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交錯:東南アジアをめぐる思索
歴史を手繰る芸術の身ぶり ⑤北澤潤
文:金井美樹

2026.04.05
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ARTJOG2024での北澤のプロジェクト《フラジャイル・ギフト》展示風景
Courtesy of the artist
Photo by Aditya Putra Nurfaizi

その巨大なホールに翼を広げ、低空飛行で迫りくるかのように、ほぼ原寸大の戦闘機が空中に浮かんでいた。ゆっくり回転するプロペラの動きと連れ立って、機体は空間を分け入るように圧倒的な存在感をたたえている。天井の骨組みが剥き出しになったこの場では、空調のファンさえプロペラに見えはじめ、航空機格納庫に迷い込んだかのような感覚に陥る。だが、その没入は長くは続かない。重い歴史の記憶が押し寄せ、現実に引き戻される。歴史はここでどのように語られ、誰の視点で描かれているのか。立つべき場所はどこにあるのか。インドネシアのジャワ島中部の都市、ジョグジャカルタで毎年開催される現代アートの祭典、ARTJOG【*1】の2024年エディション。展覧会の終盤、北澤潤【*2】のプロジェクト《フラジャイル・ギフト》の隼(はやぶさ)が姿を現した。

「隼」は、大日本帝国陸軍が第二次世界大戦中に東南アジアの日本占領地域で運用した戦闘機である。1945年8月の日本軍降伏後、オランダが植民地統治の回復を試みた際に、インドネシア側も同機を運用して独立戦争で応戦した。その機体がアート作品としてホールに浮かぶ瞬間、目の前に立ち現れるのは、戦争の記憶、植民地主義の残滓、そして独立闘争という歴史の実体である。現地の人々は、この戦闘機を日本軍の辛苦の象徴として見るのか、それとも、独立戦争の文脈のなかで再解釈された「隼」として捉えるのか。

機体は赤や緑、オレンジといった鮮やかな色で彩られることで、戦争や植民地支配という重いテーマに異質な印象を添えている。それは単なる装飾ではありえず、観者の意識を引き寄せ、過去の記憶と現代的感覚とのあいだに相互作用を生む手段として機能しているのではないだろうか。視覚的に顕在化するのは、歴史の断片や出来事が絡み合う、重層的な記憶のありようにも見える。そして、その記憶を身にまとった機体が、飛行可能な約11メートル×8メートルの巨大な凧であるという事実は、驚きをもたらす。

竹や藤、布で組み立てられ、空に舞い上がることを前提とするこの作品は、高度な技術的配慮と創造的アプローチなしには成立しない。インドネシアの凧作りは、伝統的な職人技術と文化的慣習を反映しながらも、現代的なアイディアとの融合が特徴的だが、この隼の凧はその中でも異質と言える。現地の職人と共に何度も試行錯誤を繰り返しながら作り上げられ、実際に飛翔する。その上昇は形態の実現にとどまらず、作品が背負う歴史を読み直し、解放し、再生するプロセスの意義を体現している。だが凧という形式は、戦闘機としての暴力性を無効化するが、歴史的事実を祝祭化してしまう危険も併せ持つ。こうした両義性のなかで、本作が観者に問いかけるものは何か。

展示室の壁面には、本プロジェクトの制作過程や、実際に隼の凧が浜辺で揚げられる様子を映し出すドキュメンタリー映像、植民地期について地元住民が語るインタビュー映像、戦闘機「隼」を主題としたドローイングや写真、模型等も展示されている。浜辺でのテストフライト時に不時着した凧の隼の写真は、歴史資料に記録された隼を取り囲む人物群が重ねて描かれている。この作品は、浜辺で生じた瞬間的事象と過去の歴史的場面を重ね合わせることにより、観者に異なる時間軸の交差を体験させ、歴史と現代との連続的関係性を意識させるものである。

《フラジャイル・ギフト: 二重の記憶》2024年
Courtesy of the artist
Photo by Aditya Putra Nurfaizi

こうした複合的な作品構造は、観る者に深い考察を促す。会場では、地元の来場者が戦闘機の下で熱心に作品を見上げ、互いに議論を交わしていた。その反応がどのような感情や解釈に基づくのかは、言語や文化的背景の違いもあり、観察者である私には推し量れなかった。さらに、機体の尾部には垂れ幕が伸び、会場の外へと続いていく。おそらくインドネシア語で何かが綴られていたが、内容を即座に理解することはできない。それでも、この展示形式が地元の観者に鋭い問いを投げかけ、解釈の枠組みを横断する構造であることは、十分に感じ取れた。

会場に足を運ぶ前夜、私は他二名の日本人アーティストとともに、ジョグジャカルタにある北澤潤のスタジオを訪れていた。事前に伝えられていた北澤の情報は、ARTJOGに参加していること、現地を拠点に家庭も築き、規模の大きなスタジオを構えるアーティストであるという程度にとどまり、私が思い描いていたのは白髭の巨匠像だった。しかし出迎えてくれたのは、まだ若い北澤であった。スタジオ内には小さな屋台も設けられ、当地の軽食をいただきながらしばし歓談した。その後、書籍に近い体裁の『隼の夢』は残部もわずかであったが、幸運にも一冊譲り受けた。

北澤潤『隼の夢』より
Courtesy of the artist
Photo by Aditya Putra Nurfaizi

ジョグジャカルタ滞在中は、多くの人と出会い、展示やスタジオを訪れる日々が続いた。慌ただしい日程の中では、本書を落ち着いて手に取る時間はなく、展示会場の一角にも資料として置かれていたものの、その場で通読することはかなわなかった。読み始めたのは、マレーシアに戻ってからである。ページをめくるごとに、眼前に広がった巨大な凧のイメージや要素が記述によってつながり、会場では把握しきれなかった背景や文脈がひとつのかたちを取りはじめ、展示体験の理解がより立体的に補完されていく感覚を覚えた。

本書は「Hayabusa」(隼―中島キ43-II)が擬人化された一人称による語りで構成されている。文章には十分な編集が行われていないこともうかがえるが、それを補って余りある語りの力と独自の文体的魅力を備えている。物語は、インドネシア空軍中央博物館【*3】に現在も保存・展示されている「Hayabusa」と「キタザワ」の出会いから始まる。日本で生まれ、現在はインドネシアにいるこの二者を似た者同士として描くことで、個人的な経験と歴史的背景、国境を越えた時間と場所の交差が冒頭から示されている。語り手である「Hayabusa」のまなざしは、出来事の記録にとどまらず、歴史と語り手自身の存在との関係を問い直すことを読者に体験させる。

この話に登場する機体に印刷された図像は、北澤が詳細なリサーチを経て収集した、インドネシアにおける日本の植民地期の記録に基づくものであった。資料には、当時三年間にわたり刊行されていた日本軍のプロパガンダ雑誌『新しいジャワ(Djawa Baroe)』や、オランダの博物館のデジタルアーカイブに基づく資料も含まれる。描かれた対象は、捕虜収容所や日本軍人の邸宅、敬礼を真似る現地の子どもたちなど多岐にわたり、尾部の長い布に記されていたのは、日本の支配に抗して声を上げる現地住民の悲痛な叫びや歌詞だった。そして本書により、《フラジャイル・ギフト》は展示物としてのみ理解されるのではなく、制作現場の人々の営みと密接に結びついていることも浮かび上がる。

《フラジャイル・ギフト》展示風景
Courtesy of the artist
Photo by Aditya Putra Nurfaizi

この「隼」の制作には、多数の現地の凧職人が関わっており、彼らは生活を支える仕事を続けながらも、制作には多大な労力と熱意を注いでいた。その制作の営みを目の当たりにすることで、世代を超えた文化的・技術的知見の継承が息づいていることが感じられた。職人たちとの協働を通じ、北澤は植民地期を越えてなお息づく人々の精神に触れ、支配と被支配の関係を超えた「出会い」の可能性を示唆し、「対等に」出会うことの意味を思索する。これは植民地期を含む歴史における支配・被支配の非対称性をいかに表象し理解するかという困難な課題をも照らし出している。

こうした協働の現実は、日本人アーティストがこの歴史を扱う際の倫理的な課題――「協働」が真に対等であるか、あるいは文化的搾取の形を取っていないか――とも深く関わる。北澤によるプロジェクトでは、最終決定権が個人に集中し、職人は技術提供者として機能するため、権力の非対称性は依然として残るだろう。だが例えば、制作主体が北澤と職人たちからなる「アーティスト・コレクティブ」であり、制作方針や歴史解釈を共有する枠組みが設けられていたなら、非対称性は相対的に軽減され、歴史・文化の表象はより多元的かつ対等に構築されただろう。こうした可能性は、作品に新たな視点をもたらし、異なる立場の声を反映したものとして、観者に認識される契機となる。

その課題を踏まえつつ、本プロジェクトには他にも特筆すべき構想が見られる。北澤は展示会場の観者のみならず、屋外の現場に偶然居合わせた者たちも射程に収める。隼の凧が地上で担がれ、時に空中に浮かぶ異質な光景に出くわした者は、「これは何か?」という問いを起点に、歴史・文化・支配と抵抗の関係を考えざるを得ない。凧の布に刷られた図像や尾部の文字列は、彼らを歴史の時間軸へと導き、制作現場と歴史的文脈の間に能動的に立たせる。北澤はこれまで数多くのプロジェクトを通じ、国内外の都市や地域に根ざした生活空間の中で、参加者や地域住民に開かれた場を創出してきた。この点から、本事例もまた、その創造的手法の特質を如実に示すものである。

『隼の夢』の第二章では、台湾でのプロジェクトが展開される。ここでも、90歳前後の住民9名へのインタビューを通じて収集された言葉が、ひとまわり小さい新たな「隼」の尾部からのびる長い布に刻まれている。それらは著名な歴史書に記されたものではない。現在も同じ世界を生きる人々の記憶や生の声が、作品に直接反映されている点に、大きな意義がある。本稿では台湾の事例の詳細には踏み込まないが、この語りが別の場所や時間へと連なり、観る者の思考や想像を促すことは留意したい。そして「隼」には、やがて日本の空を飛ぶ準備も整えられつつある。

本プロジェクトに触発され、いわゆる「聖地巡礼」とも呼べる衝動に駆られた私は、次のジョグジャカルタ訪問時に本書を携えてインドネシア空軍中央博物館へ向かった。同博物館には予想を上回る多様な型式の戦闘機が展示され、その造形は際立っていたが、戦闘機に対する高揚感の表出には一定の抑制が求められるようにも感じられた。実機の隼と対面する経験もまた、主観的な理解には収まりきらず、ここに来たことの必然と偶然に直面していた。その敷地や館内は広大である。訪問者の中に一人で訪れる女性は少ないようで、同行者とはぐれたのではないかと係員が心配する場面が、何度かあった。

本地点に至った経緯はいかに説明され得るか。私は再び、北澤潤のプロジェクト《フラジャイル・ギフト》について思いを巡らせた。この作品は、ただ展示空間に佇むものではない。「隼」の凧は、脆さとたくましさを同時に抱えながら、時間を超えて問いを投げかける生きた媒介である。北澤が日本人として過去の戦争の記憶と向き合い、インドネシアで現地の凧職人と協働して制作する行為は、異なる社会的・文化的介入として大きな意味を持つ。一方で、そこに孕む非対称性や権力関係の問題も考え続けなければならない。それでも、本プロジェクトの挑戦は揺るぎない。

機体に刷られた図像は、記録であり、省察であり、祈りでもあるかもしれない。制作の現場で生まれる汗や笑みは、過去の痛みと向き合う手段であり、未来への贈り物でもある。「隼」はもはや戦闘機でも凧でもなく、問いを投げかけながら受け止め、風を切って空中に舞い、過去と未来を大胆につなぐ存在としてあってほしい。その可能性を、静かに思い描かずにはいられない。歴史を思いながら東南アジアに身を置く私は、「Hayabusa」であり、「キタザワ」でもあるのだから。

《フラジャイル・ギフト》展示風景
Courtesy of the artist
Photo by Aditya Putra Nurfaizi



【*1】 ARTJOG

【*2】 北澤潤

【*3】 インドネシア空軍中央博物館(Museum Pusat TNI AU Dirgantara Mandala/ディルガンタラ・マンダラ博物館)

※上記URLはすべて2026年4月5日閲覧


本連載について
「交錯:東南アジアをめぐる思索」は、マレーシアを拠点に活動する芸術文化研究者、金井美樹氏による連載です。東南アジアのアートを歴史、地域特性、人々の連帯など多視点で紐解き、現代の東南アジアとアートの関係性について、日本的な視点も交差させながら考えていきます。



執筆者プロフィール

金井 美樹(かない・みき)
芸術文化研究者。アート・ジャーナリズムを通じて現場を記録・分析し、その実践的知見を研究に結び付ける。ロンドン大学ゴールドスミスカレッジにて美術史(20世紀)修士課程修了。約20年間ベルリンを拠点に、欧州20か国以上のアート現場を取材。そのうち2年間は文化庁新進芸術家海外研修員(美術評論)として活動。『美術手帖』『芸術新潮』『ART iT』などの日本のアート誌を中心に、『生活考察』『STUDIO VOICE』などの文化誌にも寄稿。書籍、ウェブサイト、展覧会カタログの執筆・編集を手掛ける。こうした取り組みや展覧会のコーディネートを通じて、ヨーロッパのアートシーンおよびアーティストを日本に紹介してきた。現在はマレーシアを拠点に、研究・執筆に加え、展覧会やワークショップの企画にも関与する。国際美術評論家連盟(AICA)ドイツ支部会員。