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ICA Kyoto TALK 063
アメリカ西海岸におけるミスティシズムとアートプラクティスの関連性
ゲスト: カズ・オオシロ

2026.08.11
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カズ・オオシロさん
Photo: Oto Hanada

ロサンゼルスを拠点に活動する、カズ・オオシロ(Kaz Oshiro)はポップアートやミニマリズム、抽象的表現主義といった美術史の流れに独自の視点で向き合い続け、美術作家として作品と呼ばれるモノをつくることの本質を探り続けてきた。イベントでは、ICA京都プログラム・ディレクターの堤拓也司会のもと、オオシロの渡米経験や現地での活動を起点にアメリカ西海岸における芸術文化の背景が語られた。終了後には参加者との対話を交えたオープンなインタビューが実施された。以下は2025年5月15日に行われたトークイベントを元に構成した。

ICA Kyoto TALK 063: 会場風景
Photo: Oto Hanada
今回は京都市中京区にある観世流能楽師・青木道喜氏の自宅に併設された能舞台「冬青庵能舞台(とうせいあんのうぶたい)」で開催された。

芸術的原点──沖縄からアメリカへ

カズ・オオシロは1967年、沖縄県に生まれた。カリフォルニア州立大学で1998年に文学士、2002年に美術学修士を取得し、現在はロサンゼルスを拠点に活動している。
オオシロの芸術的な出発点を考える上で、沖縄で育まれた環境と、そこに浸透していたアメリカ文化の影響は重要な背景となる。1967年当時、沖縄はアメリカの施政権下にあり、戦後の社会には音楽、ファッション、テレビ、雑誌などを通じてアメリカの大衆文化が日常的に入り込んでいた。彼にとってアメリカは、海の向こうの異国というよりも、幼少期から生活の中に存在する身近な文化だった。最初にアートと出会った場所も、美術館や専門的な教育機関ではなく、ファッション誌や音楽誌の誌面だった。アンディ・ウォーホール(Andy Warhol)やキース・ヘリング(Keith Haring)といったアメリカのアーティストを知ったのも雑誌を通してであり、それらは「美術」としてではなく、ファッションや音楽と同様に時代の空気を体現する魅力的なカルチャーとして彼の目には映った。

高校卒業後は単身でアメリカに渡り、大学ではアートを専攻した。しかし、当初から美術を職業にするという明確な意識があったわけではない。古着の買い付けやレコードショップ巡り、ライブハウスに足を運ぶなど、音楽やファッションを軸とするカルチャー・シーンに惹かれ、その空気を日々吸収していた。

そんな彼が、制作へ向かう決定的な契機となったのは、大学の授業でスライド上映されたナム・ジュン・パイクの作品《TV Buddha》(1974)【*1】 との出会いだった。仏像とテレビという異質な要素が向かい合うこの作品を見たとき、オオシロは「その間でエネルギーが循環し、交換されているような感覚」を覚えたという。無機質なもの同士の組み合わせから、目には見えない何かが立ち上がり、観る人へと伝わってくる‥‥。そうしたメタフィジカルな体験をしたことで、彼は制作そのものへの関心が芽生えた。


表現の居場所 混沌のなかの自由

大学を卒業するとオオシロは、ロサンゼルスを拠点に活動をはじめた。
1990年代初頭のアメリカのアートシーンは、ポリティカル・コレクトネスや政治性を強く打ち出す潮流があった。特に、現代美術の中心地であったニューヨークでは、制度批評やアイデンティティ・ポリティクスをめぐる活動が大きな影響力を持ち、美術館が社会的・倫理的なメッセージを積極的に発信する場とさえなっていた。一方でロサンゼルスには、ニューヨークのような成熟したアートマーケットはまだ形成されておらず、そのことがかえって、写真や絵画、彫刻、映像、パフォーマンスといったジャンルを横断しながら制作を行う自由な表現を支えていたと、オオシロは振り返る。

こうした時代状況のなか、1992年にロサンゼルスのMOCAで開催された「Helter Skelter: L.A. Art in the 1990s」【*2】を訪れたオオシロは、この展覧会に善悪を二項対立的に捉えない自由な表現のあり方を見出し、自身の感覚との親和性を強く感じたという。この経験は彼が、その後もロサンゼルスを拠点として活動を続ける重要な契機の一つとなった。


「当時(90年代)ニューヨークのアートシーンには、美術館という公的な機関が善悪を判断し、それを提示するような展覧会が多く、拒絶反応というほどではありませんが、「自分にはあまり合わないな」と感じていました(中略)。
Helter Skelter」は、ポストパンク的であり、カオスを肯定するような精神がありました。善と悪を単純に切り分けるのではなく、境界を超えた自由さや混沌があって、「こちらのほうが自分には居心地がいいかもしれない」と感じたんです。アートがサブカルチャーと繋がっている、生きた文化と繋がっているというか、音楽や文学と繋がっているような感じだったんです。
普通の若者が共感できるようなシンボリズムがあって、自由な感じがしたんです。それでニューヨークに行く必要はないんじゃないかな、と思ってホッとしたという感じです。」


ロサンゼルス文化に見る東洋思想の影響

大学時代、オオシロは現代美術に対して、“エゴや自己表現を強く打ち出すもの” という印象を抱いていた。一方で、彼が実際にアメリカで出会ったロサンゼルスのサブカルチャーは、美術の枠を超えて音楽や文学、ファッションと結びついた自由な空気を纏っていた。そこでは一つのジャンルや形式に収まらない「表現」が展開されており、彼の関心はその文化を形づくった思想的・文化的な系譜へと向かっていく。

オオシロは、サブカルチャーの源流を探るなかで、ロサンゼルスの文化の根底に東洋思想との長い交流の歴史があることに気づいていく。戦後、鈴木大拙を介してアメリカへ紹介された禅思想は、ジョン・ケージ(John Cage)をはじめとする芸術家や詩人たちに影響を与え、その思想的な流れは1950年代のビート・ジェネレーション【*3】、さらにヒッピーやパンクといったカウンターカルチャー【*4】へと受け継がれていった。さらにその系譜を遡ると、20世紀前半にはすでに東西の思想的な交流が存在していた。詩人エズラ・パウンド(Ezra Pound)は東洋思想に関心を寄せ、日本の前衛詩人・北園克衛との交流などを通じて、異なる文化圏の思想が交差する場を形成していた。


「(自分が)影響を受けた作家たちを遡っていくと、彼らが東洋思想から影響を受けていることが分かってきたんです。アイデンティティを探さなければいけないと思っていたけれど、実は現代美術のなかには、すでに東洋思想が深く入り込んでいる。そのことに気づきました。だったら、日本人だからといって日本的なものを追いかけなくても、どこかで必ず接続するんだと思えました。
僕がやっていること自体には、日本的な要素は何もない。でも、現代美術そのものが日本の思想を含むさまざまな影響の上に成立しているのなら、何かを探そうとしなくても、ただ自分の表現を続けていれば自然と繋がっていくんだと思えたんです。」

Zero Case (Silver). 2026 
Acrylic and Bondo on stretched canvas
Photo:Kaz Oshiro

An installation view at the Aichi Triennale 2022
Photo:Kaz Oshiro


オオシロは、ロサンゼルスのサブカルチャーを理解するうえで、ユースカルチャー【*5】の成立にも注目している。彼によれば、20世紀初頭までの子どもたちは労働力として社会に組み込まれ、同年代の子ども同士が交流し、独自の遊びや表現、価値観を育む場は限られていた。戦後、公教育の普及によって若者が同世代と時間を共有するようになると、音楽やファッション、文学などを軸としたユースカルチャーが形成されていったという。

彼がアメリカへ渡った1980年代のロサンゼルスでは、その土壌の上に音楽、ファッション、スケートボード、車文化などが交差する多様なカルチャーが広がっていた。ジム・ショー(Jim Shaw)やレイモンド・ペティボン(Raymond Pettibon)は、美術だけでなく音楽や出版とも往還しながら活動し、ジャンルを横断するロサンゼルスの表現文化を象徴する存在だった。
オオシロは、このユースカルチャーを支える思想的背景にも目を向けている。ドクロやタトゥー、異形的なイメージは、一神教的な価値観のもとで抑圧されてきた民間信仰やペイガニズム(paganism)【*6】的な世界観とも結びついているという。


「禅がどうユースカルチャーにつながっていくのかというと、見た目だけでは分かりにくいと思うんです。でも、キリスト教的一神教のなかで抑え込まれてきた多神教的なペイガニズムが、禅の受容を一つの契機としてアメリカ文化の中に広がっていった。そう考えると、ユースカルチャーにドクロやタトゥーといったモチーフが多く見られることも理解できる気がします。」


カウンターカルチャーの思想的系譜

20世紀後半から2000年代にかけて、アメリカでは社会の大きな変化を背景に、既存の価値観や制度から距離を置き、新たな表現や精神性を求める動きが若者文化や芸術の領域に広がっていった。オオシロは、こうしたカウンターカルチャーの形成を、人々の内面的な探求の高まりとして捉えている。社会が不安定な時代には、人々は外的な価値観ではなく、自身の内面や無意識へと向かう傾向があるという。第一次世界大戦後のシュルレアリスムが夢や非現実的な領域へ向かったように、第二次世界大戦後のアメリカでも、音楽や詩、芸術の領域で既存の価値観から離れようとする動きが生まれていった。

背景には禅思想の影響もあった。ビバップ(bebop)やクール・ジャズ(cool jazz)に見られる即興性や、ビート・ジェネレーションを特徴づける詩の朗読は、固定された形式から離れ、その瞬間に生まれる表現を重視する点で、禅的な思想と響き合っていた。また、エズラ・パウンド(Ezra Pound)を介して紹介された能や俳句などの東洋的な表現も、西洋の詩人や芸術家たちに影響を与えた。このような東洋思想や東洋的な美意識の受容が、既存の価値観や制度から人々を解放する契機となり、その精神はビート・ジェネレーションからヒッピー、さらにパンクへと受け継がれていったとオオシロは話す。


「利益を追求していくと、どうしても目に見えないものが失われていくんですよね。空気感とか、その文化を最初に楽しんでいた人たちは、何かが変わった瞬間に『これは違う』と感じて離れていく。ビートもヒッピーもパンクも、そうやって形を変えながら続いてきたんだと思います。」


見えない構造への関心

彼によれば、ロサンゼルスのアーティストたちは、社会的に共有された表層的な現実ではなく、その背後にある無意識や集合意識、見えない構造に常に関心を向けてきた。
マイク・ケリー(Mike Kelley)、ウォレス・バーマン(Wallace Berman)、ジム・ショー(Jim Shaw)らの作品に見られる都市伝説や神秘的なイメージは単なる幻想ではなく、現実の背後にある目に見えない構造を浮かび上がらせるための表現なのである。こうした作家たちに共通するのは、esoteric(エソテリック)【*7】な世界への関心であるとオオシロは話す。


「例えば、アカデミズムや学校で教えられる知識、一般常識のようなものはexoteric(エクソテリック)。一方で、その背後にある、意識的に探らなければ辿り着けない知識や知恵がesotericです(中略) 例えば、かつて科学の裏側に錬金術や占星術があったように、現代では占いや迷信のように扱われることもありますが、人類が長い時間をかけて蓄積してきた別の知の体系がある。
ロサンゼルスの優れたアーティストたちは、そうした表に現れている知識ではなく、その背後にあるもの、見えにくい領域に関心を持っている人が多いように感じます。だから彼らの作品は、一見すると掴みにくい。でも、それは彼らが最初から「表」ではなく「裏側」にあるもの、を見ようとしているからだと思うんです。」

Photo: Oto Hanada

質疑応答

Q.堤:
マイク・ケリー(1954-2012)の死は、ロサンゼルスのアートシーンの転換点だったのでしょうか

A.オオシロ:
個人的には空気感が変わったと思う。市場の拡大とグローバル化によって街は華やかになった一方で、かつての実験精神は薄れていった。また、1990年代には実験的な作家を支える女性ギャラリストが多く、その寛容な土壌がロサンゼルスの文化を支えていたんだと思う。


Q.堤:
現在の制作スタイル(超絶的技法で、自体を描き出すような)は、どのように生まれたのでしょうか

A.オオシロ:
作品そのものより、その裏側の構造に興味があります。自分の個性を表現したいというより、『アートだ』と気づかれないものをつくりたかった。だから、誰が見ても普通の物にしか見えないように、徹底的につくり込んでいるんです。
表の知識がエクソテリック(exoteric)だとしたら、僕はエソテリック(esoteric)なものをつくりたいんです。アンプはアンプとして見えていればそれでいい。でも、その裏側に『何か考えられる構造』があることの方が大事なんです。舞台でいえば、演目そのものより舞台裏に興味があるような感覚ですね。だから、作品の裏側も見ようと思えば見られるようにはしています。でも、気づかない人はそのままでいいし、『何かおかしいな』と思った人だけが入ってきてくれれば、それで十分なんです。


Q.会場:
異なる文化や価値観を持つ人々は、どのように理解し合えるのでしょうか

A.オオシロ:
国籍や言語、人種といったものは「表」の世界です。でも、その裏にある神秘主義や数秘術のような知には国境がありません。そういう深いところでは、遠く離れた文化同士でも共通するものがある。見た目や言葉だけで相手を判断するのではなく、そうした「裏側」に目を向けることで、違いを受け入れやすくなるんじゃないかと思います。


会場からは他にも、ロサンゼルスのアーティストに見られる「Paranoia(パラノイア)」的な感覚についての質問もあがっていた。この点について後日オオシロに確認したところ、その感覚は、二元論的な宗教概念に根ざした要素と、エソテリックな視点から近代社会を見つめた際に生じる、目の前の不条理への怒りや権威的なものへの警戒心が入り混じったものではないか、という見解が寄せられた。
「パラノイア」という土地固有の気質ではなく、「エソテリックな視点」から生じる感覚として捉え直すこの回答は、トーク全体を貫いていた「表」と「裏」、exoteric(エクソテリック)とesoteric(エソテリック)という視点とも通底しており、このトークで語られてきた思考の一貫性を裏付けるものと言えるだろう。



【*1】《TV Buddha》(1974)ナム・ジュン・パイクによる代表的なビデオ・インスタレーション。仏像をビデオカメラで撮影し、その映像を正面のモニターへリアルタイムで映し出すことで、仏像が自らの姿を見続ける循環構造をつくり出す。東洋思想と電子メディアを結びつけた作品として、ビデオアートを代表する作品の一つとされる。
引用:グッゲンハイム美術館「The Worlds of Nam June Paik」

【*2】『Helter Skelter: L.A. Art in the 1990s』 は、1992年にMuseum of Contemporary Art, Los Angeles(MOCA)で開催された展覧会で、マイク・ケリー、ジム・ショウ、レイモンド・ペティボン、ポール・マッカーシー、クリス・バーデンらが参加した。1990年代のロサンゼルス現代美術を象徴する企画として知られる。

会期:1992年1月26日〜4月26日
会場:Museum of Contemporary Art, Los Angeles
キュレーター:Paul Schimmel
出品作家:約26組 Mike Kelley、Paul McCarthy、Raymond Pettibon、Lari Pittman、Jim Shawなど
引用:Paul Schimmel, ed., Helter Skelter: L.A. Art in the 1990s(Los Angeles: Museum of Contemporary Art, 1992)

【*3】1950年代のアメリカで生まれた文学・文化運動。アレン・ギンズバーグ、ジャック・ケルアック、ウィリアム・S・バロウズらを中心に、戦後アメリカの物質主義や既成の価値観に異議を唱えた。禅や東洋思想、即興性への関心も特徴で、1960年代のヒッピーやカウンターカルチャーに大きな影響を与えた。そんなビートカルチャーを特徴づけるものとして、オオシロは下記をあげた。

・ジャズの即興性
・詩の朗読(Poetry Reading)
・禅や東洋思想への関心
・放浪(ロードカルチャー)
・自由な精神性

【*4】1960年代のアメリカを中心に広がった、既存の社会制度や価値観に異議を唱える文化運動。ベトナム戦争への反対、公民権運動、ヒッピー文化などを背景に、平和や共同体、精神性、自由な表現を重視した。音楽や文学、美術、ファッションなど幅広い分野に影響を与え、その思想は後のパンクやオルタナティブ・カルチャーにも受け継がれた。

【*5】若者たちが同世代の集団のなかで育み、共有する独自の文化。音楽やファッション、文学、映画などを通じて形成され、既存の社会規範や価値観とは異なるライフスタイルや表現を生み出してきた。戦後の教育の普及や大衆消費社会の発展を背景に広がり、カウンターカルチャーやサブカルチャーの基盤となった。

【*6】ペイガニズム(paganism) キリスト教が成立する以前からヨーロッパ各地で信仰されていた多神教や自然信仰の総称。

【*7】esoteric(エソテリック)
一般には公開されない秘教的・神秘主義的な思想や実践を指す語。錬金術や占星術、儀式魔術、カバラなどの伝統を含み、近代以降は芸術や文学にも影響を与えた。
20世紀のカウンターカルチャーでは、既存の宗教や価値観に代わる精神性を探る思想として関心を集めた。

(上記全URL最終確認2026年8月5日)


ICA Kyoto TALK 063「アメリカ西海岸におけるミスティシズムとアートプラクティスの関連性」
⽇ 時: 2026年6⽉12⽇(金) 18:30-20:00
会 場: 冬青庵能舞台
主 催: ICA京都、京都芸術⼤学⼤学院
協 力: 一般社団法人HAPS

ICA Kyoto TALKとは?
ICA京都は2020年に京都芸術大学大学院の附置機関として創設され、これまで国内外で活躍するアーティスト、キュレーター、研究者、ギャラリストなどを招いたトークイベントを継続的に行ってきました。その一環である「ICA Kyoto Talk」は、これまでの「Global Art Talk」と統合し、京都と世界各地の多様なアートシーンを結びつけ、対話を重ねるためのプラットフォームです。ローカルな現場とグローバルな動向とを往復しながら、複層的な世界を実感し、新たな視点を開く場となることを目指しています。



ゲストプロフィール

カズ・オオシロ(Kaz Oshiro)
1967年沖縄県生まれ。1986年に渡米。カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校で1998年と2002年にそれぞれ文学士と美術学修士を取得し、ロサンゼルスを拠点に活動。オオシロは、ポップアートやミニマリズム、抽象的表現主義などを参照しながら、立体と平面、抽象と具象、リアリティとイリュージョンなど、さまざまな二項対立構造を独自の視点でトラディショナルな絵画の構造を再構築し立体的なハイパーリアルな絵画作品を生み出している。 主な展覧会に、2022年 あいち 2022「STILL ALIVE」、2014年「Chasing Ghost」ロサンゼルスカウンティー美術館、 2006年「Paintings and Works on Paper」ラスベガス美術館など。

執筆者プロフィール

奥田奈々子(おくだ・ななこ)
アートマネージャー|編集者
1982年東京都出身。新聞社勤務を経て、建築雑誌、ウェブ、美術インタビュー誌の編集者として活動。その後、山口情報芸術センター[YCAM]を経て独立。情報制作を軸に、アートプロジェクトのリサーチから記録、広報、マネジメント、事業の開発までを行う。まだ言葉になっていないテーマや構想を見つけ、プロジェクトとして育てていくことを実践している。