ICA Kyoto TALK 058
時差を越えたキュレトリアル・プラクティス
ゲスト:ヨン・マ
photo: Oto Hana
京都市内の中心部に位置する京都裏寺 極楽寺での開催となり、説法を聞くような雰囲気の中キュレトリアルな実践の数々が共有された。
現在、ヘイワード・ギャラリーのシニア・キュレーターを務めるヨン・マ(Yung Ma)は、これまでに香港のM+、パリのポンピドゥー・センター、ソウル市立美術館(SeMA)での「第11回ソウル・メディアシティ・ビエンナーレ」、そして現職であるロンドンのヘイワード・ギャラリーと、計4つの公的機関において、展覧会やプロジェクトを手がけてきた。今回のトークでは、各機関で手がけた展覧会の事例をもとにこれまでの実践を紐解きながら、展覧会制作への考え方や、キュレーターとしてのあり方を伝えるものとなった。以下は、2025年7⽉10⽇に行われたトークの抜粋である。
構成:小山冴子香港、パリ、ソウル、そしてロンドンと、国も文化も異なる4つの公的機関でキュラトルリアルな実践を続けてきたヨン・マ。彼がトークイベント等に登壇すると、それぞれの機関での戦略やアプローチは、どのように異なるのかと尋ねられることが多くあるそうだ。今回のトークでは、プレゼンテーションを始める前に、まずその回答が示された。それは観客にとっても、少々意外な答えだったかもしれない。
「異なる国、異なる文化をもつ複数の組織でこの仕事に携わるにあたって、どのような差があるかという質問を受けることが多いのですが、私はいつも「ほぼ似ています」と答えています。これを聞くとみなさん驚かれるのですが、しかし、行政的な機関で仕事をするということは、常にそこに制度的なプロセスがあるということです。ですから、仕事の進め方自体はすごく似ていると思っています。順番が違うだけですね。」
では何が大事なのかというと、「とにかく人と友好な関係を築くこと」だとヨンは言う。
「そうすることでみんな満足して働けるし、それがなければ大変なことになる、ということは共通しています。」
前置きとしてそう話したあと、それぞれの機関で手がけた主なプロジェクトについてのプレゼンテーションが始まった。ここでは、印象的なコメントを抜き出しながら、概要を記載する。
映像作品のコレクションの構築から、サイトスペシフィックな展覧会へ(M+)
アジア初のグローバルミュージアムとして2021年に香港に誕生したM+は、現代美術だけではなく建築やデザインなど、さまざまなヴィジュアル文化を扱う施設である。ヨンは2011年から2016年にかけて、M+の映像芸術のアソシエイト・キュレーターを務め、映像コレクションの構築を担当していた[*1]。このときに実施した展覧会に「Mobile M+: Moving Images」(2015)[*2]がある。
このプロジェクトは当初、「移民(migration)」をテーマに、1980〜1990年代の香港の映像作品に焦点を当てたシネマ・プログラムとして始まった。しかし、当時のM+館長から「アートバーゼル香港の時期に展覧会をつくってほしい」という要望を受け、わずか6ヶ月で展覧会へと形を変えることになった。
展覧会はオフィスビルの2フロアと旧屠殺場という2つの会場で構成され、約50名のアーティストが参加。「移民(migration)」と「移動(movement)」をテーマに作品が展示された。また、M+が収集を進めていたコレクションや、収蔵候補の作品を紹介する機会にもなった。
プレゼンテーションでは展覧会の会場写真を見せながら、特徴的ないくつかの作品や展示風景を紹介した。作品のテーマやその背景と、会場の特徴とが共鳴しあうようなインスタレーションビューが印象的だ。また、タイトルの掲出にはライトボックスを用い、映像展示のための暗さを保ちながもテキストをしっかり読むことができるよう工夫したことなどが語られた。

Installation view of “Mobile M+: Moving Images”.
Courtesy M+, Hong Kong.

Installation view of “Mobile M+: Moving Images”.
Courtesy M+, Hong Kong.
歴史の層を提示するツァオ・フェイとの協働(ポンピドゥ・センター)
M+で就業した後、2016年から2020年までヨンがキュレーターを務めたパリのポンピドゥ・センターでは、曹斐(ツァオ・フェイ)の個展「XH」(2019年)[*3]を企画した。大きなコレクションをもつ施設の場合、展示を手掛けるまでに通常3〜4年はかかることが通例で、歴史的な作家の回顧展の場合には5年ほどの準備期間が必要になることもある。そのような中で、ヨンは就任して3年目でこの企画を手掛けることになったのだという。またコレクション作品や既存の作品をリサーチ的に見せることが多い同館の中では珍しく、新作を中心とした個展として発表された。
この展覧会のために、ツァオは、かつて自身のスタジオがあった地域に着想を受けた作品を制作した。798芸術区の近くに位置するその地域は、もともとソ連の支援によって建設され、工場や職員住宅が立ち並んでおり、ツァオのスタジオが入っていた建物も、当初は地域の映画館として使われていた。
時代の変化とともにディスコやカラオケに姿を変え、空き家になったのちにツァオがスタジオとして借り受け使用していたが、その後、新しい資本の流入によってエリアの一部が再開発区域に指定され、強制退去・取り壊しの対象となり、ツァオのスタジオも2001年ごろに取り壊されてしまったのだという。まさに、ジェントリフィケーションが起こっていた。
ツァオは、この地域に住んでいた人たちの、インタビュー映像やアーカイブ資料、運び出した家具やリサーチの中で見出したさまざまなマテリアル、未来へのビジョンなど、さまざまな素材や映像、イメージを展覧会の中でみせることによって、その地域のもつ複雑な歴史を層のように提示したのだという。
ヨンは、この展覧会の構成の特徴として、展示室を「未来」と「過去」の二つのパートに分けたことを紹介した。明るい空間である過去のパートには近隣エリアの歴史や状況がわかる資料を提示し、未来のパートは暗い部屋として設え、主に映像作品を上映したのだ。
「ツァオの作品は、過去を理解することによって、未来のイメージを変革するものだと私は思っています。展示室を二つのパートに分けた理由はそれです。私は常々、展覧会の中で全てを語ってしまう必要はないと思っています。むしろ語るための余白を残すべきだと。つまり、未来と過去のイメージの間にあるものが「現在」であり、もちろんツァオにとってもここが一番興味のあるところなのですが、この空間ではあえて言及しないかたちをとることにしたのです。」

Installation view of “Cao Fei: HX“.
Courtesy the artist and Centre Pompidou.

Installation view of “Cao Fei: HX“.
Courtesy the artist and Centre Pompidou.
ポップカルチャーを取り入れ、遠くへ届ける(第11回ソウルメディアシティビエンナーレ)
2019年に芸術監督として就任した「第11回ソウル・メディアシティ・ビエンナーレ」[*4]は、当初2020年の開催に向けて準備が進められていた。しかし新型コロナウイルス感染症の世界的な流行によって当該年の開催が難しくなり、ビエンナーレは2021年に規模を縮小して開催することになった。このときのテーマは「One Escape at a Time」。これは、アメリカのドラマをリメイクしたシチュエーション・コメディ「One Day at a Time」にインスピレーションを受けたタイトルで、ビエンナーレもこのドラマの上映からスタートした。キューバ系アメリカ人家族を描いたこの作品は、真っ当なエンターテインメントでありながらも、政治、ジェンダー、平等性、貧困、銃による暴力、移民の問題など、さまざまなトピックを描いているのだとヨンは語る。
「こういったポピュラーカルチャーの素材を使うことにしたのは、やはり作品としてすごく直接的で、感情にも訴えるものだからです。アートだけではなかなか、直接伝えるということが難しい。ポピュラーカルチャーを導入することによって、アートには人々の生活に対して影響を与える力があるのだということをより強く伝えることができるのではないかと思い、この作品をとりいれました。
私はポピュラーカルチャーだったら変革を起こせるのかもしれないと関心を持っていますし、そこから何か学べることがあるのではないかと思っています。」
「One Escape at a Time」は、「ひとつひとつの逃避」ということ。「この現実を生き延びるために、もう少しうまくやる方法としての逃避があるのではないか。常に別の回路を想像することが必要なのではないか」と考え設定したこのテーマのもと、参加作家の何人かが、オンライン上と美術館の両方で作品を発表してくれたのだという。プレゼンテーションの中では、オーストラリアの先住民アーティストであるリチャード・ベル(Richard Bell)が、テレビパーソナリティに扮しつつ人間の差別心をあぶり出していく映像作品や、アーティストユニット、YOUNG-HAE CHANG HEAVY INDUSTRIES(チャン・ヨンヘ重工業)によるオンライン上で隔週発表されていく映像作品について、制作背景や作品の詳細を紹介した。どちらも、テレビのニュース番組のようなポピュラーメディアの形式を用いて現代社会を批判的に映し出すもので、「One Escape at a Time」を象徴する作品である。

Installation view at the 11th Seoul Mediacity Biennale, 2021
アーティストの生み出すイメージとの格闘(ヘイワード・ギャラリー)
2021年からシニア・キュレーターとして就任したヘイワード・ギャラリーは、コレクションを持たない企画中心の現代アートセンターだ。以前は展覧会の準備に3年をかけていたヨンだが、現在ヘイワードでは、少なくとも年にひとつは主要な展覧会を担当している。ここでヨンが最初に担当した展覧会が、前任者から引き継いだマイク・ネルソン(Mike Nelson)の個展「Mike Nelson: Extinction Beckons」[*5]だった。
2011年のベニスビエンナーレにイギリス館代表として出展したマイク・ネルソンは、観客を没入させるような大規模なインスタレーションで知られる作家である。展覧会は、キャリアの中期にある作家の回顧展として企画されたものだったが、マイクの作品はあまりにも大掛かり、かつ精緻なものばかりで、初期から現在までの作品を再現して見せることは現実的ではなく、全く異なるアプローチを見出す必要があった。ヨンは、これまでのさまざまなインスタレーションを繋ぎあわせたり、ミックスしたりすることで、集合体としてのインスタレーションをつくることを提案し、準備を進めることになった。しかし、結局それは、新しい展示をつくるのと同じようなプロセスを辿ることになったのだという。
「やはりかなり大変だったのですが、私にとってエキサイティングな試練でもありました。」
ヘイワード・ギャラリーでは、展示の設営には通常2週間ほどの時間をかけているが、この展覧会の準備には、約50人の人間が毎日休みなく働く状態で5週間の時間を要したという。さらにマイクのチームは、ギャラリーでの作業の前に、4ヶ月をかけて作品の準備をしていたというのだから、その作業量は想像するに余りある。
その展覧会には、相互につながった部屋や通路から成る巨大な構造物が含まれており、出発点と終着点にはネルソンの(架空の)スタジオが再現されていた。作家の記憶を辿りイメージとして呼び起こされた作品は、リメイクの段階でまた新たなイメージと結びつき、変化する。作品同士が繋がり、倉庫に保管された過去作の素材からはまた新たな作品が生まれ、ひとつの作品の中に過去のさまざまな作品の要素を取り入れることもあった。構造体の入り口と出口にはマイクのスタジオを精緻に再現し、ひとつひとつの部屋や通路にそれぞれの物語のある巨大な展覧会が完成した。

Installation view of “Mike Nelson: Extinction Beckons“, 2023.
Photo: Matt Greenwood.
Courtesy the artist and the Hayward Gallery.

Installation view of “Mike Nelson: Extinction Beckons“, 2023.
Photo: Matt Greenwood.
Courtesy the artist and the Hayward Gallery.

Installation view of “Mike Nelson: Extinction Beckons“, 2023.
Photo: Matt Greenwood.
Courtesy the artist and the Hayward Gallery.

ヨン・マ(左)
photo: Oto Hana
質疑応答
時間の関係で今回の質疑応答は1問のみに絞られたが、ヨンマのキュレーターとしての態度を特徴づける回答となった。ここに本人の言葉を抜粋したい。
Q:キュレーターとしての専門は何かと尋ねられたら、どのように答えますか?これからやりたいことや、どのように在りたいと思っているのかも伺いたいです。
「実際のところ、私にもわかりません。専門性に関して、今の自分の職務においては定められていないと思います。全てやらなければならないというのが実際のところだからです。私は映像作品のコレクションにも携わってきましたし、自分自身は現代アートと映像のキュレーターなのではないかと思っているのですが、今年は絵画のキュレーションをすることになっています。まさか絵画のキュレーションをするとは思ってもいなかったのですが(笑)。キュレーターには機敏性と柔軟性が必要で、チャレンジ精神旺盛でなければならないというのが、実際のところかなと思います。」

photo: Oto Hana
ICA Kyoto TALK 058 「時差を越えたキュレトリアル・プラクティス」
⽇ 時: 2025年7⽉10⽇(木) 18:30-20:00会 場: 京都裏寺 極楽寺(京都府京都市中京区裏寺町通六角下る裏寺町586)
定 員: 40名程度/先着順(事前申し込み不要)
主 催: ICA京都、京都芸術⼤学⼤学院
協 力: 一般社団法人HAPS、京都裏寺 極楽寺
ICA Kyoto TALKとは?
ICA京都は2020年に京都芸術大学大学院の附置機関として創設され、これまで国内外で活躍するアーティスト、キュレーター、研究者、ギャラリストなどを招いたトークイベントを継続的に行ってきました。その一環である「ICA Kyoto Talk」は、これまでの「Global Art Talk」と統合し、京都と世界各地の多様なアートシーンを結びつけ、対話を重ねるためのプラットフォームです。ローカルな現場とグローバルな動向とを往復しながら、複層的な世界を実感し、新たな視点を開く場となることを目指しています。[*1] M+は、建物のデザインコンペが2012年に決まり、2014年から建設が始まったが、2021年までの間、準備期間として建設予定地での展示やコレクションの収集など様々な活動を行っていた。ヨンは準備期間の初期からM+に関わったと言える。
[*2] Mobile M+: Moving Images
Group Exhibition Hong Kong, 17 & 18/F, Soundwill Plaza II – Midtown, 1 Tang Lung Street, Causeway Bay
Date: 03.13, 2015 – 04.26, 2015
[*3] Cao Fei – HX
[*4] The 11th Seoul Mediacity Biennale One Escape at a time
[*5] Mike Nelson: Extinction Beckons
(上記全URL最終確認2026年2月16日)ゲストプロフィール
ヨン・マ(Yung Ma)
2021年11月からロンドン、ヘイワード・ギャラリーのシニア・キュレーター。「第11回ソウル・メディアシティ・ビエンナーレ:の芸術監督、またパリのポンピドゥー・センターの現代美術・プロスペクティブ・クリエーション部門のキュレーターを務める。ポンピドゥー・センターでは、曹斐(Cao Fei)の個展「HX」(2019年)を企画し、グループ展「Chine-Afrique」(2020年)および「Global(e) Resistance」(2020年~2021年)の共同企画にも携わった。2011年から2016年まで、香港のM+で映像芸術のアソシエイト・キュレーターおよび、同館の映像コレクションの構築を担当。M+在籍中には、「M+ Screenings」(2016年~)のシリーズや、「Mobile M+: Moving Images」(2015年)といった展覧会を企画。また、ベネチア・ビエンナーレでは、2009年に白雙全(Pak Sheung Chuen)の個展、2013年に李傑(Lee Kit)の個展を企画し、2度にわたり香港パビリオンの共同キュレーターを務めた。
執筆者プロフィール
小山 冴子(おやま・さえこ)
アーツカウンシル東京プログラムオフィサー。とんつーレコード主宰。2006年より福岡のオルタナティブスペース art space tetraの運営に携わり、展覧会や音楽イベントを多数企画。2012年以降は各地のアートプロジェクトや国際芸術祭の現場、アートセンター等にて作品制作のコーディネートや企画・キュレーションを手がける。各現場にて地域と関わりつつ、別府、鳥取、鹿児島、名古屋、札幌へと移動し、2022年4月より東京拠点、現職。現在は、都内各地で展開するアートプロジェクトの伴走支援を行うほか、人材育成や研究開発等の事業を担当している。