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AiR Report : パリ滞在記 Part 2 -
生への復帰、あるいは・・・
文: 梶原瑞生

2022.02.23
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Photo by Kajihara Mizuki

フランス・パリ、マレ地区にある「Cité internationale des arts」(以下、シテ・デザール)は、1965年から続く、幅広い表現者に開かれたレジデンス・プログラムである。現在私は、おおさか創造千島財団と京都芸術センター、そしてヴィラ九条山、アンスティチュ・フランセの支援を受け、2021年10月9日より3ヶ月間の予定でここに滞在している。

取り組んでいるプロジェクトは、フランスの作曲家エクトル・ベルリオーズ(1803 – 1869)による《幻想交響曲》のフレーズを使って「伝言ゲーム」を行うというものである。
2021年11月当時のパリはコロナウイルスによる制限も比較的緩和されており、数ヶ月中止となっていたシテ・デザール主催によるアーティスト同士の懇親会が行われたり、アンスティチュ・フランセにより招致されているアーティストに向けて、パレ・ド・トーキョーのオープニング・ツアーが企画されたりなど、シテ内だけでなく外部との交流も行える状況にあった。

そんな中、私はシテ・デザールの共有スペース「Café des arts」にて11月10日にオープン・スタジオを行った。ここは予約制で使用できるシテ内の多目的施設である。

滞在開始からひと月ほどとまだ日が浅い状態だったが、参加者を集めてプロジェクトを円滑に進めるために、私はパリに到着して間も無くこの準備に取り掛かっていた。当日の開催時間は3時間ほどだったが、様々な人が参加する流動的な交流の場が生まれ、レジデンス・アーティストだけでなく外部からの来場者を含め、合計で50人を超えるほどの訪客があった。

実際に滞在した、シテ・デザール内のスタジオ風景。 Photo by Kajihara Mizuki

オープン・スタジオの様子をレポートする前に、なぜフランス・パリでの滞在制作を希望したのかについて改めて書いておきたい。

まずは、ベルリオーズ以外にもフランツ・リストやフレデリック・ショパン、エリック・サティなど、他にも多くの音楽家が生活した都市に滞在しながら、その歴史を肌で感じたい、という率直な動機があった。
私は西洋のクラシック音楽に関する歴史や、楽譜の持つ記号性を題材に作品を製作している。「クラシック音楽」と言うとあまりに広く抽象的な定義となってしまうが、私の興味は9世紀ごろに楽譜として残され始めたグレゴリオ聖歌から19世紀ごろに至るまでに活動していた様々な作曲家の人生を知ること、またその時代背景–その曲がなぜ、どのような状況で、なんのために作曲されたのか−を考えることにある。

私の創作は、そこから学んだことや疑問が元となっているため、音楽や音そのものへの探求というよりは、音楽という形式をそれ以外の言語に翻訳する試みであると言えるかもしれない。言い換えるならば、その音楽が担っていた役割を自分なりに解釈した上で、全く別の文脈でそれを体験するという実験である。

ベルリオーズの故郷、イゼール県のラ・コート=サン=タンドレの丘から「アルプスの雄峰」をのぞんだ景色。 Photo by Kajihara Mizuki

「生への復帰、あるいは…」と名付けたこのプロジェクトは、ベルリオーズによる楽曲《レリオ あるいは生への復帰》(以下、レリオ)に由来する。これは同作曲家による1830年の作品《幻想交響曲》の続編として1832年に発表された曲であり、両曲は作者によって続けて演奏するように指示されている。

《幻想交響曲》は女優ハリエット・スミッソンへの恋心から作曲されたが、結局彼の恋は実らなかった。1830年にローマ賞を受賞し、同年末にイタリアへと留学したベルリオーズだが、この時には既に別の女性、ピアニストのマリー・モークとの婚約を取り決めていた。

しかしながら、この恋も彼のイタリア滞在中に突然破局を迎えることになる。《レリオ》はこのイタリア滞在中の経験を経て発表されることとなるのだが、前編《幻想交響曲》と同じく、作曲家自身の個人的な失恋の物語が主題となっている。

《幻想交響曲》に聴くことのできる「愛する女性」を意味する旋律は、女優ハリエット・スミッソンを指すが、《レリオ》でも全く同じ旋律が登場する。もちろん同じ旋律を作曲家自身が別の作品にて再利用するというのは珍しいことではない。しかし、その旋律に作者自身が意味付けをするという点、つまりこれが「イデー・フィクス(固定楽想)」という手法で成り立っているという点で、両作品は同じ性質を備えているのである。

《幻想交響曲》でベルリオーズにより確立された「イデー・フィクス」という手法は、「特定の対象と旋律を限定的に結びつける」というものである。同曲の初演時には作曲家本人による失恋の物語が綴られたプログラムが観客に配布された。つまり観客は、音楽の聴き方や連想するイメージを指定された状態で鑑賞するように求められたのである。これは当時かなり奇抜な方法であった。

左:ハリエット・スミッソン、右:ヘクター・ベルリオーズ, Musée Hector-Berlioz. Photo by Kajihara Mizuki

しかし続編である《レリオ》は、一段と型破りで大胆な構造をしている。前作で追求された「物語と音楽の関係」が更に掘り下げられ、実験的に展開されているのである。
この「曲」の始まりに楽器は登場せず、1人の語り手が愛の物語を独白する。それが終わるとピアノの音が響き、テノールによる独唱が始まる。独白と演奏を繰り返しながら曲が進行すると、ようやく管弦楽が登場し、《幻想交響曲》と同じ「愛する女性」の旋律を奏で始める。

したがって《レリオ》は、台詞が常に音楽として展開されるオペラの要素と、また台詞のみで物語を見せる演劇的な性格が融合された、分類することが非常に難しい作品であると言える。

ベルリオーズは、《幻想交響曲》や《レリオ》において、「物語」という、言葉によって語られ、感情や情景をより具象的に表すことのできる要素を加えた。「言葉による物語」と「音楽」はそれぞれ個別のルールで成り立っているにも関わらず、そこから連想されるそれぞれのイメージが、作曲家の説明によってある種強制的に結びつけられているのである。

同世代のドイツ人作曲家ロベルト・シューマン(1810-1856)は、《幻想交響曲》に関する評論文の中で、シューマン自身も多くの観客と同じように音楽を聞く前に物語を見てしまったため、その忠実性については「なんともいえない」と記している。そして用意された物語が音楽への想像力を奪うという点を指摘しつつ、しかし作品を聴いているうちに、徐々にその問題は解消されたことも付け加えている。

今回私がパリにて取り組んでいるプロジェクトは、言葉の指し示す内容を音楽がどこまで表現できるか、またはその逆について言及するためのものではない。また、《幻想交響曲》が発端となる旋律に特定のテーマや意味を持たせた「標題音楽」と、標題を持たない、純粋な音の構成を追求する「絶対音楽」の良し悪しを問うものでもない。
音楽という情報はどのように伝わり広がっていくのか。意味と結びつけられた音楽を再び意味から引き剥がし、個人の体験へと還元してみたいと考えているのである。

10月9日にパリに到着し、初めてヨーロッパでの長期滞在を経験することになった。生活のあらゆる部分で日本との文化の違いを感じる場面があるが、何より世界的なパンデミックという状況での戸惑いもある。しかし、困難な状態においても常に人と繋がろうとする周囲の活気や、「作品を発表すること」よりも「作品を通して会話をすること」を重視している様子にとても刺激を受けている。毎週開催されるオープン・スタジオでも、座談会や勉強会のような形式や、植物のリサーチをベースにしてそこからできたクッキーを振る舞うプロジェクトなど、コミュニケーションを中心に据えた企画も数多くあった。

私の開催したオープン・スタジオも、物質的な作品を見せるというよりはワークショップのような形式となった。テーブルを囲みながら行われた伝言ゲームは、前の人が歌ったメロディを次の人が歌い、同じプロセスを繰り返すというシンプルなものである。「伝言ゲーム」はフランス語では「téléphone arabe」、英語では「Chinese whispers」と呼ばれ親しまれている。ほとんどの参加者がすぐにルールを理解する。

次々と変化するメロディに笑いが起こり、外を通りかかった人もそれに釣られて顔を出し、3時間を通して常に客足が絶えなかった。飲み物片手に訪れた人が、作家である私だけでなく、偶然その場に居合わせた他の参加者と音楽を通して交流する。参加者と作家という構図ではない多面的な交流の場が生まれ、国籍や分野の異なるアーティストが行き交う時間となった。

オープンスタジオの様子。 Photo by Kajihara Mizuki

伝言ゲームの結果は私自身にも計り知れないものだが、その旋律は人を経由し伝達されていく中で、どのような経験となりうるのだろうか。それは、その人だけの旋律となり、その人としか結びつかない旋律となるのではないだろうか。
最終回となる次の連載では、この伝言ゲームの結果を見ながら、滞在の最後に参加した展覧会の様子についてもリポートする。

最後に、先ほど言及した作曲家ロベルト・シューマンの言葉を引用したい。これは決して音楽という限定された分野についての話だけではなく、個々の認識と、さらには「伝える」行為の根源的な部分に触れているのではないかと思う。

『しかし、その人々のいう旋律とは、何をさしているかよく考えてみるがいい。あの人たちはわかりやすい、調子のよいものでなければ、旋律だと思わない。しかし、旋律にはもっとちがった種類のものがあって、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンをあけてみると、そこには幾千といういろいろとちがった節がみつかる。(…)ピアノをまさぐりながら、小さな旋律をまとめ上げるのも結構だが、ピアノがなくても自分の中から自然と旋律が湧いてきたら、もっとよろこんでいい。君の中に、一層深い音感が生きてきたのだ』

『音楽と音楽家』ロベルト・シューマン(著)/ 吉田 秀和(訳), 岩波文庫, 1958年

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梶原瑞生(かじはら・みずき)
アーティスト。京都芸術大学 現代美術・写真コース卒業。同大学大学院 グローバル・ゼミ修了。