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ハイナー・ゲッベルス『Black on White』
文:大谷能生

2017.10.13
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ハイナー・ゲッベルス×アンサンブル・モデルン『Black on White』
© Christian Schafferer


大谷能生

ハイナー・ゲッベルスを見たのは、最初で最後になったCASSIBERの来日公演の時で、いま調べたら1992年のことらしいので、もう25年! も前なのか。クリス・カトラー、クリストフ・アンダーズ、アルフレッド・ハルト(その時はもう脱退していなかった)によるCASSIBERは欧州ポスト・フリー・ミュージックを代表するバンドの一つで、各人がさまざまな楽器を操りながら、エレクトロニクス、フォーク、ロック、ディスコ、録音素材、演劇その他、それまで同じ場所では聴けなかったサウンドをパンクなスピードでコラージュしてゆくその演奏のスタイルは、モダンの美学がまだ支配的だったインプロヴィゼーションのシーンに一時代を画す衝撃を与えた。

ハイナー・ゲッベルス×アンサンブル・モデルン『Black on White』
© Christian Schafferer


直接的な影響を受けたのはぼくより一世代前のプレイヤーたちだと思うけれど、同じく90年代初頭にリリースされたフレッド・フリスのドキュメント『STEP ACROSS THE BORDER』とともに、CASSIBERは、音楽をはじめたばかりだったぼくに、「即興演奏によって出来ること」の広がりをガツンと示唆してくれた。フリスは越境してゆく個人が音楽を生み出してゆく方法を、CASSIBERは緊密な組織によってその内部に全世界を取り込む可能性を、という違いはあるけれど、そして、来日公演には急逝したcompostelaの篠田昌巳が参加していて、さらに異なった音楽がそこには内包されていたはずで、歌があり、抽象があり、リズム・シーケンスがあり、フリー・ジャズがあり、ノイズがあり、ポップスがあり、ハードコアがあり……といったポスト・フリーの沃野がぼくの90年代の原風景である。

そこから20年あまり。もしかすると、この時代の音楽はいま一番アクセスしにくくなっているかもしれない、と思う。「ポスト・モダン」という言葉がマジック・ワードだった時代を十二分に反映した80~90年代の音楽たち。国家・民族・人種による区分が音楽文化の中にもまだ厳然と存在し、大衆音楽のすべてがデジタルな消費物として液状化している現在から見れば、もしかして「過渡期」としてしか見なされないかもしれないこの時代に試みられた実験の数々は、いま、どのように聴こえるだろうか。しかし、まだ至るところに現実の壁がそびえていたこの時代の、物事を組みなおすための組織論としてこれらの音楽を聴きなおしてみることは、次の過渡期に向かっているだろう現在、思考の大きな手がかりとなると思う。感じるな、考えろ!(綾小路翔)。

ハイナー・ゲッベルス×アンサンブル・モデルン『Black on White』
© Christian Schafferer


CASSIBER活動休止ののち、ハイナー・ゲッベルスはさらに大きく、西欧芸術の本丸自体を取り扱う方向に向かった。『Black on White』の初演は1996年。まさに「現代」がはじまる時代に作られた舞台である。この20年間に何が生れ、何が消えたのか、舞台に呼び集められた「不在」とは何か。CASSIBERと同じように、日本初演のこのステージが、あらたな思考と組織論を生み出すことを期待しています。

(2017年10月17日公開)

おおたに・よしお
批評/音楽。『ジャズと自由は手をとって(地獄に)行く』(本の雑誌社)、『憂鬱と官能を教えた学校』(河出書房新社/菊地成孔との共著)など著作多数。ジャズ、ヒップホップ、舞台音楽などを横断する演奏活動を継続中。

 


【公演情報】
ハイナー・ゲッベルス×アンサンブル・モデルン 「Black on White」は、
2017年10月27日(金)と28日(土)に、京都芸術劇場 春秋座にて上演されます。

▷詳細はこちら 京都芸術劇場 春秋座
        KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭2017