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「知らない」というクオリティ:乾真裕子とエレナ・トゥタッチコワ
茶話会 and/or ワークショップ「知らないで入る」レポート(後編)
文:金澤韻

2026.03.28
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Photo: Oto Hanada

「知らないで入る」03 乾真裕子

2025年7月5日「知らないで入る03」のゲストは乾真裕子だった。フェミニズムとクィア理論を軸に活動するアーティストであり、また、Grace Cathedral Parkというバンドで活動するプロのミュージシャンでもある。乾に来てもらおうと思ったのは、彼女の映像作品の中に登場する自作の歌がとても印象的だったからだ。一般的に、作品制作ではビジュアルや言葉をまず意識することが多いが、当然ながら表現のツールはもっと多様であり、乾のこのワークショップを通して音や音楽という強力な表現手段に触れてもらいたいと思った。

Photo: Oto Hanada(本章の写真は全て同一クレジット)

アイスブレイクでは、乾は参加者に名前とともにそれぞれのジェンダー・プロナウンを聞いた。ジェンダープロナウンとは、he/him、she/her、they/themなど、自身が呼ばれたい性別代名詞のこと。性自認を尊重し、みんなが安心して一緒にいられる場を作る準備である。さらに乾は、自己紹介の一部として、参加者に自分の声のイメージを絵に描くよう促した。体の中から出てくる「声」という目に見えないものを可視化しようとするところからこの日の「知らないで入る」は始まった。

アーティストトークで、乾は彼女自身の幼少期の小さな疑問から語り始めた。幼稚園で、男の子たちのように走り回ることを許されなかったこと、祖父母の家で兄が免除されていた家事を自分はさせられたこと。


乾 「一見すると、それらはとても小さなことのように思えます。でも私にとっては、そうした疑問こそが、フェミニズムやクィア理論を考え始める最初の一歩でした。
やがて私は、これらが「ジェンダー」や「フェミニズム」というキーワードとつながっていることに気づきました。本を読むことで、自分の疑問は個人的な問題ではなく、社会構造と結びついているのだと理解しました。
「個人的なことは政治的なことだ」という、第二波フェミニズムのマニフェストの通りなのです」

乾真裕子さん

作品紹介では、家父長制の強い影響下で育った乾の母の経験と乾自身の経験が、「竹取物語」のかぐや姫の姿に重ねられる映像作品《月へは帰らない》(2020)を見せてくれた。この作品には、母娘の対話が大阪弁のリズムそのままに取り入れられている。さらに、作品の最後には自作の歌を乾自身が弾き語る。


乾 「歌を入れたのは直感的な判断でしたが、母と私、ひいてはかぐや姫を慰め、励ます歌が必要だと感じました。自分でメロディを作り、ギターを弾いて歌いました。
声や歌とは何でしょうか。それは身体の内側から外側へと立ち現れるものです。声や歌は消えてしまう。だからこそ、フェミニズムやクィア理論と結びつきます。どちらも文字によって書かれてきた既存の言説や価値観に風穴をあけるからです。
声は、注意を向けなければ聞こえてきません。とくに、マイノリティの人々の声は、これまで見過ごされてきました。私は、オーラルヒストリーや、日常の声に関心があります。声には、時間と空間を越えてつながる力があります。」


《月へは帰らない》の制作が、声や歌の歴史的意味を探る契機になり、オーラル・ヒストリーや、日本の盲目の女性旅芸人である瞽女(ごぜ)への関心に発展していったと乾は語る。もうひとつ紹介してくれた映像作品《葛の葉の歌》(2023)では、狐が人間の男性と結婚する異類婚姻譚「葛の葉伝説」を下敷きに、ノンバイナリーの友人との対話、そして瞽女唄の歌詞を引用しつつ乾自身が書いた歌が挿入されている。歌のしらべは、物悲しさの中に、善悪では捉えきれないものを受け止める優しさと強さを運ぶ。

ワークショップでは、参加者はあらかじめ普段の日常を写した写真を数枚選んで持ってくるように言われていた。この写真をもとに、参加者はそれぞれ詩を書くことに挑戦した。


乾 「難しい語彙を使う必要はありません。自分の言葉を使ってください。
リズムを意識してください。
書いたら、声に出して読んでみてください。
その詩を届けたい相手や存在を想像してください。」


それぞれが詩を書き上げると、参加者は順番に詩を声に出して読み上げていった。
下記は参加者の一人が書いた詩である。教育実習のため久しぶりに実家に滞在した時に抱いた感情や情景が表現されている。


実家の朝
くすぐったい朝
おはようと言われる
蒸し暑い朝
いってらっしゃいと言われる
ちょっといい朝
水筒を届けてくれた
最終日の朝
梅雨の始まりの朝


この詩に、乾はその場でメロディをつけて歌ってくれた。個人的な感情や小さな出来事が、声になり音になり他者へ伝わっていくという瞬間を、私たちは乾によって体験させてもらったのだった。

ワークショップの様子

「知らないで入る」04 エレナ・トゥタッチコワ

シリーズ最終回は2025年7月19日、京都芸術大学楽心荘にて、アーティストのエレナ・トゥタッチコワを迎えて開催された。ロシア、モスクワ生まれで2012年から日本在住のトゥタッチコワは、ペインティング、ドローイング、セラミック、言葉、映像など、多岐にわたる表現活動をしている。トゥタッチコワの作品に触れるとき、私はいつも、表現された光と影の調子の美しさや深呼吸したくなるような空気感に打たれる。そうした感性やビジョンがどのようにしてやって来るのかを参加者とともに目撃したかった。

エレナ・トゥタッチコワさん(中央)と、参加した学生たち

トゥタッチコワの回は、しっかりしたアーティストトークから入った第1回〜3回とは打って変わって、体を動かすこと、感じることを主体に組み立てられていた。そのため本レポートではトゥタッチコワの発言を軸に内容を伝えたい。

トゥタッチコワはこのような言葉でワークショップを始めた。


「私はひとつの素材や技法にこだわり、どれかのジャンルを出発点にして制作するわけではないです。ひとりの人間として生きて、作品も作っていると、特に興味深く、そしてすべてにおいて重要と思っているのは、想像力のことです。

私自身を含めて、人はどのように世界を知覚しているか。
世界は目に見えるものだけではない。聴いて、観て、触れて、様々な方法で経験しながら想像していることを、どう表現するか。また、どう表現できるか。
想像することは考えることだけれど、人の脳はどのように働いているのか。

今日それについてみなさんとお話しをしながら、外を探索したいと思います。
外に出るのは、ちょっとしたお散歩でも、周りのことを知るだけではなく、自分自身と向き合って、考えていること、抱えていることと向き合うための時間でもあります。町でも山道でも、様々な「声」が聴こえるので、自分自身はひとりではなく、常にいろいろなものとつながっていると気づくのです。

音の変化、光や空気の変化、天気にもよって、毎日同じ場所を歩いていても常に変化があります。それに対して自分の身体、思考、心がどう反応して、変化するか、意識的になっていくでしょう。

私たちは周りの世界から常に何らかの「ヒント」を受け取っているのです。
何か新しいものを見つける可能性がいつでもあります。必ずしも大きな発見である必要はありません。
それは常に「対話」なのです。」


参加者全員が簡単に自己紹介をしたあと、身体表現しながらフロアを横切るワークで体をほぐした。それからみんなで京都芸術大学のある瓜生山を歩いた。この日、京都は35℃を超える夏日だったが、山の上は涼しい風が吹いていた。

身体を動かすワーク

1時間ほどの散策のあと、山から戻ってきたトゥタッチコワと参加者たちは、たどった経路や、見聞きしたものをみんなで一枚の大きな紙にドローイングした。それぞれの個人的な道程が一枚の絵の上で交わり、共有されていった。
描いている途中、トゥタッチコワはこんなことを話している。


「どこを歩いていても私には水の音が聞こえてくる感じがします。水はどこにでもある。地下にもあるし、体内にもある。
今日の山道も、近くに白川があるので、湧き水や川がたくさんありますね。」


完成した絵は6枚にカットされ、参加者がひとり一枚ずつ持ち帰ることになった。その絵を前にして、今日の体験について話し合う時間が設けられた。参加者の感想をいくつか紹介する。


「久しぶりにすごく汗をかきましたし、それを楽しみました。
みんなのいろいろな個性が、このドローイングから感じられます。
私の描いたところには、アリがいます。
これは私の靴です。小さいものから見た靴です。」

「瓜生山は自宅から近いのですが、初めて登りました。
外から眺めているのと、内側から見るのとではまったく違うものが見えました。
もしかしたら、他の場所も、歩くたびにいろんな発見があるのかもしれないと思いました。」

「歩いている途中でキノコや果実のようなものも見つけました。
なぜそれを見つけたのかは自分でもはっきりしません。たぶん水が関係しているのだと思います。
水の音をどうやって持ち帰るか。
その音は実際には聞こえなくても、イメージの中で鳴り続けています。」

「自然とつながる体験はとても面白かったです。
地図を描き始めたとき、最初は記憶どおり正確に描こうとしました。
左に出て、前に進んで、右に曲がって、下って……というように。
でも途中で思いました。
記憶に残っている「音」を絵の中に置いたほうが面白いのではないか、と。
葉の音。風が通り抜ける音。水が滴る音。
そうやって脳を使うのは、とても良い経験になりました。」

瓜生山散策の様子


トゥタッチコワは次の言葉でワークショップを締め括った。


「今日は学校裏のすぐそこにある山道を歩いて、音を聴いたり、水に入ったりしてきたので、みなさんは「自然」という言葉を出してきたと思います。ただし、それは特別な体験ではないのです。人は「自然」というときに、普段いる場所と使い分けていうことが多いでしょう。自然が私たち人間とは別のものであるかのように。しかし、今日行った場所はそういった「自然」だとみなさんは思ったかもしれませんが、実はここからたった5分の場所です。山道を少し歩き続けると、祠や、石切場跡など、人間が作ったものの痕跡もたくさんあります。

しかし、私たちは自然と区別できるのでしょうか。
人口と自然、人間と自然を分けて考えること自体が難しいのではないかと思います。
人間が生まれること自体が自然なことですし、私たちが生きている環境のすべてとつながっているのです。そして、私たちのすべての行為は、内と外に影響を与えます。
すべてが循環していて、つながっています。」


身体で世界に向き合い、その知覚を分かち合うという、原点に立ち戻るような体験。「知らないで入る」シリーズのテーマがもっとも端的に体現されたような最終回となった。

ドローイングの様子


「知らない」というクオリティについて

参加者からは全4回を通じて次のような感想を受け取った。


「講師の先生のことをぜんぜん知らないで来て、緊張していたが、だんだん緊張がほぐれて、話に聞き入っていた」

「英語は半分くらいわかったかな、という感じだったが、その分、普段より話を聞くことになった。言葉ができないほうが、人の話を聞く時に前のめりになるし、自分も伝えたいことを伝えようと一生懸命になる」

「日本に来て初めてこんなに自分のことを話したし、他人のパーソナルな話を聞いた。心に触れるものがあった」


4回のシリーズを通じて見えてきたのは、「知らない」という状態がいかに豊かな出発点になりうるかということである。4回ともそれぞれ全く異なるアプローチをとりつつ、「知らない」ことを欠損ではなく、他者を受け入れる余地として、他者を想像するチャンネルとして捉え直していた。参加者たちは言葉がたとえ一部しかわからなくても、講師や美術のことをあらかじめ知らなくても、そのわからなさゆえに耳と心を開き、ひたむきに伝えようとしていた。「知らない」というヴァルネラビリティ(脆弱さ)をクオリティとして認め、肯定することの意味を、私は再確認することになった。

4回とも楽しく活気のある時間だったが、私の心にいまも残っているのは「思いやり」の気配である。誰かが言葉を探して話が途切れるとき、そこに訪れる静けさには敬意と信頼が満ちていた。一人の人間として、そういう時空間を共有させてもらえたことを、講師および参加者のみなさんに心から感謝したい。

「知らないで入る」に参加してくれた方々の中から、11月のKyoto Gatheringに5人の方が参加することになった。
「知らないで入る」は2026年度にも別の講師を招いて実施する予定である。

「アジア美術系大学学生会議」に関連した「知らないで入る」を含む各イベントのディレクションは、今後もICA京都特別プロジェクト・ディレクターの金澤韻が担当する。(編集)



「知らないで入る」03
ゲスト:乾 真裕子(アーティスト/ミュージシャン)
⽇  時: 2025年7⽉5⽇(土) 14:00-16:00

「知らないで入る」04
ゲスト: エレナ・トゥタッチコワ(アーティスト)
⽇  時:2025年7⽉19⽇(土) 14:00-16:30

会  場: 京都芸術大学 千秋堂
対  象: 美術を学ぶ大学生、大学院生


ゲストプロフィール

乾 真裕子(いぬい・まゆこ)
1997年生まれ。大阪府在住。東京藝術大学大学院先端芸術表現専攻修了。現在は、大阪大学大学院人文学研究科現代日本学コースに在籍。
フェミニズムやクィア理論を手がかりに、自身の身体を用いたパフォーマンスや映像作品を制作している。近年は、 民話や昔話におけるジェンダー表象と、語り継がれながら変化していく歌や語りに関心を持っている。主な展覧会に「玉繭」(EUKARYOTE、東京)、「Clima Fitness」 (Matadero Madrid、Madrid)、「彼女たちは歌う」(東京藝術大学美術館陳列館、東京)など。

エレナ・トゥタッチコワ(Elena Tutatchikova)
1984年、ロシア、モスクワ生まれ、京都市在住。人間としていかに世界を知覚し想像できるかを問いながら、歩き、考え、経験したことを絵画やドローイング、セラミック、言葉、映像、写真などの作品を通して表現する。
モスクワでクラシック音楽や日本の文学を学んだ後、2012年より日本へ渡る。東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現領域博士後期課程修了。博士(美術)。
第 38 回写真の町東川賞 特別作家賞 受賞。「VOCA展2023」奨励賞 受賞。
著書に写真集『林檎が木から落ちるとき、音が生まれる』(torch press, 2016)、作品集『聴こえる、と風はいう』(Ecrit, 2022)。
近年の主な個展に「Presence Takes Time」MtK Contemporary Art(京都、2025)、「On a Windy Path | 風の音が道になって」POST(東京、2024)、グループ展に「湖といえば、泳ぐ電子の軌跡」 MtK Contemporary Art (京都、2024)、「ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか?」国立西洋美術館(東京、2024)、「新しいエコロジーとアート」東京藝術大学大学美術館(東京、2022)、「開館20周年記念展 Flower of Life 生命の花」 ヴァンジ彫刻庭園美術館(静岡、2022)、「FACES」SCAI PIRAMIDE(東京、2021)、「Land and Beyond | 大地の声をたどる」ポーラ ミュージアム アネックス(東京、2021)など。

執筆者プロフィール

金澤 韻(かなざわ・こだま)
ICA京都特別プロジェクト担当ディレクター。現代美術キュレーターとして国内外で多数の展覧会を企画。時代・社会の変化とともに変容する人々の認識と、私たちに精神的な困難をもたらすものを捉え、キュレーティングを通して問題解決の糸口を探る試みを行う。ニューメディアアート、インスタレーションから絵画・工芸まで幅広い表現領域のアーティストと協働し、しばしば創作的テキストを用いた実験的なキュレーティング手法を採る。東京芸術大学大学院美術研究科および英国王立芸術大学院大学(RCA)現代美術キュレーティングコース修了。熊本市現代美術館など公立美術館での12年の勤務を経て、2013年に独立。近年企画・参画した主な展覧会に「Art Rhizome Kyoto 逆旅京都」(京都市内10箇所、2024、2025)、Gangwon International Triennale (平昌、韓国、2024)、「インター+プレイ」(十和田市現代美術館、青森、2022)など。