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GAT027 金澤 韻
上海アートシーンの観察(2020~21前半)

2022.01.27
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「2020芸術拳力ランキング」撮影:Sensend / 写真提供:Tang Dixin(唐狄鑫)

日本の美術館に12年勤務、ニューヨークで研修、ロンドンの大学院で学び、ヨーロッパでも多くの展覧会に関わってきた金澤韻。しかし、現在拠点としている上海のアート・シーンは、これまで見てきたどの社会におけるアートとも異なるという。「ここでアートは発展途上なのではなく、別の生態系を形成し、爛熟している・・・」金澤が見た、上海のアート・シーンの現在とは?以下は2021年6月18日に行われたオンライン・トークの抜粋である。

構成: 石井潤一郎(ICA京都)




美術館とキュレーター

わたしはむかし文学を学んでいました。その後、大学院から美術の道に進んでいます。自分ではわりと、伝統的な美術作品というよりは、既存の領域を超えて行くようなタイプの取り組みが多いかな、と思います。例えば漫画。これは横山裕一の個展で、トラフ建築設計事務所と協働しました。トラックのようなテーブルに沿って歩いていくと、風景が変化していきます。漫画を映像でも見せたりと、メディアを変えて展覧会に作り替える挑戦でした。

横山裕一 ネオ漫画の全記録:「わたしは時間を描いている」川崎市市民ミュージアム(2010)展示風景

2017から3年間は十和田市現代美術館で仕事しました。これはネットアーティストの草分け、ラファエル・ローゼンダールの展示。ウェブサイト作品を映像インスタレーションに作り替えています。

「ラファエル・ローゼンダール:ジェネロシティ 寛容さの美学」十和田市現代美術館(2018)展示風景(写真:小山田邦哉 / 十和田市現代美術館提供)

毛利悠子は、電流、電磁波、空気の流れみたいな見えない力を、日用品で可視化するアーティストです。この時は回転すること、革命家、星々の自転公転などをテーマに大型のサウンド・インスタレーションをやってくれました。

「毛利悠子 ただし抵抗はあるものとする」十和田市現代美術館(2018)展示風景(写真:小山田邦哉 / 十和田市現代美術館提供)

これは”地域アート”をテーマにした展覧会「ウソから出た、まこと」。ネガティブな見方もあるテーマですが、まじめに考え、ポジティブに取り組んでいます。北澤潤さんがインドネシアから乗り物をもちこんで、市民に運営してもらって、ナデガタインスタントパーティは「VRの博物館をつくろう」を口実にして、馬の、ミクスト・メディア・ミュージアムを市民と作る。藤浩志さんとは、1980年代からまちに出ることに取り組んでいたので、その経緯を見せたいということで小説『嶋タケシ』を一緒に書きました。さらにそれをインスタレーションにしています。

「ウソから出た、まこと ―地域を超えていま生まれ出るアート」十和田市現代美術館(2019)北澤潤が行ったプロジェクトの風景(写真:小山田邦哉 / 十和田市現代美術館提供)

AKI INOMATAは生き物と協働する作家ですね。ヤドカリの殻を3Dプリンターで作って渡してみるというプロジェクトが有名です。ヤドカリとミノムシは生きものに展示室に来てもらっています。

「AKI INOMATA: Significant Otherness ―生きものと私が出会うとき」十和田市現代美術館(2018)展示風景(写真:小山田邦哉 / 十和田市現代美術館提供)

海外では、パレ・ド・トーキョーで子供時代をテーマにした展覧会や、榎忠さんのヨーロッパ初の個展や、マドリッドのマタデロでは漫画を絵画や映像に拡張した展示をしました。

「ENFANCE 子ども時代」パレ・ド・トーキョー(2018)Amabouz Taturo(旧名 西野達)展示風景(写真:Aurélien Mole / パレ・ド・トーキョー提供)

直近では2020年、ヨコハマ・パラトリエンナーレ(パラトリ)の美術展「そのうち届くラブレター」。障害者の作品、障害者との作品、障害とは何かを考えさせる作品、6人の作家に9人が応答するというものでした。[*1]

[*1]「障害」の表記はパラトリに準ずる

「そのうち届くラブレター」Book ヨコハマ・パラトリエンナーレ(2020)の”読む美術展”として制作(写真:加藤甫 / ヨコハマ・パラトリエンナーレ提供)

というわけで、漫画、屋外展示、いきもの、インターネット、サウンド、コミュニティ、パフォーマンス、ディスアビリティと、わりと既存の領域を超えていくタイプの取り組みが多い。あたらしいことに出会って、今まで使っていなかった脳の領域を開拓して行く、というところに喜びを感じてきた「冒険するタイプ」だと思っています。

ところが、今住んでる上海のアート・シーンというのが、冒険者タイプのわたしにとっても驚きの連続で、めんくらっています。みなさんにもそれをご覧いただきたいと思います。

上海には全部合わせると100個ほど美術館があるらしいんですけど、パワー・ステーション・オブ・アート(Power Station of Art / PSA)、これが唯一の政府主催の現代美術館です。元発電所を使っているので、なんとなく印象的にはロンドンのテイト・モダンに似ているんですけど、テイト・モダンでは、展覧会がぎっしり詰まっているのに対して、いつ行ってもスカスカな印象のあるところです。

なぜだろうと思っていたんですけど、キュレーターの数が3人だそうですね。そしてキュレトリアル・アシスタントが10人ということで、欧米の100人、200人規模のキュレトリアル・チームでやっている美術館とは全然違う。ハウ美術館(How Art Museum)はいつもきちんとしたキュレーティングが行われた展覧会を観ることができますが、コレクターが作った美術館です。キュレーターが1人、アソシエイト・キュレーターが2人、エキシビション・アシスタント1人という体制です。
ミン・コンテンポラリー(Ming Contemporary)はディベロッパー(不動産開発業者)が作った美術館で、ここは現代美術家がブレインとして入っていて、キュレーターはその都度、委託するようです。
日本では公立美術館の数が多く支配的で、つい美術館というと「県立」「市立」で学芸員が何人いて、というイメージを持ってしまいますが、お金の出どころや運営体制などが違うわけで、見方を切り替えないといけないでしょうね。

アーティストとアート・シーン

2020年の上海は、コロナで、2月3月くらいはもう完全にクローズしていました。

当時は、こんな新聞が近所の掲示板に貼られたりしていました。戦うメディカル・スタッフたちの様子ですね、こういった「社会主義リアリズム」の潮流も、今でも、もちろんあると聞いています。たまに用事があって、美術大学に行くとこういう作品が見られます。ただわたしは現代美術を専門的に見ているので、これは触れる程度に留めます。

まず見て頂きたいのは、上海の展覧会っておっきいですよ、っていうことです。
ジャン・アンリ(張恩利 / Zhang Enli)のPSAでの個展です。壮大なインスタレーションを組んでいます。

「Zhang Enli(張恩利): A Room That Can Move」Power Station of Art(2020)展示風景

「M/Made」Power Station of Art(2020)展示風景

同じPSAの展覧会で、「M/M」というパリのクリエイティブ・デュオの展示なんですけど、一体いくらお金がかかっているんだろうと、度肝を抜かれた展覧会のひとつです。

うしろの造作物も全部作ってあるんですよね、この会場に合わせて。遊具がたくさんあるような感じですかね。もう日本の美術館の予算感覚からすると、ちょっとありえないような・・・見て回るのも楽しいです。

「Zhang Ding(張鼎): CON TROL CLUB」フーシン美術館(2020)展示風景

プレイフルな展示もひとつの傾向です。
これはフーシン美術館(Fuxing Art Center)でのジャン・ディン(張鼎 / Zhang Ding)の個展。彼はもともと、音とか光が出たりする作品を作る作家なんですけど、この作品はミラー・ルームのような形で、ちょっとエンターテイメント寄りというか、「映え」を意識している気がしましたね。

ルー・ヤン(陸揚 / Lu Yang)のクロノス・アート・センター(Chronus Art Center / CAC)でのパフォーマンスは、ゲームとして構築した作品世界のキャラクターが、パフォーマーとモーション・キャプチャーで繋がっています。彼女は特に既存の「美術」とか振り切っていますね。

Lu Yang(陸揚)のパフォーマンスの様子、クロノス・アートセンター(2020)

また商業施設とのコラボも多いし、作家も積極的にそういうことに取り組みます。強(したた)かだな、と思います。これは新天地の新しいモールの渡り廊下に設置されたワン・イー(王一 / Wang Yi)の展示です。

Lumières Shanghai での展示の一つ。Wang Yi(王一)による作品

上海、そこにあるエネルギー

上海では美術は「公」のものというよりは「私」のもの、プライベートなもの、ということを強く思います。すごくスペクタキュラーです。そしてみんなその中で写真を撮る。セルフィーで楽しむ、それがひとつの鑑賞法です。

その中で、キュレーターとして美術、美術史、歴史、コンテクストから離れてゆくということに対して、どうなのかな、と思ったりもします。上海にいると、もしかしてコンテクストって必要じゃなかったんだっけ、と思ったりもします。

一方で豊富な資金力が可能にする自由というものもありますよね。最初にPSAでみたデザイナーの展覧会なんか、あの豊さみたいなものを感じ、体験できる、というのは素晴らしいことだと思います。

オルタナティブ・スペースは少ないようですが、その中でもたまに、面白い取り組みがあります。これは南京の四方美術館のオーナー、ルー・シュン(陸尋 / Lu Xun)が、上海のまちなかに持っているアパートメントで行われた、ユー・ジー(于吉/ Yu Ji)の展示です。

Yu Ji(于吉)の展示(2020)

安福路の小さいアパートで作家と資産家の妻がプライベートな展示をやっていました。予約して見に行きます。コロナ禍で、できることはないか、と考えたと話していました。タンク上海(TANK Shanghai)ではアートマーケットが行われていました。作家たちが工夫して、数百円〜数万円くらいで買えるものを出品して、自ら店番をしていました。

タン・ディシン(唐狄鑫 / Tang Dixin)が、自分のスタジオでやった、ボクシングのイベント、「拳力ランキング [*2]」。アーティスト、コレクター、ギャラリスト、美術館館長らが本気で闘ったそうです。

[*2] 中国語で同じ発音の「権力」と「拳力」が掛かっている

「2020芸術拳力ランキング」撮影:Sensend / 写真提供:Tang Dixin(唐狄鑫)

こういうアート・シーンを見たとき、その若さ、柔軟さ、みたいなものに、あらためて心打たれましたし、その状態が可能にするものっていうのもあると思うんです。


金澤韻(かなざわ・こだま/キュレーター)

現代美術キュレーター。東京藝術大学大学院、英国 Royal College of Art修了。熊本市現代美術館など公立館での12年にわたる勤務ののち、2013年よりインディペンデント・キュレーターとして活動。国内外で展覧会企画多数。近年企画・参画した主な展覧会に、ヨコハマ・パラトリエンナーレ2020、杭州繊維芸術三年展(浙江美術館ほか、杭州、2019)、AKI INOMATA、毛利悠子、ラファエル・ローゼンダール個展(いずれも十和田市現代美術館、青森、2018~2019)、Enfance(パレ・ド・トーキョー、パリ、2018)、茨城県北芸術祭(茨城県6市町、2016)など。現代美術オンラインイベントJP共同主宰。

※ このトークは2021年6月18日にオンラインで開催された。