Out of Kyoto
007:「MoMAのデュシャン展を観ずに論評する」
文:小崎哲哉
マルセル・デュシャンは展覧会好きと美術館泣かせの作家である。作品の絶対数が少ない【*1】。レディメイドのオリジナルは数点しか残っていない。代表作の《大ガラス》こと《花嫁は裸にされて彼女の独身者たちによって、さえも》(1915〜23)と、死後にその存在が明らかになった遺作《与えられたとせよ:1. 水の落下[滝] 2. 照明用ガス》(1946〜66)はPMAことフィラデルフィア美術館から動かせない【*2】。本人が「泳ぎの訓練」【*3】と称した1912年以前の絵画を除けば、ほとんどの作品は上述2作のための習作に過ぎない。

Marcel Duchamp (1887–1968), The Bride Stripped Bare by Her Bachelors, Even (The Large Glass), 1915–1923. Philadelphia Museum of Art, Bequest of Katherine S. Dreier, 1952,1952-98-1.
©Association Marcel Duchamp/ADAGP, Paris/Artists Rights Society (ARS), New York 2026
PMA以外での巨大回顧展はおよそ不可能に思えるが、各地の企画者はあれこれ知恵を絞ってきた。MoMAことニューヨーク近代美術館を皮切りに、PMA、パリのグラン・パレを2026年から翌年まで巡回する『Marcel Duchamp』展【*4】は「複製物が持つ物質性を前面に出すと同時に、ポスターや出版物のデザインなど、これまで往々にして周辺的と見なされてきた仕事の他の側面も提示」する【*5】。2022年にMMKことフランクフルト近代美術館が開催した『Marcel Duchamp』展【*6】と同様に、バーゼル美術館館長エレーナ・フィリポヴィッチが著した『マルセル・デュシャンの一見周縁的な活動』【*7】と軌を一にするものだ。
かくして会場には、初期のドローイングから遺作の設営マニュアルの写真に至る、絵画以外は主に習作、レプリカ、資料から成る約300点が展示される。MMKの約700点には及ばないが、注目すべきは、展示物を主題別ではなく時系列的に並べ、照明を抑制してアーカイブ展的な印象を強めている点だ。「厳密に時系列的な方法を採ることによって、私たちはあるアート・プロジェクトの、まったく予測不可能で一見非線形的な進化に光を当てようとしている」【*8】というわけである。
この方針によって、オリジナルが現存しない《ファウンテン》(1917)は、まず作成当時の写真【*9】の中に登場し、だいぶ後に1950年のレプリカが、さらに少し置いて1963年のレプリカが現れる。50年版はギャラリストがパリの蚤の市で購入したもの。63年版はストックホルムのキュレーターが地元のレストランで見つけたもの。これはちょっと面白い。観客は「レディメイドとそのレプリカ」という奇妙な対比概念について、数十分前に観た写真、数分前に観た既製品、いま眼前にある別の既製品を比較しながら考えさせられるのだから。【*10】

Marcel Duchamp (1887–1968), Fountain, 1950 (replica of 1917 original). Philadelphia
Museum of Art: 125th Anniversary Acquisition, Gift (by exchange) of Mrs. Herbert Cameron Morris, 1998, 1998-74-1.
© Association Marcel Duchamp/ADAGP, Paris/Artists Rights Society (ARS), New York 2026
やはりオリジナルが現存しない《ボトル掛け》(1914)も面白い。1921年の最初のレプリカがあり、それとは別に1959年、1961年、1963/76年、1963年版という4つのコピーが、作成年の近さが「時系列的に」という展示方針とたまたま合致することが幸いして、横一列に並べられている。MMKでも何種類かのレディメイドが並置されていたが、4つの《ボトル掛け》はあからさまに形が、正確に言えば縦横のプロポーションが異なる。
59年版はやや背が高い。マン・レイにパリから送らせた中からデュシャンが選んだ1点だという。61年版は出所不明。デュシャンの妻ティーニーがPMAに寄贈したもので、上から潰されたかのようにずんぐりむっくりしている。63/76年版はストックホルムのギャラリーによる特注品のレプリカ、つまりレプリカのレプリカで中肉中背。最後の63年版はパサディナでギャラリストが購入した中古品で、これはひときわ痩せ型に見える。いずれもデュシャンが公認した作品だ。

Marcel Duchamp (1887–1968), Bottle Dryer, 1964 edition (after 1914 original). Partial gift of Mrs. William H. Conroy, Eskenazi Museum of Art, Indiana University
さらに、4階のギャラリー8に1964年版の特注レプリカ14点が常設展示されていて、《ファウンテン》と《ボトル掛け》も含まれている。これらを比べると、デュシャンが形態の相似をいささかも気にしていないことがよくわかる。便器なら便器の、ボトル掛けならボトル掛けの概念あるいは記号性こそが重要であって、細部の差異は問題ではない。「小便器」や「ボトル掛け」という文字だけでも成立するかもしれず、この画期的な着想がジョセフ・コスースの《1つおよび3つの椅子》(1965)や会田誠の《イデア》(2000)を生んだ。椅子は椅子であり、美少女は美少女である。
ところがキャプションには「こうした違いが、レプリカという位置付けにありながら、それぞれの物体に独自性を与えている」【*11】という一文がある。各レプリカに違いが存在するという同じ事実に立脚しながら、正反対の結論が導き出されているのだ。企画者たちは、展覧会の目的は「デュシャンの作品群を、その背後にある動機がどれほど知的・概念的なものであったとしても、物理的な事物の集合体として提示すること」【*12】、そして「作品が否応なく示す物質的な存在感に触れることによって、デュシャンをあらためて発見するよう[観客を]誘うこと」【*13】にあると主張している。「これらのオブジェ、すなわち彼の思考が具体的な形となって現れたものを一堂に集めて初めて、デュシャンの芸術制作へのアプローチがいかに革命的なものであったのかを認識することができる」【*14】のだと。しかし、それは本当だろうか。
現代アート制度の頂点に位置する美術館として真っ当な主張ではある。作品は「見せてナンボ」なのだから。だが、デュシャンは異例である。この作家は、自らの主要作をはじめとするウォルター&ルイーズ・アレンズバーグ・コレクションの大部分と、キャサリン・ドライアー・コレクションの一部が、ほかならぬPMAとMoMAに収蔵されるように尽力し、成功させた当人なのだから【*15】。レディメイドは「『アートの』ではない作品をつくれるか」という重要な自問の回答にして解であり、オリジナルであろうとレプリカであろうと「アートの」作品ではない。デュシャンは、アート作品を収集・保存・展示するために存在する美術館を「『アートの』ではない(アート・)ミュージアム」に変えようとした。自作レディメイドを含むコレクションは、両館に送り込まれたトロイの木馬だったのだ。
3名のキュレーターはデュシャン研究の専門家であり、レディメイドがアートでないことを重々承知している。と同時に、制度を牽引する両館の展示責任者として、それを公言できない立場にある。「背後にある動機がどれほど知的・概念的なものであったとしても……」というくだりは、彼ら彼女らが置かれたダブル・バインド状態の苦衷を物語ってあまりある。アートのみならず美術館の定義をも根源から揺るがそうとするデュシャン。兵士が潜んでいるとわかっていても、木馬はすでに城壁の内に入っている。
このレビュー(?)はMoMAの展示を実見しないで書いた。空前の円安とTACO男こと合衆国第47代大統領の存在が業腹なのが観に行かなかった主な理由だが、この10月に始まるPMA展【*16】も同じ理由でたぶん行かない。でも《大ガラス》と《与えられたとせよ》を未見の方には、これを機に行ってみることをおすすめする。紛れもない「アートの」作品として、この2作は実物を観る価値が大いにある。

Marcel Duchamp, With Hidden Noise, 1916. Ball of twine between two brass plates, joined by four long screws. Philadelphia Museum of Art: The Louise and Walter Arensberg Collection, 1950, 1950-134-71.
© Association Marcel Duchamp/ADAGP, Paris/Artists Rights Society (ARS), New York 2026
さらにPMAには、レディメイドとしては例外的に「アートの」作品に近い《櫛》(1916)、《秘めた音に》(同)、《パリの空気 50cc》(1919)、《なぜくしゃみをしない、ローズ・セラヴィ?》(1921)のオリジナルがある。代表作2作の新解釈と、これまでに読み解かれたことのない4作の真のコンセプトは、この秋に青幻舎から刊行される拙著『デュシャン思考』に示しておいた。宣伝めくが、ぜひご一読の上フィラデルフィアに詣でていただきたい。
【*1】 アルトゥーロ・シュヴァルツが編纂したカタログ・レゾネには663点が収められている。他方、例えばクリスチャン・ゼルヴォスによるパブロ・ピカソのレゾネは、油画と素描だけで約1万6千点、立体、舞台装置、衣装などを加えると2万点以上を収録。ピカソの生涯制作点数は版画を含めると総計15万とも言われる。
【*2】 《大ガラス》は搬送中にガラスにひびが入り、作家が自ら補修したものの門外不出となった。《与えられたとせよ》は造り付けのインスタレーションで、これも移動不可能だ。
【*3】 Marcel Duchamp, Entretiens avec Pierre Cabanne (Éditions Pierre Belfond / Éditions Sables & Éditions Allia, 2014/2018), 47.
【*4】 MoMA展は2026年4月12日から8月22日まで開催された。
Marcel Duchamp, The Museum of Modern Art, New York, April 12–August 22, 2026.
【*5】 Marcel Duchamp, ed., Matthew Affron, Michelle Kuo, and Ann Temkin, Museum of Modern Art, New York / Philadelphia Art Museum, 2026, 11.
【*6】 2022年4月2日〜10月3日。
会期情報はKulturstiftung der Länder(州文化財団)のウェブサイトによる。
【*7】 Elena Filipovic, The Apparently Marginal Activities of Marcel Duchamp (MIT Press, 2016).
【*8】 Marcel Duchamp, 10.
【*9】 アルフレッド・スティーグリッツが撮影した。ほかにアンリ=ピエール・ロシェらが撮影したデュシャンのアトリエ兼住居の写真もあって、そこにも写っている。
【*10】 ミニチュアが収められた《トランクの中の箱》シリーズも複数個展示されているが、ここでは勘定に入れない。
【*11】 Marcel Duchamp, 242.
【*12】 Marcel Duchamp, 11.
【*13】 Marcel Duchamp, 11.
【*14】 Marcel Duchamp, 11.
【*15】 Affron, Kuo, Temkin, “Duchamp and the Museum,” Marcel Duchamp, 287-317に詳しい。
【*16】 PMA展は2026年10月10日から2027年1月31日まで開催される。
(上記全URL最終確認2026年9月20日)
本連載について
「Out of Kyoto」では、著述家/アーツ・プロデューサーの小崎哲哉氏が芸術や文化の話題を取り上げていく。歴史を参照しつつ、現代における表現のあり方を探る連載となる。
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執筆者プロフィール
小崎 哲哉(おざき・てつや)
著述家/アーツ・プロデューサー。2000年にカルチャー・ウェブマガジン『REALTOKYO』を、2003年に現代アート雑誌『ART iT』を創刊し、あいちトリエンナーレ2013ではパフォーミングアーツ統括プロデューサーを担当。2012年9月から2020年12月まではカルチャー・ウェブマガジン『REALKYOTO』の発行人兼編集長を、2021年2月から2025年3月までは同『REALKYOTO FORUM』の編集長を務めた。編著書に20世紀に人類が犯した愚行をまとめた写真集『百年の愚行』『続・百年の愚行』、著書に『現代アートとは何か』『現代アートを殺さないために』などがある。2019年にフランス共和国芸術文化勲章シュヴァリエを受章。