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高嶺格の「歓迎されざる者」
小崎 哲哉

2018.01.16
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ロームシアター京都のノースホールは約300平米。200人ほどが座れる仮設客席を設置可能と書けば、どのくらいの広さかイメージできるだろうか。長方形の長いほうの1辺に、ダンスの練習などの際に用いるレッスンミラーが張られている。この空間を、高嶺格は無限に続く海に見立ててみせた。それも、限りなくミニマルな装置によって。

ブラックボックスの真ん中に白く塗られた椅子が置かれている。椅子を囲むように、これも白く塗られたボトルの形のオブジェが5つ、それぞれを頂点としてつなぐと細長い五角形になるように天井から吊り下げられている。ワイヤーが上下し、それに伴ってボトルも上下する。すると、暗いフロアに幻の波が現れる。と同時に、幻の船も現れる。

やはり白い衣裳の女性パフォーマーが、椅子に座って本を広げる。読まれるのは与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」をはじめ、金子光晴、草野心平、石垣りんらの詩だ。過度にドラマチックにならず淡々と読まれる詩は、だからこそ聴く者の胸に染み入る。

ホールの上部には回廊があって、そこに上がろうとすると、両側から人の高さで打たれた照明が目に刺さってくる。まるでサーチライトのよう。人を威嚇するように強く、眩しい光は、剣呑な色を帯びている。「歓迎されざる者」というタイトルが自ずと思い出される。

そこから先はネタバレになるので書かないでおこう。ただ、うっかりして回廊に上がることを忘れないように。新たな驚きが待っている。

数年前から秋田公立美術大学で教鞭を執る作家は、昨年、ある体験をする。ノースホールのロビーに掲出されたステートメントによれば、以下のような具合だ。

「職場の目と鼻の先に木造船が漂着したことは新聞で知った。二艘の船から白骨化した死体が四体発見されたという。(中略)傍に、ハングルの書かれた将棋の駒が落ちている。その瞬間、舟上でしばらくの間営まれた生活と、その終わりについて思いが巡る(後略)」

ここで主題化されているのは、しかし北朝鮮問題だけではない。「船」というモチーフは、2015年のヴェネツィア・ビエンナーレ、2017年の同展、ドクメンタ、ミュンスター彫刻プロジェクトでも多々見られた。日本海では北朝鮮の人々が死んでいる。地中海では中東の難民が溺れている。IOM(国際移住機関)によれば、2016年には4,581人が、2017年には2,832人が、地中海で亡くなったという。

抵抗と非戦の放浪詩人として知られる金子光晴は、海や舟に材を取った叙情詩をいくつも書いている。例えば「葦」という詩。

 (前略)まみづと
 しほみづのなかで
 ゆられる葦は
 ねたり起きたりしながら

 ふなべりをこすり
 舟のあふりで
 うちひろがる波紋が、
 なかば、水につかって

 ねむつてゐる
 千本、万本の葦を
 つぎつぎに
 ざわめかせる。

 あゝ、ことしほど
 秋の水が
 こゝろと目にしみた
 ことはなかった。(後略)

あるいは「くらげの唄」。

 ゆられ、ゆられ
 もまれもまれて
 そのうちに、僕は
 こんなに透きとほつてきた。

 だが、ゆられるのは、らくなことではないよ。

 (中略)

 僕? 僕とはね、
 からつぽのことなのさ。
 からつぽが波にゆられ、
 また、波にゆりかへされ。

 (中略)

 いやいや、こんなにからつぽになるまで
 ゆられ、ゆられ
 もまれもまれた苦しさの
 疲れの影にすぎないのだ!

高嶺格


「歓迎されざる者」は、同じ高嶺の『ジャパン・シンドローム』シリーズなどに通底し、共鳴し合う素晴らしい作品である。その一方で、芸術が時事問題を取り上げなければならない時代とは、本当に不幸な時代だと思う。

(※当初の原稿はネタバレが過ぎると思い、改稿しました。2018/1/17)

※「歓迎されざる者」は、文化庁メディア芸術祭京都展『Ghost』の演目として、ロームシアター京都ノースホールにおいて下記の日程で上演される。

1月14日(日)17時~19時 ※展覧会開催時間は10時~19時
1月15日(月)~24日(水) 10時~19時
1月25日(木)10時~17時 ※展覧会開催時間は10時~19時
http://mediaarts-kyoto.com/news/20180104takamine/