異点:韓国で照らす他の地図
004 今でも歴史が動き続ける場所、光州①
文:紺野 優希
出典:https://www.gwangjubiennale.org/gb/exhibition/pavilion.do
1. パビリオン・プロジェクトと名称問題
第16回光州ビエンナーレ「You Must Change Your Life」(監督:ホー・ツー・ニェン)の開幕直前、パビリオン・プロジェクトの名称変更問題があった。パビリオン・プロジェクトとは、ビエンナーレ本館の展示とは別に、2018年から光州市街のアートスペースや文化施設で開催される展示のことである。日本からはASAKUSAと黄金町がパビリオンとして参加している。問題の声があがったのは、台湾館だ。当初、「Taiwan Pavilion(台湾館)」としての参加を表明していたが、「NTMoFA(国立台湾美術館)」として公式ポスターに載っている。パビリオン・プロジェクトには国家単位と機関単位の参加区分があり、これは日本から参加する二団体(ASAKUSA、黄金町)にも当てはまる。8月15日に台湾館のキュレーターとアーティストたちが発表した「A Pavilion under Censorship」で意見が提起された後、8月19日に光州ビエンナーレ側では、契約締結時の機関名として「NTMoFA」表記を採択したと声明を出している。【*1】
光州ビエンナーレの対応への問題提起として、書店「girlsbookshop」【*2】をはじめ、地元の芸術関係者などからも、声が上がっている。それだけでなく、SeMAの批評文検閲に声を挙げている【*3】「検閲に反対する芸術人の連帯(검열에 반대하는 예술인 연대)」をはじめとして、文化芸術に携わる人たちから、台湾館の名称変更について「組織的検閲」との意見が全国的に上がった。そのようなアクションに対して、8月25日に光州ビエンナーレは『台湾パビリオン』への名称変更を受け入れることになった。(しかしその後、今度は中国館が撤退する事態となった。【*4】)このような問題が今に始まったわけではない。というのも、2024年のパビリオン・プロジェクトでも似たような対応があったからだ。当時「CDA Holon」の名称【*5】で参加していたイスラエル館のパビリオンは、2024年5月に国際司法裁判所と国際刑事裁判所から暫定措置命令(ラファ攻勢の停止命令)を下されたイスラエル館が、名称を変えて参加していた。戦争責任が問いただされる中、美術展に参加表明をするのは一種の「アート・ウォッシング」ではないか?【*6】
2. 光州と民主化運動
一連の騒動が、光州の民主精神に反するとしてたびたび言及されている。それは、どのようなものか。近年は「タクシー運転手 約束は海を越えて」(監督:チャン・フン)によって日本でも周知されるようになったが、光州は民主化運動の象徴的な場所となっている。国民ではなく議員の投票によって大統領を選出するなどの法律を定めたパク・チョンヒの「維新憲法」が制定された1972年以降、民主化運動の機運は高まっていた。その機運は、1979年の10月26日のパク・チョンヒ刺殺によって、いっそう高まっていた。しかし、保安司令官に任命されたチョン・ドゥファンが秘密組織「ハナ会」とともに軍事クーデター(12・12軍事反乱)を起こし、権力を掌握した。翌年1980年5月17日には戒厳令が全国に敷かれ、政治活動の禁止、言論の検閲、休校令など、民主化運動を弾圧する動きが強まった。これに反する動きが、光州の全南(全羅南道)大学に通っていた学生たちを中心に見られた。22日には戒厳軍の撤収と再発防止を市民たちが交渉したが受け入れてもらえず、武器撤収後の26日夜から27日未明にかけて再度戦車を投入した(尚武忠正作戦、상무충정작전)。それによって、民間から多くの犠牲者が出た。
多くの犠牲が民主化運動の過程で生まれたこの地域では、組織的な検閲や統制は、それがたとえ美術館や美術関係の組織であれ、容認しがたいものと捉えているわけだ。街には、銃弾の痕跡が今でも生々しく残っている。「全日ビル245」だ。建物の住所(金南路245)と、市民鎮圧の過程で動員されたヘリコプターによる銃撃痕の数(245箇所)が偶然一致したことからこの名前が付けられた。【*7】興味深いのは、全日ビル245では過去を記録するだけでなく、メディアの変遷に沿って内容を伝えている点である。VRを用いて、ヘリコプター銃撃の恐怖を伝えたり、フェイクニュースのファクトチェックなどを取り上げながら、伝達の仕方を変えながら、当時の記録を後世にどのようにして伝えるかを模索している。光州ビエンナーレの本館とは距離があるものの、時間があればぜひ関連施設も訪れてみるのも良いだろう。
全日ビル245の向かい側には、旧全南道庁の建物が一部残っている。民主化運動の最後の激戦地とも言われているこの建物にも、当時の記録や写真などが残っている。旧全南道庁の建物の後ろにはAsian Culture Centerが見える。旧全南道庁は、2002年に登録文化財第16号に登録されたものの、2005年あたりからは、老朽化や再開発などの問題に揺れることになる。【*8】この計画の一環として、旧道庁本館の解体が検討され「光州文化首都造成」計画(「アジア文化中心都市造成に関する特別法」として制定)が始動し、Asian Culture Centerの着工が進む最中のことだった。2015年にはAsian Culture Centerも開館し、企画展のほかにも光州ビエンナーレの会場として使われている。
このように、光州の過去は、アジアの未来におけるメッセージとして受け渡されている。その中で動き続けた美術は、世界的な知名度を誇る光州ビエンナーレや、民主化運動と美術が連動した「民衆美術(민중미술)」のアクションの一つとして、具体的に語れるだろう。(②へ続く。)
【*1】 光州ビエンナーレのInstagram公式より、2枚目の画像。
【*2】 光州劇場の裏手にある人文社会・芸術書店。演劇演出家でありインディペンデント・文化企画者の「チェクバンジギ」が運営。
【*3】 ソウル市立美術館の企画展に寄せた批評が検閲を受けたことがきっかけとなった。
【*4】 中国国内においては台湾は領土の一部であり、「国家」として認めていない。8月27日には、駐韓大使が全南光州統合市長のもとを訪れ、台湾館の名称変更に異論を唱えた。その後、28~29日には、中国館を運営する「中国文化院」から「名称変更の撤回」を求める書簡が届いた。
「’대만관’ 쓰자 中 반발… 양안 관계로 몸살 앓는 광주비엔날레(「台湾館」にしたところ、中国の反発…両岸関係に苦しむ光州ビエンナーレ)」(朝鮮日報))
【*5】 CDA Holon館は、イスラエルのホロン(Holon)市にあるデジタルアートセンター(Center for Digital Art)というアート機関から取られた名称である。
【*6】 もちろんこのことは、CDA Holon館に限った話ではなく、イスラエルの軍事企業との関わりが強い韓国の火薬会社「韓火(Hanwa)」が2026年6月4日にポンピドゥーセンター・ソウルをオープンした当時にデモがあったりと、韓国国内の事業においても当てはまる話だ。
【*7】 銃弾の跡は2016~2017年にかけておこなわれた調査によるもので、偶然の一致である。ただ、記事によると2019年には、新たに25箇所見つかっている。
소름 돋는 우연, 광주 금남로 245번지에 박힌 탄환 245개(「ゾッとする偶然、光州錦南路245番地に撃たれた弾丸245個」)
【*8】 “5.18 민주화 성지 옛 전남도청을 지켜주세요”(「5.18民主化の聖地、旧全南道庁を守りましょう」)(中央日報)
(上記全URL最終確認2026年9月28日)本連載について
「異点:韓国で照らす他の地図」は、韓国と日本の二拠点で活動する美術批評家、紺野優希氏の連載です。同国の文化芸術の中核都市、ソウルからあえて視点をずらして諸地域を見つめ直し、オルタナティブな活動や地域の文脈で語られるアートを線で繋ぎながら、韓国のアートシーンの新たな輪郭を浮かび上がらせていきます。
執筆者プロフィール
紺野優希(こんの・ゆうき)
主に韓国で活動している美術批評家。「アフター・10.12」(Audio Visual Pavilion・2018)、「韓国画と東洋画と」(gallery TOWED, FINCH ARTS, Jungganjijeom II・2022)などを企画。日本と韓国の展覧会・イベント情報を紹介するポータルサイト「Padograph」(https://padograph.com/ja)の韓国担当。GRAVITY EFFECT 2019 美術批評コンクール次席。