KYOTO Gathering for Asian Art Students
アジア美術系大学学生会議2025 レポート
構成:桐惇史
図らずも3日間の学生たちの連帯を視覚化するような、印象深いハイライトのひとつとなった。
Photo:Yoshihiro Shiomi
アジア美術系大学学生会議とは
2025年11月、ICA京都として初の試みである「KYOTO Gathering for Asian Art Students(アジア美術系大学学生会議)2025」(以下、学生会議)が開催された。これは東南アジア・東アジアの美術系大学に在籍する学生たちを集め、京都を起点にアートの世界における相互理解と地域理解を深めることを目的とした3日間の合宿型イベントである。
「Flipping Point: アジアから見つめ返す世界」というテーマの元、アジアに住む学生たちが、この時代にアートに関わる意味や意義、その普遍性や同時代性、地域性を多角的に検証する場として、国内外から計31名(国内18名、国外13名)が参加した。
本記事では、学生会議で何が行われていたのか、プログラムを細かく追っていくとともに、今回、引率の教員としてアジア各地から参加していた、ウォーラテップ・アッカブータラ(Worathep Akkabootara)氏、ウィモンラート・イサラタムノン(Wimonrart Issarathumnoon)氏、リン・ヤティン(LIN Yatin)氏という3名の教員の視点も交えながら、レポートしていきたい。DAY 1|2025年11月12日
09:30 受付 / 10:00〜10:15 開会式
気持ちのいい秋晴れの朝、アジア各地からの参加者が続々と京都芸術大学に集まった。3日間の会場となったのは、同大学の「千秋堂」である。裏千家14代家元・淡々斎が考案した茶室「颯々庵(さつさつあん)」を1階に有し、2階には静謐な講堂がある。ここで3日間、文化や地域の違う同年代と語らい、考えをまとめるには最適な場所であった。
引率で来た3名の教員それぞれが、この場所で思考と議論を深められたことの意義を語っており、改めてそれらのために日常と「心地よいズレ」を引き起こす場所が必要であったことを実感させられる。
アッカブータラ 「ギャザリングのハイライトのひとつは、伝統的な茶室での体験でした。日本の美意識の核心、特に薄暮い雰囲気の中に感じ取れる繊細な知覚を肌で感じることができ、心から魅了されました。穏やかに調整された照明は、ほとんど精神的とも言える静寂と孤独をもたらしてくれ、茶室を後にした時には、圧倒的な落ち着きと安らぎに包まれていました。このような深い静けさは、詰まったスケジュールの中にあっても完全に気持ちをリフレッシュさせてくれるほどで、意識的に設計された環境が創造的な集中力や心身の豊かさを育む上で果たす重要な役割を、改めて実感しました。」


上:千秋堂外観
下:颯々庵
Photo: Osamu Watanabe
10時を迎えると開会式がはじまり、ICA京都所長の片岡真実氏による開会宣言が行われた。この時片岡氏の示したものとこの開会式そのものが、会全体を通して特に意義深いものだったとイサラタムノン氏は言う。
イサラタムノン 「片岡さんから得た重要な気づきのひとつは、アジアの多くの国々では、アジアそのものについて学ぶ機会が非常に限られているという事実です。私たちの教育の多くは西洋の視点を中心に構成されています。本イベントはまさにそのような背景から生まれたもので、アジア各地でアートに携わる若い世代が互いに出会い、アジアを学び、ネットワークを築き始めるための貴重な場を提供しています。かつての世代が数十年をかけて実現しようとしてきたことを、この場が一種の近道として叶えてくれました。重要なのは、こうした繋がりがイベントの終了とともに終わるのではなく、今後の活動を支える礎となることです。」
また同氏は、片岡氏の後に続いてメッセージを発した、ICA京都特別プロジェクト担当ディレクターであり、学生会議のディレクションを担当した金澤韻氏の発言にも触れた。
イサラタムノン 「 金澤さんが言われた「ここに集まったのは競い合うためではなく、アイデアや制作のプロセス、自信や失望、そして自分たちを形づくった経験を共有するため」という言葉は、この場の本質を見事に言い表しており、参加者全員の心に深く響きました。
また、アジアは多様性に富んだ地域でありますが、セッション中に提起された「共通の土台を通じてどのように繋がり、違いを通じていかに互いを豊かにできるか」という力強い問いも印象的で、深い意味を持つメッセージでした。」
イサラタムノン氏が言及した「問い」とは、金澤氏が学生会議を設計するにあたって指針とした、3つのスローガンのうちのひとつである。これら3つのスローガン自体が、実際に学生会議を体現するものであったため、ここで紹介したい。
1. Let’s celebrate being here together.
(ここに集ったことを祝福しよう)
2. Let’s connect through our common ground and enrich ourselves through our differences.
(共通点でつながり、相違点で豊かになろう)
3. Let’s make communication DIY.
(コミュニケーションをDIYしよう)
これらを全員が確かめ合って3日間のプログラムがスタートした。

開会式の様子
Day1:All photo by Haruka Oka
10:15〜11:30 オリエンテーション・アイスブレイク
開会式に続き、参加者同士の交流を促すアイスブレイクのセッションが設けられ、互いの国や活動をまずは簡単に知る機会となった。
3日間のコミュニケーションは全て英語で行われた。日学生の中には、英語で話すことを得意とする者も、そうでない者もいたが、相手の伝達能力の差異や、分からない「あわい」のようなものも学生同士が丁寧に受け入れよう、理解しようと務めていたことは、印象的であった。これらの姿勢は、まさに金澤氏が、学生会議の前段的なプログラムとして4回にわたり実施していた「知らないで入る」の姿勢ともつながる【*1】。
13:00〜15:00 基調講演① パトリック・フローレス
「A Different Twentieth Century: Asian Art History in Singapore(もうひとつの20世紀-シンガポールから見るアジア美術史)」
午後の最初のプログラムとして、シンガポール国立美術館チーフキュレーターのパトリック・フローレス氏による基調講演が行われた。フローレス氏はフィリピン大学芸術学部教授、フィリピン現代美術ネットワーク・ディレクターも兼任する国際的なキュレーター・研究者である。
本講演は、シンガポール国立美術館の1年間の展覧会ラインナップを詳細に論じながら、美術史を通して得られるアジアの新しい見方について示唆するものであった。東南アジア美術の植民地的形成とモダニズム的展開を専門とするフローレス氏の視点は、「欧米中心ではない美術史」の可能性を参加者に提示するものとなった。アッカブータラ氏はフローレス氏と、翌日に行われたイー・イラン氏、2名の基調講演を以下のように回想している。
アッカブータラ「理論・実践の両面の授業を担当している私にとって、2名の基調講演は、現代美術に対しての批評的な視座を与え、その
洞察は私の視野を大きく広げるものでした。特に観察の重要性と、アートの歴史的特性、とりわけアジアの多様な文脈における芸術制作との関係性を理解することと、その必要性を改めて確認させてくれました。両氏の議論の核心にあったのは、現代美術の変容は一方向的な影響ではなく、また欧米中心的なアプローチに厳密に従う必要もないという力強い主張でした。これは学生たちにとって、極めて重要な教えだったと思います。」

パトリック・フローレス氏
15:30〜16:30 エクスカーション・ブリーフィング
基調講演を終えたあと、翌13日に実施されるエクスカーションについての説明がなされ、京都市認定ガイドの小西直美氏より、京都市の歴史や地理、交通事情など、エクスカーションを効率的かつ充実したものにするための説明がなされ、学生たちの期待が高まった。

16:30〜18:00 グループディスカッション
ディレクターの金澤氏は、あらかじめ学生の興味関心を読み込み、6つのグループを策定していた。この時間はグループごとにメンバーの活動をシェアしつつ、エクスカーションの行き先を話し合った。ICA京都のメンバー(片岡真実、金澤韻、堤拓也、桐惇史)と引率教員3名がファシリテーターとなって交流を活性化。千秋堂の講堂、茶室、外など対話を深める環境をグループごとに見つけ、輪になってじっくり話しあっているのが印象的だった。
国や地域が異なる者同士の関係性を育んだのはもちろんアートという言語であり、それぞれの実践や問題意識を通してなされる対話は深く緩やかで、皆、時間を忘れて語りあっていた。



グループディスカッションの様子
18:00〜21:00 夕食/手巻き寿司パーティー
初日最後のプログラムとして、手巻き寿司パーティーが学内の共通工房ウルトラファクトリーで開かれた【*2】。このパーティーが、学生同士だけでなく、関係者含めた全体の距離をぐっと縮めたとリン氏は言う。リン「私はこれが最も印象的でした。学生たちはグループに分かれ、手巻き寿司、味噌汁、卵焼きなどの日本料理を実際に作りました。片岡さんをはじめ皆がそれぞれのレシピを持ち寄り、楽しいだけでなく、とても美味しいひとときとなりました。日本の食と文化を取り入れたこの実践的な交流イベントの後、国際的なアーティスト、キュレーター、研究者、学生たちは3日間の滞在を通じて活発な対話を重ね、解散後もメールやSNSを通じてつながり続けました。」

手巻き寿司パーティーの様子
DAY 2|2025年11月13日(木)
09:15〜12:00 グループディスカッション
2日目の午前中は、グループごとにさらに議論を深める時間が設けられた。この日の午後に実施されるエクスカーションの訪問先を各グループが決定するプロセスもこのセッションに含まれ、京都市内のアートプレイスはもちろん、日本の歴史文化を学ぶための場所を調べ、自分たちに最も必要な学びは何かを、学生たちが主体的に設計していた。また前日までにすでに行き先が決まったグループは、早くに大学を飛び出して街に繰り出しており、時間の使い方は事前の議論に割くか、体験に使うかも含め、学生たちの主体性に任されていた。



グループディスカッションの様子
Day2-3:All photo by Yoshihiro Shiomi
13:00〜15:00 基調講演②イー・イラン
「The Art of Becoming: First Five Years After Graduation(アーティストに”なる”こと-卒業後のわたしの5年間)」
昼食をはさんで午後には、マレーシア・サバ州出身のアーティスト、イー・イラン氏による基調講演が行われた。1971年生まれのイー・イラン氏は、写真や映像、インスタレーションを用いて現代社会における歴史的・文化的記憶を探る作品を世界各地で発表してきており、アジアにおいて重要なアーティストの一人である。
本講演では、イラン氏の大学卒業直後のキャリア形成、表現について率直な感想と共に語られた。アーティストに「なっていく」プロセス、その不確かさや葛藤は、次世代を担う参加学生たちの心に深く響くものとなった。イサラタムノン氏はこの講演を以下のように振り返っている。
イサラタムノン 「イー・イーラン氏の誠実な人生の語りは、多くの参加者に強い影響を与えたように思います。またこの講演では、知識とは何か、そして先住民のヘリテージとどのように向き合うのかについても深い洞察を与えてくれました。」

イー・イラン氏
15:00〜 エクスカーション
基調講演を終えた午後、参加者はグループに分かれて京都市内各所へ繰り出した。自分たちがディスカッションを重ねて選んだ訪問先で体験を重ね、現地だからこそ得られる情報、生まれるアイデアをそれぞれが手にし、仲間との関係性をさらに深めていた。京都という街が持つ歴史的・文化的な重層性が、アートを学ぶ学生たちの思考を刺激する時間となっていただろう。

出発前の学生たち。支給されたお弁当を持ってグループごと、あるいはグループの枠を超えて学内様々な場所に散ってランチを共にしていた。
写真の学生たちは、千秋堂近くの街を一望できる舞台でランチを食べ、これからのエクスカーションの話に花を咲かせていた。
DAY 3|2025年11月14日(金)
09:15〜12:00 エクスカーション体験発表
最終日の午前は、各グループが前日のエクスカーションで体験したことを全体に向けて発表する時間に充てられた。訪れた場所で何を見て、何を感じ、何に気づいたか。それぞれの視点や問いが共有されることで、それぞれの体験が学びへと繋がる貴重な機会となった。エクスカーションに同行していたリン氏は以下のように振り返る。
リン 「最終日、学生たちは前日の市内探訪での発見を発表し合いました。各グループは、小さな本屋や文具店、美術館、ギャラリーを巡り、地元のレストランやバーで楽しみながら、すっかり打ち解けていました。日本人学生と国際学生を混在させる事前のグループ編成は、言語・コミュニケーション上の課題を解消するだけでなく、地元の場所に詳しい人がいるという点でも有効な戦略でした。興味深かったのは、日本に留学中の外国人学生たちが日英両言語に通じ、文化的な橋渡し役として大きく貢献していたことでした。」





発表の様子
13:00〜14:00 全体振り返り
昼食後、全員でプログラム全体を振り返るセッションが行われた。3日間の対話とエクスカーションを通じて得た気づき、今後の展望、そして参加者同士が互いから受け取ったものが率直に語り合われた。テーマである「Flipping Point」——アジアから世界を見つめ返すという問いが、それぞれの言葉で語られた場となった。
14:30〜15:00 閉会式
3日間のプログラムの締めくくりとなる閉会式は、アジア各地から集まった学生たちが、この場で交わした言葉や体験が、それぞれのこれからの実践に続いていくことを確認し合う時間となった。3名の教員は改めて、学生会議を以下のように振り返っている。
イサラタムノン 「競争ではなく、共有と対話を重視したこの環境は、教育実践においても大きな示唆を与えてくれました。参加者たちは、アジア各地に広がる新たなネットワークと、今後の制作に向けた確かな刺激を得て帰路についたと確信しています。」
アッカブータラ 「京都でのこの経験は、アジアのアート学生たちがつながることの意義を強く示すものでしたし、私たち教育者に対して、世界を鋭く見つめる視点を育む責任を改めて突きつけるものでした。」
リン 「片岡さんが閉会の挨拶で述べたように、これはギャザリングの第1回に過ぎず、今後10年間でさらに少なくとも5回の開催が予定されているとのことです。その頃には、今の20代の学生たちも30代になっているでしょう。今回ここで育まれた友情とネットワークが、彼らにとっての糧となっていることを願っています。それこそが、このギャザリングが大切にしたい最大の目的です。振り返れば、本当に心豊かで、贅沢な時間でした。より多くの学生がこうした機会に参加できることを願いつつ、彼らのアーティストとしての歩みを今後も見守ることができれば、これほど嬉しいことはありません。」

学生たちには、ICA京都所長の片岡氏より、修了証が手渡された。
15:00〜16:30 クロージングパーティー
最後は、瓜生山のふもとにある「瓜生山荘」で打ち上げを兼ねた交流会が開催された【*3】。学生たちは、互いの連絡先を交換したり、3日間では語りきれなかった話を続けたりと、最後の交流に花を咲かせていた。



「アジア」という広大な地域を想像する時、何を思い浮かべるだろうか。多くの人は個別具体的な場所、あるいは歴史や文化、食などを思い浮かべるだろう。しかし「アジア」という言葉を聞いた時に、知識よりも先に、具体的な誰かの顔が浮かぶようになること—— KYOTO Gatheringの3日間は、まさにそれが入口となるようにするための時間だったと言える。
アジア、引いては世界の国々を思う時に、友人の顔をまずは浮かべられること。先行きの見えないこの時代において、それは小さいことのようだが、アジアでアートに向き合い続けるための力強い原動力となり、希望となるのではないだろうか。学生会議は10年・全5回の開催を予定している。京都を起点に、小さく、しかし強固な連帯を着実に積み上げていきたい。次回は2027年の開催を予定している。
【*1】詳細は以下、ICA Kyoto Journalでの金澤氏の記事をご覧いただきたい。
「「知らない」というクオリティ:荒木悠と潘逸舟 茶話会 and/or ワークショップ「知らないで入る」レポート(前編)」
「「知らない」というクオリティ:乾真裕子とエレナ・トゥタッチコワ 茶話会 and/or ワークショップ「知らないで入る」レポート(後編)」
【*2】ウルトラファクトリー
【*3】 瓜生山荘は、京都芸術大学の初代理事長であり文明哲学研究所創設者の徳山詳直の旧宅を改装したものであり、現在は大学の附置機関である「文明哲学研究所」と「デザイン工芸研究センター」の拠点となっている建物。当時の文哲研兼任教授の岸和郎が改装の監修をした。
※本記事は、以下、3名の引率教員から提出されたレポートからそれぞれの言葉を引用する形で構成している。
リン・ヤティン(LIN Yatin):国立台北芸術大学(TNUA)舞踊学部准教授、国際交流センター長
ウォーラテップ・アッカブータラ(Worathep Akkabootara):
チェンマイ大学 芸術学部 メディアアート・メディアデザイン学科講師
ウィモンラート・イサラタムノン(Wimonrart Issarathumnoon):
チュラーロンコーン大学 建築学部 建築学科准教授
参加学生 本イベントにはインドネシア、香港、台湾、タイ、カンボジア、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、ベトナム、シンガポール、カザフスタンなど多様な地域の学生が集まった。
国内参加者は名古屋芸術大学、東京藝術大学、東北芸術工科大学、秋田公立美術大学、多摩美術大学、佐賀大学、京都芸術大学、広島市立大学、愛知県立芸術大学、尾道市立大学など、全国の美術系大学・大学院に在籍する学部4年生から博士課程の学生まで幅広い層が参加した。
KYOTO Gathering for Asian Art Students アジア美術系大学学生会議 2025
・日程:2025年11月12日(水)~14日(金)3日間
・会場:京都芸術大学
・テーマ:Flipping Point: アジアから見つめ返す世界
・参加者数:国内外から計31名(国内18名、国外13名)
・内容:グループディスカッション、ゲストによる基調講演、京都のエクスカーション、ネットワーキングセッションを予定
・主催:ICA京都、京都芸術大学大学院
・助成:国際交流基金
スタッフクレジット
・総合監修:片岡真実(ICA京都 所長)
・ディレクション:金澤韻(ICA京都 特別プロジェクト・ディレクター)
・統括(コーディネーション):清水千帆(ICA京都 マネージメント・ディレクター)
・コーディネーション:堂前佳穂、佐原咲来
・グラフィックデザイン:ym design(見増勇介、鈴木茉弓、中野花菜)
・写真撮影:岡はるか、塩見嘉宏
・映像制作:Twelve Inc.
・逐次通訳:辻井美穂、山田カイル
・ケータリング:CanvasKyoto
・運営サポート:京都芸術大学大学院オフィス(甚田真友子、李佳芸、村上晴香)、大学院教学課(遠藤香澄、荻野茉奈)、那木萌美