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アート・エコシステムの複層性とは何か? 
ICA京都|国際シンポジウム2025レポート(後編)
文:渡辺亜由美

2026.03.31
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All photos: Haruka Oka
レポートの後半では、シンポジウム2日目に行われた各プレゼンテーションやディスカッションを取り上げる。


セッション3「美術館はどのように今のアート・エコシステムに関われるのか」

セッション3ではICA所長の片岡真実氏がモデレーターとなり、滋賀と広島、そして韓国の美術館(公的セクター)の実践事例について話を聞くことができた。ローカルなアートシーンに対して公的な美術館が持つべき責任と課題を整理するとともに、国際的なネットワークにもコミットしていくための方法や視点の持ち方を確認することが、本セクションの焦点となった。


保坂健二朗(滋賀県立美術館ディレクター(館長))

滋賀県立美術館(以下、「滋賀県美」)は1984年に開館した、滋賀県大津市に位置する美術館である。開館当時は滋賀県立近代美術館という施設名だったが、2021年のリニューアルを機に現在の名称へと変更された。
滋賀独自のアートシーンを語ることは意外と難しい。関西圏の文化的・人的ネットワークや、隣接する京都との地理的な関係から、滋賀のアートシーンは京都の文化圏と大部分が重なり合う傾向にあるためだ。この難しい現状を踏まえながらも県立の美術館として大切なことは、ローカルに軸足と責任を持ちながら、ローカルであることを声高に語らないことだと、保坂氏は述べる。

こうした考えに至った背景として保坂氏が紹介したのは、過去に滋賀県美で開催していた、滋賀のアートシーンにスポットを当てた連続企画だ。そのひとつが、1986年から1999年まで計13回開催された「シガ・アニュアル」というグループ展である。興味深いのは、「シガ・アニュアル」は「シガ」という名があるにもかかわらず、必ずしも滋賀のアートシーンのみを取り上げる展覧会ではなかったことだ。むしろ、担当キュレーターごとの関心や専門を反映させたテーマ展という意味合いが強く、ローカルな作家を定点観測的に紹介し続ける場にはならなかったという。その後2002年からは「滋賀の現代作家展」が始まった。これは滋賀ゆかりの優れた現代作家をジャンル問わずに個展形式で紹介し、全国に発信するという明快な趣旨のシリーズ展だったが、全3回で終了している。中断した理由として推察されるのは、「滋賀の現代作家」という枠組みの、ある種の弱さだ。作家側は「地方のローカル・アーティスト」という肩書きを歓迎しない傾向があり、「滋賀の現代作家」という枠組みは、鑑賞者を惹きつけるだけのアピール力がなかった、という可能性である。

こうした過去の成果と課題を前向きに受け止めた上で、現在取り組んでいるシリーズがふたつある。ひとつ目が関西に拠点を持つ若手作家の個展で、第一弾が2026年1月から開催されている「笹岡由梨子のパラダイス・ダンジョン」だ。若手作家の個展シリーズは関西近隣の美術館で既に行われているものの、滋賀県美では約900㎡の企画展示室全体を使った大規模個展を行うことで、独自のプレゼンスを示すことを目指している。ふたつ目が、滋賀県の湖北地域振興の一環として開催される「ASK」(Art Spot in Kohoku)というプロジェクトである。こちらも若手作家の個展シリーズになる予定であり、第一弾にはアーティストユニットのキュンチョメによる「キュンチョメ 100万年の子守唄」が行われた。記念すべき第一回目に滋賀県美の収蔵作家であるキュンチョメが選ばれているように、「ASK」ではローカルな作家に限定せず、作品収蔵のような形で美術館と関りのある作家を取り上げる予定だという。ちなみに滋賀県美の作品購入予算は約250万円と少額だが、近年は寄贈と合わせて収蔵品を増やしている。

更に別の観点からローカル・アートシーンを活性化させるべく、美術館内に作品の売買可能な貸出スペースを設けている。これは県内にコマーシャル・ギャラリーがほぼないという状況を踏まえて、実験的に運用している取り組みである。なお滋賀県美では、現代美術の他にも日本画や工芸、アール・ブリュットの作品を収蔵しており、美術館としては分野の偏りなくプログラムを組みながら、地域との関わりを続けている。

保坂健二朗(滋賀県立美術館)


松岡剛(広島市現代美術館主幹学芸員)

1989年に開館した広島市現代美術館(以下、「広島現美」)は、日本で初めての現代美術に特化した公立美術館である。広島市が掲げる国際平和文化都市の理念を反映しつつ、第二次世界大戦以降を主とした国内外の現代美術を紹介してきた。その一方で、広島のローカル・アートシーンとは一定の距離を置いてきたという。このことを象徴するのは、広島現美には多くの公立美術館に備わる市民ギャラリー(貸会場)がないことだ。収蔵方針にも「地域ゆかり作家」といった文言はなく、これらの事情は地域の作家と美術館との距離を広げた要因となった。

美術館の外に目を向けると、広島には正にローカル・アートシーンと呼べる地域の歴史があり、独特の文化やネットワークが形成されてきた点は重要だ【*1】。1990年代以降の出来事に絞ると、大きな転機となったのが芸術学部を擁する広島市立大学の創設である(1994年)。2000年前後からは同大卒業・修了生の一部が市内を拠点に制作発表を始め、緩やかに繋がり合い、2010年代には同大出身の黒田大スケらが営むアーティスト・ラン・スペースも登場している。広島市立大学は、美術館とはまた別の役割を持つ公的セクターとして、広島ならではのコミュニティ形成やアートシーン、アート・エコシステムの醸成に寄与してきた。
それぞれの活動を続けてきた美術館とローカル・アートシーンとの距離を縮めるきっかけとなったのが、美術館改修工事とそれに伴う長期休館だった(2020年末〜2023年3月)。中心となったのは、美術館が街に出てローカル・アートシーンのプレイヤーたちと共に行う、活発なアウトリーチ活動である。改修工事のため美術館が使えないという事情から取り組んだ事業だったが、結果的に開館以来初めて、美術館自ら広島のアート・エコシステムに入っていった出来事だったと言えるだろう。

2023年のリニューアルオープン以降は、休館中に築いた館外のネットワークをどのように美術館活動に再接続できるか、試行錯誤を重ねているという。例えば2025年に開催された「被爆80周年記念展 記憶と物―モニュメント・ミュージアム・アーカイブ−」では、休館中に作家と取り組んだリサーチや展示活動をアップデートさせる形で再協働が叶った。他にも、アウトリーチで製作した机や椅子を引き続き館内で使用したり、休館中に協働した作家をゲストアーティストとして再招聘するシリーズを開催したりと、関係を絶やさないためのプログラムを続けている。

現在の課題は、これらの個別的・散発的な活動を、いかに面的で広がりのある文脈に位置づけていけくのか、という点である。ひとつの可能性として考えられるのは、現在進行形の美術館事業を、地域のローカルな歴史を補助線に捉え直していくことだ。松岡氏は、こうした方法を通じて個別の実践を複数の時間軸で意味づけるとともに、「地域」という枠組みを離れたまた別の文脈に繋げていきたいと語った。

松岡剛(広島市現代美術館)


パク・ヒジョン(韓国国立現代美術館レジデンシー・チャンドン、マネージャー)

韓国現代アートシーンの国際的な飛躍は、1990年代後半から次々と登場したアーティスト・イン・レジデンス(以下、「AIR」)・プログラムの充実と密接に連動している。1995年、第1回光州ビエンナーレが開催されたその年に、韓国初のレジデンシーであるパルガクジョン・スタジオ(Palgakjeong Studio)が設立された。1997年にはアジア通貨危機が起こるも、その翌年に韓国文化体育観光部は、廃校や旧工場といった空きスペースを活用したアートスペース、AIR施設を設立する基本計画を発表する。その結果2000〜2010年代以降もAIR関連の施設やプログラムは増加の一途をたどり、2013年時点で国内のレジデンス数は100カ所以上、うち37カ所は美術館などの公的セクターが運営を担うという状況が生まれた。

韓国国立現代美術館レジデンシー・チャンドン(以下、MMCAチャンドン)も、この韓国現代アート黎明期に誕生した施設である。設立は2002年、公的セクターのMMCAが運営を担い、国内では光州の国立アジア文化殿堂(ACC)と並んで、国際的なアーティストが出入りする代表的な拠点となっている【*2】。これまで受け入れたアーティストは900名を超え、2012年〜15年の韓国美術家賞(Korean Art Prize)受賞者のうち、36.5%がレジデンシーの修了者となるなど、世界に繋がる登竜門になっているとパク氏は話す。

MMCAチャンドンの特徴は、韓国人作家の応募を「40歳以上」に限定している点だ。これは若手に偏重しがちな国内のアートシーンを補完するとともに、様々な事情でキャリアを中断せざるを得なかったミッドキャリアの作家を支援することで、異なる世代の活動を支えシーン全体の活性化を図ることを目的としている。韓国国内・国外作家の割合は約半々だが、国外作家の出身地を分析すると、西欧や東アジアの出身者が多く、北南米やアフリカは少ないといった、地域の偏りが顕著である。こうした地域差を是正し、より広範囲の国際交流ネットワークを強化すべく、近年はInternational Artist Fellowship Programという新しいプログラムも開始した。

キム・モの《The White Cube》(2019年)がアイロニックに図式化するように、韓国にはレジデンシーを起点に国際的なステップアップを図る独自のアート・エコシステムが確立している。この中で韓国アートシーンのグローバル化に多大なる貢献を果たしてきたMMCAチャンドンは、現在、美術館事業内の円環的なシステムづくりや、持続可能な韓国アート・エコシステムの構築、公的組織としての社会的責任と自律的な表現活動への支援とのバランスといった、新たな課題に直面している。

パク・ヒジョン(韓国国立現代美術館)

 

片岡氏を交えて行われたクロストークでは、美術館がどのようにローカルコミュニティと関わり、同時に活動を国際化しうるのかをテーマに、意見交換が行われた。松岡氏は、広島のアート・エコシステムの中で、他機関との循環・交流をしてこなかったのは美術館だけだったと語る。また現代アート分野が盛んな広島市立大学とは関係を築いてきたが、それ以外の教育機関との協働が少ない状況にあり、美術館が誰を置き去りにしているのかを考える必要があると話した。保坂氏は、ローカル・アーティストに関する資料価値の高い図録を制作し、国外ギャラリーとの付き合いを含めて協働するという基本的な仕事が、結果的に国際的なネットワークへアプローチすることだと述べた。パク氏は、MMCAチャンドンは国立美術館が運営する一機関という性格上、柔軟な運営に欠ける部分が否めないとした上で、今後はグローバル・サウスとの繋がりを強化し、韓国アートの更なる国際化を促進したいと意欲を示した。

セッション3 クロストークの様子


関西ローカルプレイヤーズピッチ

このパートでは、ICA京都特別プロジェクト・ディレクターの金澤韻氏がファシリテーターとなり、関西を拠点とする3組のプレイヤーがピッチ形式でそれぞれの実践を報告した。シンポジウムの中では唯一、「市民セクター」と「民間セクター」が混ざり合ったパートである。本シンポジウムのwebサイトによると、本パートの目的は海外からの参加者に関西ローカルプレイヤーの活動を認知してもらい、新たな出会いと交流が生まれることを狙う、とある【*3】。そして三者それぞれの話を伺い実感したのは、関西アートシーンの豊かさや層の厚さだった。


嶋春香&森山佐紀(punto[京都])

京都を拠点とするpuntoは、京都市内のアーティストと空き物件とを繋ぎ、制作場所探しを支援する「東山アーティスト・プレイスメント・サービス(HAPS)」の協力のもと、京都市南区の元鞄工場をセルフリノベーションしてつくった共同スタジオである。設立は2014年で、現在は嶋氏と森山氏を含む計7名が所属している。

スタジオとしての重要な活動のひとつに、年に1度開催するオープンスタジオがある。作品を実際に見てもらい、創作の場を開放することで、puntoに興味を持つ人々と直接交流できる機会をつくっている。2018年からは「punto annual」という年間報告書を作成して、メンバーそれぞれの活動をアーカイブ化して発信しているほか、コロナ禍を機にオンラインストアを開設して、発表や収益確保の機会を絶やさない工夫を続けている。puntoとしてグループ展を開催したり、スタジオSNS等での発信も積極的に行う一方で、puntoはコレクティブではなく、あくまで個人の創作活動に主眼を置いている場所だと、嶋氏と森山氏は語る。スタジオには個人単位での制作意思を強く持つ作家が集まっており、このことが結果として、様々な話を安心して共有し合える関係性の構築に繋がっているという。

ここからは筆者の感想だが、大学や地域といったローカルなコミュニティの繋がり、そして自身の生活を軸にしながら、メンバーたちが実直に活動を続けているpuntoのあり方は、美術大学や作家が多く、ゆえに共同アトリエが各所に点在する京都ならではと言えるかもしれない。また個人的には、シンポジウム1日目に登壇したsodaや、本シンポジウムには参加していないが、土日祝のみ自宅兼ギャラリーを開放する京都市西ノ京にある「熊間」のように、表現や発表と個人の生活が非常に近い距離のまま活動を続ける姿に「京都らしさ」を強く感じることがある(この京都らしさは、週末や祝日を敢えて定休日にして生活と仕事とのバランスを取っている個人の飲食店などにも感じる)。グローバルでダイナミックなアートシーンと比較すると、彼ら/彼女らの活動はささやかで、あまりにもローカルに見えるかもしれない。ただ、まさに「個」と「個」との繋がりを伸ばしていきながら、制作や発表を継続するための道を自分たちでつくっていく姿勢には、非常に力強くたくましいエネルギーを感じずにはいられない。puntoの発表は、京都らしい、あるいは関西らしいアートシーンの一面を象徴するものだったと言えるのではないだろうか。

嶋春香&森山佐紀(punto)


Yukawa-Nakayasu(TRA-TRAVEL共同創設者[大阪])

2019年に設立されたTRA-TRAVELは、レジデンス、展覧会、トーク・イベントやワークショップ、アートスクールにアートツアーといった多岐にわたる活動を企画運営するアート・ハブである【*4】。アーティストのYukawa-Nakayasu氏とQenji Yoshida氏が共同設立者として名を連ね、国際的なアートネットワークの構築を掲げて、国外内の幅広いアーティストを招聘し、活動してきた。

特筆すべき点は、彼らが大阪を拠点にしつつ、自身のスペースを持たないことだ。運営を支えるのは、Yukawa氏が「三者扶助のデルタネットワーク」と呼ぶ仕組みである。これは、企画に応じてアーティスト、施設、TRA-TRAVELが持つ資源やアイディア、機会を提供し合うというものだ。この独創的な仕組みによって、施設維持費を削減し、即興的で実験的なプロジェクトが実現できている(運営資金は主に公的な助成金を活用している)。更に2025年には、「artXtention」というプロジェクトも立ち上げた。

これはアートプロジェクトを巡回させていくためのネットワークである。良質なプロジェクトを企画した地域だけに留めず、国内外へ巡回できるよう再構成することで、作品や企画、そして関わる人々を循環させることを目指している。(特定のローカリティ内だけで活動が受容される状況を、Yukawa氏は「アートの地産地消」と呼ぶ)。そして最終的には、クリエイターたちがフレンドリーに国内外のアートスペースに行き来し、企画できる自律分散型組織(DAO)のようなネットワーク形成を目指している。

Yukawa-Nakayasu(TRA-TRAVEL)


藤村南帆(MOMENT Contemporary Art Centerアート・マネージャー[奈良])

MOMENT Contemporary Art Center(以下、「MOMENT」)は、2025年に奈良市にオープンした新しいギャラリー・スペースだ【*5】。奈良を代表する企業であるDMG森精機株式会社が運営する一般財団法人 森記念製造技術研究財団と、京都を拠点に関西で文化イベントの企画運営を行うMUZ ART PRODUCEが連携し、共同で運営している。「Art Center」と銘打っている通り、MOMENTは展覧会の企画運営に限定されず、AIR、教育普及、そして地域との連携や鑑賞者の育成を視野に入れたアート・ハブになることを目指している。

大阪・京都と比較すると、奈良では現代アートを紹介し、鑑賞するための施設や機会が限られている。4年制の美大にあたる教育機関はなく、レジデンス施設もほとんど存在しない。貴重な文化財を数多く保有する地域の特性上、政策の重心が文化財の保存・修復に置かれてしまうという、奈良県独自の事情もある。現在、展覧会やレジデンス、教育プログラムを含む多角的な美術に関する取り組みを運営・提供するギャラリーは、県内でMOMENTのみである。
プログラムとしては、3ヶ月に一度程度で展示替えを行って国内外の幅広い作家を紹介している他、京都のヴィラ九条山に倣ったレジデンス施設を構え、奈良の豊かな自然や歴史、文化に触れながら長期滞在が可能な制作場所を提供している。更に県や市の行政や美術館、教育機関と連携し、奈良市内の中高生向けの鑑賞会や県立美術館のサテライト企画の実施運営、全国造形教育大会への協賛など、地域連携や教育事業にも力を入れている。こうした複合的な活動を通じて、アートの鑑賞者を育成しながら、奈良の現代アートシーンの醸成に貢献していくことを目指している。

藤村南帆(MOMET Contemporary Art Center)


金澤氏を交えたクロストークでは、「スペースを続けること」について意見交換が行われた。作家活動を継続する上で必ずぶつかる壁が、美大卒業後の制作場所の確保である。嶋氏と森山氏は、puntoを長く継続することで、京都の後輩たちに制作を続けていためのひとつの考え方を示すことができれば、と語った。一方Yukawa氏は、TRA-TRAVELは継続を前提としたプロジェクトではない、と言う。TRA-TRAVELという名前が残っていくことよりも、そこで生まれたコミュニティやアイディアを次世代が引き継いでくれると良いと話していた(この考えは、セッション1に登壇したCemetiと近い)。そして設立間もないMOMENTの藤村氏は、長く継続させるためにも、まずは奈良市内での連携を強化したいと語った。

関西ローカルプレイヤーズピッチ クロストークの様子


セッション4「総評セッション、全体ディスカッション」

最後のセッションでは、モデレーターを務めた4名で2日に渡るシンポジウムを振り返ると共に、今後の展望を主催者と参加者で話し合った。本稿ではいくつかのキーワードを軸に、このセッションをまとめたい。

ローカルと世界
 片岡氏は、「世界」というひとつの場所はない、と言う【*6】。世界とは、あるローカルがまた別のローカルとどこまでも繋がり続ける場所であり、地球に生きる80億人の数だけそれぞれの「世界」がある。異なる社会や文化の中に生きる個と個が出会い、交流し続けることが、世界に触れて、世界を理解することなのだ。
 一方でアート界には、「世界」での活躍(=国際化)を後押しする制度や仕組みが存在することも確かである。シンポジウムに参加した大学院生たちは、「世界と繋がるための制度やコミュニティが既にあるならば、その中に入りたい」と率直に語っていた。ここで心に留めるべきは、制度は変えていく必要がある、ということだ。特に日本の制度は様々な意味で時代錯誤のままである。若い作家を含む美術に関わる人々は皆、制度のどの部分を更新し、より良いものへと変えていくべきかを常に考えて、必要に応じて発言していくことを忘れてはいけない。

キャリアを展開するために
別の観点から話題になったのは、会場に集まった学生や作家が、主催者側の想定よりも少なかったことだ。堤氏がひとつの要因として推察したのは、アーティストが活動を継続し展開していくためのルートが、昨今益々複雑化していることだ。それでは現在、アーティストはどのようなキャリア形成が可能なのか? 方法論があるならば、それは共有可能なのか? また、既存のアート・エコシステム自体をひとつの「制度」と捉えた場合、そこからはみ出る表現(者)とは、如何に出会うことができるのか?
この問いに対して、Cemetiのアスリニングティアス氏とユウォノ氏は、グローバルアートの言語を学び、常にアップデートすることが重要だと述べる。アートには独自の歴史や概念、理念があり、それは国や地域を超えた多様な人々と共有可能な「言語」として機能する。それゆえ言語を使い交流し続けることは、結果として、アート・エコシステム全体像を頭の中に描き続けることに繋がる。大きな生態系のどこに自分が立っているのかを常に考えていくことから、活動の広がりが生まれていくのだ。
金澤氏は、シンプルに「動き続けること」が最も大切だと断言する。アーティストは良い作品をつくり発表し続けることで、ステージが変化する。この過程で、共通の価値観を持つ「個」と出会えるかも重要だろう。動き続けることの中には、海外へ行くことも含まれる。小林氏は、ある場所で形成されたコミュニティや自身のポジションが自明ではないと知ることこそが、異なる国へ行くことの大きな意義だと語る。アーティストの労働環境や創作・生活を支える制度は国によって多様であるし、国内であっても例えばパフォーミングアーツとコンテンポラリーアートの領域では労働環境や作り手の権利に関する認識が異なっている。国際的なキャリア形成を視野に入れるならば、「個」だけではなく、周りの環境自体を意識することも重要なのだ。

京都と世界がつながるために
今回のシンポジウムを通じ、京都には小規模なスタジオやスペースが数多くあり、作家が活動を継続できる土壌が既に形成されていることが確認できた。一方で片岡氏が指摘するように、そもそもアート・エコシステムとは、異なるコミュニティ、環境や役割に属する人々や要素、資源が交わって循環することである。独自のアート・エコシステムを持つ京都では、生態系の中に住まうプレイヤーたちが、地域の枠を超えたまた別のコミュニティとどのように循環し合っているのだろうか。また、交流や循環を通じて生態系を変容させていく可能性があるのか、そうした変化が求められているのかは、検討・観察の余地があるだろう。グローバルなアート・エコシステム内での人の流れを俯瞰すると、近年では世界中のアート関係者が京都へ作品を見に、あるいは購入しに来るルートが確立しつつある。今後、京都としてこの流れにいかに乗るか、各プレイヤーの姿勢が問われている。

総評セッション、全体ディスカッションの様子

最後に、簡単に筆者の所感を述べたい。
「京都と世界を繋ぐ、開かれたプラットフォーム」というICA京都のミッションにたがわず、この2日間はアジア各地での非常に刺激的で活発なエネルギーを体感できる、出会いに満ちた時間だった。筆者にはなじみ深い関西のローカルプレイヤーや国内美術館が、「アジア」という大きな枠組みの中で等しく話す場を持ったことも、感慨深くあった。他方「複層性」をテーマにした今回は、プレゼンターの数も多く、それぞれの役割や立ち位置があまりに多様であるがゆえ、発表が各機関の概要紹介に終始した点が、ややもったいなく感じた。「本当のところ、現場の実態はどうなってるの?」と思ったのだ。堤氏はシンポジウムを振り返り、「まだまだ拾えていない声がある」と語った。拾えていない声には、例えば今回登壇した各施設内の、また別の立場や視点を持つ人も含まれているだろう(組織内の複層性)。歴史家E.H.カーは、「事実が語るのは、歴史家が声をかけたときのみ」と述べたが【*7】、どの「声」を聞くかという選択が、ICA京都の今後の方向性を決めていくのかもしれない。

セッション4で語られたように、世界と繋がり、世界に守られているという感覚を持つことは、とても大切だ。同時に、その「世界」は自明ではないという認識もまた、時に自分を守り、時に大きく羽ばたかせてくれるだろう(この認識はむしろ、生態系の循環を他人事とみなし、閉ざされた「私たち」の世界を特別視して、「私たち」以外の世界を単純化して他責思考で否定する大人にとってこそ重要なのだが)。混迷を深める世界情勢と日常を前に、それでも世界は大きくて豊かで温かいと安心して思える場を守り続けること。今回のシンポジウムは、そうした創造的な抵抗のための、ひとつの形だったのではあるまいか。



【*1】広島のアートシーンについては、次の記事に詳しい。「LOCAL ART +(ローカルアートプラス) 〜いま見つめ直す地域のアート活動・広島編〜(前編)」+5(プラスファイブ)
「MISSION ICA京都とは」ICA KYOTO

【*2】MMCAが運営を担うレジデンシーは現在、ソウル市内のチャンドンと、ソウル郊外のコヤン市の施設(MMCA Residency Goyang)の合計2ヶ所。

【*3】 以下を参照のこと。
「ICA京都|国際シンポジウム2025」公式HP

【*4】 活動の詳細や設立の経緯などは、以下のインタビューに詳しい。
「大阪を拠点に、アーティストの視点から旅や交流を捉え直すハブ TRA-TRAVEL(トラトラベル)」+5(プラスファイブ)

【*5】 詳細はこちらの記事も参照。「奈良から現代美術を発信。「MOMENT Contemporary Art Center」が目指すものとは?」ウェブ版美術手帖

【*6】以下のテキストも参照されたい。
片岡真実「所長ジャーナル|世界とはどこか? Vol.001 これからを生きるみなさんへ」ICA KYOTO JOURNAL

【*7】 E.H.カー(近藤和彦訳)『歴史とは何か 新版』岩波書店、2022年、p.12。



ICA京都|国際シンポジウム2025アート・エコシステムの複層性:シーンを構築するプレイヤーたち
日程:2025年11月8日[土]13:00-17:00(インフォーマル・ギャザリング[懇親会]  17:30–20:00)、11月9日[日] 10:00-16:00
会場:真宗佛光寺派 本山佛光寺 白書院

登壇者
・マリー・パンサンガ(STORAGEディレクター・キュレーター [バンコク])
・田中和人&菅かおる(artist-run space soda [京都])
・ミラ・アスリニングティアス & ディト・ユウォノ(Cemeti – Institute for Art and Society ディレクター [ジョグジャカルタ])
・ホアン・シャオアン(Hong Foundation キュレーター [台北])
・稲村太郎(公益財団法人セゾン文化財団 プログラム・ディレクター [東京])
・保坂健二朗(滋賀県立美術館 ディレクター〈館長〉 [滋賀])
・松岡剛(広島市現代美術館 主幹学芸員 [広島])
・ヒジョン・パク(韓国国立現代美術館(MMCA)チャンドン・レジデンシー マネージャー [ソウル])
・punto(共同スタジオ [京都])
・TRA-TRAVEL(アートハブ [大阪])
・MOMENT Contemporary Art Center (コンテンポラリーアートセンター [奈良])
・小林瑠音(兵庫県立芸術文化観光専門職大学 講師)
・片岡真実(ICA京都 所長)
・中山和也(ICA京都 副所長)
・堤拓也(ICA京都 プログラム・ディレクター)
・金澤韻(ICA京都 特別プロジェクト担当ディレクター)

主催:ICA京都、京都芸術大学大学院
助成:公益財団法人 小笠原敏晶記念財団
協賛:ジャム・アクザール
特別協力:文化庁 令和7年度「日本文化のグローバル展開に資する「新たな価値」の発信事業」
協力:BnA Alter Museum


執筆者プロフィール

渡辺亜由美(わたなべ・あゆみ)
京都国立近代美術館特定研究員。滋賀県立美術館学芸員(2014~2023)を経て現職。企画・担当した主な展覧会に「生命の徴─滋賀と『アール・ブリュット』─」(2015)、「時と風景─未来をつなぐコレクション」(2016)、「めぐれ!つながれ!色とかたち。ワイワイわれらのモダニズム」(2017、成安造形大学との共同企画)、「ボイスオーバー 回って遊ぶ声」(2021)(※以上、滋賀県立美術館)、「2025年度 第1回コレクション展 すわって、みる」(2025、松山沙樹・渡川智子との共同企画)、「キュレトリアル・スタディズ16 荒木悠 Reorienting-100年前に海を渡った作家たちと」(2025)(以上、京都国立近代美術館)など。