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『腹話術師たち、口角泡を飛ばす』上演を機に―ジゼル・ヴィエンヌの世界
レクチャー:橋本裕介

2017.05.06
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レクチャー:橋本裕介
     (KYOTO EXPERIMENT/ロームシアター京都 プログラムディレクター)

5/11・12の『腹話術師たち、口角泡を飛ばす』春秋座公演に先立ち、構成・演出を担当するジゼル・ヴィエンヌの演出作品を映像で紹介するイベントが開催された。ヴィエンヌ作品の特徴は、その多くに彼女自身の手になる精巧な人形が登場すること。そして、様々な表現者とのコラボレーションが行われていること。これまでどのようなアーティストとコラボレーションして来たかを軸に、作品のモチーフを解説したレクチャーの抄録をお届けする。

ジゼル・ヴィエンヌ Gisèle Vienne 1976生まれ。哲学科を卒業後、フランス国立高等人形劇芸術学院で学ぶ。振付家、演出家として活躍。2004年以降作家デニス・クーパーとのコラボレーションにより数多くの作品を生み出し、日本では『こうしておまえは消え去る』春秋座公演(KYOTO EXPERIMENT 2010京都国際舞台芸術祭公式プログラム)のほか、『Jerk』『マネキンに恋して―ショールーム・ダミーズ―』を上演。腹話術師やダンサー、さらにはアイススケート選手との共同製作も行う。05年以降は自身による写真やインスタレーションも発表。07年にはヴィラ九条山の招聘芸術家として5ヶ月間京都に滞在。
 
 
『Showroomdummies』(2009)
 邦題:『マネキンに恋して―ショールーム・ダミーズ―』

Etienne Bideau-Rey & Gisèle Vienne, Showroomdummies, Photo: F. Nauczyciel


2001年初演。2009年に再創作。さらに2013年に第3バージョンが発表された。この第3バージョンは、ナンシーの国立振付センターのバレエ団「Ballet de Lorraine」のために作られたもので、日本ではSPAC-静岡県舞台芸術センターで上演されている。

上映された映像は2009年バージョンのもの。舞台上には等身大のリアルな人形が並び、一見すると誰が人形で人間なのかわからない状態。実際の生身の人間のパフォーマーは、歌手のツジコノリコ含め、実は6人しかいない。パフォーマーは人形のような身振りをし、逆に人形は自然な姿勢をしていて、生物とそうでないものの境界線を曖昧にしている。またパフォーマーによるエロティックな身振りや視線の交差、あるいはそれに反発するようなやり取りがあり、舞台上の空気にカオスを生み出している。

この作品には具体的なモチーフがある。“マゾヒズム”の語源となった作家のマゾッホによる『毛皮を着たヴィーナス』という小説である。主人公ゼヴェリーンが人妻ワンダに恋をし、自分の「主人」になってくれるよう懇願し契約を結ぶ。その気のなかったワンダだが、ゼヴェリーンによる「教育」によって、サディスティックな人間に変貌し、やがて主従関係が生まれてくる。そうした倒錯した関係性も作品のモチーフになっている。

Mise en scène, chorégraphie et scénographie Etienne Bideau-Rey et Gisèle Vienne
Musique originale et interprétation live Peter Rehberg à l’exception de la chanson créée et interprétée par Tujiko Noriko sur une musique revisitée par KTL (Stephen O’Malley et Peter Rehberg)
Lumière Patrick Riou
Stylisme et conception des costumes José Enrique Ona Selfa
Maquillage Rebecca Flores
Distribution re- création 2009 – interprétée et créé en collaboration avec, Jonathan Capdevielle, Gaël Depauw, Guillaume Marie, Anne Mousselet, Anja Röttgerkamp & Tujiko Noriko

 
 
『I Apologize』(2004)

Gisèle Vienne, I Apologize, Photo: Mathilde Darel


アメリカ人作家デニス・クーパーとの最初のコラボレーション作品、デニスによるテキストが彼自身によって読み上げられるシーンもある。上映映像はアヴィニョン演劇祭での模様。

『Showroomdummies』は、生身の人間なのか人形なのかその境界をあえて明らかにしていないが、本作では、舞台上の人形はあくまでも人形として存在するのが出発点。過去にすでに起こった出来事/事件を再現するために、人形が用いられている。自然と人工物、生身の人間とそうでないものの関係や境界を問う点においては前作と共通で、さらにそのことを発展させ、舞台上における「再現」にフォーカスを当てている。演劇の構造を作品の中に取り込んでいるとも言える。

ヴィエンヌが実際に語ったこの作品のキーワードは「バロック」と「ロック」。出演者の内、スキンヘッドの男性と女性が、ある意味でそれらを体現しており、主人公(ジゼルの全作品に出演しているジョナタン・カプドゥヴィエル)の妄想が生み出した人物として主人公に取り憑き、内面をかき乱していく。そしておそらく、主人公が過去陵辱、殺害したであろう少女たちが、人形によって表現されている。演劇の構造を用いることで、頭の中で起こる想像が、再現の過程で「現実」へ反転されていく。想像したものが主人公にとって現実の一部に変容していくという表現の可能性を試した作品。

Première :28 septembre 2004 aux Subsistances – Lyon, France
Conception Gisèle Vienne
Textes écrits et lus par Dennis Cooper
Musique originale et interprétation live Peter Rehberg
Lumière Patrick Riou
Maquillage Rebecca Flores
Création des poupées Raphaël Rubbens, Dorothéa Vienne-Pollak & Gisèle Vienne
Créé en collaboration avec, et interprété par Jonathan Capdevielle, Anja Röttgerkamp, Jean-Luc Verna

 
 
『A young, beautiful blonde girl』(2005)

Gisèle Vienne, A young, beautiful blonde girl, Photo: Mathilde Darel


『I Apologize』と対になる作品。テキストはデニス・クーパーとカトリーヌ・ロブ=グリエの共作。カトリーヌは本作に出演もしている。
3人の登場人物(カトリーヌ、女性(young, beautiful blonde girl)、ジョナタン)の男女の関係が軸となる作品。お馴染みの精巧な人形も登場し、生身の身体とそうでないものの境界線を問いかけている。さらに、前作から続く「再現性」もテーマにしている。
ここで語られているテキストの大枠はデニス・クーパーによるものだが、いくつかのエピソードには、登場しているカトリーヌが実際に体験したことや、小説家としての彼女の創作が反映されている。カトリーヌは、ヌーヴォー・ロマンの小説家アラン・ロブ=グリエの妻で、フランスでは有名な舞台俳優であり、映画俳優でもある。さらに、別のペンネーム(ジャン・ド・ベール)で、SMを題材にした小説も執筆している。

最初は目隠しをされ拘束されている女性が、カトリーヌからことばを投げかけられていく内に、内面に潜む逸脱した情動が芽生え、やがて解放されていく。女性がある種の犠牲者として描かれているが、人形に仮託された他者の存在から覗き見られることに快感を覚えていき、動きや情動がどんどん解き放たれ、拘束・指示に反してむしろ彼女が「自由」になっていくことに、アンビバレントな感覚を呼び覚まされる。もうひとつの特徴は、『I apologize』と同様に、暗く激しい雰囲気を含みながらも、思春期の性の関心というものからは離れ、成熟したエロティシズムを描いているということ。その点で『I Apologize』と対になっているように思える。

Première:17 juillet 2005 au Festival d’Avignon – France.
Conception Gisèle Vienne
Textes Dennis Cooper & Catherine Robbe-Grillet
Musique Peter Rehberg
Lumière Patrick Riou
Costumes Simone Hoffmann
Maquillage Rebecca Flores
Création des poupées Raphaël Rubbens, Dorothéa Vienne-Pollak & Gisèle Vienne
Textes traduits de l’américain par Laurence Viallet
Créé en collaboration avec, et interprété par Jonathan Capdevielle, Catherine Robbe-Grillet & Anja Röttgerkamp

 
 
『Kindertotenlieder』(2007)

Gisèle Vienne, Kindertotenlieder, Photo: Mathilde Darel


ミュージシャンのステファン・オマリーがヴィエンヌ作品の主要なパートナーとして本作から参加するようになる。

本作には2つのモチーフがある。ひとつは、マーラーの歌曲「亡き子をしのぶ歌」を借用したタイトルが示している。マーラーはこの曲を作った数年後に娘を亡くしていて、先に亡くしていたらこの曲は書けなかっただろうといわれている。すなわち「死」がテーマ。

もうひとつは、オーストリア版 “なまはげ” といえる「ペルヒテン」。伝統的なオーストリアの図像の中でどのように身体が表現されているか。

「ペルヒテン」は毎年12月の頭に街を練り歩く伝説的な生物/存在。人間の力が及ばない自然の脅威を体現しており、忌まわしい魂をとらえて罰を与えるのが役目。悪いことをしている子供はいないかと練り歩き、子供を怖がらせる。この「ペルヒテン」が作品に登場する。「死」と「恐れ」をどのように表出できるのかを問いかけている。

Création : le 28 fevrier 2007 et les 1,2 et 3 mars 2007,
Festival≪Les Antipodes≫ Le Quartz, Brest, France
Conception Gisèle Vienne
Textes et dramaturgie Dennis Cooper
Musique originale live KTL (Stephen O’Malley & Peter Rehberg) et “The Sinking Belle (Dead Sheep)” par Sunn O))) & Boris (monté par KTL)
Lumière Patrick Riou
Conception robots Alexandre Vienne
Création poupées Raphaël Rubbens, Dorothéa Vienne-Pollak & Gisèle Vienne assistés de Manuel Majastre
Création masques en bois Max Kössler
Maquillage Rebecca Flores
Coiffure des poupées Yury Smirnov
Textes traduits de l’américain par Laurence Viallet
Interprété et créé en collaboration avec:Jonathan Capdevielle, Margret Sara Gudjonsdottir, Elie Hay, Sylvain Decloitre, Guillaume Marie, Anja Röttgerkamp

 
 
『Jerk』(2008)

Gisèle Vienne, Jerk, Photo: Alain Monot


1993年にデニス・クーパーが発表した小説を舞台化したもの。実際にアメリカで起こった事件を下敷きにしている。1973年、17歳の少年ウェインから「今、人を殺した」と通報があり、警察が現地に行くと30代半ばの男性が銃弾を受けて死んでいた。当初、正当防衛とされたが、捜査が進むにつれ様々なことが明らかとなっていく。被害者のディーンはホモセクシャルでサディスティックな性癖を持っており、ウェインはディーンの手下で共犯者。麻薬パーティーをすると呼びかけ、同世代の少年をディーンの家に連れ込み、ディーンは彼らを陵辱の末、拷問を加え殺害していた。最終的に27人もの少年が殺されていた。事件にはもうひとり共犯者がいて、ディーンにウェインを紹介した、デイヴィッドという人物。

この作品は、そのデイヴィッドが大学の講義に呼ばれ、人形劇で事件を紹介するという形式を取っている。自分がかつて手を染めた殺人事件を人形劇の形式を借りながら、学生たちに紹介をする、劇中劇のスタイル。これまでの作品とは異なり、人形を登場人物の一部として再現するというやり方ではなく、人形劇という手法で、俳優の「語り」によって見たこと、考えたことを観客に伝える。非常に凄惨な内容で、舞台上で再現するよりも語りのほうがかえって観客の想像力を喚起させる。人形も等身大ではなくグローブ人形で、見た目も少しかわいらしい。それが語られている内容とのギャップを生み、実際の事件のグロテスクさを逆に印象づける。ヴィエンヌの作品の中でも特にヒットしており、彼女の転機となった作品。舞台だけでなく、音声だけのラジオ版も発表されている。

D’apres une nouvelle de Dennis Cooper
Captation : Antonie Parouty le 21 mars 2008 à la Menagerie de verre Festival Etrange Cargo
Conception et mise en scène : Gisèle Vienne
Dramaturgie : Dennis Cooper
Musique originale : Peter Rehberg et El Mundo Frio de Corrupted
Lumières : Patrick Riou
Créé en collaboration avec, et interprété par : Jonathan Capdevielle
Voix enregistrées : Catherine Robbe-Grillet et Serge Ramon
Stylisme : Stephen O’Malley et Jean-Luc Verna
Marionnettes : Gisèle Vienne et Dorothéa Vienne Pollak
Maquillage : Jean-Luc Verna et Rebecca Flores
Confection des costumes : Dorothéa Vienne Pollak, Marino Marchand et Babeth Martin
Formation à la ventriloquie : Michel Dejeneffe
Traduction du texte de l’américain au français : Emmelene Landon
Avec l’accompagnement technique de l’équipe du Quartz-Scène nationale de Brest : Direction technique : Nicolas Minssen
Régie lumières : Christophe Delarue

 
 
『This Is How You Will Disappear』(2010)
 邦題:『こうしておまえは消え去る』

Gisèle Vienne, This is how you will disappear, Photo: Seldon Hunt


重要なコラボレーターとして、霧の彫刻家・中谷芙二子と映像作家/演出家・高谷史郎という2人の日本人アーティストが参加。出発点としてヴィエンヌが考えたのが、秩序と荒廃の中に由来する美。

圧倒的な存在感を放つ、ハイパーリアルな森を出現させた舞台美術によって表象される「自然」がひとつのモチーフとなっている。自然は秩序によって成り立つと同時に、人知を超えた力が働き、ある種カオティックにも存在している両義的なもの。

もうひとつのモチーフは、ニーチェ「悲劇の誕生」で相対する神、アポロンとディオニュソスに仮託した秩序と荒廃。彫刻の神アポロンを均整の取れた身体を持つ体操選手の女性として描き、音楽の神ディオニュソスは、ロックスターの貌を借りて舞台上に登場させた。

構成・演出・振付・舞台美術:ジゼル・ヴィエンヌ
音楽・ライブ演奏:スティーヴン・オマリー、ピーター・レーバーグ
テキスト・歌詞:デニス・クーパー
照明:パトリック・リユ
霧の彫刻:中谷芙二子
映像:高谷史郎
共同創作:ジョナタン・カプドゥヴィエル、マルグレット・サラ・グジョンドティール、ジョナタン・シャツ
出演:マルグレット・サラ・グジョンドティール、ジョナタン・カプドゥヴィエル、ジョナタン・シャツ

 
 
『The Ventriloquists Convention』(2015)
 邦題:『腹話術師たち、口角泡を飛ばす』

Gisèle Vienne, Ventriloquists Convention, Photo: Estelle Hanania


ドイツ・パペットシアター・ハレを初めてコラボレーターとして迎える。デニス・クーパーと、パペットシアター・ハレの役者がテキストづくりに参加している。舞台では、実名で、人形劇団の俳優として登場する。舞台は、年に一度アメリカのケンタッキーで実際におこなわれている腹話術師の国際会議がモデル。

腹話術師たちは人形を操りながら人形に喋らせるわけだが、そこで生まれる様々な対話のレイヤー(層)に注目してほしい。俳優同士の対話、俳優が人形に語りかける対話、人形を使って他の俳優に語りかける対話、と様々な対話のレイヤーが生まれている。これは単に形式の妙というのでなく、われわれが日常で対話をしているときに、声と同時に感情や無意識も伝えているのではないか、という現実の対話に存在するあらゆるレイヤーに意識を促すものである。

構成・演出:ジゼル・ヴィエンヌ
作:デニス・クーパー(出演者との共作)
出演・共同創作:ジョナタン・カプドゥヴィエル、ケルスティン・ダレイ=バラデル、ウタ・ゲーベルト、ヴィンツェント・ゲーレ/
<パペットシアター・ハレ>パフォーマー:ニルス・ドレシュケ、ゼバスティアン・フォルタク、ラース・フランク、イネス・ハインリッヒ=フランク、カタリーナ・クンマー
照明:パトリック・リウ
サウンドデザイン:KTL(スティーヴン・オマリー&ピーター・レーバーグ)
製作:パペットシアター・ハレ(ハレ/ザーレ)、DACM(ストラスブール)

7年ぶりの京都でのジゼル・ヴィエンヌ公演。ヨーロッパで活躍している彼女の作品を間近で体験できる機会です。どうぞお見逃しなく。

 
 

(2017年4月15日、京都造形芸術大学映像ホールにて/2017年5月7日公開)

 
【公演情報】
ジゼル・ヴィエンヌ構成・演出『腹話術師たち、口角泡を飛ばす』は、5月11日(木)および12日(金)に、京都芸術劇場・春秋座特設客席にて上演されます。 (詳細はこちら