GAT 036 荒木 悠
再の差異、Reの話: Part 2
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映像インスタレーションを主な表現媒体とし、国内外で精力的に活動する荒木悠氏。彫刻や翻訳業を経て映像制作にたどり着き、16mmフィルムやデジタルビデオへと表現の幅を広げてきた。以下は、2022年11月21日に行われたトークの抜粋である。トークでは、これまでの活動を「再現」「再演」「再生」の視点から紐解き、英語の接頭辞「Re」を手掛かりに自身の制作を探る。
構成: 石井潤一郎(ICA京都)
学部時代の卒業制作作品をご紹介します。1分バージョンの短縮版ですが、もともとはループ形式で再生されていたため、《Horses in Motion》と名付けました。
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«Horses in Motion»
当然ながら、このタイトルはエドワード・マイブリッジの《The Horse in Motion》(1878年)を参照しています。この作品は、理論的には動画の発展につながるものとされています。ある意味で、これはわたし自身のバージョンと言えるものです。この作品は、複数の馬を認識するような場面と、一頭の馬が駆ける姿に見える場面との間で揺れ動く構造になっています。
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«The Horse in Motion» (1878) Earweard Muybridge
また、この循環というテーマは、2012年の作品《Almost Down》にもつながっています。この作品は2012年に制作したもので、(2011年)3月11日の東日本大震災に対する応答として作りました。
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«Almost Down» (2012) HDV transferred on 16mm film / Color / Silent / Looped
陸前高田を訪れた際、一羽のカラスがクルミを割ろうとして何度も失敗しているところを目撃しました。目の前で、同じ動作が何度も繰り返されていたのです。わたしはビデオカメラを持っていたので、その反復する動きをただひたすら記録し続けました。最終的にそのカラスは飛び去りましたが、なぜクルミを割れなかったのか、ずっと気になっていました。これはあくまでわたしの想像にすぎませんが、津波で車がすべて流され、周辺が閑散としていたことが原因のひとつかもしれません。
わたしは、この鳥がクルミを割ろうとする循環的な動きと、16ミリフィルムのルーパーを重ね合わせたいと思いました。また、当時わたしはこのフィルムルーパーを使っていました。このフィルムルーパーも円環構造のループシステムになっており、その反復する動きと共鳴するように感じました。
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«Almost Down» (2012) Installation view at Tokyo Wonder Site Hongo
もともとはデジタルで撮影したのですが、その後、16ミリフィルムカメラを使って再撮影しました。というのも、災害後、多くのデジタル機器はほぼすべて流されてしまいましたが、アナログのフィルムや写真は比較的回収できるものが多かったからです。
わたしはエルモという日本の会社の機材を使用しています。フィルムプロジェクターはまだ動いていますが、すでにメンテナンスサービスは終了しており、ランプの供給もこの作品の投影を続ける上で重要な課題になっています。
わたしは、映画的な意味での「キャスティング」、そして演劇的な観点でも「キャスティング」、さらには「鋳型(molder)」との関係にとても興味を持っています。
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東京にあるショールーム、ボルボ・スタジオ青山のために作品を作るよう招待されました。
ボルボはスウェーデン(Sweden)の会社なので、わたしは「Swede(スウィード)」することにしました。「スウィード」という言葉をご存知ですか? [*2] ミシェル・ゴンドリーが作った造語みたいなものです。わたしはデヴィッド・リンチの『ロスト・ハイウェイ』のショットを日本風に再現して、正確に撮ろうと1ショット1ショット撮っていきました。
[*2]「Swede」とは、低予算の手作り感のある方法で映画をリメイクするという映画用語。『Be Kind Rewind』(2008年、監督:ミシェル・ゴンドリー)で生まれた。
«Fig.» (2016) A set of 80 slides, 35mm film projector
写真は、わたしがどれだけ正確さを追求したかを比較するためのものですが、オリジナルと模倣やコピーを並べたときに生じる違いにはとても興味があります。
「キャスティング」という言葉は興味深く、例えば素材を鋳型に流し込むことを意味する一方で、映画やドラマで誰かを「キャスティング」する際には、ある人物を選び、その人物を、あるキャラクターを作るために形にはめこんだりするわけです。
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この展覧会は、日本とフランスの約150年にわたる芸術交流をテーマとしていました。この150年について考えていたときに、ある一枚の写真に出会いました。それは、アドルフ・ド・マイヤーによる セルフポートレートです。この写真が興味深いのは、非常に厳格な構図が取られている一方で、アドルフ自身が「正座」の姿勢を取ることができていない点です。そして、写真の印画紙には白いホコリのような粒が見えることに気づきました。
このプリントにある白い点を見ていると、どこか「星座」の形に似ているように感じました。そこからインスピレーションを得ました。
* 荒木はここで、自身の作品《HONEYMOON》(2020)を紹介した。
音楽は、『蝶々夫人(Madame Butterfly)』 を使用しました。
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これは1954年の映画のワンシーンです。わたしは文化の交流について考えていて、その象徴的なものの一つが国際結婚ではないかと思いました。
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«HONEYMOON»(2020)
これはわたしなりの『蝶々夫人』です。
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«HONEYMOON»(2020)Installation view at Pola Museum of Art, Kanagawa / Photo: Ken Kato
1954年版の『蝶々夫人』の映画パンフレットです。この映画は、日本とイタリアの合作映画であるという点で重要です。歴史的に、オペラ『蝶々夫人』が上演されるたびに、日本に対する誤ったイメージが描かれてきました。
この共同制作は、日本の撮影チームがイタリアのチネチッタに行ったのではないか、と言われるほど成功しました。彼らは日本の風景や着物などをできる限り正確に描こうとしました。
わたしの展示では、スクリーンが見えるように設置しましたが、同時にヴィンテージ・フライヤーにある白い点に注目していました。そして、そこに穴を開けることで、外の光が入り、その光が偽の星座を作り出すようにしました。
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タトゥーは、キャスティングをする際に重要な要素でした。なぜなら、それはある意味で、星座のようにもう一つの恣意的な表現だからです。夜空に浮かぶ星座のイメージも、それ自体が恣意的なものですよね。
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実はこの映画を作る際にインスピレーションを受けたものの一つに、アリアナ・グランデが関係しています。
2019年、アリアナ・グランデは «7 Rings» というシングルをリリースしました。彼女は日本文化が大好きで、手にタトゥーを入れることにしたのですが、実際には誤訳してしまいました。正確には「スペルミス」ではなく、直訳をしてしまったのです。その結果、「7 Rings」は「七輪(しちりん)」と訳されてしまいました。
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このタトゥーは、有名人の日本語タトゥー失敗例の中でも特に話題になり、ネット上で拡散されました。しかし、このエピソードには興味深い点があります。それは、彼女が「文化盗用(カルチュラル・アプロプリエーション)」だと批判されたことです。
彼女はスペルミスだけでなく、その行為自体が文化の盗用だと多くの批判を受けました。現代では「政治的正しさ(ポリティカル・コレクトネス)」が強く意識されており、その中で彼女の行為は「政治的に不適切」とされ、大きな反発を招いたのです。
しかし同時に、わたしは「七輪」という炭火コンロの名前が「Seven Rings」になっていることの奇妙さを、誰も疑問に思わなかったという事実にとても興味を持ちました。日本人ですらそのことを知らないんです。
だからこそ、「何が正しいのか」「何が伝統なのか」「何が適切なのか」という考えに強く惹かれました。それが、わたしが「正座」を扱いたいと思った理由の一つです。
結局のところ、わたしが興味を持っているのは「再生(reanimation)」という考え方なのだと思います。なぜなら、わたしは自分を「オリジナルなアーティスト」だと考えたことがないからです。
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わたしはいつも、すでに存在するもののコピーを作っているように感じます。そういう意味で、わたしが作るものは、何か既存のもののリメイクのようなものだと思っています。
しかし、わたしは過去のものを参照し、それらを再解釈し、現代の文脈で再提示することをしています。そういう意味では、わたしはある種の「復活(reviving)」や「再生(resurrecting)」を行っているのかもしれません。
不完全な存在であるわたしは、型にはめられたり、ラベルを貼られたりすることに抵抗を感じます。不完全なアーティストとして、完璧な模倣を目指すことをやめることにしました。そして不完全な映画作家として、固定された枠にはまらない「違い」に光を当て、それを投影し、称賛していきたいと思っています。
荒木 悠(あらき ゆう)
米国ワシントン大学で彫刻を、東京藝術大学では映像を学ぶ。日英の通訳業を挫折後、誤訳に着目した制作を始める。近年の主な展覧会に東京都写真美術館(2024年)、十和田市現代美術館(2023年)、C-LAB(2023年、台北)シドニーオペラハウス(2021年)、ポーラ美術館(2020年)、資生堂ギャラリー(2019年)、アートソンジェ・センター(ソウル、2019年)など。上映は、ロンドンICA(2021年)、マルセイユ国際映画祭(2021年)、ロッテルダム国際映画祭(2018年、2020年)など多数。2017年に光州のアジアカルチャーセンター、2018年にはアムステルダムのライクスアカデミーにゲスト・レジデントとして滞在。2019年はフューチャージェネレーション・アートプライズのファイナリストに選出される。恵比寿映像祭2023「コミッション・プロジェクト」では特別賞を受賞。
※ このトークは2022年11月28日に開催された。