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GAT025 米谷健+ジュリア
超個体

2021.05.31
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米谷健+ジュリア『スイートバリアリーフ』(2009)
撮影:イアン・ホッブス ©Ken + Julia Yonetani Courtesy of the Artists and Mizuma Art Gallery

オーストラリア人と日本人のアーティストユニット、米谷健+ジュリアは、環境問題や社会問題などをテーマに入念なリサーチを行い、土・砂糖・塩・ウラン・お金といった多種多様な素材を使用しながら作品を制作・発表してきた。これまで、ヴェネチア・ビエンナーレ(オーストラリア代表、2009)、シンガポール・ビエンナーレ(2013)、茨城県北芸術祭(2016)、ホノルル・ビエンナーレ(2017)、アジアソサエティ・トリエンナーレ(2020)などに参加。主な個展は、フランスのアビー・ドゥ・モーヴィソン現代美術館(2014)、オーストラリア国立美術館(2015〜2016)など。2020年11月06日から2021年03月07日までは、角川武蔵野ミュージアムにて『米谷健+ジュリア:だから私は救われたい』が開催されている。
「人新世」や「脱人間中心主義」の議論がますます活発化する今日、無農薬農業やサンゴの白化現象についてのリサーチを通して、「微生物」に目を向けるようになったという米谷健+ジュリアに話を聞いた。以下はその抜粋である。

構成: 石井潤一郎(ICA京都)




小さな世界 【米谷 健】

五年前に京都に移り住みまして、京都の中でも田舎の方で、限界集落ともいわれるようなところなんですけれども、大変綺麗なところです。そこで制作活動をしつつ、無農薬で野菜を育てる百姓もやりながら、今に至っております。

もともと、百姓をやるためにここの集落に入ったわけじゃないんです。偶然が重なって農業をやるということになったんですけども、実際に何をしてきたのかというと、土の観察なんですね。じっくりと土を観察してると、何が野菜を育て、何が米を育て、というのが見えてきます。土の中に、肉眼では見えない、ちっちゃな生き物が沢山いて、それが有機物を分解し、分解したものが植物の栄養になって、根っこから吸い上げられて大きな大根ができる。そういうことなんですね。

自分たちが農家をやり出したとき、前の農家の方は慣行農業をやられていたんですけども、農地ではまだ除草剤、農薬を使っていた。土は死んだ状態で、そこで最初にとれた大根というのは本当に親指サイズの大根だったんですけど、そのあと、土の質がどんどん変わっていくのが観察して見えた。で、何が重要であるかというと、やっぱりその小さな世界というのがあって、それが大きな世界を支えている、と。

そうなってくると「微生物」の方に自分たちの意識は向かって、それは肉眼では見えないんだけど、明らかにその存在を感じられるようになる。それとまったく同じような構造で、自分たちのお腹の中、要するに腸の中にも微生物が沢山いて、その微生物が分解したものを栄養として吸収している。その微生物をひっくるめて「自分」っていうのがある。自分っていっても実際にその自分の身体を作っているのは細胞プラス微生物。そうすると、そこで、じゃぁ自分っていうのはなんなのかっていう、一個人、自分と他者という垣根をとっぱらわなければいけない、という理解が生まれてくる。そうすると、そこを超えられないっていう近代の医学、科学、農業科学の行き詰まりっていうのが見えて来たんですね。

それでこの「超個体」っていう言葉なんですけども、「個体」っていうのを超える。つまりもっと大きな意味で何かを見て「他者を乗り越える」というような言い方をしなければ、なにかこの先の発展はないんじゃないかな、というようなことなんです。

ライスバレーの有機耕作地を耕す健

響きあう遺伝子 【米谷 ジュリア】

クイーンズランド工科大学で会う機会のあった科学者についてまずお話したいと思います。1990年代、遺伝子組み換え農業の開発の一人者として第一線で活躍していたリチャード・A・ジェファーソン先生です。彼は、今使われているのとは全く違った使い方を思い描いていました。ある意味、環境を脅かすような方法では無く、それを補う様な仕方で使う事を考えていたのです。

当時のとても興味深いリチャード先生の講義があるのですが、その中で先生は農業を科学的視点から見てこう質問していました。

わたし達が葉っぱの研究をしていて、すべての微生物が見え、葉っぱの上の物がすべて音だったとします。科学者はそれらを研究対象とは考えないでしょう。そして科学者がそれらを雑音だと捉えて無視しているのに気付いたとします。でも、その葉っぱの周りにあるものが、実際に私達が目を向けるべきものだったとしたらどうでしょう?その葉っぱの上にある物体と微生物の間のやりとり、そして葉っぱとの間で起こる出来事です。

こうした関係について先生はかなり早い段階で気づいていたのだと思います。それは先生が、遺伝子的解析を通して、そこにある関係性、微生物の間での共生関係、そして先生がホロジェノミックと呼んだ寄生主との共生関係を理解していたからです。つまり、微生物の遺伝子とホロビオントの遺伝子の関係についてです。そしてケンが述べてくれたすべてととても関係のある事だと思います。ホロジェノミックの進化の考えというのは、実は、人間だけが進化しているのではないという事です。

わたし達の周りにあるすべての物とのやり取り、特に微生物との関係があります。それは、微生物が哺乳類よりもかなり早く環境に順応することができる優れた能力を持っているからです。明らかにウィルス、今わたし達が目にしている様な、コロナウィルスは常に変化していて常に環境に順応していっているのです。進化というのはこのようにしてかつて生じ、そして今も生じているのです。それにわたし達は目を向けてこなかったのです。科学者たちはそこに目を向けてこなかったのです。

そこでこのYouTube動画にある様な質問が生じるのです。1990年代にこれが重要だと、もしわかっていて、すべてに目を向けるべきだと気づいていたとしても、科学はどのようにすべてに目を向ける事が出来るでしょうか?つまり、それは科学を仏教に変えるような事です。科学を、すべての物のバランスを研究する何かに変えるという事になるからです。そういう意味で「陰」と「陽」のバランスみたいな概念にも似ていると思いますが。科学でわたし達の体内にいる何兆もいる微生物の一つ一つを取り上げて、その働きや機能について分析することができるでしょうか?わたしは、これが科学の限界であり、科学の歴史の中で、実はわたし達がどれほど理解していないかという事を科学、あるいは科学者が気づく段階に到達したという事だと思います。

Dysbiotica (Man), 2020, image courtesy of Mizuma Gallery and the Artists, Photo by Jinno Shingo

コロナ・ウィルスの時代に【米谷 健】

今のこのコロナウイルスのパンデミックの話でひとつだけ付け加えると、「治す」という、今の医学でいう治すっていう概念自体がちょっとずれてる、っていうことになるんです。なぜかというと、治すんじゃなくて、バランスをとるっていうのが一番の治療法だと思うんです。

例えば農業にしたって、虫に喰われるから農薬をかけて喰われないようにする、とか、そういうんじゃなくて、うちの畑には、雑草でも何でもいろんなものが生えてるんですけれども、虫もそれなりに寄ってくるんですね。でもバランスがとれてるから、それを食べる鳥が来て、色んな生き物がいるんですけど、そうすると意外と虫が多くても植物が食べられない。あとは、バランスが取れてる土の中で育った植物ってのは強くて、虫が寄ってこないようなホルモンを出してるから、あんまり食べられないんです。意外と綺麗なまま残ってる。何かの一部だけを見て治すっていうような合理的な考え方だと、踏み誤るんじゃないかと思っています。



米谷健+ジュリア(よねたに・けん + ジュリア)
健) 1971年東京生まれ。東京外為市場で金融ブローカーとして3年間勤務。退職後は紆余曲折を経て沖縄の伝統陶芸壺屋焼き陶工金城敏男に師事(2000〜2003年)。その後2005年オーストラリア国立大学アートスクール修士号、2012年シドニー大学カレッジオブアーツ博士号取得。

ジュリア) 1972年東京生まれ。ニューヨーク、ロンドン、シドニーで育つ。シドニー大学法学部卒、1996年東京大学 国際関係学部修士号取得、1999年オーストラリア国立大学博士号取得(専攻は歴史)、ニューサウスウェールズ大学日本学准教授、ウエスタンシドニー大学研究員とエリート路線を順調に歩むも2009年よりアートの道に。

※このトークは2020年12月15日にオンラインで開催された。