異点:韓国で照らす他の地図
002 「韓国=ソウル」から少し離れたソウルでの展示
文:紺野優希
撮影:パク・ユジュン(パク・セヒ)
前回の記事で、私は「韓国=ソウル」として考える際に生まれる問題意識について触れた。美術大学や美術館、さらにはインディペンデントなスペースまで密集している場所が、その国のアートシーンを特徴づけてしまうのも仕方がない。しかし、他の地域にも、美術関係者やアーティストが存在しないかと聞かれれば、そうとは言い切れない。では、彼らはどのような動きを見せているのか、それはソウル=韓国のアートシーンとどれくらいかけ離れているのだろうか。本連載で地方のアートシーンを紹介するにあたって、先に2025年にソウルで見られた動きについて触れてみたい。今回紹介する3つの例は、ソウル中心のアートシーンを再考するきっかけを与えてくれるだろう。「韓国=ソウル」という等式をどれほど意識しているかはさておき、その等式に別の視座を設けてくれるきっかけを作っている。ひとつはキュレーターとアーティスト、そして地域住民とのかかわり方(チーム・ハンサン)、もうひとつは異なる韓国と日本を想像し繋げる交流展(パッチワーク!)、そして最後に若手作家の制作と展示の関係性(Mockcamp)について、それぞれの活動から考えてみる。この3つの例では「成果」より「過程中心」の手順が重要視されている。
チーム・ハンサン
チーム・ハンサンは、キュレーターのキム・ジンジュと、4人のアーティスト(ジョン・ハスリン、チョ・ヒギョン、ホン・ジャヨン、ヤン・ヨンヒ)のチームである【*1】。名前にある「ハンサン」とは釜山よりも南にある群島、トンヨンの島の一つで、キム・ジンジュの父が住んでいる地域だ。父の願いでもあった壁画プロジェクト【*2】を引き受け、滞在しながら制作した様子は作品・展示・アーカイブとして記録され、Doosan Galleryの企画展「The Green Ray」のワンパートとして紹介された【*3】。会場で紹介された《真珠の糸で結んだ宝物》(2025)【*4】は、アーティストとキュレーターの協働に基づいた制作物である。父から提案を受けたキム・ジンジュは、一方的に自分の考えを押し付けたり、仲のいい知り合いを連れていくのではなく、公募形式にすることで父に選択権を与えた。希望者は今回の壁画プロジェクトへの意気込みや自分の考えを提出し、その中でキム・ジンジュの父の目にとどまった人たちが最終的に選ばれた。そのようにして選ばれたアーティストたちは、地方に行って現地の人たちと対話と交流を重ねながら、プロジェクトに取り組む。その一連のプロセスの中で、互いの意見を交換し合いながら制作を進めた様子が、《真珠の糸で結んだ宝物》に写真や音声、手書きのメモやロードマップなどを通して紹介された。来場者は、彼らの体験を辿りながら作品を鑑賞する。どのように彼らは集い、どのように現場へ向かい、何を経験して、どのように制作を終えたのか。親と子、現地の人と他所の人、アーティスト同士の親睦、さらには、一連のプロセスを展示として再構成し、観客に伝えるという課題に向き合った、試行錯誤の痕跡が展示作にも表れている。そこでキュレーターの役割はアーティストに指示出しをするだけでもなければ、アーティストもまた出稼ぎに行っただけではない。チーム・ハンサンはローカルな文化を「珍しい地域色」として取り上げることもなく、開拓使さながら地方を活性化させる目論見とも異なっている。美術という制度における権力構造をゆるく解体する試みとして、チーム・ハンサンは、異なる地域や役割・立場の人たちと対等に向き合ったといえる。


《真珠の糸で結んだ宝物》(2025)の一部
撮影:パク・ユジュン(パク・セヒ)
パッチワーク!
「パッチワーク!」は、キュレーターのシン・ジェミンによる企画展である。韓国と日本の映像作家4名からなる本展は、シン・ジェミンが運営するインディペンデント・スペース「The Willow」で行われた。映像作品には日本語と韓国語字幕が流れ、また韓国や日本で撮影した映像が混在していることもあり、一目で韓国の作家なのか、日本の作家なのかが判別しがたい。2025年は日韓国交正常化60周年を記念するイベントが美術界でも散見された【*5】。本展は、一般的な交流展に落ち着くのではなく、作品において二つの国の言語が疎通と不通を繰り返しながら、新たな在り処を見出そうとしている。パク・ソンホは、2025年の大阪万博をスーパー8mmフィルムで記録した新作《つり合いのとれた粒子》(2025)を発表した。昔のカメラの手触りに一種のノスタルジーが感じられるとき、それは70年の大阪万博を経験し、または人づてに聞いた世代の目線ともいえる。しかしそれは、古きものを大事にする日本の姿に、変化が目まぐるしい韓国・ソウルから投げかけるねじれた憧憬としても映る。The Willowはまだ昔ながらの市場の中に位置しているが、すぐ近くには大型の商業施設もあり、ほかの一帯ではジェントリフィケーションが目下行われている。歴史を振り返れば、日本が朝鮮を支配していた植民地時代の建物やインフラが残っている。出展作家の佐藤朋子は、日本と韓国で現地に直接足を運びながらリサーチを重ね、馬と人間の営みの中の移住や移動の痕跡を資料や残っている建物から辿る。《馬と出会う練習 — 馬に会いに行きます The WilloW Edition》(2025)では、韓国に競馬場が設立された時代や、日本で活躍した韓国人騎手を調査した内容が綴られている。


上:パク・ソンホ《つり合いのとれた粒子》(2025)
下:佐藤朋子《馬と出会う練習 — 馬に会いに行きます The WilloW Edition》(2025)
「パッチワーク!」展示記録より
撮影:Minji Yi
提供:The WilloW
佐藤朋子とパク・ソンホの作品が韓日・日韓の今と過去を行き交うのに対し、青柳菜摘とイムジジは、言語を横滑りにする。前者の《関係名デモンストレーション》(2025)と後者の《アウトスカート》(2025)では、一見するとストーリーがあるような構成であるが、物語や対話は次第に異なるニュアンスを露呈する。言語によるコミュニケ―ションが、作品と鑑賞者の間でも成立しえなくなる、その一種の誤謬が生まれるとき、「韓国=ソウル」という等式に「日本の過去」を介在させ、さらには、言語によって図られる「疎通」や「対話」といった「交流」に遅延が生じることを表している。それは、名ばかりになってしまった交流展ではなく、不確かながらも対話を試み続ける「つぎはぎ=パッチワーク」の態度として展示に表れている【*6】。


上:青柳菜摘《関係名デモンストレーション》(2025)
下:イムジジ《アウトスカート》(2025)
「パッチワーク!」展示記録より
撮影:Minji Yi
提供:The WilloW
Mockcamp
韓国は国土の70%が山地であり、地形の起伏が大きい。バス(なかでも「マウルバス」と呼ばれる小型のバス)などの公共交通機関を使うと、急な坂や丘を駆け上ることもたびたびある。Mockcampも、そのような坂の上のひっそりとした住宅街にある。ソウルの中心から少し離れたこの場所で、複数名の若手作家が強化訓練をするかのように7日間制作し、作品・展示を披露する時間をゲリラ的に告知する。「キャンプ」という名前の通り、Mockcampはギャラリーやアートスペースというより、制作アトリエと発表の場を備えた「基地」として機能する。1週間〜2週間の規模で募集を受け付けており、滞在期間中に自身の制作や見せ方を試行錯誤する修練の場所として、2025年で計12チームがこの場所に滞在した。参加するアーティストはほとんど若手作家で、対話を重ねながら作品を見せ合ったり、制作をする。会期中に配置を変えてみながら展示のシミュレーションをしたり、数日だけ展示を開いたり、中には公開を目的とせずに淡々と制作や意見交換に集中することもある。アーティストとしての活動を本格的に始めるにあたって、必要なものは何か?多くの展示会場は急な坂の上ではなく、駅から徒歩でも行ける範囲にある。オルタナティブなアートシーンが2010年代に若手作家を中心に盛り上がりを見せていたが【*7】、コロナ禍を経てからは新興コマーシャル・ギャラリーの力に押されている。当時のシーンを率いていた作家たちが若手・中堅作家として美術館やギャラリーに迎合されることになると、次の世代の作家は彼らのノウハウを知らないまま路頭に迷ってしまう【*8】。また、若手アーティストを経済的にサポートする助成金がソウル市や韓国文化芸術委員会からある【*9】とはいえ、その数も限られている。Mockcampを管理するアーティストのパク・ジュヨンは自身の制作とも向き合いながら、このプログラムをはじめたという。展示を開いて作品をお披露目する場も重要だが、それ以前に制作を続けていくうえでほかのアーティストの交流や、意見交換も重要となる。


Mockcamp1期の公開展示
提供:Mockcamp
Mockcampに参加したアーティストたちは、まだ「ソウル=韓国」の中に入り込めていないかもしれない。しかしながら、彼らは確かにソウルで今もなお制作し、活動を続けている。チーム・ハンサンと地方とのかかわり方は、ソウルを優位に置いた一方的なまなざしとも異なれば、地方を異国的に取り上げることでもない、細やかな関係網で繋がっている。「パッチワーク!」では作品を跳ね返るように言語と国の概念が揺さぶり続けられる。「ソウル=韓国」という等式に含まれないものは、地方のアートシーンとの比較だけに限らず、ソウルという場所の中でも十分に見出せるだろう。でも同時に、ほかの地域には地域の地政学的なかかわり方があり、それが作品や展示に通奏低音のように響きわたることもある。続く3回目の記事では、仁川のアートスペースと展示を紹介しながら、海と埋め立て地と共に育まれるアートについて紹介したい。
【*1】4名はペインターであり、うち1人は観察者として呼ばれている。
【*2】 韓国では、町おこしや地域活性化の手段として塀や壁にイラストを描く「壁画プロジェクト」を推進することが多い。芸術家派遣事業という名目で、美術を勉強した人たちがこの「壁画プロジェクト」を単発の仕事として引き受けることもしばしばある。
【*3】「The Green Ray」は、DOOSAN Curator Workshopの成果展として3人のキュレーターが各々パート別に企画を進めた。キム・ジンジュはこの展示に「We Leave Time Behind」という枠組みでキュレーションを行い、チーム・ハンサンのほかに、3名のアーティスト(キム・ジョンガク、ペク・ユンソク、チャ・スラ)を招いている。
【*4】 韓国語の慣用句に「真珠が三斗でも繋いでこと宝(=玉磨かざれば光なし)」という一句がある。作品名はおそらくこの慣用句と、キュレーターの名前(キム・ジンジュ)と真珠(韓国語読みで「ジンジュ」)とかけている。
【*5】 「韓国タイムトラベル―ここで・ひと・とき―」(東京国立博物館)や「いつもとなりにいるから」(横浜美術館)など。前者は韓国の伝統工芸品や仏像などを、後者は日本と韓国の歴史を20世紀から辿りながら、物故作家・生存作家の作品を紹介している。
【*6】 本展に寄せてキュレーターのシン・ジェミンによって書かれた「繋ぎ合わされた物語の在り処、次の一文のはじまり」にも、つぎはぎのなかで生まれる可能性について触れられている。一般的な展示紹介文とは異なり、冒頭にはポエティックな文章が一段落を占めている。
「あなたは残骸の上にいる。もしくは、あなたが残骸である。遥か昔から、解体はすでに始まっていた。(中略)地上には繋ぎ合わされた物語の在り処がある。糸を紡いでいったあとは、点としてそこに在る。点は終結の句読点でもあり、次の一文のはじまりでもある。」【*7】なかでも、2010年代半ばの「新生空間」と呼ばれる動向は、自分たちの制作や活動の場を商店街の一室や雑居ビルの5階などに見つけながら、SNSや地図アプリを介して観客や若手の美術関係者などと交流を試みていた。
【*8】ただし、美術大学で教職についたアーティストの中には、学生たちに自身の経験を先行例として伝えていると考えられる。運営するパク・ジュヨンの出身大学であり、Mockcampとも距離的に近い成均館大学でも、現役作家の若い教員が数名授業を受け持っている。
【*9】 2026年のソウル文化財団からは、「芸術創作活動支援(視覚・多元[パフォーマンスなどを含む活動])」ではそれぞれ121件・26件が採択されている(ソウル文化財団公式サイトより)。このカテゴリーだけでも、1か月に10件もの採択事業がソウルでお披露目されている計算になる。加えて、「青年芸術支援(展示)」では20件(ソウル文化財団公式サイトより)、韓国文化芸術委員会の「視覚芸術・創作産室」「視覚芸術・創作主体」「青年芸術家跳躍支援」などの事業がある。事業に採択されても、企画書作成からはじまり、関係者(キュレーター、批評家、デザイナー)招聘を含め、年度内精算など、アーティストが一人で抱える上で重荷となる要素がとても多い。また、展示会場のレンタル料の高騰や作品販売不可などの問題もある。
(※上記全URL最終確認2026年3月19日)本連載について
「異点:韓国で照らす他の地図」は、韓国と日本の二拠点で活動する美術批評家、紺野優希氏の連載です。同国の文化芸術の中核都市、ソウルからあえて視点をずらして諸地域を見つめ直し、オルタナティブな活動や地域の文脈で語られるアートを線で繋ぎながら、韓国のアートシーンの新たな輪郭を浮かび上がらせていきます。
執筆者プロフィール
紺野優希(こんの・ゆうき)
主に韓国で活動している美術批評家。「アフター・10.12」(Audio Visual Pavilion・2018)、「韓国画と東洋画と」(gallery TOWED, FINCH ARTS, Jungganjijeom II・2022)などを企画。日本と韓国の展覧会・イベント情報を紹介するポータルサイト「Padograph」(https://padograph.com/ja)の韓国担当。GRAVITY EFFECT 2019 美術批評コンクール次席。