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GAT 040 金澤韻
美術館の生態系―「中国現代美術館のいま」

2025.04.13
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美術手帖の連載、「中国現代美術のいま」の最終回、タイカン美術館を金澤さんが取材した際の写真
記事はこちら:『金澤韻連載「中国現代美術館のいま」:世界トップクラスの企業コレクションが見せる底知れぬ美術の力──泰康美術館』

現代美術キュレーターの金澤韻(かなざわ・こだま)が2022年3月にウェブ版『美術手帖』で始めた連載「中国現代美術館のいま」。同企画では、上海の美術館を紹介し、中国の私立美術館の特異性が、キュレーションや展覧会にいかに影響を与えているかを探求している。金澤によると、その運営形態には地域固有の生態系が色濃く反映されているとのこと。今回は、連載で紹介した美術館を通じて、上海の美術館情勢を考察し、美術・美術館の生態系という視点を提起する。以下は2023年5月19日に行われたトークの抜粋である。

構成:黒木杏紀 (Art Park)



美術館の生態系

グローバリゼーションが世界を覆う現在、美術館というのは、世界のどの場所でも同じ現代の美術を見せているように思うかもしれません。しかし異国の美術館を訪ねると、見たことのないようなもの、これが美術かと疑問に思うようなものもあったりします。それに驚き、あるいは物足りないと思ったりすることもありますが、自分が慣れ親しんだ観点から見てつまらないと思ってしまっては、そこに隠されている要因を見落としていくことになると思います。

そこには、各土地の生態系というものが関わっていると感じています。例えば自然界では生物が繁茂する条件があるわけですが、同じようなことが美術の世界にもあるのではと考えています。欧米の美術館は公的資金、企業や個人の寄付、そして収益事業、その複数の財源を組み合わせて美術館を運営することが多く、公的資金の割合はおおむね2割から6割。ヨーロッパは公的資金が多く、逆にアメリカでは民間からの寄付が多いといわれます。日本では国や県、市町村、地方自治体などが100パーセント出資する財団が応援する美術館の形がまず浮かびます。

違いはあっても欧米や日本で美術は「儲けるもの」というよりは、行政や富裕層が市民に税金や儲けを還元するサービスの一環だったりします。そこで人類共通の財産としての美術を奨励し保存し、後世の人々に還元する美術の姿が浮かび上がります。中国の現代美術館に関していえば公立の現代美術館は1館だけと言われ、多くの現代美術館が企業の美術館、あるいは個人コレクターの美術館という環境です。そのプライベートな企業や個人のコレクターが運営する美術館は、必ずしも多くの人のためのものではないのです。どんな美術館や活動があるのかを見ていきたいと思います。


UCCA Edge(ユーシーシーエー・エッジ)

UCCA Edgeは2021年5月に開館しました。建設計画が進んでいた複合ビルに後から美術館として入ったので、天井が一般的な美術館建築に比べると低くなっています。でも吹き抜けや展示室の真ん中に階段を配置したり、美術館の中に地形のようなものを作り出しています。UCCA Edgeはかなり優等生的な美術館だなと私は思いました。というのもキュレーターたちがきちんとリサーチをしてそれに基づいた展覧会をしているからです。

開館記念展では、上海ベースの素晴らしい世界的なプレイヤーの作品が並びました。震えたのが「Bank of Sand, Sand of Bank」という黄永砯(ファン・ヨン・ピン)の作品で、これは中国が真にグローバルな現代アートシーンに接続したと言われている、第3回上海ビエンナーレに出品されたものでした。

UCCA Edgeが特別なのは、個人コレクターの館としてスタートしながら、現代美術の専門家を招きその世界水準のコンテンツを維持し、世界の文脈と繋がっていこうと非常に強い意思を見せ、またリサーチもしっかりされている点です。

美術手帖 『金澤韻連載「中国現代美術館のいま」:世界を探究するための複数の視点を提供する──「UCCA Edge」』


上海油缶芸術中心(TANK Shanghai)

中国人の個人コレクター、喬志兵(チャオ・ジービン)が運営するTANKは、飛行機の燃料を入れるタンクだったところを改造して作った美術館です。丸屋根の天井高15メートルの形を活かしたサイトスペシフィックな展覧会がとても印象に残っています。

作家のシアスター・ゲイツ(Theaster Gates)は、観客がローラースケートで回って遊べるローラースケートリンクを設置しました。周囲のLEDディスプレイには、これまで人々が権利を求めて戦った様子が映し出され、公民権運動も含む社会と民衆のこれまでのコンテクストを俯瞰できるようなインスタレーションになっていました。

チャオさんが作家を選ばれ、キュレトリアルチームも展覧会ごとにチャオさんが指名すると聞きました。センスもよく、素晴らしい作品もありますが、いまのところそれがリサーチとして積み上がっている状況ではないようです。

一方で、小さいアートフェスティバルを館内で開催し、若い作家たちが作品を売ったりもします。また、作家の唐狄鑫(タン・ディシン)のプライベートイベントにTANKが会場を貸したんです。全ての音響設備、照明が整った何百人も入るような会場を「使っていいよ」と言ってくれるところは日本には絶対ないと思います。チャオさんはアーティストやコミュニティの人たちと共に成長していきたいと言っていました。

美術手帖 『金澤韻連載「中国現代美術館のいま」:巨大な燃油タンクから見たコレクターの柔軟な感性──「TANK」』


上海当代芸術博物館(PSA/Power Station of Art)

PSAは、元々発電所だった建物をリノベーションした公立美術館です。あまり密度がなく、最初、このガランとした感じが私にとっては驚きでした。

ディレクターの龔彦(ゴン・ヤン)さんは、「リノベーションした建築家は、PSAが10年間も生き残れるとは思ってなかったんじゃないでしょうか。細かいところは見ないでくださいね」と冗談のように言っていました。敷地が44万1千平方メートルありますが、そのリニューアル工事がたった9ヶ月で行われたということです。

中国はソフトオープンするところが多いです。例えばショッピングモールで全部の内装ができていなくても一部のレストランが開いているとか。PSAもそういう感じで「やれることをやろう」というディレクターの意思を私は感じました。

PSAは素晴らしいリサーチの上に、少し昔の中国現代美術など、私たちが知らないような作家も掘り返し丁寧に見せてくれます。他にも素晴らしい点は、都市計画の展望を含む建築の展覧会のシリーズ、デザイン領域、プロダクトデザイン。そしてファッションの展覧会なども積極的にやっていて、若い人たちが自分たちの生活の中で感じることができるアートを積極的に作っています。あと、若手キュレーターによる展覧会のコンペティションを毎年行っているところです。

美術手帖 『金澤韻連載「中国現代美術館のいま」:中国本土唯一の公立現代美術館の質実剛健な姿勢──「PSA」』


上海外灘美術館(RAM/Rockbund Art Museum)

RAMは、ロックフェラー財団が関わっているので、ロックの文字が入っています。バンドは上海に流れている大きな川「黄浦江」(ホアンプージャン)のことで、そのすぐ近くに建っている美しい歴史的建築をリノベーションした美術館です。この辺り一帯のビルを所有する不動産会社が運営していて、美術館を置くことでこのエリア一帯の価値を高めるという考えです。展覧会場としては小さめですが、構造をうまく活かしていて、いつも物語が心の中に浮かび上がってくるような良い展示をしています。

印象に残っている展示は、作家の宋冬(ソン・ドン)の個展で、日本語で「不自然な死」という映像作品がありました。チェ・ゲバラ、ジョン・F・ケネディ、マリリン・モンローらが水面に映し出され、そのうちのいくつかは真っ暗になっていました。その下には「この映像は技術的な問題ではない理由で上映できません」と書いてあり、その表示が作品の一部のように私の心を動かしました。これは検閲があったことを示しています。

美術手帖 『金澤韻連載「中国現代美術館のいま」:極上の鑑賞体験を提供する館の静かな闘い──「RAM」』


余徳耀美術館(ユズ・ミュージアム)

ユズ・ミュージアムは、中国系インドネシア人の個人コレクター、ブディ・テックの中国名、余徳耀(Yu Deyao)からきています。彼は、1998年まで続いたスハルト体制の中で行われた中華系への厳しい弾圧・排除を経験しています。彼は、「一般的にインドネシアでは中国の移民は「経済の動物」とされ、「中華系は教養がない」という考えを覆したい」と、あるインタビューで語っています。

このユズ・ミュージアムは飛行機の格納庫の建物をリノベーションしたもので、ものすごく大きいんです。基本的に中国現代美術を中心に作品購入をしていて、海外の作品でも中国の現代美術に関連するもの、影響を与えたものを収集したそうです。彼のコレクターとしてのミッションは、普通の美術館では入りきらないような大きな作品をコレクションすること。「大きいだけ」という批評もあったと思います。確かにリサーチという意味では少し大味なところもあります。

この展覧会「THE ARTIST IS PRESENT」はコピーをテーマにマウリツィオ・カテランが企画した展覧会で、グッチがスポンサーです。例えばこの徐震(シュー・ジェン)の作品は、仏像とギリシャ彫刻をくっつけたような彫刻作品で、コピーというアイデアがここに出ているのがわかると思います。

マウリツィオ・カテラン自身の、システィナ礼拝堂の6分の1モデルの作品の中で、いつものように上海の観客が自撮りをするその光景までもがインスタレーションの一部のように見えました。美術作品の意義がたくさんの複製されたイメージで変化したように、美術の鑑賞の仕方、消費の仕方も変化していることをこの展覧会が見せてくれました。


美術手帖 『金澤韻連載「中国現代美術館のいま」:中国現代美術の重要コレクターが遺したレガシー──「ユズ・ミュージアム」』

START Museum(星美術館)

START Museumは、個人コレクターの館です。部屋ではなく仮設壁で軽く区切ったところに展示をしており、あまり建築が良くないと前評判を聞いてました。作品を見ていると他の作品も目に入り倉庫にいるような気持ちになるのです。

でも、この美術館は作品第一主義を貫いているのです。1つひとつの作品に集中して時間をかけ、しっかり向き合って見て欲しいという願いがあり、だから時代も土地も、国内外問わずバラバラに展示しているのです。

これはマリーナ・アブラモヴィッチ(Marina Abramović)の「Art Must Be Beautiful, Artist Must Be Beautiful」と言いながら髪をすくパフォーマンス作品です。その作品の左側には中国人作家の宋冬(ソン・ドン)が川面にスタンプを押すというパフォーマンスがあり、その向かい側に中国人の張洹(ジャン・ホアン)がいて、彼は自分の顔に読めなくなるまで文字を書き込ませるというパフォーマンスをしています。年代も場所も全然違いますが、そこはかとなくそれぞれに向き合うような配置でした。

実は、その展覧会のカタログを見るとアートと政治の関係について書いてある館長の冒頭の文だけが掲載され、解説が1つも載っていませんでした。これは邪推ですが、もしかするとこのカタログを作るのにも、政府とのやり取りで何か困難なことがあったのかもしれません。そういう状況の中でも残っていくものがアート作品なのだという強いメッセージが、この館の「作品第一主義」なのだなと捉えました。

美術手帖 『金澤韻連載「中国現代美術館のいま」:ジャン・ヌーヴェル設計の新美術館をめぐる3つの謎──START Museum』


過去のトーク記事はこちら:
『GAT 027 金澤 韻「上海アートシーンの観察(2020~21前半)」』


金澤韻(かなざわ・こだま/キュレーター)

現代美術キュレーター。東京藝術大学大学院、英国 Royal College of Art修了。熊本市現代美術館など公立館での12年にわたる勤務ののち、2013年よりインディペンデント・キュレーターとして活動。国内外で展覧会企画多数。近年企画・参画した主な展覧会に、カンウォン国際トリエンナーレ(平昌、2024)、Art Rhizome Kyoto (京都市各所、2024)、杭州繊維芸術三年展(浙江美術館ほか、杭州、2019)、「Inter_Play」、AKI INOMATA、毛利悠子、ラファエル・ローゼンダール個展(いずれも十和田市現代美術館、青森、2018~2022)、Enfance(パレ・ド・トーキョー、パリ、2018)など。

※ このトークは2023年5月19日に京都芸術大学で開催された。