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AiR Report : パリ滞在記 Part 1 -
「愛する女性」はどう変化するのか
文: 梶原瑞生

2021.12.09
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Photo by Kajihara Mizuki

フランス・パリ、マレ地区にある「Cité internationale des arts」(以下、シテ・デザール)は、1965年から続く、アーティストだけでなくミュージシャンやダンサー、ライターなど多くの分野の表現者に開かれたレジデンス・プログラムである。滞在者は常時200人を超えるほどの巨大な施設であり、サンルイ島を挟んで流れるセーヌ川にのぞんで位置している。今回私は、おおさか創造千島財団と京都芸術センター、そしてヴィラ九条山、アンスティチュ・フランセの共同開催による「アーティスト・イン・レジデンスプログラム2020/2021」を通して、10月9日より3ヶ月このシテ・デザールに滞在できることとなった。

毎週水曜日には希望するアーティストがオープン・スタジオを開催し、それぞれが自身の作品をアトリエで発表し、地下のホールでは音楽やダンスなどのライブパフォーマンスも開催される。また、長期の企画展がギャラリーで開催されるなどイベントは目白押しであり、そのような機会を通じて他のレジデントとの交流が生まれるのも新鮮だ。2019年以降の新型コロナウイルスの蔓延により多くの文化活動に影響が出ている最中、このように海外での滞在制作ができる機会というのはとても貴重だと実感すると共に、さまざまな場所からアーティストたちが集まるこのレジデンス・プログラムという環境にまずは驚いている。

Cité internationale des arts, Paris. Photo by Kajihara Mizuki

私は主に西洋音楽に興味を持ち、その歴史や時代背景をモチーフとして作品を制作している。

2019年に制作した作品《The Libertine Punished or…》では、オペラ《ドン・ジョヴァンニ》の制作にまつわるエピソードを元に、モーツァルトの旅路を追いながら、ウィーンからプラハまでを自転車で移動した。また2020年に制作した作品《Simple and soft, but not so slow.》では、日本では鉄道の車内アナウンスのメロディとして知られる、オランダの作曲家ジョニー・ハイケンスの楽曲を、京都と長崎間の各駅で演奏するというパフォーマンスを行った。
いずれも作曲の経緯や時代背景からインスピレーションを受けており、それらを、身体を通して理解しようと試みながら、さらには別の言語へ転化できないかと考えている。

Simple and soft, but not so slow. (2020) Kajihara Mizuki

今回パリで行うプロジェクトは、フランスの作曲家エクトル・ベルリオーズ(1803-1869) が1830年に発表した楽曲《幻想交響曲》に登場するフレーズを使用して「音楽による伝言ゲーム」を行うというものである。
《幻想交響曲》は、今日「イデー・フィクス(固定楽想)」と呼ばれる技法で知られている、音楽史において重要な位置づけをされている作品だ。

1827年、パリ6区のオデオン劇場で上演された演劇《ハムレット》を鑑賞したベルリオーズは、「心を強く揺さぶられた」という。シェイクスピアに対する敬意を再確認しただけでなく、なによりオフィーリア役を演じていたアイルランドの人気女優ハリエット・スミッソンの姿が、心に焼き付いて離れなくなったのだ。 [*1]

Théâtre de l’Odéon, Paris. Photo by Kajihara Mizuki

この時に抱いたスミッソンへの熱烈な恋心が発端となって《幻想交響曲》は生み出された。初演はパリ音楽院で行われ、その際ベルリオーズは、自身が執筆した恋の物語を記したプログラムを観客に配布している。物語の内容は、1人の若い芸術家が理想の女性への恋心に苦しみ、自殺を図るというものである。理想の女性は、次第に蠱惑の様相を呈し、やがては魔女の集会においてグロテスクな旋律を奏でるという幻想へと変貌する。

このプログラムにおいて、楽曲の中に繰り返し現れる特定の旋律は「愛する女性」を意味しており、同様にそれぞれのキャラクターや表現が、特定の旋律と結びついていることがベルリオーズによって説明されている。

ベルリオーズの「前書き」によると

“作曲家の意図は、芸術家の人生のさまざまな状況を、その音楽的な側面から展開することであった。言葉を欠く器楽ドラマの構想は、事前に説明しておく必要がある。したがって以下のプログラムは、楽曲を導く役割を果たし、その性格や表現を動機づけるオペラの台詞のようなものと見なされるべきである” [*2]

とされている。

Episode in the life of an artist. Symphonie fantastique in five parts, Programme 1830, Musée Hector-Berlioz. Photo by Kajihara Mizuki

このように、ある特定の対象と旋律を限定的に結びつける手法が「イデー・フィクス」と呼ばれるものであり、「作曲者側の要求にしたがって意味的に音楽を聴く」という点において、当時とても革新的な方法であった。[*3]

さらにこの手法は、1839年、26歳の頃にパリでベルリオーズの交響曲《ロミオとジュリエット》を鑑賞し、多大な影響を受けたというリヒャルト・ワーグナーへも受け継がれ、今日「ライトモティーフ(示導動機)」と呼ばれる技法として発展した。ワーグナーのオペラによって、より深く「音楽と言葉の関係」が思考されたのである。[*4]

私はこの「音楽への意味づけ」、さらにはワーグナーへと継承された「音楽と言葉の関係」に興味を持ち、今回のプロジェクトを構想した。

「伝言ゲーム」では、上述した《幻想交響曲》の中で「愛する女性」を意味する旋律を起点のフレーズとし、フレーズを伝えてゆくことにより、それがどのように変化するかを記録する。

Model of «Symphonie fantastique» Concert hall of the Consarvatoire de Paris in 1830, Musée Hector-Berlioz. Photo by Kajihara Mizuki

[*1] 参照 : ベルリオーズ回想録, 2021.11.1 閲覧
[*2] Site Hector Berlioz 所収「Symphonie Fantastique: Le programme de la symphonie (versions de 1845 et 1855)」拙訳, 2021.12.8 閲覧
[*3] 出典 : MUSIC PAL – 学校音楽教育支援サイト, 音楽について勉強しよう, 音楽史について学ぶ, 19世紀の音楽, 2021.11.1 閲覧
[*4] 参照 : 『ベルリオーズ (大音楽家・人と作品 16)』久納 慶一(著), 音楽之友社, 1967年

パリに到着して1ヶ月が経った。

リハーサルとして何度かゲームを行ってみたが、やはりメロディは簡単に変化し、その予想とのズレが素朴な笑いを生む。また言語を用いない遊戯であるが故に、多くの人に参加してもらえるということもわかった。

私はこのゲームをさらに大人数で行うべく、水曜日のオープン・スタジオに参加してみることにした。オープン・スタジオは本来自身のスタジオを解放して開催するものだが、参加者を広く募るという作品の主旨を説明し、共有スペースでワークショップとして開催させてもらえることになった。

「愛する女性」の旋律は、はたしてどのように変化してゆくのだろうか。次回のレポートでは、オープン・スタジオの様子をお伝えできればと思う。

パリ滞在記 Part 2 – 生への復帰、あるいは・・・』へ

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梶原瑞生(かじはら・みずき)
アーティスト。京都芸術大学(旧・京都造形芸術⼤学)現代美術・写真コース卒業。同大学大学院 グローバル・ゼミ修了。