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GAT 030 リー・キット
いちばん難しいのはシンプルであること

2022.11.14
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1978年香港生まれのリー・キットは、2013年、第55回ヴェネツィア・ビエンナーレ香港館で個展を開催。同年、第1回ヒューゴ・ボス・アジア・アート賞にノミネートされた。絵画や映像、ファウンド・オブジェクトなどを用いて、社会や政治情勢との緊張関係を観客に意識させる展示で知られるリーに、京都芸術大学大学院芸術研究科客員准教授、キュラトリアルスペース「アサクサ」代表・大坂紘一郎が話を訊いた。以下は2021年11月9日に行われたオンライン・トークの抜粋である。

構成: 石井潤一郎(ICA京都)




大坂:
今日のトークにあたって、先週、事前の打ち合わせをしました。こちらからは「アーティスト・トークをお願いします」とそういうミーティングだったんですけれども、キットさんが開口一番に言ったことは「僕はもうアートを信じられないし、自分がアーティストであるかどうかもわからない」ということでした。その言葉の意味についてまず訊いてみたいと思います。

それでまぁ、ちょっと唐突な質問なので、ここでみなさんにひと言付け加えたいんです。リーさんは、自分の出身である香港の都市と向かい合って制作されてきた方ですけども、以前から独特の口ぶりをする方で「これは何なのか、どういう意味なのか」そういうことを一切限定しない、限定することを拒否してきたように思います。そして時に逆説的だったり、反語的な言い回しというのがユーモラスにも聞こえました。でも「アートが信じられない」っていう彼の言葉は、恐ろしく深刻なジョークに聞こえるんですね。で、恐らくこれはジョークではないんだと思うんです。

リー:
わたしにとって、これはジョークではありません。アーティストとして自分自身に問うべき問題なのです。特に最近、世界の状況は決して良いものではありません。だから、常に問い続けることが大切だと思うんです。

例えば第一に、世界には沢山のアーティストがいます。わたしはその中の一番ではないし、よいアーティストであるかどうかさえ疑問です。でも自分が納得できるものを見せる機会があり、そのプロセスを楽しむことができる。自分に問いかけ、答えを出すこと、それは特権的なことです。でも、その特権をただ享受すればいいというわけではない、問い続けることが必要なんです。

だからこの悪い冗談を言うことは、一方で自分の人生を楽しむことを止めないということでもあります。でも実際は、少し立ち止まって他の人たちにも同じように、人生を楽しんでもらうためにはどうしたらいいのか、考える必要があるんです。

アートを作るだけ、という考え方を離れると、もっと沢山のことができるようになります。わたしがアートに学んだこと、あるいは感じたことは、創造的であること、革新的であることが重要だ、ということです。なのでわたしは、「アート」を作り続けなければならないし、それを実現してゆかなければならないのです。

大坂:
2015年にシャンタル・ウォンと一緒に作った「Things that can happen」。これは二年間限定のアート・スペースとして、香港に作ったと思うんですけれど、そのお話を少ししていただければ、と思います。

リー:
これはわたしがどうやったら「ミッションのないNGO」を作れるだろう、と考え始めていた頃でした。わたしは自分のアイデアに夢中になっていました。世界初の「ミッションのないNGO」、つまり、わたしが財源を確保するから、あなたは何でもやりたいことを行う。

でも、わたしはあまり有能な人間ではありませんでした。それでこのアイデアは諦めていたんです。でも、友人であるシャンタルが声をかけてくれて「アート・スペースを開きたい、でもあなたがいないとできない」と言ってくれたんです。わたしはもう是が非でも、といった感じだったのですが、こうしてわたしたちはアート・スペースを手に入れました。それで、主な目的はアートに関するものではなかったんですが・・・いや、わたしたちにとっては、それが「アート」でした。個人的には、社会的資源の再配分をやりたいと考えていたんです。

つまり要約してしまえば、もしわたしが父親を憎んでいるならば、わたしは父親のお金を使わない、ということです。もちろん、わたしは父親を憎んでいるわけではありません。あくまで比喩です。わたしたちは政府へ助成申請を一切しない、コントロールされてしまうからです。とても簡単なことですが、わたしたちは事務的な仕事を沢山することになります。なので、2年間という制限を設けました。つまりいろいろな人に話をして、十分な資金を集め、この2年間は好きにする。わたしたちは全員に給料を支払う、という方法を取りました。インターンはなし、アーティストにも制作費を支払い、すべてのコースにお金を払いました。出版もします、アート・プロジェクトも行います。そして、アート以外のプロジェクトも行います。なぜなら、わたしたちは政治的なアートはやらないからです。商品を使って何かをすることはありますが、アートの商品化も行いません。

そして2年後には閉鎖されたのですが、実は英語教育コースが残りました。それはアート・プロジェクトではありませんが、今も続いています。つまり英語教育コースは、もう力を入れる必要のない、リーダーシップをとるプロジェクトになったのです。

要はここで、世界でもっとも物価の高い都市である香港で、ケース・スタディを、例を作る必要があったのです。あえてプライベートなアート・スペースを作ろうとすれば?ーーそれは可能なのです。次に、タイムリミットが2年であれば?ーーすべて機能するのです。ここに事例があります。ここを参考例があります。できるのです。皆に気に入ってもらおうとは思っていません。わたしのことを嫌いかもしれません。でも、わたしたちは一緒に違うことをするのです。わたしたちは、一緒に違うことをするのです。


リー・キット(アーティスト)

1978年香港生まれ。台湾を拠点に活動。香港中文大学美術学部卒業。
主な展覧会に「Lovers on the beach」West Den Haag(デン・ハーグ、2021)、「Resonance of a sad smile」Art Sonje Center(ソウル、2019)、「僕らはもっと繊細だった。」原美術館(東京、2018)、「I didn’t know that I was dead」OCAT(深圳、2018)、「A small sound in your head」S.M.A.K(ゲント、2016)、「Hold your breath, dance slowly」ウォーカーアートセンター(ミネアポリス、2016)、「The voice behind me」資生堂ギャラリー(東京、2015)、「’You (you).’」第55回ヴェネチア・ビエンナーレ(香港代表として、2013)など。
2015年、シャンタル・ウォンと協働し、香港の深水埗に非営利アートスペース「Things That Can Happen」を設立した。

※ このトークは2021年11月9日にオンラインで開催された。