AIRアーティスト・イン・レジデンスとは何か?(5): 最終回
レジデンスネットワーク(その2)―Y-AIR の実践と国際ネットワークのはじまり
文: 村田達彦
これまでの4回に渡り、私論「アーティスト・イン・レジデンス(以降AIRと表記 )とは?」について、運営者の実体験を背景に始まったアーティスト主導の私設レジデンス「遊工房アートスペース・レジデンスプログラム」に関する話を進めてきた。
ここで、アーティストのための創作館である「AIR」で滞在制作の体験をする当の本人「アーティスト」について一言。「Living Artist:今この時代に生きて作品を作り続けている現存の芸術家」から、「Starving Artist:生活にもチャンスにも飢えている芸術家」という芸術家に関する英語の面白い表現を思い出した。このLiving ArtistとStarving Artistという語の間にさらに、Well-known Artist, Emerging Artist, Full-time Artist, Working Artistという「芸術家」に関する名称がある。この米国事情の解説は今でも新鮮だ。[*1]
今回、どのカテゴリーでもない若手アーティスト、Young Artistへのメッセージを込めた「Y-AIR, AIR for Young」について私共の実践活動の話をして、このシリーズを締めさせていただこうと想う。
一方、片手落ちにならぬように、アーティストのための創作館である「AIR」の運営についても一言触れる。
「AIR」のことを語る時、「AIR」に対応する日本語が何故無いのか?何故日本語にしないのか?と、ある場で議論した時「“旅先造り”では如何でしょう」と提案を頂いた。中国語では「芸術家進駐」と言うらしい。[*2]
「若い内に旅をしろ」という格言や、「多様なAIRの実態」、「活動資金の出所」の現実を踏まえ、AIRの利用者「アーティスト」自らの体験や、AIR運営者の苦労話しなども参考に、AIRに関わる両側面の視点から考える「支援が必要なアーティストとは?」また、「必要とされるAIRとは?」を国内外のAIR運営者仲間と、美大などの教官と議論してきた。「旅先造り」の神髄として、若手アーティストのための創作館の必要性を考え、その受け皿としてのAIRの在り方を考えた。アーティストを志す美大生に限らず創作経験の浅い時期に、アカデミーの雰囲気から離脱して旅先造りも良いだろう。多様な背景の滞在者が活動している年中稼働しているレジデンスを覗いてみるのは、良い刺激となるはずだ。国際交流の盛んな現在、大学間交流の一環に相互の交換プログラムがあるのも好都合かもしれない。
前回寄稿の「マイクロレジデンスの発見」を経て、パートナの母校・東京藝大のO JUN研究室、地元の美術大学女子美日沼禎子研究室との交流、調査・研究活動を通して、また遊工房独自の国内外の事例調査と研究からも「若手作家の機会としてのAIR」のかたち、「AIRと美術大学との連携―マイクロとマクロの協働によるー“Y-AIR 構想”」が見えてきた。「Y-AIR、AIR for Young―AIRⅹ美術大学によるアーティストの国際的キャリアの形成」をバックグラウンドに、AIR運営者と美術大学(今となれば美術に限ることはないと考えている)が協働することによって良い流れが生まれる。AIR機会の創出とともに、その体験機会の拡大を図る実践として「美大生のAIRでのインターンシップ・プログラム」、「AIRと美大による協働プログラム」そして「AIR体験プログラム」などの活動が始まった。[*3]
[*1] 塩谷陽子著「ニューヨークー芸術家と共存する街」、第2章「デモクラシーとプロの芸術家」丸善ライブラリー1998[*2] 「アーティスト・イン・レジデンスの現在 06:Youkobo Art Community 小さなアートの複合施設から大きな可能性を!」(岩瀬石彫展覧館代表浅賀正治氏との対談から)
[*3] 「アーティストの創作活動の場(館)―その社会装置としての仕組み、ネットワークの可能性」
以下、幾つかの実践事例。2007年以来、何度か遊工房に滞在したロンドンのアーティストユニット「ダンヒル&オブライエン/Mark Dunhill&Tamiko O’Brien」滞在時の対話で、アーティストと教育者としての両人の立場から、AIR運営側と教育機関の双方で力を合わせ、若手作家のAIR機会創出に焦点を当てた試みとして始まったのが「ロンドンケース」である。2014年、AIR体験豊かなOJUN氏にも尽力いただき、専攻学科を横断しての学内美大生(新卒も含む)との実技授業、創作ワークショップ「コラボレーション」を開催した。同時に、AIR滞在作家の滞在制作の手伝いを通し、作家活動の内面を知る貴重な体験となる「美大生のAIRでのインターンシップ」も始めた。次年からは両都市間の美大生(新卒アーティスト、修士コース含む)の双方での交換プログラムとして発展させることが出来、開催年毎の改善を図りながらの継続となった。[*4]
[*4] 「若手作家への機会と場としてのアーティスト・イン・レジデンス(AIR)とはーY-AIRの可能性、Londonとの試み」「チェコケース」は、西ボヘミア大学の夏季休暇中のキャンパスで開催の約1か月のアートキャンプ(ArtCamp)、各種アート技法の1週間単位のショットコースへの参加と異文化交流の国際交流プルグラムである。本プログラム3年目からは、参加若手アーティスト派遣にとどまらず、キャンプ講座への日本人講師となるアーティストの派遣や研究者派遣も始めることとなった。この継続する活動は、大学間交流プログラムへと発展している。本件は欧州文化首都の機会に日本文化を紹介する国際交流財団「EU Japan Fest 日本委員会」の紹介を得て始まり、国内美大教官の協力を得て実現した若手アーティストのチェコ滞在機会を通したユニークな交換プログラムである。[*5]
その後はじめた、「フィンランドケース」は、ラップランド大学と東京藝大が、双方につながる「マイクロレジデンス」の「Art Break」と遊工房の基で始まり、日本側は、大学の主宰する地方でのアートフェスティバル「天空の芸術祭・長野県東御市」への参加と双方の大学内スタジオを利用する新たなパターンだ。[*6]
その他、Y-AIR実践活動にかかわる国内外事例は報告書を参考願う。[*7]
このようなY-AIR実践の活動を広く国内外にアピールし、国際間の交換プログラムへの発展を目指すべく活動実践者との検討を進め、2020年2月に、女子美術大学小倉文子学長の特段の理解を頂き、同大杉並キャンパスでの「Y-AIR Network」第1回Y-AIR国際フォーラムの実現となった。COVID-19によるパンデミックが懸念され始めた訝しい様相の時期ではあったが、AIR運営者、美術大学関係者など国内外からも多くの参加を得ることが出来たのは幸いであった。[*8]
[*5] 「若手作家への機会と場としてのアーティスト・イン・レジデンスとはーY-AIRの可能性、欧州文化首都2015Pilsenとの試み」[*6] 「アーティスト・イン・レジデンスと美術大学の協働―Y-AIRフィンランドと日本の試み」
[*7] ・「Y-AIR事例集vol.1(国内編)―若手作家の機会としてのアーティスト・イン・レジデンス」
・「Y-AIR事例集vol.2(海外編)―若手作家の機会としてのアーティスト・イン・レジデンス」
[*8] 「 Y-AIR構想 ―『AIR × 美術大学』によるアーティストの国際的キャリアの形成」
この活動の継続、拡大を参加者一同確認する場となり、次回開催として2021年ロンドンでの再会の約束をもって閉幕したことが夢のように思い出される。この先の実践活動の継続と交換プログラムのネットワーク再開は摸索中である。
本項をもって5回の話は終了、私共の美術活動50年は、多様なフェーズで活躍する国内外のアーティスト達、教官、研究者、さらに支援財団のご理解と力添えがあってこそ実現継続が可能であった。パンデミックを機に露呈した、多くの社会的矛盾と現実との狭間で、今こそ、異文化交流の実体験を通し、多様性に寛容である社会を意図して、若いアーティストと共にこの活動に邁進していきたいと想う。
本寄稿の機会を頂戴したICA Kyotoはもとより、お世話になった皆さま、拙文に交えた皆さまに感謝申し上げる。
- 『AIRアーティスト・イン・レジデンスとは何か?(1): ― 遊工房レジデンスの始まり』
- 『AIRアーティスト・イン・レジデンスとは何か?(2): ― 彫刻シンポジウムのこと』
- 『AIRアーティスト・イン・レジデンスとは何か?(3): ― 遊工房の50年、そしてレジデンス活動30年と藤野別館のこと』
- 『AIRアーティスト・イン・レジデンスとは何か?(4): ― レジデンスネットワーク(その1)― マイクロレジデンスの発見』
村田達彦(むらた・たつひこ)
30年の技術者としての生活の後、1988年より、創作・展示・滞在のできるアーティストのための創作館・遊工房アートスペースをパートナである村田弘子と共同で東京に設立。2010年から、マイクロな存在の独自の運営をしているアーティスト主導の世界にあるAIRプログラムを「マイクロレジデンス」と名付け、その顕在化、AIRの社会装置としての役割についての調査・研究を国内外のネットワークを通し推進している。
2015年からは、レジデンス活動と美大との連携による、Y-AIR, AIR for young(AIR活動機会をもっと若手作家へ!)の実践も展開している。遊工房アートスペース・共同代表。Res Artis名誉理事。