ICA Kyoto TALK 057
LIQUEERED(リクイアード)——液状化されたクィア/拡張された場におけるパフォーマンス
ユ・チェンタ
Photo: Oto Hanada
今回は1981年から京都三条の中心に位置し、多くのアート活動を支えてきた河原町VOXビルの旧VOXhallで開催された。
文:奥田奈々子
言語変換による、文化の介入と解体
2008年に開催された台北ビエンナーレで、ユ・チェンタ(以下、Yu)が映像作品《Ventriloquists: Introduction》(2008年)を発表した頃、Yuは修士課程の学生だった。台北ビエンナーレの関係者が学生作品の視察のために学校を訪れた際、Yuの作品がキュレーターの目に止まり、同年のビエンナーレに出展されることとなった。学生が国際芸術祭の代表アーティストに選出されることは異例な機会であり、この経験は後の作家活動における契機となった。
作品は、Yuが台北の路上で出会った外国人に「中国語話せますか?」と尋ねるところから始まる。「あまり話せない」と答えた人たちを対象に、中国語で即興的に自己紹介をしてもらうという映像作品だ。映像にはYu自身も登場し、まるで黒子のように彼らの背後に立って、一文ずつ中国語で自己紹介をし、母語であるかのように彼らに復唱させる。

Ventriloquists: Introduction and Ventriloquists: Lan Mei-Lan and Emily Su Installation view at the 53rd Venice Biennale Taiwan Pavilion, 2009 ©Taipei Fine Arts Museum
「初期の作品では、言語の不安定さや他者とのコミュニケーションを扱っていました。シンプルなゲームのような構造を通じて、世代、政治、権力に関わるアイデンティティの層が浮かび上がるものでした。」
翌年2009年に開催されたヴェネチア・ビエンナーレでは、台湾代表アーティストとして《Ventriloquists: Introduction》(2008年)のほか、新たに制作した映像作品《Ventriloquists: Liang Mei‑Lan and Emily Su》(2009年)を公開した。ともに台北で制作された作品で、新作は台北に住むフィリピンの移民労働者たち、いわゆる「新住民」に焦点を当てた作品だった。作品は、台湾人と結婚したフィリピン出身の女性たちへのインタビュー映像作品である。終盤には、彼女たちの夫が好きな中国語の歌を歌うシーンが登場する。母語のほか英語、中国語に加え台湾語も話す、マルチリンガルな彼女たちが、一時的に「言語の壁」から解放され、歌を通じて異文化を味わう瞬間を映している。
大学院卒業後、Yuは各国で実施されるアーティスト・イン・レジデンスに参加し、作品制作を続ける。神奈川県横浜市の黄金町レジデンスで制作した《Keywords about Living Room》(2012年)は、住民に「リビングルーム」に関するキーワードを尋ねる映像作品で、二分割画面のシングルチャンネル映像となっており、一方にインタビュー映像、もう一方にYuが彼らの話す言語を真似し日本語で復唱する様子を映す。言語知覚の不安定さを創造的力へと転換し、自らを「言語能力の限られた異邦人」と位置づけることで、文化的なずれを浮かび上がらせている。また、2011年の震災以降の日本に向けた、思いやりと温かさのメッセージも併せ持つ。
国際芸術センター青森(ACAC)のレジデンスプログラムに参加した際は、1980〜90年代に台湾で流行した日本のポップソング「花心(喜納昌吉の『花』)」や「紅蜻蜓(長渕剛の『赤とんぼ』)」を日本語、英語、中国語に翻訳して多言語で歌う映像作品《A Practice of Singing: Japanese Songs》(2012年)[*1]を発表した。
「この頃の映像作品はシングルチャンネルが主流だった時代の表現とも言えます。フレームやカメラを通して、言語をどう翻訳できるのか、自分の生活や他者とのコミュニケーションをいかに記録できるかに興味を持っていました。そして私はその媒介者、あるいはインターフェイスとなっていました。」
アートを取り巻く社会構造への問い
Taipei Contemporary Art Center(TCAC)は2010年2月に台北市中山区で設立された公共のアートセンターである。TCAC設立の起点となったのは、アーティストのジュン・ヤン(楊俊)が2008年に発表したアート・プロジェクト「A Contemporary Art Centre in Taipei – A Proposal」[*2]である。
このプロジェクトは、2008年台北ビエンナーレで発足し、台湾の現代アートを取り巻く状況を問うディスカッションが行われた。当時、台湾では独立型アートスペースが非常に限られ、国立美術館が主流だった。ビエンナーレ終了後、ジュン・ヤンは芸術関係者と共に、より自主的かつ継続的な運営が可能なインディペンデントスペースの設立組織を立ち上げた。Yuは、2010年から2014年までメンバー兼理事を務め、2015年から2018年まではTCACの代表を務めた。
「当時30歳の私は、台湾の美術館制度や社会課題をどう捉えるべきか、アートスペースや公的機関とは何かを再考していました。自分の今後の創作活動の方向性も模索していた時期です。」
TCACでの活動や各国での自身のアート経験を通じて、ユウは現代アートシステムにおける「アーティストの役割」について再考するようになった。台北市立美術館での個展で発表された3チャンネル映像インスタレーション《Practicing LIVE》(2014)では、父親の誕生日を祝うために家族が集まる物語が描かれている。この作品には7人の俳優が出演しているが、彼らは全員、キュレーター、コレクター、ギャラリーマネージャー、アーティスト、批評家、そして当時の台北市立美術館館長など、実際のアート界の人物である。彼らは劇中で異なる役柄を演じており、たとえば日本人アートコレクターの宮津大輔は、作中ではアート批評家であり、長女の夫という設定で登場する。
「普段は同じアートの分野で専門的な仕事をしながら、演者としては初心者の彼らが、フィクション上のペルソナになりきり、家族ドラマを演じている。お互いの関係性を解体し、再構築していく様子はとても興味深いものでした。」
身体化された転機「あいまいな立ち位置」の自覚
2015~16年にかけて、Yuはフィリピンのマニラで開催される個展に向けた滞在制作を行っていた。Yuの滞在した、マラテ・エルミタ地区は、フィリピンで最初の歓楽街として栄えた地域だった。有名な教会がある観光名所でもあり、日中は観光客で賑わうが、夜になると街の雰囲気は一変した。風俗産業(地元の人たちは「マーケット」と呼んだ)の集まるこのエリアでは、夜な夜な、路上での「交渉」が行われる。Yuにはこの光景が、文化的な欲望や想像が絡んだドキュメンタリーのように映った。1年をかけて地域のマーケティングボーイ(いわゆる仲介役/客引き)たちと関係を築き、最終的に《Tell Me What You Want?》(2015–17)[*3]へと結実した。この4チャンネルのドキュメンタリー作品は、グレーゾーン産業の中で育まれた友情を浮き彫りにしている。
そして、この作品が、「Yu Cheng-Ta |余政達」という名で発表した最後の作品となった。
「およそ1年間の制作を通し、マーケットで働く彼らと私の間に生まれた関係性は非常に曖昧で不確かなものでした。アーティストとして作品制作をおこなう私は、彼らにとっての純粋な「客」ではありません。
ただ、撮影を終えて気がついたことは、私自身の「異なるアイデンティティ(=クィア)」があったからこそ、彼らとより自然な友人関係が築けたのではないかということと、私のアイデンティティが思いもよらぬところで作品に影響を与えているということでした。これまでまったく想像していなかった発見だったのです。」
Yuにとって、自身のアイデンティティと向き合う転機ともなったこの作品は、2017年には台湾の鳳甲美術館(Hong-gah Museum)翌年2018年には、クンストハル美術館(Kunsthal Charlottenborg)と、ポンピドゥーセンターでも上映イベントが行われた。上映にあわせて、パフォーマンスやレクチャーの要素を加えることで作品と作品の扱うテーマの解釈を拡張していった。
ウォーターメロン・シスターズー欲望のシミュレーション
ウォーターメロン・シスターズが制作された2017年は、台湾にとって同性婚(婚姻平等)を考える上で重要な年であった。
同年5月24日、台湾憲法裁判所は同性愛カップルの結婚禁止を違憲と判断し、台湾がアジア初の同性婚承認へ向かう大きな転機となった。しかし法整備は曲折を残し、2019年に同性婚が合法化された。
マニラから戻ったYuは、エンターテインメント産業におけるジェンダー表現を考察し、日常的に行われるジェンダーパフォーマンスに創作意欲を掻き立てられた。大学院時代から友人とコスチューム・パーティーを主催していたYuにとって、このテーマに向き合うことは自然な展開であった。
この頃、Tua-Tiu-Tiann International Festival of Arts(TTTIFA)からジェンダーの流動性をテーマにした作品出展の依頼を受けた。
そこでYuは、パフォーマンスとコスチューム・パーティーの中間のような参加型イベント《Queen Me》(2017年)[*4]を企画した。複数のセクションに分かれ「進化」や「化身」のコンセプトで展開され、資本主義とネット時代における「身体の政治性」を問い、“希少性”や“個性”を問い直す、約3時間に及ぶイマーシブな体験が話題となった。
「扮装(コスチューム)は「欲望のシミュレーション」のような行為だと考えています。その「欲望」が必ずしも、ジェンダー問題を起点にするものではなかったとしてもです。」
2017年9月、台北當代藝術館(MOCA Taipei)でアジア初のLGBTQ+テーマ大規模展覧会「Spectrosynthesis – Asian LGBTQ Issues and Art Now」が開催された。Yuは主催からベルリン拠点のアーティスト、ミン・ウォン(明望)との共作を依頼され、二人はパフォーマンス・デュオ、「ウォーターメロン・シスターズ(西瓜姉妹)」として映像作品《Watermelon Love》(2017年~)を発表した。
「私たちは、天上から降りてきた2人の仙女という設定からはじまり、やがて ”Rock Watermelon Sisters” のような存在へ変身していくという物語を描き、「愛の平等性を受け入れること」というメッセージを届ける展開へと広がっていきます。
ウォーターメロン・シスターズ(西瓜姉妹」という名前は、ツァイ・ミンリャン監督の映画『The Wayward Cloud(邦題は浮気雲)』に影響を受けています。映画の中で、スイカは「欲望」の象徴として使われています。他にも、スイカという果物自体が持つ象徴性ーみずみずしさや熟した感覚、豊かさ、生命感…..そういったものが私たちの表現したいテーマとテーマと強く響き合うものでした。
スイカを使うというアイデアは、ツァイ・ミンリャン監督の映画『天邊一朵雲(The Wayward Cloud)』に着想を得ました。映画の中でスイカは“欲望”の象徴として使われています。それに加えて、この果実そのものが持つ象徴性──新鮮さ、熟し具合、豊かさ、生命力──は、私たちが表現したかったテーマと強く響き合うものでした。」
《Watermelon Love》は、台湾司法院大法官会議の同性婚合憲判決を契機に制作され、MOCA Taipeiで公開後、あいち2022や六本木アートナイト2024でも巡回上映された。パフォーマンス要素を取り入れたパフォーマンス型インスタレーションは多くの観客を集めた。
Yuはミン・ウォンとの「ウォーターメロン・シスターズ」のほかにパフォーマーとして別のペルソナ「ファミミ(FAMEME)」としての顔も持つ。ファミミはニューヨークで開催される、パフォーミングアーツの祭典「Performa 19」への出演時に創出された架空の人物で、「fame(名声)」+「me(私)」、および「meme(ミーム)」の掛け合わせである。ドリアン帝国の三代目後継者という設定で、セレブリティ、起業家、デザイナー、歌手業もこなすマルチなインフルエンサーである。
Performa 19の最終日、ファミミはタイムズスクエアに登場し、大型ビルボードに家業のドリアンビジネスの広告を流しつつ、新曲「Flow Me」を披露し大きな反響を呼んだ。
「私はアジア人、特にアジア人男性に対するラベリングについて考えていました。ファミミは、アジア人に対する既存のステレオタイプや、インフルエンサー文化や虚栄心、 “インスタ映え系” の商業的アートミュージアムの振る舞いに対する皮肉を込めたパフォーマンスでもあるのです。」

ユ・チャンタ
Photo: Oto Hanada
今日まで続くユ・チェンタの芸術表現は、自身が関心を寄せるテーマである「アイデンティティの流動性」を体現するがごとく、液体のように柔軟に変化してきた。映像作品、パフォーマンス、ビジュアルアート、ソーシャルメディア、さらには自身の身体をメディアとして用いながら、人種差別、ジェンダー論、社会的権力構造に抵抗し自由な主体性を探る、ユーモラスで風刺的な作品やパフォーマンスを各国で展開している。
質疑応答
質疑応答では、複数名からYuへの質問が上がったので、ここでは一部を要約して紹介したい。Q:台湾で過去に起きたクィアムーブメントや現代の台湾の政治的状況、アイデンティティの流動性はあなたの表現にどのような影響を与えていると思いますか?
「私は、80年代生まれで、台湾で起きたクィアムーブメントに初期の段階から触れてきたわけではありません。台湾では性別平等に対する考え方が比較的早くから実現していて、私が活動を始めた頃には、日常生活や芸術の現場には既に自然に根付いていたように思えます。
クィアであるからといって、必ずしもそれを創作のテーマにする必要はないですし、自分自身もアーティスト活動を始めた初期の頃、台湾というアイデンティティそのものを反映するような、曖昧なアイデンティティを描くことに焦点を当てました。私にとって、台湾という存在自体がすでに十分にクィアなのです。
現在の私のプロジェクトは単にテーマとして「クィア」を扱うのではなく、「人と分身」つまり、身体や自己の分裂/分岐の流動性をテーマにしています。クィアであることが表現に活かすとすのるなら、現状の制度や環境に対する反点を設け、解放的で非正規的な方法を用いて、表現の可能性を探るという姿勢のようなものなのではないかと思います。」
Q:クィア・アートといいながら、実際は特定のアイデンティティが過度に中心化されているんじゃないかという懸念があります。このことをどう思いますか?
「性別の枠組みというのは、あらかじめ決められた「一つの形」に落とし込むものではなくて、むしろ、自己や欲望の流れの中で変化していくものだと思っています。LGBTQの中でも、それぞれが線を引きたがる傾向があって、それがまた新たな分断になる。創作活動において、私自身は自分の作品を「クィア・アート」としてみられることには抵抗があるんです。流動性と主体性を両極で語る必要はないと思っています。一方で、自分とクィア・カルチャーの関係に重なる部分も多くあるとも思っています。私は2017年頃から、一種の方法論的ペルソナとしてトランスジェンダー的なドラァグ・パフォーマンスを行ってきていますが、多様なジェンダーや世代の人たちにとって、表現を解放できる場で、楽しいものであってほしいと思っていますし、こうした活動が一つのポップカルチャーとして発展していく可能性もあるんじゃないかと考えています。」

Photo: Oto Hanada
[*1]A Practice of Singing: Japanese Songs, 2012
[*2]A Contemporary Art Centre in Taipei – A Proposal
[*3]TELL ME WHAT YOU WANT?, 2015-17
[*4]Queen Me, 2017
ICA Kyoto TALK 057 「LIQUEERED(リクイアード)——液状化されたクィア/拡張された場におけるパフォーマンス」
⽇ 時: 2025年6⽉13⽇(金) 18:30-20:30
会 場: 旧VOXhall(京都市中京区河原町三条下ル一筋目東入ル VOXビル5F)
主 催: ICA京都、京都芸術⼤学⼤学院
協 力: 一般社団法人HAPS、河原町VOX
ICA Kyoto TALKとは ICA京都は2020年に京都芸術大学大学院の附置機関として創設され、これまで国内外で活躍するアーティスト、キュレーター、研究者、ギャラリストなどを招いたトークイベントを継続的に行ってきました。その一環である「ICA Kyoto Talk」は、これまでの「Global Art Talk」と統合し、京都と世界各地の多様なアートシーンを結びつけ、対話を重ねるためのプラットフォームです。ローカルな現場とグローバルな動向とを往復しながら、複層的な世界を実感し、新たな視点を開く場となることを目指しています。
ゲストプロフィール
ユ・チェンタ Yu Cheng-Ta
台湾出身のマルチメディア・アーティスト。一貫してアイデンティティ、言語、政治、文化的混合、メディア・インターフェースの交差を掘り下げている。気まぐれなパフォーマンスを通して、進化し続ける現代メディア領域をナビゲートし、「自己」と「アイデンティティ」の変容を検証。2017年からは、ジェンダーのパフォーマティブな側面の探求に乗り出し、個人と集団のアイデンティティに着眼するとともに、イベント型プロジェクトを通じて、メディアに支配された社会においてクィアな想像力が果たす政治的役割について考察している。また、シンガポール出身のアーティスト、ミン・ウォンと「ウォーターメロン・シスターズ」として活動するほか、FAMEMEという架空のキャラクターを創作し、デュアル・アイデンティティを基盤に、分野横断的なアート活動を精力的に展開する。執筆者プロフィール
奥田奈々子
フリーランス編集者。1982年東京都出身。大学卒業後、新聞社勤務を経て建築雑誌やウェブ、美術インタビュー誌の編集者として活動。現在、山口県在住。山口情報芸術センター[YCAM]勤務。コンテンツ制作のほか、イベントや教育プログラムの企画制作、運用も行う。アート・建築・教育分野を中心に企画・編集・制作を通してテーマや目的のアウトプットについて考え実践することを活動軸としている。最近の関心事は祭りなど伝統文化の伝承について、知財、公害、福祉。


