GAT 024 服部浩之
状況・条件・環境に応答しつづける
服部浩之は早稲田大学で建築学を学び、2006年に同大学院を修了した後、秋吉台国際芸術村(AIAV)、国際芸術センター青森(ACAC)という、アーティスト・イン・レジデンス(AiR)を主要なプログラムとするアートセンターに勤務した。現在は秋田公立美術大学の大学院で実践的な教育に従事する一方、アートセンターのディレクションやプログラム設計に携わっている。2019年の第58回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際美術展日本館展示「Cosmo-Eggs|宇宙の卵」では、美術家・下道基行、作曲家・安野太郎、人類学者・石倉敏明、建築家・能作文徳によるコラボレーションを企画した。今回は、長期滞在するアーティストの制作やリサーチ、プロジェクトなど、これまでの経験を中心に話を聞いた。以下はその抜粋である。
構成: 石井潤一郎(ICA京都)
何かを作る環境を作る
僕は、具体的な土地や場所――場所性、地域性と言ってもいいと思いますが――あるいはモノに興味を持っています。抽象的な思考だけで展開してゆくというのがそんなに得意ではなくて、文脈も含めて、何か具体的なものと向き合うことに興味があります。
現在は名古屋と秋田を行き来しながら生活をしていますが、それまでも結構色んな土地に暮らしてきました。旅をするというよりも長い時間滞在して、「その土地に暮らしながら」という活動をベースにしています。そういう意味で自分が住んでいる場所だったり、あるいは訪れているところに、なにか応答するような活動をしているのだと思っています。
5、6年前に出版された本で知ったんですが「できるだけ合わせて、なるべく逆らわない」という考え方が、自分にはとてもフィットするなと思っています。造園家のジル・クレマンが『動いている庭』(山内朋樹訳)で言っていることで、荒れ地とか、変化する庭のあり方、植物の動きみたいなものを肯定する態度を、こういう言葉で表していたんです。すごくインスピレーションを受けました。
キュレーターといっても、自分がすごく強い主張とか、強い主題をガンガン実践するというよりは、どちらかというと、何かを受け入れて飲み込んで、そこからそれに応答するという形を取っていることが多くて、クレマンの言葉は自分の態度にもつながるところがあるな、と思っています。そう思うきっかけというのが、おそらく自分の経験とかバックグラウンドにもつながっていると思うんですけど……。
20代〜30代の頃、アーティスト・イン・レジデンス(AiR)という活動に関わっていました。美術館とか大きな国際展とかと違うのはAiRって「生活」が前提にあるんですよね。
アートセンターは日常から少し切り離された場所かもしれないけれど、AiRは割と日常と近い場所なんです。そういうところで、ある程度長い期間滞在するアーティストと接する。色んな国、色んな地域からやってくる色んな価値観の人と接する中で、作家が迷ったり、作品になる前の何かをずっと考えたりしているところを見ていて、自分がそこでやっていることって、すごく強い何かを提供するというよりも、作家の作る環境をあんまり邪魔しない、あるいは「何かを作る環境を作る」みたいなところだなぁと思っていました。
面白いのは、稀に「不思議なコラボレーション」というようなものが起ることです。AiRってある程度長い期間、何人かのアーティストが一緒に過ごしたりすることもあって、「不思議なセッション」みたいなものが起こってくる。それを見ていて、僕はバックグラウンドが建築だということもあって、何かが作られる環境や状況、あるいはそういう場を作ることをどうやったら誘発できるんだろうっていうことに興味を持ちました。
青森での経験をヴェネツィアに活かす
青森市には、市民美術展示館という施設を除いて、市立の美術館というものがなかった。そこで、ACACが年に1回ぐらい青森市のコレクションを紹介する展覧会をやっていました。ただ、毎回学芸員が作品を組むだけだとマンネリ化してくることもあって、2013年ぐらいから、アーティストと一緒に、市が持っている所蔵品を使って展覧会を作ろうということを始めました。
染色をバックグラウンドとする作家、呉夏枝(お・はぢ)は、青森の伝統工芸品のひとつ、麻織物を中心とした仕事着を取り上げました。共通認識の中に生じるズレをテーマに制作する作家、中崎透は、青森ではレジャーとしてだけでなく、生活に密着した文化であるスキーに着目。作家であり映画監督でもある藤井光は、市が所蔵する様々な資料や作品に加え、AHA!こと Archive for Human Activities/人類の営みのためのアーカイブ(松本篤[remo]、小笠原はるか、成田海波)を招き、人々が撮影した8mmフィルムを収集し、無名の人々の記憶と記録にまつわるプロジェクトを展開しました。
学芸員だけでは、スキーに着目するような展覧会はなかなか思いつかなかったんですけれども、こういう経験は、キュレーターって何なんだろうって考えるきっかけにもなりました。アーティストがディレクションをする中で、自分がやるべきことは何か、作家にとってはそれ自体が作品でもある展覧会を、どうやったら一緒に作ってゆけるのか。こういう着想を提供してくれた場所、地域や人にどういうフィードバックができるのか……と色々悩みながら実践していたものです。それで、次第にアーティストが着目するような、どこの土地にでもありそうなもの、だけどあまり顧みられない、あまり描かれない歴史などに興味を持つようになりました。
こうした「建築的思考」だったり「ローカルでのモノとの出会い」みたいな経験を前提として、ヴェネツィア・ビエンナーレの日本館での4名の異なる専門家によるプロジェクトに至りました。AiRでの経験で、異なる人たちが何かを偶然一緒に作ってしまうとか、何かが生まれるとかいうことはすごく面白い、自分にできることはそういうところを一緒に作ってゆくことだ、と考えていたことが根底にあって、コラボレーションによるプロジェクトをやりたいと思ったんですね。
服部浩之(はっとり・ひろゆき)
キュレーター/秋田公立美術大学大学院准教授
2006年早稲田大学大学院(建築学)を修了後、青森公立大学国際芸術センター青森[ACAC]などアーティスト・イン・レジデンスを主要プログラムとするアートセンターで、約10年間キュレーターとして活動。長期滞在するアーティストの制作やリサーチに関わるなかで、多様なプロジェクトに携わる。近年は美術大学でアートマネジメント/キュレーション/プロジェクトの企画運営/場づくりなどの観点から実践的な教育に従事するとともに、アートセンターのディレクションやプログラム設計に携わる。近年の企画に、第58回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館展示「Cosmo-Eggs|宇宙の卵」がある。
※ このトークは2020年11月14日にオンラインで開催された。