに、中には全く文化助成を得ずに運営されている施設も出てきている。
しかし、これらは経済的に余裕がある利用者に偏りがちにはなる。また利用者にとって、それなりに魅力のある土地、建物、組織やサービス、あるいは公的助成が入っていて、料金が格安などの特典がなければ成立はしづらい。

ただ、セルフファンディングの大きな利点としては、従来のフルサポート型では、公的資金の割合が高いために公募による選考が行われ、狭き門になりがちであるのに対し、かなり、実現しやすいということだ。筆者も何度か利用しているが、予定を組みやすいため、自国の助成を取って訪れることができるレジデントには向いている。また海外でも多く浸透している馴染みのある形態であり、円安状況の中では、今後も増加していくだろう。


AIRの目的と遺伝子

AIRは、元々はアーティストへの奨学制度であるため、単体では儲からない文化事業である。ただ地方都市でも仕組みさえ整えれば、すぐに始められる文化活動である。住居やアトリエ、展示場所などいくつかの不動産活用が必要なのだが、例えばこれを地方では空き家を活用するなどすれば、すぐに始められ、かつ地域の課題解決にも寄与できる。また、芸術祭など他のイベントを支える活動にもなる。運が良ければ、地域資源を再発見しながら、後に地域の歴史や観光資源の遺産にもなる芸術作品を生むかもしれない。

元来、「地域おこし」が大好きな日本人としては、このようにAIRの目的も「地域」と絡みやすい。近年、相次いで災害に見舞われている日本とすれば尚更である。現在の日本の公的助成のAIR状況を見ると、文化庁助成も経済産業省の助成も総務省も全てその目的は「地域振興」をゴールとしているように見える。
しかし、AIRの目的は、それだけでよいのだろうか。「地域振興」が目的ならば、必ずしも芸術文化である必要がないからである。AIRには、「地域振興」以外でも、さまざまな目的が考え得る。例として以下のようなものだ。


・国際交流
・芸術文化振興
・教育(芸術家育成含む)
・福祉(障害者、高齢者など)
・産業振興(観光含む)
・文化外交
・表現の自由、生命、環境の確保


この目的の中で最重要テーマとして筆者が考えるのは、「表現の自由、生命、環境の確保」である。筆者が今、AIRを再定義するとすれば、

アーティスト等の表現や思想の自由、生命の保護のための理想の環境を提供する文化事業

であり、これがもっとも重要な「AIRの遺伝子」と考える。

「芸術文化」と「地域」とは、必ずしも相性のよいことばかりではない。
なぜ、アーティストは移動するのか。移動するレジデント達の中には、表現の自由を十分に得られない自らの「地域」を逃れて、移動せざるを得なかった作家たちがたくさんいる。中には国という最も大きな「地域」を捨ててやってくるものもいる。そして、こういう作家に安心して表現できる環境を提供することによって、重要な作品が生まれることも多い。ここに、表現の自由という芸術文化の重要な特質、そしてAIRとしての重要な使命の一端がある。

自分の地域を訪れる他者にアピールするだけでなく、受け入れる他者のために行うプログラムであることを忘れないでほしい。

世界情勢が不安定化する昨今、この「遺伝子」の意味は、更に重要度を増してきているような気がするのである。



最後に、記事作成のために情報をくださった方々、関わってくださった皆さまに御礼申し上げます。ありがとうございました。


「AIRと私」関連記事

AIRと私① アトリエとしての札幌 ―「水の波紋95」より【前編】

AIRと私② アトリエとしての札幌 ―「水の波紋95」より【後編】

AIRと私③ 最初の地図

AIRと私④ 日常生活から生まれるインスピレーション

AIRと私⑤ その後のレジデント達



執筆者プロフィール

柴田尚(しばた・ひさし)
NPO S-AIR代表
AIR NETWORK JAPAN 会長
北海道教育大学岩見沢校 アートプロジェクト研究室教授
札幌アーティスト・イン・レジデンス(現S-AIR)実行委員会時代から現在までの26年間に37カ国106組以上の滞在製作・調査に関わる。また、14カ国へ日本人作家24組を滞在制作派遣している。2014年度より、北海道教育大学岩見沢校教授(アートプロジェクト研究室)となる。また、2012年レズ・アルティス総会2012東京大会実行委員ほか、日本各地のAIR組織のネットワーク「AIR NETWORK JAPAN」の活動にも取り組んでいる。その他、様々なアートプロジェクトやアートスペースの立ち上げにも関わる。
共著に「指定管理者制度で何が変わるのか」(水曜社)「廃校を活用した芸術文化施設による地域文化振興の基本調査」(共同文化社)「アーティスト・イン・レジデンス-まち・人・アートをつなぐポテンシャル」(美学出版)がある。
代表を務めるNPO法人S-AIR は、2008年国際交流基金地球市民賞受賞。