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『ヴァイオレット・エヴァーガーデン外伝 -永遠と自動手記人形-』
文:北野貴裕

2019.09.25
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北野貴裕

知らない感情がある。知りたい感情がある。青い瞳で世界を見つめ、銀色の義手でことばを紡ぐ。――手紙なら、届けられると思うのです、普段言えない心の内も。だから彼女は想いを綴る、愛を知るために。

2018年に放送/世界同時配信されたTVシリーズ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』。主人公のヴァイオレットはドール(自動手記人形)として、依頼主の思いを代筆し手紙に閉じ込める。かつては戦場で武器として扱われ、何人もの命を奪ったその手が掴もうとしているのは、彼女を人として扱った亡き少佐のことばだ。TVシリーズでは彼からの最期のことば「愛してる」の意味を知るために、代筆を通して成長してきた。本作はその続編にあたり、次回作の『劇場版』へと繋がる物語。

大貴族ヨーク家の娘イザベラのもとに、教育係としてやって来たヴァイオレット。男子禁制の女学校を「牢獄」と形容するイザベラは、「どこにでも行ける」人であるヴァイオレットを快く思わない。3ヶ月という限定的な交流の中で、次第に心を開いてゆく彼女の変化が、物語前半では丁寧に描かれる。

ⓒ暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会


後半の舞台は、ヴァイオレットが勤めるC.H郵便社のあるライデン国。ガルタリク帝国との戦争が終わり、四年目を迎えた町は都市計画によって変わりつつある。ガス灯は電気に変わり、新興住宅にはエレベーターが設置され、町には巨大な電波塔が建設中である。

技術が進化を遂げていく中、TVシリーズに登場した同僚のドールたちにもまた変化が見られる。髪が伸び、すこし垢抜けた印象になった彼女たちに、たしかな時間の流れを感じる。そこへ訪ねてくる少女テイラーは、現在は孤児院で暮らす、イザベラの血の繋がらない妹だ。正妻の娘ではないイザベラがその日暮らしの生活をしていたころ、捨て子だった彼女を妹として引き取った。ヴァイオレットが代筆したイザベラの思いを、郵便配達人のベネディクトから受け取ったテイラーは、彼に憧れ、郵便配達人になりたいと孤児院を抜け出してきたのだった。ホッジンズ元中佐(社長)は施設に戻るまでの見習いとして彼女を迎える。イザベラとヴァイオレットの交流が描かれた前半に対し、後半ではテイラーとベネディクトの交流が描かれる。

ⓒ暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会


本作で監督を務めるのは、TVシリーズでシリーズ演出を担当した新鋭・藤田春香。『外伝』が初の監督作である。来年の『劇場版』も延期が発表され、次の作品がいつ見られるかもわからない状況ではあるが、彼女は間違いなく今後の京アニを背負っていく監督になるだろう。そこで今回は、藤田春香の過去の絵コンテ/演出担当作品をもとに、彼女がどういった作り手であるかを考えてみたいと思う。絵コンテ/演出に単独でクレジットされている中から、ここで取り上げるのは以下の5作品。

『中二病でも恋がしたい!戀』(2014)第11話
『甘城ブリリアントパーク』(2014)第8話
『響け!ユーフォニアム』(2015)第8話
『響け!ユーフォニアム2』(2016)第7話
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』(2018)第2話

まず、初期にあたるのが『中二病でも恋がしたい!戀(以下、中二恋)』と『甘城ブリリアントパーク(以下、甘ブリ)』のふたつだ。共通する特徴としては、カット割りの細かさが挙げられる。コンテワークのテンポのよさが、コメディ要素の強い作風とマッチしている。とにかく間を詰めているような印象で、人物がセリフを言い切ってすぐカットが替わり、その次のセリフ、あるいはリアクションが間髪入れず展開する。長ゼリフの場合にも風景や手元、足元のインサートが入るのも特徴的だ。おそらく各話と比較しても全体のカット数は格段に多いだろう。パンフォーカスや手持ちカメラのユレなど、随所に見られるカメラを意識した画作りは、京アニ作品全体に共通する演出である。例えば『中二恋』にて回想パートに入る際、フォーカスインを用い、ピンボケした画から徐々に鮮明になってゆく繋ぎ方をすることで、過去への導入が自然でわかりやすく表現されていた。また『甘ブリ』ではドリーズームやスプリットスクリーンなどの画作りも見られ、さまざまな趣向が凝らされていた。

このころにおける細かいカット割りは『外伝』では控えられている。むしろ1カットを長めに取り、間を意識したコンテワークになっている。『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』はラノベ原作であるが、特有のモノローグが極端に少なく、中でも主人公のヴァイオレットはモノローグを行なわない。セリフによる心情描写がない中、それを補う細かい技が目を引く。光がゆれる瞳や、手足の動き、特に少佐の形見である胸元のブローチにふれる描写がわかりやすい。ヴァイオレットに対するイザベラの心の変化も、カメラはあらゆる角度から逃さず切り取る。心の内に切り込むような超クロースアップも印象的だ。細やかな表情の変化や動作によって、人物の心情を想像させる演出が丁寧である。

 
中期にあたる『響け!ユーフォニアム(以下、ユーフォ)』第8話での演出は、彼女の作歴にとって大きなポイントであるように思う。コンクールメンバーのオーディションを控えた時期という、メインストーリーの進展はない回だが、人物間の関係性に大きな動きが見られる重要な回だ。前半では数日後に迫るお祭りに浮き足立つ吹奏楽部員たちがコミカルに描かれ、それに合わせてデフォルメされた人物作画がかわいらしい。細かいカット割りも顕在である。お祭り当日を描く後半になると、夏の夜の青白いルックがムードを醸す。久美子と麗奈の関係性が急激に縮まる大吉山でのシーケンスはとにかく美しい。ここでのふたりには、麓に広がる夜景の光を受けているかのような、リアリティを超えたライティングが施されている。カメラは麗奈の言動、一挙手一投足、それに吸い寄せられる久美子の表情をクロースアップで捉える。引き画に切り替わると、手持ちカメラのような若干のユレが見られる。ふたりだけの特別な時間をこっそり覗き見るような感覚をもたらす。

この回で見られた過剰な光の演出は、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』第1話(演出として共同でクレジット)の冒頭シーケンスでも見られる。ヴァイオレットが、のちに少佐の形見となるブローチを露店で見つけた際、陳列棚に照明が仕込まれているかのような下からの光が強く当てられている。藤田春香はこのような光の扱い方が巧い。『外伝』でも、イザベラがヴァイオレットに腕を引かれ、木漏れ日の中を学校へ向かうシーンが胸に残る。頭上から射す優しい光が、彼女にとってヴァイオレットがどういう存在であるかを教えてくれる好演出だ。また大部分が影に沈んでいた自室に、ふたりの距離が縮まるほど光が入るようになる細やかさもいい。

ⓒ暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会


『ユーフォ』8話や『ユーフォ2』第7話では、カメラを効果的に用いる場面もよく見られた。中でも特徴的なのは、『ユーフォ2』での不安定なピン送りだ。副部長のあすかが母親に連れられ、退部について顧問と話している序盤のシーケンス。退部を嫌がるあすかに母親が手を上げた際、カメラは久美子と顧問の滝をそれぞれピンショットで捉える。この2カットには、ピントが合った状態から一度はずれ、再びピントを合わせるというフォーカスの操作が施されている。それにより、ふたりの表情のみからではなく、ピントの不安定さからも衝撃を表現できているのはおもしろい。その後の、怒りにふるえ身振り手振りが大きくなる母親のカットでも、カメラは彼女の動作に合わせ上下左右にゆれる。シリアスな展開が続く回ということもあり、このころから細かいカット割りは控えめになる。また京アニ特有のカメラを意識させる画作りが、効果的に使われるようになったのもこの時期の特徴だ。

初期から行なわれてきたインサートカットの使用も、ここでひとつの到達点を迎える。電車内で久美子と麗奈があすかについて話している際、「進路」ということばでは「塾の広告」を、「自分で決める」ということばでは車窓越しの「線路」をカメラが捉えるのは、メタファーとして巧い表現だ。『外伝』においても「姉妹」を表す「2羽の鳥」や、窓の向こうに見える「ふたつの星」などといったかたちで採用されている。

 
そしてシリーズ演出を務めた『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』。中でも絵コンテ/演出を担当した第2話は『外伝』の画作りに最も近い。

ここで印象に残るのは時間経過の描写だ。TVシリーズでは、「武器」として扱われていたヴァイオレットがドールの仕事を経てさまざまな愛を知り「人間」を取り戻していく、という成長と変化が描かれた。それを意識してか、第2話では時計のインサートが象徴的に反復される。日をまたぐ場面も、夜から朝へのディゾルブやタイムラプスで表現されていた。それは『外伝』においても度々使用され、時の流れを大切に切り取る意識があるように思える。場面転換においても、同じ構図やサイズ感でふたつのカットを切り替える同ポジ繋ぎが共通して見られた。こういった繋ぎ方のバリエーションは担当回を重ねる中で次第に見られるようになってきた。

また第2話のコンテワークは、視聴者の目線を誘導するはたらきをしているように思えた。序盤での、ドールとして働くことになったヴァイオレットを、ホッジンズが他のドールに紹介するシーン。カメラは、他のドールたちに目を向けるホッジンズ→視線の先のドール3人→先輩ドールであるエリカのワンショット、と順に捉える。視線を送る描写があってからその先にいる人物を捉え、その中からひとりの人物に寄ることで、この回でのサブヒロインがエリカであることを印象づけている。その後も、人物が部屋に入ってくるシーンではカメラが事前にドアを映していたり、同僚ドールのアイリスが慣れないヒールに躓くシーンではカメラが事前に足元を映していたりと、次のアクションに対しカメラが先回りしていることが多い。視聴者にとってはわかりやすい、親切かつ優秀なコンテワークになっている。

コンテワークがまとまっている一方で、画面のレイアウトはなかなか攻めている。ヴァイオレットが町中で、ギルベルト少佐と思しき人物を見つけ追いかけるシーケンス。結局は人違いだったのだが、カメラはそのとき、橋の上で立ち尽くす彼女を真上からの俯瞰ショットで捉える。この特徴的なレイアウトはそのまま『外伝』へと受け継がれていた。前半でのクライマックスにあたる、イザベラとヴァイオレットがワルツを踊るシーン。真上からの俯瞰ショットで、弧を描くように広がるドレスの裾がなんとも美しい。このカットは予告編のタイトルバックにも使われている。

本作は劇場公開にあたり画角がTVシリーズの16:9から2.31:1に変更されている。横長になった画面に、背景の美術が美しい。パンフレットのインタビューで監督自身も「一枚絵としての美しさを意識した」と言及しているが、荘厳な女学校の美術をバックに、引き画で人物を小さく配置するレイアウトにはたしかに、そういった美しさがあった。

ⓒ暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会


こうしてふり返ると、細かいカット割りを得意としていた初期に比べ、最近では間を意識した、洗練されたコンテワークになっているようだ。テクニックやバリエーションの変化も見られるが、特に感じるのは人物や視聴者に「寄り添う」という意識である。本作では人物のバックショットが多用される。思いを馳せる姿を見守り、そっと背中を押すようなその構図が優しい。感情表現に乏しいヴァイオレットのよき理解者として、近い位置から、けれども近づきすぎないよう、カメラを向けているように思える。ヴァイオレットが青い瞳で世界を見つめるように、彼女もまたヴァイオレットを見つめている。そんな作家性を感じる本作では、彼女のこれまで積み重ねがひとつの到達点を迎えたように思える。

 
「愛する人へ送る、最後の手紙」。これは来年公開を予定していた『劇場版』のキャッチコピーである。おそらく、次回作をもって完結するのだろう。では、TVシリーズとの中間点にあたる『外伝』は『劇場版』にどういうバトンを渡したのだろう。
後半の中盤において「ドールとしての花道」について話すシーンがある。ヴァイオレットの友人が、結婚してもドールを続けるらしいという知らせを受けてのものだ。アイリスは「世界一のドールになる」ことだと言い、エリカは「小説家になる」ことだと言う。しかしヴァイオレットの答えは、そこでは保留されたままだった。「愛してる」の意味を知るためにドールになった彼女が、ドールとして迎える花道。それこそが『劇場版』へと渡したバトンなのかもしれない。

ⓒ暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会


本作は「姉妹」の物語であり、離ればなれになったふたりをヴァイオレットが繋ぐというものだ。作中では彼女が「三つ編み」を結う描写が反復される。その姿を見て真似しようとするテイラーに、彼女は「ふたつだとほどけてしまいます/3つを交差して編むとほどけない」と言う。この物語で編まれる「3つ」とは、イザベラ、テイラー、そしてヴァイオレットだ。ふたりではほどけてしまった姉妹を、ヴァイオレットが手紙を通じて編み上げる。それはもうほどけることはない。

そしてこの「3つ」とは、私たちと、作品と、京都アニメーションとも言える。なにかひとつでも欠ければほどけてしまうから、すべてが必要だ。7月に起きた事件は、スタッフ、ファン、そして普段はアニメを見ないような人にまで絶望を与えた。けれども、決してほどけることはないだろう。少なくともこの作品を通して、私たちはたしかに繋がった。それはもうほどけることはない。
「永遠」を教えてくれたこの作品に、そして京都アニメーションの方々に、私は「愛してる」と言いたい。

(2019年9月25日公開)

 
きたの・たかひろ
1994年 神戸市生まれ 神戸市在住。京都造形芸術大学 文芸表現学科 クリエイティブ・ライティングコース卒業。現在、映像編集アルバイト。
 


〈映画情報〉
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン外伝 -永遠と自動手記人形-』

原作:「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」暁佳奈(KAエスマ文庫/京都アニメーション)
監督:藤田春香
監修:石立太一
シリーズ構成:吉田玲子
脚本:鈴木貴昭 / 浦畑達彦
キャラクターデザイン・総作画監督:高瀬亜貴子
世界観設定:鈴木貴昭
美術監督:渡邊美希子
3D美術:鵜ノ口穣二
色彩設計:米田侑加
小物設定:高橋博行
撮影監督:船本孝平  
3D監督:山本倫  
音響監督:鶴岡陽太
音楽:Evan Call
アニメーション制作:京都アニメーション
主題歌:「エイミー」茅原実里
製作:ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会
配給:松竹

公式サイト