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GAT026 ライアン・タベット
彫刻とストーリーテリング

2021.09.17
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Cyprus (2015), from the series Five Distant Memories: The Suitcase, The Room, The Toys, The Boat and Maradona (2006-2016)

ベイルートとサンフランシスコを拠点に活動する作家ライアン・タベットは、自分の経験とリサーチに基づきながら、地政学的な出来事に、あらたな見解をもたらすような彫刻を制作している。学部時代には建築学を学び、新しい彫刻をイメージする際にはこの知識を応用することが多いというタベット。個人的な物語を通して社会・政治的な出来事を作品に昇華するその手法とは?以下は2021年1月12日に行われたオンライン・トークの抜粋である。

構成: 石井潤一郎(ICA京都)




モノにより語られる歴史

一枚の写真から始めたいと思います。

2006年、わたしがまだニューヨークで建築を学んでいた頃、マンハッタンのコーヒー・ショップにコーヒーを買いに行った時、誰かが「ニューヨーク・タイムズ」を置いて行ったのが見えました。一面には瓦礫を積載したトラックが並んでおり、海に投棄するためにそれを運んでいる様子が写っていました。瓦礫は2006年7月に起きたレバノンとイスラエルの衝突により出たものです、そしてこれは、わたしが共に生きてきた戦争でした。またこのために、わたしは急いでニューヨークに戻らなければならなかったのです。それでまずわたしは、自分が去ったばかりの場所が、なぜか自分が避難した先にまで追いかけて来たような印象を受けて驚きました。そして次に、海に向かう瓦礫を積んだトラックと、その右側に地理を示す看板があるという、その写真の構図に驚きました。

Friday, September 1, 2006

わたしはそれまで自分の国が説明されるにあたって、人々の主観的な視点が示されるのを見ることに慣れていました。そして、人ではなくモノに焦点を当てた印象的なイメージが、大手の新聞の一面に掲載されているのを見たのはこれが初めてでした。以来わたしはトークの機会があるたびに、このイメージから紹介するようになりました。それは歴史的・政治的な瞬間に、モノやコトに何が起こるのかを考える、わたしの世の中の見方、世界観をうまく要約しているように感じられるからです。

固めたスーツケースと折り畳みの部屋

今日は « Five Distant Memories » と呼ばれる作品、―スーツケース、部屋、おもちゃ、ボート、そしてマラドーナ―のお話をしたいと思います。このシリーズを完成させるのに10年かかりましたが、この作業を始めたとき、自分の最初の記憶といえる瞬間が5つあることに気づきました。そして、それぞれの記憶は特定のオブジェクトと結びついていました。そこで、このシリーズのアイデアは、これらのオブジェクトが記憶によって変化したかのように、再構築またはリメイクすることでした。

最初の作品は2006年のものです。この作品は、わたしがいつもベッド脇にスーツケースを置いていた、という記憶に結びついています。なぜベッドの横にスーツケースがあったかというと、わたしは内戦中のベイルートで育ったので、いつでも緊急避難の可能性があったからです。そう言うとこの出来事がトラウマになっているように聞こえるかもしれませんが、実はわたしが最も安全だと感じることができていたものは、このスーツケースだったのです。

この彫刻を作るにあたり、周りの人に古いスーツケースを譲ってもらい、中に避難に必要なものを詰めてコンクリート漬けにしました。したがって彫刻の中には、実際に実物のモノが、隠されていたり閉じ込められたりしています。

次の記憶は、寝室の入り口に立つと自分の部屋が消えていた、ということでした。これもまた人生の一大事のように聞こえますが、わたしにとっては実に開放的な出来事でした。というのも、6歳の幼かったわたしは自分の寝室が嫌いだったので、むしろこの出来事は、自分の寝室を好きなように作り直す理由になったのでした。

彫刻としては、ベイルートにあるわたしの部屋の寝室のドアと窓を「切り取り」ました。そしてわたしの部屋と同じ寸法にカットした布を、このドアと窓で支えることにしたのです。つまりこの作品は、ベイルートのわたしの寝室の容積を正確に再現したものであり、世界中のどこにでも移動して、展示することができるのです。

積み木、ボート、そしてマラドーナ

三つ目の記憶。わたしはいつも積み木のおもちゃを持ち歩いていたことを覚えています。今思えば、これが建築や彫刻に興味を持つきっかけだったのかもしれません。わたしは28組の積み木セットをコンクリートで複製し、3万5千個のコピーを作って、ひとつの大きな床置きの彫刻に構成しました。

またこの彫刻と一緒に、ビデオ作品も制作しました。短いビデオですが、ここでは積み木のさまざまな組み合わせを行なっています。このビデオと彫刻は純粋な組み合わせの練習のように見えますが、実際には非常に個人的な記憶に基づいています。なぜならこれらの作品には、わたしの考え方の基礎があり、今日のわたしの作品作りは、常に逸話や物語、出来事の中に、形を変える何かを見出そうとするものだからです。

Architecture Lessons (2012), from the series Five Distant Memories: The Suitcase, The Room, The Toys, The Boat and Maradona (2006-2016)
35.000 concrete cast of a woodblock toy set, 27 woodblock toys Variable dimensions

このプロジェクトの四つ目は、両親と一緒に船に乗っていた記憶と結びついています。この記憶に関連する出来事は、ある時、父がレバノンから脱出しようと試みたことです。父はボートを借りてきて、母と妹とわたしを乗せてキプロスまで漕いで行こうとしました。しかし、父はボートを操ることができず、数時間後にはあきらめてレバノンに戻ってしまいました。

それから25年後、わたしはそのボートを見つけ、持ち主から購入することができました。それで制作した作品は、850kgのボートと60kgしかないアンカーの重さのバランスを取れるかどうかを試すものでした。父がボートを転がすのに失敗したのは、父の体重では850キロを動かすことができなかったからです。そこでわたしは、物理の授業で習った「滑車」のことを思い出しました。単純な理論なのですが、滑車をひとつ増やすと、重さを半分にすることができるのです。

基本的には20個の滑車を組み合わせて、ボートの重さを20分の1にして、このずっと軽いアンカーでバランスを取りました。

これは物語と彫刻の関係を示す完璧な例で、どのように個人的な記憶に基づく瞬間が、彫刻になるのか、あるいは変形するのかを示しています。そして象徴や暗喩によってではなく、物語に関連した実際の素材や、物理学を応用して変形しているのです。

このプロジェクトの最後の部分は、サッカーのディエゴ・マラドーナ選手が、イングランド相手にゴールを決めたということをラジオで聞いた記憶と結びついています。1986年のワールドカップ準々決勝で、マラドーナが手を使ってゴールを決めたという非常に有名な出来事です。またこの試合は、1984年のフォークランド紛争で戦争状態にあったアルゼンチンとイングランドの試合であったことも関係しています。つまり政治的にではなく、スポーツにおいて、アルゼンチン人がイギリス人に復讐した試合としても記憶されているのです。

なぜこのような記憶が残っているかというと、ベイルートでニュースを聴くために、いつもラジオをつけていたからです。その頃、爆撃があると危険を知らせるために、ラジオからサイレンが流されていました。そしてこのサイレンを担当していた人物が実はサッカーの大ファンで、マラドーナのサポーターだったのです。そこでマラドーナがイングランド戦でゴールを決めたのをテレビで見て、サイレンを鳴らし、政治的な大事件として街に発表することにしたのです。

彫刻はとてもシンプルなものです。わたしは両親が選んだ2台のラジオで、ひとつからはゴールを実況する英語の解説を流し、もうひとつからは同じゴールをアルゼンチン側から実況する解説の声が流れるようにしました。

モノで歴史を記述する

これがシリーズの最後の作品となりました。それはわたしにとって、記憶と物語に関するこの調査を本当に締めくくるものだったからです。

* ライアン・タベットはこの後、« The Shortest Distance Between Two Points » と、彼がベルリンで行ったリサーチ « FRAGMENTS » を紹介するが、本記事では残念ながら、スペースの都合上割愛する。

最後に、最初に見たスライドに戻ってお話します。「ニューヨーク・タイムズ」との出会いは15年前のことですが、今でもわたしにとって非常に重要な意味を持っています。この出会いは、わたしの世界に対する見方を変え、わたしが実践していることの道筋を示してくれました。それは、出来事は人に起こるのと同様に、モノにも起こるということを常に念頭に置くということです。さらに、わたしたちはモノの歴史を書くことで、世界の新しい歴史を書くことができるかもしれません。



ライアン・タベット

ベイルートとサンフランシスコを拠点に活動。自身の経験とリサーチに基づきながら、個人的なナラティブを通して、主な社会政治的出来事についてのオルタナティブな見解をもたらすストーリーを探求している。建築と彫刻の知見を基盤に、物理的かつ時間的な距離の認識を再構成するインスタレーションによって、構築環境とその歴史のパラドックスを紐解く。近年、ウォーカー・アートセンター、ストアフロント美術建築ギャラリー、メトロポリタン美術館、パラソルユニット現代美術財団、ルーブル美術館、ニームのカレダール、ハンブルグのクンストファーレン、メリー美術館(旧ヴィッテ・デ・ヴィット現代美術センター)で個展を開催。彼の作品は、第7回横浜トリエンナーレ、第2回ラホール・ビエンナーレ、マニフェスタ12、第21回シドニー・ビエンナーレ、第15回イスタンブール・ビエンナーレ、第32回サンパウロ・ビエンナーレ、第6回マラケシュ・ビエンナーレ、第10回・第12回シャルージャ・ビエンナーレ、第2回ニュー・ミュージアム・トリエンナーレでも特集展示が組まれている。

※ このトークは2021年1月12日にオンラインで開催された。