アルルから京都へ——国際写真フェスティバルの魅力と意義
文:竹内万里子
2013.04.01
竹内万里子(写真批評家/京都造形芸術大学准教授)
アルル、ヒューストン、マドリッド、バマコ、平遥——。これらの街に共通するのは、写真フェスティバルの開催地であるという点だ。意外に思われるかもしれないが、世界各地で開かれている写真フェスティバルの数は、ざっと数えても100は下らない。今春、そのラインナップに京都が加わる。「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真フェスティバル」がスタートするのだ。4月13日から24日間、京都市内の歴史的建造物を含めた12カ所で国内外の作家による写真展が開催され、さらに30数カ所のサテライト会場でも展覧会が開催される予定だという。
写真フェスティバルというのは、展覧会やワークショップ、トーク、ポートフォリオ・レビューなどを組み合わせた「写真のプラットホーム」とも言うべき総合的な催しのことである。その発端は今から40年以上前に遡る。当時、写真が「作品」として美術館に展示されたり売買されたりすることはほぼ皆無だった。そんな頃、南フランスのアルルで写真家のリュシアン・クレルグや作家のミシェル・トゥルニエらが、手作りで小さなフェスティバルを始めたのだ。自分たちで写真に豊かな文化的・芸術的価値を見出し、それをシェアするためにスタートしたこの催しは、世界で最も長い歴史を誇る写真フェスティバルとして今もなお大勢の写真関係者や愛好家を集めている。
実際アルルを訪れると、その人気の背景が実感できる。古代ローマ時代の遺跡と中世の建築物に彩られた小さな街。治安も良く、バカンスの季節には欧州各地から大勢の観光客が訪れる。徒歩圏内に数多くのホテルやレストラン、カフェが林立し、写真祭はその間に点在する教会や倉庫やホールを利用するため、じつにコンパクトで効率的な「出会いの場」が作り出されるというわけだ。事実その正式名称は「アルルにおける国際的な写真の出会い(Les Rencontres Internationales de la Photographie, Arles)」という。
KYOTOGRAPHIEの計画を初めて聞いたとき、真っ先に私の脳裏に浮かんだのがこのアルルのことだった。充実したプログラムの重要性は言うまでもないが、街自体に国内外から多くの来訪者を迎えるインフラが十分に備わっていること。人と人、人と作品が入り交じるようなダイナミクスを可能にする密集度があること。そして何よりも街そのものに人を引きつける豊かな魅力と文化があること。こうした基本条件を満たすフェスティバルは、じつはアルル以外にそう多くない。この点で、京都は理想的な場所である。だからこそKYOTOGRAPHIEが今後、この類い稀な環境をどのようにして活かしてゆくのか注目に値する。
実際、京都ほど日常的に写真に撮られ、膨大な写真を通してその(大半が紋切り型の)イメージを形成されてきた街も珍しい。つまり京都はつねに「撮られる」街であり続けてきた。このように撮られ=見られるばかりであった街に対して、KYOTOGRAPHIEは京都が写真を通して世界を見つめ、そこから数々の対話と思考を生み出す契機をもたらし得るだろう。たとえばこの街に埋もれている膨大な歴史的ビジュアル・アーカイヴの調査と活用。あるいは地域の美術系大学や教育機関との持続的な協働。こうした作業を地道に継続することで、京都ならではの写真フェスティバルのあり方が次第に見えてくるかもしれない。
そもそも「写真」を意味するフランス語の「PHOTOGRAPHIE」は、「PHOTO(光)」+「GRAPHIE(描くもの)」という二つの語から成る。つまり写真は「光が描き出すもの」なのだ。そう考えるならば、「KYOTOGRAPHIE」というその名前は、ただ単に京都で写真作品を鑑賞する機会を指すのではなく、「京都がみずから描き出す」ものとしての写真フェスティバルを含意しているとも考えることができるだろう。それが一体どんな姿になるのか、今から待ち遠しい。
たけうち・まりこ (写真批評家/京都造形芸術大学准教授)
1972年東京生まれ。写真批評家。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院文学研究科修士課程修了(芸術学)。早稲田大学非常勤講師、東京国立近代美術館客員研究員などを経て、2009年4月より現職。「アサヒカメラ」「スタジオボイス」「美術手帖」など、国内外の雑誌・新聞に写真評論を多数寄稿。『鷹野隆大1993-1996』(蒼穹舎)、『鈴木龍一郎写真集 オデッセイ』(平凡社)等、作品集への執筆も多い。2008年フルブライト奨学金を受け渡米、同年「パリフォト」日本特集のゲストキュレーターを務めた。共著に『The Oxford Companion to the Photograph』 (Oxford University Press)、『日本の写真家101』(新書館)、『森山大道、写真を語る』(青弓社)など。
アルル、ヒューストン、マドリッド、バマコ、平遥——。これらの街に共通するのは、写真フェスティバルの開催地であるという点だ。意外に思われるかもしれないが、世界各地で開かれている写真フェスティバルの数は、ざっと数えても100は下らない。今春、そのラインナップに京都が加わる。「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真フェスティバル」がスタートするのだ。4月13日から24日間、京都市内の歴史的建造物を含めた12カ所で国内外の作家による写真展が開催され、さらに30数カ所のサテライト会場でも展覧会が開催される予定だという。
写真フェスティバルというのは、展覧会やワークショップ、トーク、ポートフォリオ・レビューなどを組み合わせた「写真のプラットホーム」とも言うべき総合的な催しのことである。その発端は今から40年以上前に遡る。当時、写真が「作品」として美術館に展示されたり売買されたりすることはほぼ皆無だった。そんな頃、南フランスのアルルで写真家のリュシアン・クレルグや作家のミシェル・トゥルニエらが、手作りで小さなフェスティバルを始めたのだ。自分たちで写真に豊かな文化的・芸術的価値を見出し、それをシェアするためにスタートしたこの催しは、世界で最も長い歴史を誇る写真フェスティバルとして今もなお大勢の写真関係者や愛好家を集めている。
実際アルルを訪れると、その人気の背景が実感できる。古代ローマ時代の遺跡と中世の建築物に彩られた小さな街。治安も良く、バカンスの季節には欧州各地から大勢の観光客が訪れる。徒歩圏内に数多くのホテルやレストラン、カフェが林立し、写真祭はその間に点在する教会や倉庫やホールを利用するため、じつにコンパクトで効率的な「出会いの場」が作り出されるというわけだ。事実その正式名称は「アルルにおける国際的な写真の出会い(Les Rencontres Internationales de la Photographie, Arles)」という。
KYOTOGRAPHIEの計画を初めて聞いたとき、真っ先に私の脳裏に浮かんだのがこのアルルのことだった。充実したプログラムの重要性は言うまでもないが、街自体に国内外から多くの来訪者を迎えるインフラが十分に備わっていること。人と人、人と作品が入り交じるようなダイナミクスを可能にする密集度があること。そして何よりも街そのものに人を引きつける豊かな魅力と文化があること。こうした基本条件を満たすフェスティバルは、じつはアルル以外にそう多くない。この点で、京都は理想的な場所である。だからこそKYOTOGRAPHIEが今後、この類い稀な環境をどのようにして活かしてゆくのか注目に値する。
実際、京都ほど日常的に写真に撮られ、膨大な写真を通してその(大半が紋切り型の)イメージを形成されてきた街も珍しい。つまり京都はつねに「撮られる」街であり続けてきた。このように撮られ=見られるばかりであった街に対して、KYOTOGRAPHIEは京都が写真を通して世界を見つめ、そこから数々の対話と思考を生み出す契機をもたらし得るだろう。たとえばこの街に埋もれている膨大な歴史的ビジュアル・アーカイヴの調査と活用。あるいは地域の美術系大学や教育機関との持続的な協働。こうした作業を地道に継続することで、京都ならではの写真フェスティバルのあり方が次第に見えてくるかもしれない。
そもそも「写真」を意味するフランス語の「PHOTOGRAPHIE」は、「PHOTO(光)」+「GRAPHIE(描くもの)」という二つの語から成る。つまり写真は「光が描き出すもの」なのだ。そう考えるならば、「KYOTOGRAPHIE」というその名前は、ただ単に京都で写真作品を鑑賞する機会を指すのではなく、「京都がみずから描き出す」ものとしての写真フェスティバルを含意しているとも考えることができるだろう。それが一体どんな姿になるのか、今から待ち遠しい。
たけうち・まりこ (写真批評家/京都造形芸術大学准教授)
1972年東京生まれ。写真批評家。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院文学研究科修士課程修了(芸術学)。早稲田大学非常勤講師、東京国立近代美術館客員研究員などを経て、2009年4月より現職。「アサヒカメラ」「スタジオボイス」「美術手帖」など、国内外の雑誌・新聞に写真評論を多数寄稿。『鷹野隆大1993-1996』(蒼穹舎)、『鈴木龍一郎写真集 オデッセイ』(平凡社)等、作品集への執筆も多い。2008年フルブライト奨学金を受け渡米、同年「パリフォト」日本特集のゲストキュレーターを務めた。共著に『The Oxford Companion to the Photograph』 (Oxford University Press)、『日本の写真家101』(新書館)、『森山大道、写真を語る』(青弓社)など。
(2013年4月1日公開)