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ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川『つなぐモノ語り』
文: 長嶺慶治郎

2022.03.07
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ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川(以下:ヴィラ鴨川)では3Dウォークスルー展『Verbindungsstücke – つなぐモノ語り』が昨年12月より始まった。このオンライン展覧会では、これまでヴィラ鴨川に滞在してきた130名のアーティストに参加を呼びかけ、そのうちの82名が参加している。1963年に京都のゲーテ・インスティトゥートが開設され、1983年に現在の鴨川の側に移転した。そして2021年に、ヴィラ鴨川はアーティスト・イン・レジデンス事業を始めて10周年を迎えた。通常であれば年間9~12名のアーティストをドイツから招聘しているが、2020年4月の1週目にヴィラ鴨川に滞在していたアーティストたちが京都を去って以降、滞在受け入れは休止している。そのような状況の中、開催される3Dウォークスルー展について館長のエンツィオ・ヴェッツェル氏に話を聞いてきた。

2020年2月以降、芸術関連の施設はもちろん、公共施設やあらゆる店舗は閉鎖や時短営業、自粛を求められてきた。ヴィラ鴨川ももちろん例外ではない。ドイツから日本へユニークなリサーチ(日本舞踊や落語について、など)を行いにやって来ていた/来る予定だったアーティストたちも延期や中止を余儀なくされた。ドイツから日本への「扉」としての役割は現在、物理的には止まったままだ。これまでの活動をオンライン展覧会として置き換える動きは、まずそうした状況でも交流を止めないという目的がある。「オンライン展覧会が、日常のあらゆる選択肢(映画に行く、カラオケに行くなど)の中で選ばれるのは簡単ではありません。しかし、現在の状況では世界中のあらゆる場所からアクセス可能であるという点で興味を持ってもらう好機になります」とヴェッツェル氏は語る。以前、京都の職人を紹介するライブストリーミングを行った際に多くのドイツ人に興味を持ってもらったことがオンライン展覧会を開催するきっかけの一つだったそうだ。

モノは通過できるが、人の往来は出来ない。今回のオンラインでの取り組みは、人の身体では超えるのが難しい国境を越える手段になっている。『つなぐモノ語り』展の中には、そうした「超えていくプロセス」に着目した作品がある。レジデンス内の共用キッチンにある展示品 « キッチンからのご挨拶 »(アレックス・ブレシュ、2021年レジデント)は、彼がドイツで購入し、実際に使用していたドイツ産のわさびパウダーを、ルーツである日本へ里帰りさせたものだ。2021年9月からヴィラ鴨川に滞在予定であったブレシュ氏は、未だ日本に来ることができないまま予定していた3ヶ月を終えようとしている。作家の身近にあったわさびパウダーの行き来が簡単であるのに対し、作家自身は動けないままである。

アレックス・ブレシュ « キッチンからのご挨拶 » Goethe-Institut Villa Kamogawa / photo by Yukie Beheim

そもそもこの展覧会は、ヴェッツェル氏などヴィラ鴨川内部から企画されたものだった。それについてヴェッツェル氏は「ヴィラ鴨川は通常はアーティスト達の日本での活動のサポートや、滞在に関わる業務が主ですが、今回はキュレーションも行いました」と語る。ヴェッツェル氏の当初の構想としては、人が国境を越えられない代わりにモノを送り、ヴィラ鴨川内にある4つの居住空間に配置するというものだった。そこにスパイスを加えたのが、アーティストであり今回キュレーションを行なったミヒャエル・ヒルシュビヒラー氏であった。

ヒルシュビヒラー氏はアーティストとして2019年秋にヴィラ鴨川に滞在した後、その体験を元にした本を一冊作った。それが今回のオンライン展覧会のキュレーションのコンセプトになっている。「GEISTERGRUND(霊地)」というタイトルのその本は、風景の中にある痕跡(物語)が時間とともに凝縮されていく様子を、写真とテキストでまとめたものである。その本の末尾でヒルシュビヒラー氏はこう記している。「実在の人物と出来事と、想像から生まれたものとが侵入し、現実と虚構がもつれ合った混合物を作る、そのような場所の密なネットワークを霊地と呼んでもいいだろう」

ここでのネットワークとは「ある特定の場所へのつながり」であり、個別の写真やテキストが作品であると同時に、意識的にその混合物を作品にしようとしているのである。したがって、混合物を作り上げるために展示物が「作品」である必要はない、ヒルシュビヒラー氏は参加アーティスト達にそう伝えたのだそうだ。展覧会のタイトルをわざわざ「モノ」と表現にしていることからも「作品」を強調しない意図がうかがえる。これについてヴェッツェル氏は、「自己中心的な孤立した作品」ではなく、「今回の展覧会ではさっき私が渡した名刺や、今あなたと話している声が作品になりえる」と語っていた。つまりモノは、ヴィラ鴨川滞在中にコミュニケーションを生み、作品を制作するプロセスに存在した要素である必要があった。たしかに、そうでなければ展示されている以上、退屈な他人の日常を覗き見していることにしかならない危険がある。« 防火バケツ »(レア・レッツェル、2019年レジデント)では、花火を学ぶために来日したレッツェル氏が花火の楽譜「花火譜」と出会い、それを音楽家とともに実演した様子を知ることができる。モノとして置かれているのは防火バケツのみであるが、それはレッツェル氏にとって制作の起点であったと同時に、京都のオルガン奏者・佐川淳氏など、日本との個人的なつながりの起点でもあった。

レア・レッツェル « 防火バケツ » Goethe-Institut Villa Kamogawa / photo by Yukie Beheim

もう少しヒルシュビヒラー氏のテキストを引いてみると「(霊地は)今では都市空間の真ん中に戻っており、そこかしこで日常の地形を突き破り、平凡でありながら同時に不気味な状況において現れる。そこでは見慣れたものが突然異質に感じられ、当たり前のものが疑わしく感じられ、遠くの時間が現在に迫ってくる」とある。整頓された無機質な居住空間と、各地に配置されたモノの様子は、かつて滞在した誰かと誰かのプライベートの間の、所在が曖昧な状態のように感じる。約3ヶ月間のアーティスト・イン・レジデンスのため、通常はアーティストの出入りが多い。スピード感をもってプライベートが交わる場がアーティスト・イン・レジデンスであるならば、この展覧会は誰もいないレジデンスでプライベートが交わりネットワークを作ろうとしている。すでにモノが撤去されているヴィラ鴨川は、現実と虚構がもつれ合った霊地となっているのかもしれない。


長嶺慶治郎(ながみね・けいじろう)
アーティスト。京都芸術大学(旧:京都造形芸術大学)情報デザイン学科卒業後、パリ国立高等美術学校修士課程修了。