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ストレイ・エア・ライダー(サーキットから抜け出して)
文:船越晴稀

2026.04.12
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Baan Noorgでの滞在中に、同年代のアーティストに向けて行った、プレゼンテーションの様子

2026年3月1日の午後1時現在、私はタイ中部のラチャブリー県ノンポー地区を拠点に活動を行っているアーティスト・イニシアチブ「Baan Noorg Collaborative Arts & Culture」(以下Baan Noorg)にて2ヶ月間の滞在制作を行っている最中である[*1]。

ラチャブリー県は、バンコク中心街から車で1時間半ほど西に向かった先にある県で、帰宅ラッシュと共に西に帰っていた車たちは県を跨いだ途端に速度を落とし、のろのろとそれぞれの家路に着く。 今日の気温は37度の雲ひとつない晴天で、普通に体調を崩しそうな天気だ。タイではこの気温が3月から5月までの2ヶ月間続く。 日中は活動的になれるはずもなく、人や蚊、野良犬、野良猫、オオトカゲ(2mくらいのまじででかいトカゲが普通に道にいる)など、子供以外のあらゆる生物が影に身を潜めて体力を温存し、暑さをやり過ごしながら夜が訪れるのを待っている。

もれなく私も、扇風機をフルパワーにすることでなんとか暑さをやり過ごしながらこの記事を書いている。

今回、私はKIKAcasの石井潤一郎さんとICA京都による協力、小笠原敏晶記念財団の助成に採択されたことによって、アーティスト・イン・レジデンスへの参加と、そこでの経験を共有する機会を得ることができた。 他にも多くの方の協力によってこの滞在制作が成立していることを前もって伝えておきたい。

私は計2本の記事を執筆する予定である。1本目の本記事では、タイに滞在する中で出会った(だいたい)同年代のアーティスト、キュレーターたちから聞いた話を共有し、それぞれのキャリアや状況について概観してみたいと思う。また、私が執筆する2本の記事は、近年、海外で活動する若手アーティストが減少傾向にあるという上の世代の人たちの認識に対して、私の経験を共有することで少しでも反応したいと思っている。

まずは、私が滞在しているBaan Noorgから確認していきたい。
Baan Noorgは2011年にJiとYinの2人によって設立された地域コミュニティをベースにしたアーティスト・コレクティブである。 彼らはアーティストとして作品を制作し、芸術祭や展覧会、レジデンスに参加している他に、ノンポーでの芸術祭「Baan Noorg Biennial」の主催、お寺での映像祭の主催、インターシップの受け入れ、アーティスト・イン・レジデンスの受け入れ、地域の子どもたちに向けたワークショップの開催、地域の名産である牛乳を用いた石鹸「WUA Bi」の製造および販促など、ノンポーの資源を活用しながら持続可能性を模索する活動を行っており、その範囲は多岐に渡っている。中でも、2年に一度開催しているBaan Noorg Biennialは興味深いプロジェクトである。国内外からアーティスト、アーティスト・コレクティブを招聘し、寺院や飲食店、劇場、家の壁など町のあちこちに作品を展開するソーシャル・インスタレーション[*2]な企画である。

彼らは常にレジデンス・アーティストを受け入れているわけではなく、プログラムを主導するコーディネーターのような役職も設けていない。アーティストが参加する頻度や期間はまちまちである。それは、厳密な計画よりも柔軟な対応を重視しているということだろう。
私の滞在中には、住居や制作場所を提供してくれたり、地域の人たちとの交渉を行ってくれたりと、最大限のサポートを施してくれている。 頻度がまちまちなのは、あくまでレジデンスに参加するアーティストと彼らの間に無理や不満が生じないように設計にするためである。

そんな中、運がいいことにビジュアル・アーティストのVanessa Bosch(以下ヴァネッサ)が私と同じ2月18日に滞在を始めた。 ヴァネッサは、1995年にドイツのシュトゥットガルトで生まれ、現在はスイスのチューリッヒを拠点に活動を行っている。 彼女は、Baan Noorgにやってくる前にタイ東北部コーンケーン県に拠点を構えるインディペンデントスペース「KultX Collaborative」[*3]にて滞在を行っていたため、ビザの関係でBaan Noorgへの滞在は10日間と短い。
彼女はチューリッヒで教職に就いていて、その合間に展覧会やレジデンスに参加している。どうやら、スイスにおいても教職に就くことがアーティストのキャリアの1つの大きな選択肢になっているらしく、彼女の友人の場合は、イラストやデザイン、写真などの技術を対価にお金を貰う、いわゆるフリーランスとして生計を立てることが一般的のようだった。

私の滞在が始まった1週間後の2月25日には、インディペンデント・キュレーターのLuna Hapsari(以下ルナ)がインターンシップ・プログラムに参加するためにやってきた。
ルナは、インドネシアのジャカルタとバンダネイラを拠点にキュレーションやコーディネート、翻訳などの活動を行っている。インターンシップ・プログラムでは、Baan Noorgが進行中の各プロジェクトに参加し、リサーチや文章の作成、助成金の申請書を作成する補助、翻訳、また私が3月末に行う予定のオープンスタジオに関わるスケジュールの調整やキュラトリアルテキストの執筆、翻訳などを担当してくれている。 彼女は今回、ジャカルタのSAM Fund for Art and Ecologyから助成を受けて滞在しており、これまでにも様々な助成を得ることで、日本やフランスへの留学、韓国やタイでのプログラムへの参加を行なってきた。
ルナに教えてもらい興味深かったのは、GMS Artist Residency(Greater Mekong Subregion Artist Residency)[*4]による国を超えた交流である。 GMS Residencyは、OCAC(タイ文化省現代芸術文化局/ Office of Contemporary Art and Culture)[*5]が主催しているプログラムで、大メコン圏(タイ、中国、ラオス、ミャンマー、ベトナム、カンボジア)の国籍を保有しているアーティストを対象にレジデンスの受け入れを行っている。選考を通過したアーティストには、渡航費、宿泊費、制作費に加え、アーティストフィーや日当の支援が行われる。

また2月26日には、EYP(EARLY YEARS PROJECT)[*6]なる団体がBaan Noorgにやってきた。EYPは、バンコク芸術文化センター(以下BACC)が運営している新進作家のためのインキュベーションプログラムで、最初に20名のアーティストが選出され、最終的に選出された3つのプロジェクトには、BACCでの展示、50万円の助成金と国際的なネットワークを形成する機会が与えられる。プログラム中は、スタジオビジットやインストールの技術的な講習、ワークショップなどが開催され、今回のBaan Noorgへの訪問もプログラムの1つとなっている。
25歳以上でタイ語のリスニングとライティングができれば、国籍、民族、学歴を問わずプログラムに応募することが可能で、タイ語ができるのであればぜひ参加したい内容になっている。

私はここで、Padungsub Prachanan(以下パデュ)というアーティストに出会った。 彼は、1996年にタイ東北部のNakhon Phanom(ナコーンパノム)に生まれ、現在はバンコクを拠点に活動を行っているペインターである。驚くことに彼は、絵画を販売することで生計を立てることができているという。しかしながら、それができるのはごく限られたアーティストだけであって、多くのアーティストは、他の仕事で生計を立てながら作品を制作しなくてはいけないそうだ。
と、キャリアの話とプログラムの話が混ざってしまったが、ひとまず私が滞在中に出会った3人から聞いた話を書き出すことができた。

私はどこか、国外の状況は日本と全く異なっていて、なおかつ日本よりも優れた環境が広がっていると勝手に期待していた。 ところがいざタイで話を聞いてみると、それぞれのアーティストを取り巻いている状況は、日本と大きく変わらないように感じる。大学教員になることがキャリアを進める中で大きな選択肢になっていることや、フルタイムアーティストは難しいこと、アルバイトやフリーランスで生計を立てる必要があること。助成金が充分にあるわけではないこと(充分とは?)。アートマフェアやコマーシャルギャラリーで作品を販売することで生計を立てているアーティストがいること。
──もちろん、これらの話は私が見聞きしたごく一部の例であって、それを国という単位に当てはめて語ることはできないし、例えばタイ国内においてもチェンマイやプーケットなどの都市では別の環境が広がっているのだろう。とはいえ、記事として取り上げられないようなつぶさな状況を知れたことによって、一方的な偏見をほぐすことができた。


ひとは、「自分がふつうではない」と思いこんでいた場所に赴き、そこが「ふつう」であることを知ってはじめて、「ふつうではない」ことがたまたまそこで起きたという「運命」の重みを受け取ることができる。[*7]


私の滞在をダークツーリズムになぞらえて考えるのは、あまりに極端かもしれないが、自国の情報によってつくり上げた「思いこみ」を「ふつう」であると知ることが、そこでの文化や歴史の特異性を知る糸口なのかもしれない。

ところで、リニアにタイのアートシーンを知りたかった人のために、詳しく紹介されている記事がいくつかあるため、そちらを参照されたい[*8]


さて、気温が高くなり過ぎてきたので、ここからは少し日本に戻ったつもりになりながら書き進めたいと思う。

どうやら「海外」という場所には、私と同じように作品を制作している人達が居て、お互いの作品を見せ合うことで、なんとなく理解できた気持ちになれる(時がある)ようだ。これは、私が大学院に在籍していた時に感じたことで、英語で上手く喋れない私にとって、希望に感じた。(一方で、別々の場所に住んでいるにも関わらず、同じ価値観を持っているというのはいかがなものか。)

もしかしたら、この感覚が国内で閉塞的な生きづらさを感じているアーティストにとって希望になるのかもしれない(一方で、絶望かも知れない。)。
とはいえ、日本で活動を行っているアーティストの中でもレジデンスに参加できるのはごく限られた人数なのも事実である。果たして、レジデンスへの参加を希望しているアーティストのうち、一体どれだけの人数がレジデンスに参加できているのだろうか。
そもそもレジデンスに参加するためには、 旅費や制作費としてまとまったお金を用意する必要があるし、仕事やアルバイトを長期間休んだり場合によっては退職する必要がある。

他にも、体調を崩しにくかったり、どこでも眠ることができたり、助成金のための申請書を書くことができたり、英語が最低限喋れるか喋れなくても現地で友好的にコミュニケーションが取れたりなど、いくつかの条件をクリアする必要がある。そして、これらの条件をクリアした人だけがグローバルコンテンポラリアートに登場する各地のステージ(レジデンス)に参加するエアライダーとして活動することが叶う。これはアーティストだけに限った話ではなく、キュレーターやリサーチャー、美術史家など、あらゆるグローバルコンテンポラリーアートの従事者たちにおいても同様である。

以下、キュレーター檜山真有氏の文章は「移動(できる状況と権利)」を資本として指摘している。


そんなグローバルコンテンポラリーアートの従事者たちが海外でする仕事はブルーカラーではありえない。──なぜなら、彼ら・彼女らは移動する資本(招聘され続ける理由(=関係))がないからだ。資本が繰り返されたり、再生産されることによって補強されるのであれば、移動(できる状況と権利)は資本である。移動が資本(ルビ:キャピタル)になったことで、その目的地が首都(ルビ:キャピタル)となり、それ以外の場所の名前を奪っていく。[*9]


私は、柔軟な職場からの許可と財団からの助成による旅費・渡航費のカバー(見積もりが甘かったため、残念ながら全然カバーしきれていない)、胃が意外にも強く、薄いマットレスでも寝れる体質など、移動(できる状況と権利)があることによって、今も問題なくノンポーで過ごせている。これは資本と呼んでもいいほどに恵まれた状況である。

その上で、以下、ICA京都所長・片岡真実氏の文章を参照したい。


実にいろいろな場所に行きました。これを30年ほど続けるあいだに気がついたことがあります。それは「世界というひとつの場所は無い」、ということです。どこに行っても「ローカル」しかありません。[*10]


グローバルコンテンポラリーアートに登場する場所のほとんどがキャピタルシティなのかもしれない。しかし、その上でノンポーのような、キャピタルではない場所で起こっていることをつぶさに確認し、見聞として広めていくことがアーティスト・イン・レジデンスにおいて可能な「世界にはローカルしかない」ことを認識する手立てなのかもしれない。

とはいえ、移動にはお金も時間もかかるし、なにより疲れる。わざわざ自身の生活圏内の外に出て居心地の良くない場所で長く過ごす必要なんてないのかもしれない。

それでも、アーティストが選択できるキャリアは多様であった方がいいし、全員が同じサーキットの上で甲羅をぶつけ合ったり、単線的なキャリアパスを描くことで不必要なものを省きながら速さを競い合うタイム・アタックに興じるのではなくて、奇妙な特権性を活かしてエアライダーになることで、世界(ローカル)から世界(ローカル)へと時間をかけてロードトリップしてみるのもいいかもしれない。アルハラが存在していない飲み会とか、第二次世界大戦中に日本軍がいたるところを統治していた歴史とか、様々なことを知ることができる。



[*1] Baan Noorg Collaborative Arts & Culture(バン・ノーク・コラボレーティブ・アーツ・アンド・カルチャー)|Artist in Residence Program
アーティスト・イニシアチブ。2011年にJiとYinの2名によって設立。タイ中部ラチャブリー県ノンポー地区を拠点に活動を行いながら、世界各地のアーティスト・イン・レジデンスや芸術祭に参加している。アーティスト・イン・レジデンスやインターンシッププログラムの受け入れも行なっている。

[*2]チェンマイ・ソーシャル・インスタレーション
Baan Noorgは自身の展示スペースを所有していない代わりに、町中のすべての場所が展示場所になるという考え方を持っている。このアイディアからは、1990 年代初めにタイ東北部チェンマイで実施された、アーティスト主導のパブリックアート・プロジェクト「チェンマイ・ソーシャル・インスタレーション(CMSI)」とも通ずる態度が読み取れます。

[*3] KultX Collaborative|Artist in Residency KULTX
タイ北東部コーンケーン県を拠点に活動を行なっているアートスペース。アーティスト・イン・レジデンスの受け入れも行なっている。

[*4] Office of Contemporary Art and Culture Thailand: Greater Mekong Subregion Artist Residency 2026 OCAC(タイ文化省現代芸術文化局/ Office of Contemporary Art and Culture)が主催するアーティスト・イン・レジデンスプログラム。大メコン圏(タイ、中国、ラオス、ミャンマー、ベトナム、カンボジア)の国籍を保有しているアーティストが対象。

[*5] OCAC(タイ文化省現代芸術文化局/ Office of Contemporary Art and Culture)
タイ文化省(Ministry of Culture)の傘下にある政府機関で、タイの現代アート・文化の創造、発展、普及の支援のために、展覧会の主催、アートプロジェクトの助成、関連イベントの運営を行っている。

[*6] EYP(EARLY YEARS PROJECT)
バンコク芸術文化センターが主催する新進作家のためのインキュベーションプログラム。
2016年に1回目が始まり、今年で9回目。

[*7] 東浩紀『観光客の哲学 増補版』ゲンロン、2023、pp.85-86.

[*8]タイのアートシーンについて詳しく記載されている記事をいくつか紹介する
ICA京都「アジアにおける比較美術史:1990年代以降のタイと日本のアートプラクティス」
国際交流基金「タイのアートシーン20年の変遷とBACCの挑戦 ――ラッカナー・クナーウィッチャヤーノン インタビュー」
アウラ現代藝術振興財団「タイにおける現代アートの概略と現在」

[*9]檜山真有「グローバルコンテンポラリーアートの移動と疲労(Sped Up)」2025

[*10] 片岡真美「所長ジャーナル|世界とはどこか? Vol.001 これからを生きるみなさんへ」ICA Kyoto Journal



Vanessa Bosch(ヴァネッサ・ボッシュ)
ビジュアルアーティスト。1995年にドイツのシュトゥットガルトで生まれ、現在はスイスのチューリッヒを拠点に活動を行っている。

Luna Hapsari(ルナ・ハプサリ)
キュレーター、カルチュアルワーカー。インドネシアのジャカルタとバンダネイラを拠点に活動を行っている。

Padungsub Prachanan(パデュンサブ・プラチャナン)
ペインター。1996年にタイ東北部ナコーンパノム県に生まれ、現在はバンコクを拠点に活動を行っている。



執筆者プロフィール

船越晴稀(ふなこし・はるき)
アーティスト。1999年静岡県生まれ。京都芸術大学大学院グローバルゼミ修了。 近年の主な個展に、「日よけのパペット」Baan Noorg CommuLab、Nong Pho Bus Stop(ラチャブリー、タイ、2026)、「スルースキル(平年より高い)」KIKA cas(京都、2025)、「トラヴェルス・アドヴェンチュア」山中suplexの別棟MINE(大阪、2023)。その他の展示に、「モノのレトリック」金沢工業大学五十嵐威暢アーカイブ(福井、2026)、「師走の喫茶」焚(京都、2025)など。