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文化時評23:平敷兼七展「山羊の肺」@The Third Gallery Aya
空の深さ(後編)
文:清水 穣

2024.04.15
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©︎HESHIKI Kenshichi「山羊の肺」(以下すべて)
さて、『山羊の肺』である。

まずタイトルであるが、山羊の歌(=悲劇1)の山羊ではなく食用の山羊において、ただひとつ食べられない臓器が肺だという2。ヤギは家畜として、羊や牛や豚の下に来る食材であろう。最下位の家畜が、屠殺されてなお残すもの……写真家は「山羊」と「肺」に何を託しているのだろうか。どれほど負けて堕ちようとも残るものに、写真家が、決して消えず消されない火3を、存在の核のようなものを、見ていることは確かだと思われる。アメリカの家畜(『家畜人ヤプー』)となった日本で、敗戦後も消化されることなく残ったのが沖縄なのであろうか。あるいは、その家畜(日本)の中で最下位の山羊=沖縄は、上陸戦で無数の死者を出しながらも、肺となって残っている(ガマの人骨のように)ということだろうか。

次に、平敷作品をコンポラ写真に入れるとしても、その意味は、本家コンポラ(1966年のContemporary Photographers展に参加したアメリカ人作家)と異なるのはもちろん、本土コンポラ(牛腸茂雄、関口正男、稲越功一、下津隆之、田村彰英、新倉孝雄、等々)とも大きく違っている。一般に、コンポラ写真の特徴は、そのメタ写真性にある。それは、まずは写真というメディウムの様々な側面 ―技術的、概念的、美学的側面― についての写真であることだが、本土コンポラ写真においては、上記「国体」に条件付けられたリアリズム写真に対する批評的距離としても現れる。本土コンポラには顕著なアメリカ志向が見られるが 、その大きな理由は、「基地」が日本写真の特権的な主題であったことだ。彼らは、先行世代、たとえばVIVO世代の写真表現によって過負荷となった象徴的被写体(沖縄、基地、星条旗、日の丸、黒人兵、チューインガム、コカコーラ等々)に対して距離を取り、「私」の「いま・ここにある日常」を醒めた目で、すなわち作者の関心の中心をぼかした形で映し出すのであり、すでに同時代においてそう評価され、あるいは批判された5。さらに、そこで撮影された基地の日常風景は、当時の日本人が憧れた豊かな生活の実例でもあった。本土コンポラ写真は、米軍基地を「憧れの日常」の相のもとに表すことによって、先行世代の感情的な負荷を無化するとともに、その負荷の発生源であった「国体」に対する齟齬を日常として消化するのだ。隠された「ありのまま」を暴露するのではなく、清濁合わせ飲んだ「ありのまま」の風景 ―土門拳が木村伊兵衛を批判して述べた「自然主義写真」― は、作者の意図を感じさせないがゆえに多義性をもち、見る者を判断保留のうちに保存するのである。

本連載で濱谷浩について論じたとき6に言及したが、70年代以降の本土写真にはもう1つ「最後のモダニスト」(または「無人風景タイプ」)タイプがある(柳沢信、渡辺兼人、杉本博司等々)。「本土コンポラ」と「最後のモダニスト」は、最初のポストモダン写真と、最後のモダン写真という意味では対立しているが、こと日本という環境に照らせば、どちらも敗戦というトラウマの抑圧の完成を示している。後者は、存在しない「ありのまま」を、そのまま空虚として表現した。前者は、「国体」に対する齟齬を、清濁、すなわち肯定も否定も飲み込んだ二重の「ありのまま」として是認したのである7

「沖縄に基地があるのではなく基地の中に沖縄がある」、東松照明の写真集『OKINAWA沖縄OKINAWA』(写研、1969年)の表紙に読まれる有名な言葉である8。平敷兼七は、それに反論する:

 私は沖縄の中に基地があると思いたい。人が住んでいる約四十七の島でなりたっている沖縄を「復帰」前後の時期から撮影したのがこれらの写真である。この写真集を通して、沖縄の歴史とは、沖縄とは、沖縄人とは何かを感じてもらえればと思っている9

本土コンポラと平敷流コンポラの相違は、後者にメタ写真性がほぼ見られないことのほかに、米軍基地という被写体もほとんど現れないことである10。その代わりに、戦死者共同墓地やガマへの、日本政府による無神経な破壊行為が写し出される。「国体」日本政府の無神経が「敗戦の否認」に由来することは明らかだろう、共同墓地やガマこそは敗戦の生々しい傷跡なのだから。さらに平敷のカメラは、琉球諸島の「渚の人々」「「職業婦人」たち」を捉える。2007年にこの写真集が与えた衝撃は、一つにはこれらの人々が、(東松照明の『<11時02分> NAGASAKI』のように)敗戦後20年以上を経てなお、絶句するほど貧しい生活を送っていることだったろうが、しかしそれを超えて、そこに抑圧が一切ないことではなかったか。これは貧しくとも微笑みを忘れない人々の尊厳といったヒューマニズムの話ではない。そこには坂口安吾の『堕落論』を地で行く世界が広がっていた。本土に捨てられ、米軍支配下に堕ちきった沖縄は、一切の夢を失ったがゆえに、「国体」が強制する「ありのまま」の夢から自由であったし、何よりも沖縄以外のものではあり得なかった11

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(注)
1 英語「tragedy」、ドイツ語「Tragödie」、フランス語「tragédie」など「悲劇」の語源はギリシャ語の「トラゴーイディア」(τραγῳδία)。「山羊」を意味する「トラゴス」(τράγος)と、「歌」を意味する「オーイデー」(ᾠδή)の合成語である。

2 ギャラリストから平敷の言として聞いた説。他方で、実際には沖縄を含め、肺を食べる文化は存在するし、「山羊は肉、骨、内臓すべて一緒に汁炊きし余すところなくすべてを食い尽くす、これが山羊汁である」(平成12年度めん羊山羊生産物利用促進事業山羊生産物利用実態調査報告書)。山羊汁のレシピの真偽 ―そもそも、本物の山羊汁なるものがあるのかどうか― はわからないが、写真集のタイトルが「山羊の肺」である以上、肺は他の内臓と区別される存在、つまり「残り続けるもの」の象徴と見なされていたことは確かだろう。

3 『山羊の肺』39頁は、屠殺場へ向かう雄山羊が発情している写真である。「売られていく 殺されにゆく 陰火可動」と題されている。

4 清水穣「プロヴォークとコンポラ 「日本写真の1968」展」『デジタル写真論 イメージの本性』(東京大学出版会、2020年)所収、70頁。なお「コンポラ写真とアメリカ」については、冨山由紀子『コンポラ写真:日本写真史における「日常」、1970年前後を中心に』(博士論文、東京大学学術機関ディポジトリPDF)で詳細に論じられている(第2章)。

5 コンポラ写真の「日々」すなわち”jour”nalisticな性質や「日常性」の最も強力な擁護者として、戸坂潤を挙げることができる。すでに1934年に戸坂はシュールリアリズムの「ありのままの現実」を批判して、日々の日常にこそ本当のアクチュアルな現実を見るべきで、その意味で、批評はジャーナリスティックであるべきだと述べている。戸坂潤「日常性について」、『戸坂潤セレクション』(林淑美編、平凡社ライブラリー863、2018年)222頁。なお冨山前掲論文、237頁注58も参照。

6 『文化時評』11「風景ではなく(後編)」

7 否定的要素に意識的で醒めた態度は、抑圧と矛盾しない。抑圧とは、否定を否定として肯定し、オーウェル/ジジェクの言う「二重思考」の外へ出る可能性を遮断することである。「アメリカと天皇家による国体なんて、もちろんろくでもないさ。でも他に日本が選択できる国体があるのかい?」

8 このタイトルは、戦前のOKINAWA、占領下の沖縄、返還後のOKINAWAと読み解けるだろう。つまり、日本とは異なる文化圏にあって異なる歴史をもった東アジアの一地域OKINAWA、米軍支配下の沖縄、敗戦後、日本の「国体」に吸収されて急速にアメリカナイズされるOKINAWA、と。

9 平敷兼七写真集『山羊の肺 沖縄一九六八―二〇〇五』(復刻版、2018年)2頁。

10 『山羊の肺』27頁「デモ行進のための見張り(嘉手納基地一九七〇)」;41頁「B29が今日もいる(嘉手納一九七〇)」;52頁「嘉手納カーニバルで(嘉手納基地一九七〇)」のみ。基地写真がほとんど出現しないことが、平敷写真のメタ写真性かもしれない。

11 本土で『山羊の肺』に比べられる写真集としては、渡辺克巳『新宿群盗伝66/73』(薔薇画報社、1973年)を挙げられるだろう。闇市の姿を留める新宿の底辺に吹き溜まった、「堕ち切った」人々の内側からの肖像は、たとえば倉田精二の『FLASH UP』と好対照をなしている。

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しみず・みのる
批評家。同志社大学教授

平敷兼七展「山羊の肺」は、The Third Gallery Ayaで、2024年2月24日まで開催された。