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アート・エコシステムの複層性とは何か?
ICA京都|国際シンポジウム2025レポート(前編)
文:渡辺亜由美

2026.03.30
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国際シンポジウム2025
Photo by Haruka Oka
(本記事の写真は全て同一クレジット)

2025年11月、雨降る京都の佛光寺白書院で「ICA京都|国際シンポジウム2025 アート・エコシステムの複層性:シーンを構築するプレイヤーたち」が2日間に渡り開催された。このシンポジウムは、京都芸術大学大学院の附置機関であり、「京都と世界を繋ぐ、開かれたプラットフォーム」【*1】を掲げるICA京都が、2025年4月の新体制始動後に主催した初の大規模な国際事業である。ICA京都では2022年にも国際シンポジウムを開催し【*2】、既存の文化的・制度的枠組みを超えたネットワークの構築や、人・モノ・資本といった潜在的な文化資源の可能性を議論しあった。今回は2022年の成果を引き継ぎながら、前回以上にプレゼンターの活動拠点や、年代、役割、活動形態の幅を広げることで、現代アートを取り巻く環境や制度、コミュニティの多様さを相対化しつつ、アジア諸地域の連携の可能性を探ることが企図された。

ところで、「アート・エコシステムの複層性」とは一体何か? ICA京都プログラム・ディレクターの堤拓也によると、「アート・エコシステム」とは、「アーティスト、キュレーター、文化従事者、スペースを運営する人、観客、学生、コレクター、公共・民間・市民セクター、教育機関など、多様な担い手が重なり合いながらシーンを形づくっている様相」を指す【*3】。堤は2025年4月に開催されたトーク・イベントでも、京都を含むアジア諸都市のアートシーンを「教育/公的/民間/市民」という4つのセクターで整理し、各都市の個性や特色を分析した【*4】。注目したいのは、この見取り図で示されたセクター内には、更に細かなレイヤーがある=複層的である点だ。代表的な組織や事業を抜き出すと、「教育セクター」は大学などの教育機関や研究機関、「公的セクター」は国や地方自治体が運営する美術館などの施設や芸術祭、「民間セクター」はアートフェアやコマーシャル・ギャラリー、オークションや企業メセナ、そして「市民セクター」はインディペンデント・スペースやシェアスタジオ、非営利組織などが挙げられる。運営主体や形態に応じた4つの「セクター」という大きなレイヤーがあり、その内部にある役割や特色、規模が異なる機関・団体・スペースが共存し、影響し合い、循環する様相が「アート・エコシステムの複層性」と言えよう。堤が示したこの地図は、彼が実際に現地に訪れて、人々と交流する中で獲得した肌感覚や現場感に基づく。そして結論を先取りするならば、こうした「個」と「個」の出会いや繋がりこそが、「国際化」と「ローカル」を貫くシンポジウム全体の議論の中心点となった。

2日に渡るシンポジウムの議題は全部で5つ。本稿では以降、セクションごとにプレゼンテーションとディスカッションの概要をまとめていく。

会場は、京都市内の中心エリアに位置する佛光寺(真宗佛光寺派本山)の白書院で2日間開催された。


セッション1「どのようにローカルアートシーンを醸成するのか?」

セッション1では、インディペンデントな活動を行うタイ、京都、インドネシアの市民セクター3組がプレゼンターを務めた。インディペンデントと言っても立場や理念は三者三様である。ここではモデレーターの堤拓也氏と共に、ローカルに軸足を持ちながらより広範なアートシーンにコミットする各々の実践を共有していった。


マリー・パンサンガ(STORAGEディレクター・キュレーター[バンコク、タイ])

タイの首都、バンコクを拠点とする「STORAGE」は、アティット・ソーンソンクラム(Atit Sornsongkram)とプレー・プピティヤスタポーン(Prae Pupityastaporn)が2022年末に立ち上げたインディペンデント・スペースである。印刷工房として使われていた建物の一部を建築家チームSP/Nと共に改修され、パンサンガ氏は設立初期からマネジメントに関わっている。

STORAGEにとって「インディペンデント」はふたつの意味を持つ。ひとつは、公的支援に頼らず運営資金を自ら賄っていること。もうひとつは、あらゆる規制に縛られずに柔軟で実験的な活動を行うという意思表明だ。STORAGEで開催する年間4本の展覧会のうち、1〜2本はパートナー組織からの支援を受けているが、残りはすべて自己資金によって制作されている。運営上の慣習的なレギュレーションはなく、キャリアや年齢を問わずに、ローカル/グローバルな作家を等しく紹介することに重点を置く。STORAGEの空間が可変的であることも重要だ。パンサンガ氏にとって、可動壁が自由に配置できて、バックスペースと展示スペースを固定化せず利用できるという空間の流動性は、企画をつくる上での創造的なキュレトリアル・ポイントになっている。

STORAGEがインディペンデント・スペースという運営形態を選択したのは、タイの政治事情と無関係ではない。タイでは国や地方自治体といった公的セクターが母体となる美術機関が極めて少なく、政治変動が激しいため、行政からの安定した支援を受けることが困難な状況にある。仮に政府から資金援助を受けても、政治的要請や圧力が強いため、現場の創造性や独立性が危ぶまれる場合もあるという。パンサンガ氏は、不安的な政治状況の中で創造的な活動を続けるためには、常に状況に適応し、その中で自分たちが実現可能な物事を見極めていく必要があると語った。

マリー・パンサンガ(STORAGE)

 

田中和人&菅かおる(artist-run space soda[京都])

京都の「artist-run space soda」(以下、「soda」)は、共にアーティストである田中和人と菅かおるが2018年に京都で立ち上げたスペースだ(ふたりはプライベートのパートナーでもある)。当初は京都・壬生の元ソーダ工場を改装したシェアハウスの中庭を拠点としていたが、2025年に古くからある住宅街の町家に移転した。

sodaの活動基盤は、作家としてそれぞれ自律したキャリアを持つ田中と菅が、国内外で制作・発表を重ねる中で育んできたパーソナルな繋がりである。ネットワークの広がりは自ずと、地域や国、活動の枠組みを有機的に横断する独自の運営形態を築いた。sodaはこれまで、展覧会、アートフェアへの出展、外部機関との共同といった幅広い事業を精力的に開催しているのだが、田中と菅からは不思議と気負いは感じられない。それは、「大きなローカル」と「小さなローカル」と田中が呼ぶ質の異なるローカルへの眼差しを、sodaのふたりが育んできたことに起因するのではないだろうか。

大きなローカルとは、「個」と「個」が繋がった先にある、地域の枠組みを超えた可変的なネットワークを指す。小さなローカルとは、日々の生活との繋がりのことである。sodaは、このふたつのローカルを自然に体現している。soda移転後、ふたりは以前にも増してスペース運営に力を入れているが、展覧会スケジュールや開館時間は、ふたりの日々の生活リズムと無理なく共存できるように、柔軟に設定しているという。sodaは地域や国を越えた「個」の繋がりと、彼ら自身の生活を活動の中心に置きながら、ローカルな住宅地にある小さなスペースで、グローバルで上質な表現と出会う機会を創出し続けている。このオーガニックな実践は、制作と発表、そして生活の持続可能なあり方を示している。

田中和人&菅かおる(soda)


ミラ・アスリニングティアス&ディト・ユウォノ(Cemeti – Institute for Art and Societyディレクター[ジョグジャカルタ、インドネシア])

インドネシアの古都ジョグジャカルタにある「Cemeti – Institute for Art and Society」(以下、「Cemeti」)は、1988年にアーティストのメラ・ヤルスマ(Mella Jaarsma)とニンディティオ・アディプルノモ(Nindityo Adipurnomo)が、ふたりの私邸をギャラリー・スペースとして開放する形で設立したプラットフォームである。当初は「Cemeti Art House」という名だったが、2017年に現在の名称に変更された。

Cemetiが設立された1988年は、スハルト政権下の権威主義体制が社会を支配していた時期にあたる。この状況下、政府の検閲から距離を置き自由な表現を守るために、アーティストたちは自己資金で活動可能な、自律した組織運営を選択する必要があった。Cemetiがプライベートな自宅というある種のアジトを開放して始まったという成り立ち自体が、国家による芸術統制に屈しないという抵抗の表れである。

Cemetiの活動が興味深いのは、この場所が作品を発表するためだけのスペースではなく、人々が集い、学び、共に助け合う場として歩んできたことにある。公的な美術を学ぶ機関や、歴史のアーカイブを保存するための組織がほとんど存在しなかった80年代から90年代のインドネシアにおいて、Cemetiはアーティストやキュレーターたちが美術を学び、インドネシアの美術の歴史を保管する貴重な場だった【*5】。

ディレクターのふたりは、公権力と距離を保ちながら独立した活動を続ける上で、人は最も重要なインフラストラクチャーだと語る。この視座の中では、アートが果たす役割も変化する。つまりアートとは作品を完成させることではなく、共通の目的を持ち、互いに助け合い、人と人とが関係を生み出していく実践そのものになるのだ。

加えて重要なのは、スペースが継続できなかったことを失敗とみなさない、という姿勢である。換言すると、形骸化した継続こそが失敗なのである。1998年のスハルト政権崩壊後、インドネシアでは数多のスペースが、現れては消えという新陳代謝を繰り返した。このダイナミックな生態系の中では、物理的な存続よりもむしろ、アイディアや人々の繋がりが別の場でも生き続けていることに、力点が置かれる。目まぐるしく変容するインドネシアのアートシーンにおいて、設立から40年近くを経たCemetiは、国内で最も長く続くアーティスト・ラン・スペースとなった。そして現在も、この場所は自由な表現のための場であり、アートとは本質的に政治的であるという理念のもと活動を続けている。

ミラ・アスリニングティアス&ディト・ユウォノ(Cemeti – Institute for Art and Society)

モデレーターの堤とセッション1のプレゼンター6名で行われたクロストークでは、それぞれの発表に対する感想や、各地域にあるその他のローカル・スペースとの関係、運営資金の取得方法など、会場からの質疑を交えた意見交換が行われた。とりわけ、Cemetiのアスリニングティアス氏とユウォノ氏の「スペースがなくなっても、それは失敗ではない」という発言は、継続を善とする根強い風習を軽やかに一蹴するようであり、会場に訪れた多くの来場者にとっても目が開かれる言葉だったのではないだろうか。

セッション1 クロストークの様子

セッション2「どのようにローカルアーティストを育て、国際化させるのか?」

セクション2では、イギリスの文化政策を専門とする小林瑠音(兵庫県立芸術文化観光専門職大学)をモデレーターに、美術やパフォーミングアーツへの助成を行う台湾と日本の民間財団(民間セクター)に焦点を当てた。両財団の設立経緯や制度設計、プログラムの内容と実例の紹介を通じ、アーティストのキャリア形成と助成システムの相互的な関係と、現在直面する課題を整理する場となった。


ホアン・シャオアン(Hong Foundationキュレーター[台北、台湾])

台北を拠点とするHong Foundation(以下、「ホン財団」)は、1971年に「台湾松下電気」の共同設立者であるホン・ジェンチュエン(洪建全)氏の名を冠して創設され、特に文化・教育事業の初期発展はジェン・ジンフゥイ(簡靜恵)が主導した。台湾で最初の文化・教育に特化した財団である。戦後からの戒厳令下にあった1970年代の台湾は、著しい経済成長の反面、言論や表現の弾圧が続き文化資源に乏しい状況にあった。ホン氏は、文化・教育分野への投資を目的にホン財団を創設し、台湾独自の文化の発展に多大なる貢献を果たした。2014年からは、財団の現執行長であるグレース・チェン(張淑征)氏主導のもと、現代アートへの支援も開始している。ちなみに台湾のアート・エコシステムを俯瞰すると、アーティストやキュレーターは長らく、国家芸術文化基金会(The National Culture and Arts Foundation: 文化助成の専門機関)と、文化部(Ministry of Culture)という二つの大きな公的セクターの資金源に依拠してきた。その他は民間財団が資金提供の場として機能しており、美術館を持たないホン財団は、コミッション、助成金、そして協働プロジェクトを通じて芸術制作を支援することに注力している。

ホン財団の特徴は、資金提供だけではなく、アーティストの創作活動全般を支援することだ。例えば毎年1名の作家に新作制作を委託するThe Question Project【*6】では、財団チームは作家と並走しながら作品のコンセプト設計やリサーチ、制作場所の提供や必要機材の提供といった幅広い内容をサポートする。100万台湾ドルを助成するTung Chung Prizeでも、作家と約1年間協働した成果を、国内外の外部機関での個展開催へ繋げていく。このアワードは、台湾作家の国際化を促進してきた実績を持つ。例えば2024年の受賞者チ・イン(致穎/Musquiqui Chihying)は、台湾当代文化実験場(C-LAB)での個展後、ベルリンの世界文化の家(Haus der Kulturen der Welt)に招聘され、2025年の台北ビエンナーレにも参加するなど、国際的なステップアップを着実に果たしている。

ホアン氏は、民間の力を通じて台湾の文化と社会の発展に寄与することを、基金会の長期的なアプローチとして説明する。アーティストや様々な機関との協働は時に困難も伴うが、そうしたダイナミズムこそが生きた支援活動だと述べた。

ホアン・シャオアン(Hong Foundation)


稲村太郎(セゾン文化財団プログラム・ディレクター)

アーティストと並走しながら創造的な支援を行うというホワン氏の話は、続くプレゼンターであるセゾン文化財団・稲村太郎氏の話にも重なった。

セゾン文化財団は、1987年に実業家の堤清二の個人出捐金で設立された民間財団である(そのため、企業の株式配当で運営している多くの企業財団とは成り立ちが異なる)。パフォーミングアーツ分野に特化しつつ、運営面ではプログラム・オフィサー制度【*7】を導入することで、資金の助成だけではなく、プログラムの企画立案や運営管理、助成対象者の相談対応やフォローアップといった、複合的かつ長期的な中間支援【*8】を行っている。日本の公的な助成プログラムの多くは、公演や展覧会といった何らかの成果提出を前提とした単年度設計であるため、長期的な支援は民間の強みと言える。

ところが近年、「国際化にあまり興味がない」という若い作家が少なくない。自作を国外で発表したいという志のある作家も、決して多くはないという。稲村氏は、「国際化」に対して、アーティスト側と支援を行う側とで異なる課題や意識を持っていることが、このギャップを生んでいる可能性があると分析する。アーティスト側の場合、作品のローカルな文脈が国外の観客には共有・理解されにくく、国内外での作品受容に質的な違いがあるため、「国際化」した作品を制作して届けることに困難が生じる。他方、支援する側にとっては、自分たちの活動の評価基準が明確にないことが課題だという。この曖昧さは、国の省庁によって「国際化」の目的が異なっていることと無関係ではない。
「どのようにローカル・アーティストを育て、国際化させるのか」という本セッションの問いに対して、稲村氏は海外に出る機会が一番重要だと語る。異なる国を訪れて、異なる国の人々と直に交流し、異なる文化に触れることで、自己の内面が少しずつ変化していくプロセス自体に、「国際化」を実現する本質的な意義があるのだ。

稲村太郎(セゾン文化財団)

モデレーターの小林氏と、プレゼンター2名によるクロストークのパートでは、引き続き「国際化とは何か」というテーマで議論が続いた。ホワン氏は、台湾のアートシーンにおける国際化とは脱植民地化のプロセスであり、欧米主導のナラティブではない、台湾独自のローカルな声を醸成させることが重要だと述べた。更に台湾では依然として海外志向が強く、プログラムも充実している点で、日本とは対照的な状況にあることもわかった。アート・エコシステム内での雇用状況についても話題が出た。小林氏の「異なるセクターにいる者同士が循環し、雇用を生み出す状況にあるのか」という問いに対して、稲村氏は、日本では同じ業界・組織で長く働くことが偉いという文化が依然として強いため、セクターを跨いだジョブチェンジは稀ではないか、と述べた。

セッション2 クロストークの様子


番外編:インフォーマル・ギャザリング

筆者は残念ながら参加できなかったが、シンポジウム終了後は「インフォーマル・ギャザリング」という名の懇親会が下京区のBnA Alter Museumで開催された。ケータリングや場づくりを含めて、ICA京都のスタッフの面々のきめ細やかな配慮が行き届いた空間・時間だったようで、ある参加者は「フードやお酒を通した場のつくりかた、参加者同士の交流の仕方など大変勉強になった」と語り、別の参加者からは、「インフォーマルな空間だからこそ、各セクターの立場や地域を超えた「個」の関係性が育まれ、それらこそが今後のアート・エコシステムを形作るのかもしれない」という意見を伺うことができた。この言葉は、生身の人と人が集い、同じ時間を共有する本シンポジウムの真の意義を表しているように思えた。

インフォーマルギャザリングの様子。
BnA Alter Museumの2Fを会場として、旧交・親交を温める会となった。



【*1】ここでの「世界」の対象として、主にアジア初地域との繋がりを重視している。詳細は以下を参照。
「MISSION ICA京都とは」ICA KYOTO

【*2】「ICA京都 創設記念 国際シンポジウム 現代アート・キャピタルの潜在力―京都、チェンマイ、ジョグジャカルタ」当日のレポートは以下を参照。
瓜生通信「ICA京都が大型イベントを初開催! - 京都、チェンマイ、ジョグジャカルタの繋がりから見えてくる現代アートの「キャピタル」とは?」

【*3】 2025年11月8日のプレゼンテーション原稿より。

【*4】 ICA Kyoto TALK 055「リ・ポジショニング:京都、アジア、世界~現代アートのエコシステムを考える」2025年4月3日、会場:QUESTION(京都)。当日のレポートは下記を参照。
三木学「ICA Kyoto TALK 055 レビュー アジアのアートシーンを渡る「鳥の眼」と「けもの道」の中継地 これからのICA京都」ICA KYOTO JOURNAL

【*5】 現在the Indonesian Visual Art Archive (IVAA)として知られるアーカイブ機関は、1996年に設立されたthe Cemeti Art Foundationから発展した、「インディペンデント」な組織である。

【*6】以下を参照(ページ内中部〜下部にかけて過去の同プロジェクトについての説明がある)。
HONG FOUNDATION

【*7】 プロジェクト・コーディネーターの若林朋子によると、プログラム・オフィサーとは、「①ニーズ調査・環境分析、②助成方針の策定、③助成プ ログラムの企画、④助成先の選定、⑤助成(資金・非資金支援)、⑥事 後フォロー、⑦振り返り・次期に向けた改善、という流れで進む。この一連のプロセスを助成団体で担う専門職」を指す。若林朋子「変える勇気、変えない冷静さ、両者を見極める経験知で、プログラム評価の質を高める」『セゾン文化財団ニュースレター viewpoint』第101号、公益財団法人セゾン文化財団

【*8】 「中間組織」に関しては、非営利組織経営論を専門とする近畿大学の吉田忠彦氏の以下の説明がわかりやすい。
非営利用語辞典「中間組織」



ICA京都|国際シンポジウム2025アート・エコシステムの複層性:シーンを構築するプレイヤーたち
日程:2025年11月8日[土]13:00-17:00(インフォーマル・ギャザリング[懇親会]  17:30–20:00)、11月9日[日] 10:00-16:00
会場:真宗佛光寺派 本山佛光寺 白書院

登壇者
・マリー・パンサンガ(STORAGEディレクター・キュレーター [バンコク])
・田中和人&菅かおる(artist-run space soda [京都])
・ミラ・アスリニングティアス & ディト・ユウォノ(Cemeti – Institute for Art and Society ディレクター [ジョグジャカルタ])
・ホアン・シャオアン(Hong Foundation キュレーター [台北])
・稲村太郎(公益財団法人セゾン文化財団 プログラム・ディレクター [東京])
・保坂健二朗(滋賀県立美術館 ディレクター〈館長〉 [滋賀])
・松岡剛(広島市現代美術館 主幹学芸員 [広島])
・ヒジョン・パク(韓国国立現代美術館(MMCA)チャンドン・レジデンシー マネージャー [ソウル])
・punto(共同スタジオ [京都])
・TRA-TRAVEL(アートハブ [大阪])
・MOMENT Contemporary Art Center (コンテンポラリーアートセンター [奈良])
・小林瑠音(兵庫県立芸術文化観光専門職大学 講師)
・片岡真実(ICA京都 所長)
・中山和也(ICA京都 副所長)
・堤拓也(ICA京都 プログラム・ディレクター)
・金澤韻(ICA京都 特別プロジェクト担当ディレクター)

主催:ICA京都、京都芸術大学大学院
助成:公益財団法人 小笠原敏晶記念財団
協賛:ジャム・アクザール
特別協力:文化庁 令和7年度「日本文化のグローバル展開に資する「新たな価値」の発信事業」
協力:BnA Alter Museum


執筆者プロフィール

渡辺亜由美(わたなべ・あゆみ)
京都国立近代美術館特定研究員。滋賀県立美術館学芸員(2014~2023)を経て現職。企画・担当した主な展覧会に「生命の徴─滋賀と『アール・ブリュット』─」(2015)、「時と風景─未来をつなぐコレクション」(2016)、「めぐれ!つながれ!色とかたち。ワイワイわれらのモダニズム」(2017、成安造形大学との共同企画)、「ボイスオーバー 回って遊ぶ声」(2021)(※以上、滋賀県立美術館)、「2025年度 第1回コレクション展 すわって、みる」(2025、松山沙樹・渡川智子との共同企画)、「キュレトリアル・スタディズ16 荒木悠 Reorienting-100年前に海を渡った作家たちと」(2025)(以上、京都国立近代美術館)など。