「Fashion 3.0」とは何か
成実 弘至
2013.01.14
2012年10月に「Fashion 3.0」という小さな展覧会を開催した。
これは私が水野大二郎氏と担当している京都造形芸術大学ファッション4年生ゼミの企画である。この数年間私たちのゼミではファッションについて何か特定のテーマを設定し、リサーチ、研究、制作を通して、その成果を展覧会と冊子「ファッションクリティーク」にして発表してきた。たとえば、2011年は「スローダウン・ザ・ファッション」というタイトルで、ファッションとエコロジーを切り口に、京都市上京区のフリースペース「ソーシャル・キッチン」を会場に、作品展示、ワークショップ、トークショーをおこなった。
2012年は「社会の大きな転換期を迎えて、ファッションが新しい段階に入ろうとしている、どこに向かうのだろうか」「ファッション2.0について、考えてみよう」という問いを学生たちとともに考えていたところ、彼らがある日「先生、ファッションは3.0ですよ」と言い出した。いきなりのヴァージョンアップだが、どう3.0なのか聞くと、どうやら特権的な作者としてのデザイナーという役割は時代遅れだ、よりアノニマスな服づくりが今後の方向性ではないか、とのことらしい。
既成の商品を買うよりも、不特定多数の人々がネット上でフリーウエアを作るように、みんながファッションをDIY(Do it yourself)・DIWO(Do it with others)で自作していくほうが、より自由に、好きなものを作ることができる。それが3.0という想定だ(ちなみに、19世紀後半の富裕層に向けたオートクチュールが1.0、20世紀半ばの既製服、プレタポルテが2.0、ということになる)。このような発想の背景には、大量に生産され、大量に消費されているファストファッションへの疑問がある。現代の服には作り手や持ち手の愛情がこもっていない。だから簡単に生産され、安易に買われ捨てられてしまう。むしろ自分の手をかけて作れば、ファッションとの関係も変わるのかもしれないという希望が込められている。
フリーウエア、オープンソースとしての服づくりという発想が、これからデザイナーという専門職に進むのかもしれない若い学生から出てきたこと自体は面白いのだが、これは慶応大学でファブラボにかかわっている水野氏からの影響かな、とも思う。学生はときに教師の意向や欲望を暗黙のうちに読みとるものだ。
ファブラボとはMITのニール・ガーシェンフェルドが提唱する、コンピュータ上で設計図を引き、その情報をデジタルプリンタや工作機械に飛ばして、プロダクトを小ロットで自作するデジタル時代のDIY運動のことである。いかにもアメリカらしい自主制作文化の伝統を感じさせるが、クリス・アンダーソン著『メイカーズ』によれば、こうしたデジタル・ファブリケーションの波は全米で広がっているらしい。日本にもこれに倣うようにインディペンデントにプロダクトを生産・販売する若手企業家が登場しつつあることが昨年末メディアでも報道された。水野氏はファブラボを推進している慶応大学の田中浩也氏とともに活動している。
こうしたデジタルDIYは今後ファッションの分野に広がっていくのだろうか。大手アパレルを除けば、中小企業が比較的小ロットに生産しているファッション界で、服づくりをデジタル化すれば小さな工場や地場産業に悪影響をもたらすかもしれない。服飾は工芸やクラフトの魅力があり、職人の手仕事がリスペクトされてきた経緯もある。一方、手軽に服が作れるソフトや環境が開発されたとき、ヴォーカロイドの初音ミク現象のようにファッション自作ムーブメントが起きる可能性もないとはいえない。
学校の教育・訓練や系統的な知識をもたず、無勝手流にもの作りを楽しむ人のことをネットの世界では「野生のプロ」と呼ぶそうだ。レヴィ=ストロースの『野生の思考』のように、もともと目の前にあるものを組み合わせることが、デザインの始まりにある。服にしても、昭和の洋裁時代は自主裁縫するものだったし、今でもコスプレイヤーは衣裳を自作する。そう考えると、デジタルDIYの環境が整備されることで、野生のデザイナーが本格的に活躍できる時代がやってくるのかもしれない。
展覧会「ファッション3.0」では、京都造形芸術大学ソーシャルデザイン・インスティチュートのスペースを借りて、オープンソースやシェアの発想をファッションにどう応用できるか、ゼミの学生たちが作品を試作したものを展示した。デジタルDIYというより、普通のDIYの内容になったのだけれど・・・。
冊子「ファッションクリティーク」では、デザイナー神田恵介さん、アーティスト西尾美也さん、マザーハウス山口絵理子さんへのインタビュー、巷で活動する野生のデザイナーへの取材などを収録した。ゼミの卒業生で、美術やデザインの世界で活躍している有本ゆみこさんにおねがいした書き下ろしマンガも収録され、ヴァラエティのある内容に仕上がっている(こちらは少しだけ残部があるので、希望者は京都造形芸術大学成実あてに1000円分の切手を送って下さればお譲りします)。
デザインやメディアがこれからどこに向かうのか、このブログではそんな主題をめぐって考えていくつもりである。
これは私が水野大二郎氏と担当している京都造形芸術大学ファッション4年生ゼミの企画である。この数年間私たちのゼミではファッションについて何か特定のテーマを設定し、リサーチ、研究、制作を通して、その成果を展覧会と冊子「ファッションクリティーク」にして発表してきた。たとえば、2011年は「スローダウン・ザ・ファッション」というタイトルで、ファッションとエコロジーを切り口に、京都市上京区のフリースペース「ソーシャル・キッチン」を会場に、作品展示、ワークショップ、トークショーをおこなった。
2012年は「社会の大きな転換期を迎えて、ファッションが新しい段階に入ろうとしている、どこに向かうのだろうか」「ファッション2.0について、考えてみよう」という問いを学生たちとともに考えていたところ、彼らがある日「先生、ファッションは3.0ですよ」と言い出した。いきなりのヴァージョンアップだが、どう3.0なのか聞くと、どうやら特権的な作者としてのデザイナーという役割は時代遅れだ、よりアノニマスな服づくりが今後の方向性ではないか、とのことらしい。
既成の商品を買うよりも、不特定多数の人々がネット上でフリーウエアを作るように、みんながファッションをDIY(Do it yourself)・DIWO(Do it with others)で自作していくほうが、より自由に、好きなものを作ることができる。それが3.0という想定だ(ちなみに、19世紀後半の富裕層に向けたオートクチュールが1.0、20世紀半ばの既製服、プレタポルテが2.0、ということになる)。このような発想の背景には、大量に生産され、大量に消費されているファストファッションへの疑問がある。現代の服には作り手や持ち手の愛情がこもっていない。だから簡単に生産され、安易に買われ捨てられてしまう。むしろ自分の手をかけて作れば、ファッションとの関係も変わるのかもしれないという希望が込められている。
フリーウエア、オープンソースとしての服づくりという発想が、これからデザイナーという専門職に進むのかもしれない若い学生から出てきたこと自体は面白いのだが、これは慶応大学でファブラボにかかわっている水野氏からの影響かな、とも思う。学生はときに教師の意向や欲望を暗黙のうちに読みとるものだ。
ファブラボとはMITのニール・ガーシェンフェルドが提唱する、コンピュータ上で設計図を引き、その情報をデジタルプリンタや工作機械に飛ばして、プロダクトを小ロットで自作するデジタル時代のDIY運動のことである。いかにもアメリカらしい自主制作文化の伝統を感じさせるが、クリス・アンダーソン著『メイカーズ』によれば、こうしたデジタル・ファブリケーションの波は全米で広がっているらしい。日本にもこれに倣うようにインディペンデントにプロダクトを生産・販売する若手企業家が登場しつつあることが昨年末メディアでも報道された。水野氏はファブラボを推進している慶応大学の田中浩也氏とともに活動している。
こうしたデジタルDIYは今後ファッションの分野に広がっていくのだろうか。大手アパレルを除けば、中小企業が比較的小ロットに生産しているファッション界で、服づくりをデジタル化すれば小さな工場や地場産業に悪影響をもたらすかもしれない。服飾は工芸やクラフトの魅力があり、職人の手仕事がリスペクトされてきた経緯もある。一方、手軽に服が作れるソフトや環境が開発されたとき、ヴォーカロイドの初音ミク現象のようにファッション自作ムーブメントが起きる可能性もないとはいえない。
学校の教育・訓練や系統的な知識をもたず、無勝手流にもの作りを楽しむ人のことをネットの世界では「野生のプロ」と呼ぶそうだ。レヴィ=ストロースの『野生の思考』のように、もともと目の前にあるものを組み合わせることが、デザインの始まりにある。服にしても、昭和の洋裁時代は自主裁縫するものだったし、今でもコスプレイヤーは衣裳を自作する。そう考えると、デジタルDIYの環境が整備されることで、野生のデザイナーが本格的に活躍できる時代がやってくるのかもしれない。
展覧会「ファッション3.0」では、京都造形芸術大学ソーシャルデザイン・インスティチュートのスペースを借りて、オープンソースやシェアの発想をファッションにどう応用できるか、ゼミの学生たちが作品を試作したものを展示した。デジタルDIYというより、普通のDIYの内容になったのだけれど・・・。
冊子「ファッションクリティーク」では、デザイナー神田恵介さん、アーティスト西尾美也さん、マザーハウス山口絵理子さんへのインタビュー、巷で活動する野生のデザイナーへの取材などを収録した。ゼミの卒業生で、美術やデザインの世界で活躍している有本ゆみこさんにおねがいした書き下ろしマンガも収録され、ヴァラエティのある内容に仕上がっている(こちらは少しだけ残部があるので、希望者は京都造形芸術大学成実あてに1000円分の切手を送って下さればお譲りします)。
デザインやメディアがこれからどこに向かうのか、このブログではそんな主題をめぐって考えていくつもりである。