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PARASOPHIA:京都国際現代芸術祭2015 プレイベント[作品展示]ウィリアム・ケントリッジ《時間の抵抗》 展評
暗箱のなかのタイムマシン——ウィリアム・ケントリッジ《時間の抵抗》
文:石谷治寛

2014.03.15
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石谷治寛

#1. 展示風景写真
PARASOPHIA: 京都国際現代芸術祭2015 プレイベント[作品展示]
ウィリアム・ケントリッジ《時間の抵抗》/2014


ウィリアム・ケントリッジ(以下WKと略す)の名をささやく声は、ここ十数年の現代アート界のなかでますます高まり、いまやWKは大巨匠としての地位を不動のものにしている。WKは、素描家アルブレヒト・デューラー(《メランコリー》)、作曲家アマデウス・モーツァルト(『魔笛』)、映画監督ジョルジュ・メリエス(『月世界旅行』)のような魔術師としての芸術家の衣鉢を継いで、黒い木炭とパステルで描かれた何百枚もの素描のアニメーションによって、葬られた人々の魂に息を吹き込み、わたしたちの眼前に、西欧文化の周縁の南アフリカの歴史を幻想的に蘇らせてきた。今回、2015年から開催予定の京都国際現代芸術祭のプレイベントとして、元・立誠小学校で行われたインスタレーションは《時間の抵抗(Refusal of Time)》と題されている。この作品は2012年にドクメンタ13で展示されてから、全部で六つのエディションが制作され、現在メトロポリタン美術館をはじめとして世界中で人々を呼び込んでいる。巨匠の風格を備えた大仕掛けのインスタレーションからは、これまでの日曜大工のようなアマチュア性を残して、いたずら心に溢れた作品が懐かしく感じられなくもないが、この総合的な作品は、さながらエスプレッソのように、WKのアイデアを濃縮したものになっていると言えるだろう。ここで、エスプレッソと述べたが、この表現は単なるメタファーではない。WK自身、ジョルジュ・メリエスへのオマージュ的な作品《ジャーニー・トゥ・ザ・ムーン(Journey to the Moon)》のなかで、自己イメージをエスプレッソ・マシンとして提示しているからだ。このエスプレッソ・マシンは、WKの魔法にかかれば、たちまちロケットにも姿を変えてしまう。その爆発力は、宇宙旅行の旅へと私たちを誘い、彗星が飛びビッグバンが繰り広げられる銀河の彼方へと想像力が解き放たれる。

#2. ビデオスチル(ジョルジュ・メリエスへのオマージュ/エスプレッソマシンはロケットに)
《月世界旅行(ジャーニー・トゥ・ザ・ムーン)(Journey to the Moon)》/2003


今回の《時間の抵抗》は、科学史家のピーター・ギャリソンとの協働によって、百年前に登場した時間をめぐる新たな観念を、科学的・歴史的・芸術的に検討する試みになっている。超音速、相対性理論、内的持続など、立体的な空間に時間の次元が加えられた四次元世界をめぐる想像力が育まれた時代だ。芸術の世界でもキュビスム、未来派、ダダ、ロシア構成主義へと工業化時代の機械の美学に拮抗した表現が数々と生まれた。そこでは、速度や磁力や電磁波など見えない力の軌跡が動的な線で可視化され、都市のノイズの録音がコラージュされ音楽となり、工業化された時代に相応しい既成品が彫刻として展示され、カーニバル的・革命的熱狂のなかで都市はキャンバスに塗り替えられた。そして、WKにとって最重要な近代の作品はアルフレッド・ジャリの不条理演劇『ユビュ王』(一八九六年に初演)であろう。王位を簒奪したもののあらゆる放埒をやりつくし追放されるユビュ王の姿は、芸術的手段を使って世界を再創造する誇大妄想狂的なWKの分身するイメージと重ね合わされる。ジャリは出来事としての時間が身体的な空間に三次元的に構築されるような「タイムマシン」という考えを抱いていた。ジャリの演劇と同時代に発明された映画は、まさに過去の出来事を未来へと解き放つ装置となった。

《時間の抵抗》で扱われているのは、科学的発見や芸術的想像力の問題に加えて、それとは切り離すことができない近代の歴史的時間に固有の問題でもある。鉄道、モールス信号による通信網、そして二〇世紀には電化を介した日常の標準化が進められた。世界の地理的な広がりは、テクノロジーによって水平的に統合されていく。その横糸に世界標準時間という垂直的な縦糸が通される。騒音(NO+YES=NOISE)を奏でるメガフォンは、工場で人々に命令をくだす拡声器であると同時に、天球を見渡すグリニッジ天文台の望遠鏡にもなる。原料を採掘する鉱山や、それらを加工する工場のアセンブリー・ラインは、ひとつのグローバルな交通・流通の流れを円滑にする標準化された時刻と、絶えず変動する熱エネルギーをフレキシブルに統制して一定の水準に保つ温度計を介して統合された。こうして時間と空間は、ひとつの巨大望遠鏡を通して一定の遠近法のもとに眺望されるものとして管理されるようになったのである。WKが芸術の舞台とする南アフリカのヨハネスブルグという都市は、世界の周縁であるが、さまざまにせめぎ合う諸力の地理上の中継点でもある。同時期に、東欧ではポグロムと呼ばれる民族浄化がはじまり、WKの家系も移住を余儀なくされた人々に連なる。物や情報とともに人々の生き死にも、グローバルな工場ラインへと継ぎ目なしに組み込まれていった。

#3. ビデオスチル(メガフォン)
ウィリアム・ケントリッジ《時間の抵抗》/2012


#4. ビデオスチル(ドローイングによるアニメーション)
ウィリアム・ケントリッジ《潮見表》/2003


WKが近代における時間の過酷な管理に抵抗し、幾層にも重なる歴史を告発し贖おうとする仕方は、きわめて詩的なものである。WKの方法とは、白黒のアニメーションの一枚一枚を描いては消してというプロセスを繰り返し、その消された線の痕跡や騒音を、残像のように浮かばせることだ。さながら、海の向こうからやってきた人々や動物たちの足跡が、沈んでは消え去る砂浜に、寄せては返す波のように(残酷なまでに甘美な《潮見表(Tide Table)》を思い起こそう)。芸術家の使命として、手仕事の痕跡によって存在の過程を顕在化させることが、時間の管理による生命の抹消に対するひとつの逆行や抵抗の手段となるだろう。しかしながら、人間の手の流れや鼓動のテンポが、機械の管理する時間の速度に追いつかなくなってくるとき、人々に何が残されているか。その手っ取り早い解決策とは、その機械を、まさにその原料を掘り起こすために用いられたダイナマイトを使って、爆破してしまうことである。《時間の抵抗》では、グリニッジ天文台の爆破を企てた「行動によるプロパガンダ」に関するエピソードが取り上げられている。しかし、破壊につぐ破壊、その闘争の緊張感は人々の内面にまで浸透し、家庭内での痴話喧嘩や内戦を生み出し、さらなる徹底した管理の要求といっそう苛烈な世界戦争を招いてしまう。WKは、その代替として、もっと芸術的な提案を行う。爆破のイメージは、きわめて幻想的なイメージによって置き換えられ、布地を蛇行させるサーペンタインダンスとして舞踊家ダダ・マシロの肉体の内に身体化され、時間を拒絶するかのように、研究室の床に散らばった書物の頁が舞い上がっていく。

#5. ビデオスチル(ダダ・マシロと舞い上がる書物の頁)
ウィリアム・ケントリッジ《時間の抵抗》/2012


このようにWKが、苦慮して練り上げようとするのは、破壊によってバラバラに散乱したその残骸から、いかに時間を逆戻しにして人々の生が主張されるイメージとして鋳造し直すのかということである。いかにエントロピーで散逸した断片のなかにかたちの創発を見出し、それらを再凝集させ活き活きとした生命を与えるか。ばらばらな出来事の時間は、空間化された身体のなかに立体的に再統合されなければならない。そのためには、まずは、爆破された機械の残骸を作り直して楽器に変えて、街頭で歌い踊ることである。視聴覚的なイメージを生みだす暗箱は、一時的に過去を未来に投影するための想像力を育むものに過ぎない。それが、過去と未来の生命を孵化させるタイムマシンになるためには、熱を調整するために空気の流れを生みだす鞴(ふいご)が付け加えられる必要がある。機械の肺にあたり、インスタレーションの中央で静かに動き続ける鞴は、私たちにとって原子炉のような不気味な存在感をも喚起させるかもしれないが、私たちの夢想次第で、戦火の炎を強めさえもすれば、それ自体を笑い飛ばしながら平和を祝うバルーンを膨らませもするのだ。

#6. 展示風景写真
PARASOPHIA: 京都国際現代芸術祭2015 プレイベント[作品展示]
ウィリアム・ケントリッジ《時間の抵抗》/2014


 
いしたに・はるひろ
京都大学人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。
現在、甲南大学人間科学研究所博士研究員。京都造形芸術大学他講師。
美術史、アート・メディエーター。

 
〈掲載図版詳細〉
#1. #6.【展示風景写真】
ウィリアム・ケントリッジ《時間の抵抗》2012 5チャンネルビデオ、サウンド、メガフォン、呼吸する機械(木製の可動式装置)のインスタレーション(再生時間30分) コラボレーション:フィリップ・ミラー、キャサリン・マイバーグ、ピーター・ギャリソン 石川コレクション(岡山)蔵 「PARASOPHIA: 京都国際現代芸術祭2015 プレイベント[作品展示]ウィリアム・ケントリッジ《時間の抵抗》」(2014)元・立誠小学校(京都市中京区)展示風景 写真:四方邦熈 提供:京都国際現代芸術祭組織委員会事務局(PARASOPHIA事務局) © William Kentridge
#2.【ビデオスチル】
ウィリアム・ケントリッジ《月世界旅行》2003 実験映像とアニメーション(再生時間7分10秒)写真:ジョン・ホジキス 提供:ウィリアム・ケントリッジ・スタジオ
William Kentridge, Journey to the Moon, 2003. Live-action and animated film, 7 min. 10 sec. Photo by John Hodgkiss, courtesy of William Kentridge Studio. © William Kentridge
#4.【ビデオスチル】
ウィリアム・ケントリッジ《潮見表》2003 アニメーション(再生時間8分50秒)
写真:ジョン・ホジキス 提供:ウィリアム・ケントリッジ・スタジオ
William Kentridge, Tide Table, 2003. Animated film, 8 min. 50 sec. Photo by John Hodgkiss, courtesy of William Kentridge Studio. © William Kentridge
#3. #5.【ビデオスチル】
ウィリアム・ケントリッジ《時間の抵抗》2012 5チャンネルビデオ、サウンド、メガフォン、呼吸する機械(木製の可動式装置)のインスタレーション(再生時間30分)
コラボレーション:フィリップ・ミラー、キャサリン・マイバーグ、ピーター・ギャリソン 映像からのスチル 提供:ウィリアム・ケントリッジ・スタジオ © William Kentridge
 
「PARASOPHIA: 京都国際現代芸術祭2015」プレイベント〈作品展示〉
ウィリアム・ケントリッジ《時間の抵抗》

(会期:2014.02.08–03.16 場所:元・立誠小学校 講堂)

 

(2014年3月15日公開)