自由民主の国だからと云って義憤に堪えないことも随分ある場所で
アメリカ滞在の技術的な覚書と少しそれ以外のこと(4)【前編】
文: 金井学
作品が見たい
前回予告したように、今回はステラへの興味から導かれた問いを巡って、どう動き回るのかと言う具体的なことについて。
まずは何から手をつけるべきかと言うことも重要なのだけれど、でもまぁ兎にも角にもはるばるニューヨークに来て最初にしたいことはと言えば、やっぱり僕もアーティストだし、やっぱり自分の目で作品を見たいということだ。60年代〜70年代頃の作品だから、基本的には美術館や芸術文化施設のコレクションに入っていることが多いわけで、そして美術館はといえばそこは泣く子も黙るニューヨーク、ニューヨーク近代美術館(MoMA)を筆頭に、メトロポリタン美術館(MET)、グッゲンハイム美術館、ホイットニー美術館などなど錚々たるラインナップが勢ぞろい。もう毎日でも通いたいわけだけれど、美術館のウェブサイトなどで真正面からチケットを予約しようとすると、一般大人1名でMoMAもMETも(METはニューヨーク市民は無料[*1])、グッゲンハイムもホイットニーも、みな示し合わせたように$25である。確かにすごいコレクションだしお目当ての作品も見られるから、そんなに口を尖らせて文句を言いたいわけでもない。短期の観光で来たのであればそれも結構。でも、ある程度の長期滞在で気軽に何度も訪問できるかといえば正直しんどい。せっかく念願叶ってニューヨークまで来たから満足するまで作品は見たいし、アーティストの場合、特定の作家や作品を繰り返し分析的に見たり、都度インスピレーション得たりしながら制作を進めたい、というような気持ちもある。かくして、己の思いとお財布の中身との間で逡巡を繰り返す……のだけれど、実を言うと正面突破以外にルートがあり、アーティストだったら支援を受けることができ場合もあるので、色々な技を使ってお世話になれるところにはありがたくお世話になることにしよう。
[*1] というか、正確に言えばPay as you wishです。(1)IDNYCカード
最初にして最高の特典が得られるのがIDNYCだ。これは国籍やビザ・ステータスには関係なく、ニューヨーク在住の実態が証明できれば取得することができる、ニューヨーク市が発行するIDカードなのだが、このカードの真価は、身分証明以上にその特典にある。MoMAやMETを含む40以上の文化施設の1年間のメンバーシップに加入することができるのだ。メンバーになると、基本的には、その期間中は当該施設の全ての展覧会やイベントに無料で何度でもアクセスすることができ、さらにメンバー限定のレクチャーやプログラム等にも参加することができる。またコロナ以降導入された時間制のチケットの制限もメンバーには適用されないことが多い。
僕自身はIDNYCを利用してMETのメンバーシップに加入していて、これによってメンバー専用口から入館できるのは週末に(連休の時は特に)入館の大行列を避けられ助かっている。それに超巨大美術館のMETは一日二日で到底見尽くことは難しいから、僕は平日や週末の1〜2時間の隙間時間ができた時にサッと通って少しずつ見ていくようにしていて、こういうことが可能なのもメンバーカードがあってこそだ。また美術館以外でもニューヨークでも動物園や水族館、自然公園などを管理運営している野生生物保護協会のメンバーシップにも入っていて、と言うのも実はステラが《Moby Dick》シリーズを制作するキッカケとなったのがコーニー・アイランドのニューヨーク水族館でベルーガ・ホエール(シロクジラ、シロイルカ)を見たことだとされているので行ってみたかった、と言うのがその理由なのだが、存外セントラル・パークにある小さな動物園などもちょっと楽しくて、METやフリック・コレクションへの道中でフラっと立ち寄ることも少なくない。
もちろんIDNYCは無敵ではなくて、その性質上2年目以降の加入は有料となる場合が殆どという仕組みなのだけれど、しかし初めてニューヨークにやってきた僕のような人にとって、こんなにありがたいものはない。ウェブサイトの申請に必要な書類の確認ページに行くとどんな書類を用意できれば良いかわかるから、準備できるようであれば申請しない手はないと思う。書類の中で住居(在住)の証明が少し難しいが、住居の契約書があればそれで良いし、米国内で銀行口座開設していれば銀行からの住まい宛に書類が送られてくるから、これがあればそれでも問題ない。手続きはオンラインで窓口での手続き日時予約を行い、エンロールメント・センターの窓口に行くだけ。唯一の問題は、今はコロナの影響でこの予約がなかなか取れないことなのだけれど(僕の場合は窓口予約が2ヶ月先ぐらいしか取れなかった)、これはまぁ今のこのコロナの時期に限った話なのではないかと思う。
(2)American Alliance of Museums
IDNYCの他に、入会を検討しても良いかもしれないのが、American Alliance of Museums(AAM)だ。ただしAAMは単に美術館の入館料特典がある団体ということではないので、そのあたりは良く理解する必要があると思う(AAMメンバーシップのQ&Aでも入館料特典プログラムではなく、その保証をするものでもないことが明確に示されているので誤解なきよう)。AAMはアメリカの美術館/博物館の同盟であり、その関係者の交流の通して、美術館/博物館に関わる知識や問題を共有したり相互に学ぶ機会を提供し、このような活動を通して将来の美術館/博物館の発展やよりよい施策の実施へと結びつけるのがこの団体が目指すところなので、この理念はきちんとリスペクトされるべきだろう。このAAMは、美術館/博物館に勤務している人に加えて、独立研究者や学生、ボランティアも含めて広く美術館/博物館に様々な形で関わる人たちのも門戸が開かれており、僕のように個人で研究や調査を行う人も入会することができる。入会費はProfessionalメンバーシップで年間$90。入会するとニュースレターの配信や各種イベントやプログラムへの無料参加、有料イベントの割引などを受けることができる。個人的にはアメリカの美術館の現在の動向を知ることができて勉強になっている。
そしてその上で、このメンバーシップカードで美術館によっては入館料の免除や割引を受けることができるのだ。2021年現在の具体例を示すと、ホイットニー美術館やノグチ美術館、フリック・コレクション、それにグッゲンハイム美術館もAAMのメンバーシップカードで無料入館できる。またAAMは前述の通り全米のネットワークだから、メンバーシップもまた全米で有効だ。1年間アメリカにいれば、何度かは他の都市に出かける機会もあるだろう。そんな時に旅行先の美術館でも使うことができる。入館料特典のプログラムでないことは繰り返しておくけれど、なんだかんだで、かなり多くの美術館で入館料免除や割引を受けることができてる。
(3)各美術館のメンバーシップ
加えて特に頻繁に訪問したい美術館が絞られているならば、そこのメンバーシップに入会することも考えても良いかもしれない。僕はMoMAのメンバーシップに登録した。先述のようにMoMAにはIDNYCの特典が使えるのだが、IDNYCの窓口申請の予約がなかなか取れなかったので、僕は待ちきれずにMoMAだけは先にメンバーシップ登録することにしたのだ。もちろん、入会はメンバーシップレベルに応じて金額設定が異なるものの、どれもそれなりのお値段で、一番安い年間パスでも$65(それでも3回通えば元が取れてしまうのでお得だけれど)。でもQ&Aのページを見れば書いてある通り、メンバーシップにはアーティストのためのディスカウントがあり、「年間パス」より上位レベルのメンバーシップ「アクセス」に$35で入会することができる。何かことが起きれば「自称アーティスト」と報道されてしまう国から来た僕にとって、このようにアーティストが一つのプロフェッションとして認められていることは新鮮な驚きだ。手続きは美術館の窓口で行う。肝心の「アーティストであることの証明」については、僕の場合は受け入れ施設のレターを見せたり、自分のウェブサイトなど見せたら、窓口の方は「へー、こんな感じの作品を作ってるのね」みたいな感じで、満足されたようだった。明確な基準が書いてあるわけではないけれど、それなりにアーティストとして活動してきた履歴が示せればたぶん大丈夫。同様のアーティスト向けのメンバーシップ割引は、他にもグッゲンハイムにもある。
(4)無料入館日
またこれらのテクニックを駆使しても難攻不落の施設もあるのだが、そんなところも週1度〜月1度の頻度で無料日を設定している場合がある。いろいろな場所に情報がまとめられているので(例えばここ)こういう情報を参考にすると良いかもしれない。
『アメリカ滞在の技術的な覚書と少しそれ以外のこと(1)』『アメリカ滞在の技術的な覚書と少しそれ以外のこと(2)』
『アメリカ滞在の技術的な覚書と少しそれ以外のこと(3)』
『アメリカ滞在の技術的な覚書と少しそれ以外のこと(4)【後編】』
金井学(かない・まなぶ)
アーティスト。1983年東京生まれ。自由学園卒業後、情報科学芸術大学院大学(IAMAS)修士課程を経て、東京藝術大学大学院博士課程美術専攻修了(博士:美術)。2021年より文化庁新進芸術家海外研修制度でニューヨークに滞在中。